現代アメリカ錬金術の破綻

金融グローバリズムを痛打する企業スキャンダル

(インターナショナルNo.128:2002年8-9月掲載)


 アメリカ経済の退潮が鮮明になり始めている。世界貿易センターへのテロがあった「9.11(ナインイレブン)」以降、90年代のアメリカの好況を特徴づけるIT産業が予想以上の回復力をみせ、02年下期には新たな急上昇(いわゆるV字回復)が期待されたのもつかの間、株価と為替(ドル)の下落に歯止めがかからない。
 この退潮ぶりは、今年上期の統計でも明らかだ。いわゆるオールドエコノミー関連株が中心のニューヨーク・ダウジョーンズ(ダウ)平均株価の年初からの下落率が8%なのに対して、ハイテク関連株が中心のナスダック指数は26%と実に3倍以上の下落率となり、これとともにニューヨーク市場の株高を支えてきた欧州からの資金の逆流(流出)が加速、今年第1四半期の欧州からの対米直接投資は前年同期比28%減、証券投資も同31%減となり、これがユーロばかりか円に対するドル安の圧力を高め、7月中旬までには対ユーロで14%、対円でも12%のドル安になった。
 インフレなき永遠の経済成長なるニューエコノミーの幻想は、00年9月の「インテル・ショック」(半導体のインテルの業績下方修正)を機に下落に転じた株価とともに破れ、ITバブルの崩壊へと至った。これに「9.11」が追い打ちをかけたのだが、テロ後の大幅減税と金融緩和、対テロ戦争での大盤振る舞いや被害者遺族への巨額の見舞金支払い、さらにはテロで破壊されたコンピューターに替わる大量の新規需要など、いわばテロ特需によって回復するかに見えたアメリカ経済のメッキは、やはりはげ落ちたのだ。
 だが現在の経済的退潮、とくに90年代アメリカの好景気をリードしてきた株式市場の低迷には、グローバルスタンダードを標榜してきたアメリカ資本主義への信任の失墜という、より深刻な問題がはらまれている。

●世界経済ゆるがす企業不正

 昨年10月、売り上げ規模で全米7位になったこともある大手エネルギー商社・エンロンの不正経理疑惑が発覚、12月には巨額の負債を抱えて経営破綻したとき、日米とくに日本のエコノミストにはまだほとんど危機感はなかった。
 だが今年1月になって、このIT革命の寵児・エンロンの倒産の陰で、「株主にとって世界一信頼できる会計システム」の守護者たる監査法人が自ら不正経理に積極的に関与し、はては書類を焼却して証拠を隠滅したことが暴かれ、さらにエンロン社の取締役たちは、確定拠出型年金=401kを自社株で運用していた社員には株の売却を禁ずる一方、自らは株価暴落直前にストックオプション(SO)株を売却して巨利を手にしていたことも明らかになった【本紙124号参照】。
 そればかりではない。JPモルガンなど、同社と関係ある大手証券会社は経営破綻に至るまでエンロン株を推奨銘柄として個人投資家に売りつけ、ちかごろは企業の殺生与奪の権さえ握る勢いの格付け会社でも、大手のスタンダード&プアーズなどがエンロン株を投資不適格に格下げしたのは同社破綻の後だった。そしてその後も同様の企業スキャンダルはKマート、バリバートン(チェイニー副大統領が元CEO)、AOLタイムワーナーなど「優良企業」で相次いで発覚、Kマートは1月に倒産に追い込まれた。
 この頃から日本のエコノミストの間にも不安が広がりはじめる。なぜならそれは、アメリカの多国籍金融資本の利害代弁勢力である「財務省・ウォール街複合体」が「グローバルスタンダード」と強弁してきたアメリカ資本主義のコーポレートガバナンス(企業統治)が、粉飾決算や経営者の不当利得のチェックシステムとしては全く無力だったことの暴露だからだ。それはアメリカ金融市場の国際的信用を失墜させて外国資金の流出を加速し、逆資産効果(株式資産の目減り)を拡大してアメリカの消費を減退させ、ひいては対米輸出と対米輸出好調のアジア諸国への輸出増に牽引されて回復しはじめた日本経済に冷水を浴びせることは確実だからだ。それはつまるところ、アメリカのITバブルを賞賛し、グローバルスタンダードに追随する規制緩和が日本経済復活の道であるとする、小泉流構造改革を根底から揺るがすことにもなる。
 だが6月に開催されたカナダ・カナナスキスでのサミット直前、アメリカの大手通信会社・ワールドコムの粉飾決算が明らかになり、7月19日にはアメリカ史上最大の400億ドル超の負債を抱えて倒産したことで、アメリカ株式市場の退潮は決定的になった。しかも一連の企業不正と倒産は、IT革命への過度な期待と幻想を背景にした証券バブルの波にのった巨額の株式時価総額に隠れて、とてつもなく過剰な設備投資が行われていたという、90年代アメリカの好景気のカラクリも暴くことになった。

●現代錬金術の破綻

 ワールドコム社は