無視された輸入和牛の問題

狂牛病調査検討委員会報告案が隠したこと

(インターナショナルNo.125/2002年4月掲載)


報告書は悪意ある作文

 BSE(牛海綿状脳症)調査検討委員会(農水・厚労両相の諮問機関)は3月22日、狂牛病をめぐる問題について、農水省の「重大な失政」や「農水族議員の圧力」などを批判した報告書案を公表した。
 本紙122(01年11月)号の「日本初の狂牛病の発見」ですでに指摘したように、狂牛病騒動で引きおこされた消費者の不安と牛肉販売の落ちこみ、それによって育牛農家がこうむった経済的精神的打撃といった被害に最大の責任があるのは農水省であり、農水行政に深く関与してきた自民党農水族議員であることはあきらかだ。
 その点では報告書案はとくに目新しい内容ではないのだが、これまでこの種の諮問会議報告が行政や政治の罪を公然と指摘することがほとんどなかったおかげで、みょうに高い評価を受けているようだ。
 だがこの報告書は、実は狂牛病騒動の混乱のなかで発生した雪印食品や全農の食肉偽装事件や、次々と暴かれたウソの表示問題などをまったく無視することで、肝心の食料の安全性確保や正確な情報開示といった問題をおおい隠し、むしろ食肉業界(ことわっておくが、育牛農家など零細な生産者はふくまれていない)の利益を守り、ついでに農水官僚の復権をはかる悪意ある作文である。
 たしかに自民党農水族は、衰退する日本農業の再生よりも農家への所得保障を兼ねた公共事業利権に血道をあげてきたし、選挙むけの利益誘導で「猫の目農政」と呼ばれる農業破壊政策を促進してもきた。だが族議員のこうした行為は官僚が迎合したからこそ可能だったのだし、天下り先となる特殊法人の乱立が官僚たちの権益拡張にもなるからこそ迎合もしてきたはずなのだ。

海外産の高級和牛

 農水官僚の天下り問題は後に回して、食肉偽装事件とウソの食品表示問題から考えてみたい。その方が、狂牛病にまつわる肝心な問題点が分かりやすいと思う。

 月刊総合雑誌『世界』の4月号に、「雪印食品『牛肉偽装事件』の背景」という横田哲治氏(食の安全を考えるネットワーク代表)のレポートが掲載されている。
 このレポートによれば、食肉加工大手・中堅11社が、食肉業界6団体のひとつである日本ハム・ソーセージ工業協同組合を通じて国に買い取りを申請した牛肉量は、偽装事件で会社整理に追い込まれた雪印の279トンに対して、大手食品加工会社である日本ハムと伊藤ハムはそれぞれ937トンと420トンと突出しており、日本ハムのそれは、同組合に申請された全牛肉量の30%近くにのぼる。しかもこの両社には、「牛肉輸入自由化をにらんだ20年ほど前から、オーストラリアなどに牛肉の生産牧場、と畜、処理加工の一貫したシステムを構築している」という共通点があると言うのである。
 常識的に(もちろん庶民的な常識で)考えれば、この海外産の牛肉は、日本で発生した狂牛病への対策である買い取りの対象になるはずはないのだが、これらの輸入牛肉が、実は「黒毛和牛」などとしてこれまでも広く流通していたとなると、なんだか急に雲行きがあやしくなる。
 横田氏も、「ここ数年ほど、海外産和牛が国内市場に流れるようになって、目に見えて苦しくなった」という畜産農家の話と、昨年10月に来日したオーストラリアの政府高官が「日本ハム・伊藤ハムがオーストラリアで高級牛肉を生産し、日本に輸出することで、この2社がオーストラリア人の想像を超える不当な利益を得ていると指摘した」ことを紹介している。日本の食品多国籍資本はすでに数年前から、中国産の和製ネギと同ように海外で和牛種を量産し、それを日本で高級牛肉として販売していたのだ。
 ということは日本ハムと伊藤ハムが申請した合計1357トンの牛肉の中に、「輸入和牛」が紛れ込んだ可能性も否定できないではないか。なにしろ梱包表示は「和牛」だろうし、和牛種肉であることも事実ではあるのだ。ただそれは、オーストラリアの広大な畑で量産された安価な大豆タンパクなどを混入した濃厚飼料で育てられた「海外産」であり、狂牛病の原因である肉骨粉で飼育された可能性がある「国内産」ではないだけなのだ。

雪印だけなのか

 現実には、「紛れ込んだ可能性」という穏便な表現をするには、農水省の牛肉買い上げ事業にはひどい欠陥があった。だいたい雪印食品の偽装を見破れなかったのは、買い取り申請時の確認検査がまったくの形式だったからだが、その検査をする団体(機関)が農水省と食肉業界の癒着関係を象徴する団体であれば、当然のことでもあった。
 農畜産業振興事業団。これが農水省の委託で確認検査を行った機関だが、同事業団の主な業務は、農水省から事業委託を受けて食肉業界に助成金を支給することだった。ただ常勤役員11人のうち6人は農水官僚の天下りで、非常勤役員9人のうちの6人も、日本ハム・ソーセージ工業協同組合を含む業界6団体の理事長などが派遣されている(3/13:赤旗)のが特徴的である。
 この事業団が、食肉業界が難色をしめす検査などできるだろうか。業界の主要企業を傘下にもつ業界団体のボス連中である非常勤役員と、事業団の存続が「国益になる」などと考える天下り官僚の常勤役員が協議して決めた確認検査の方法は、もうそれだけで十分にうさん臭い。
 もっとも、狂牛病に感染した可能性のある牛肉買い取り事業は、畜産農家の保護や消費者の不安解消とは無縁なものだった。畜産農家の保護なら、食肉業者の牛肉を買い取るよりも食肉業者が買わなくなった牛を育牛農家から直接買い取るべきだし、消費者の不安解消には、感染経路を特定し、関係業者の実名をふくめてこれを遮断する措置を公表するほうが効果的だからだ。
 ところで、すでに「輸入和牛」が国産和牛同ように流通している状況下で狂牛病が発見されれば、牛肉販売への影響は国産和牛だけでなく、「輸入和牛」にも及ぶのは必至であった。「護送船団方式」の業界的常識(これもことわっておくが、世間の常識とは別の常識である)で考えれば、必要な対策は食肉業界全体の救済であり、それには国産牛肉の買い取りだけでは不十分なこともあきらかだったのだ。こうして、官業癒着そのものである農畜産業振興事業団が確認検査をする「和牛肉」の全量買い取り事業には、当初から偽装食肉の買い取りという不正につけ込まれるスキがはらまれたのだ。
 業界最大手の日本ハムと伊藤ハムの「輸入和牛」も買い取り対象になる可能性のある事業なら、海外に「和牛生産拠点」をもたず、しかしだからこそ彼ら多国籍資本による「輸入和牛」の流通で厳しい「国際競争」に直面することになった純国内的食肉業者が、雪印食品にかぎらず、偽装買い取り申請の誘惑に駆られるのも不思議はない。
 横田氏も示唆するこの疑惑は、日本ハムや伊藤ハムなど海外に牧場をもつ多国籍資本の申請分をすべて再検査し、その結果を公表するだけで払拭できる。だが狂牛病騒動のただなかで発生した偽装事件は、雪印食品の4月解散で決着がつこうとしている。
 零細な育牛農家が、「雪印を潰したら、日本の畜産はダメになる」としみじみと語るのは、こうした食肉業界と農水省の実態があるからである。そして3月31日、雪印食品の800人の労働者は解雇された。

日系アグリビジネスの規制を

 これだけの事実があれば、「BSE調査検討委員会」報告書案は、「悪意ある作文」と呼ぶ以外にないだろう。 誰も何の責任もとらずに「重大な失政」と批判しても、それが官僚たちの戒めになるはずもない。「大半は族議員の罪だ」と言わんばかりの族議員批判は、農水省の責任を免罪し、むしろ行政の独善的施策を擁護して官僚主義を助長することになりかねない。
 なにせ農水省は、自民党族議員出身の大臣さえ中止を考えた諌早湾干拓事業(本紙118号:01年11月参照)を、いまも利権のために強行しよとするなど、相当に悪質な前科のある国家官僚機構なのだ。

 だがそのうえで、狂牛病の発見を契機に、いまや日本で高級牛肉として売られている黒毛和牛肉などは、これまで海外では絶対につくれないと固く信じられてきた輸入和牛種の食肉だという事実が、少なくとも育牛農家などにはひろく知られるようになり、同時に鳴り物入りで導入された食品表示制度が、必要にして正確な情報を提供していないことが、これまた少なくとも消費者には広く知られるようになった。
 だから例の検討委員会の報告書で指摘され告発されなければならないのは、むしろこうした問題をあいまいにしつづけてきた農水官僚の怠慢なはずである。
 「輸入和牛」の流通がグローバリゼーションがうみだした現実なら、検討委員会はせめて、産地と輸入業者名の明記を義務化し、輸入和牛と国産和牛の区別が容易にできるようにすべきだし、ウソやあいまいな記載は「偽装」と同罪と断じて、これに厳しい罰則を課すことを提案すべきなのだ。
 なぜなら、食肉業界との癒着構造の下で正確な情報公開に抵抗し、さらに育牛農家や消費者の利益以上に食肉業界の、なかでも海外産和牛でぼろもうけしている食肉多国籍資本の利益に配慮して、偽装という不正につけ込まれる検査体制しかつくれなかったことが、結局は狂牛病の感染も、雪印食品の偽装工作も阻止できなかった、農水行政の「重大な失策」の本質だからだ。

(いつき・かおる)


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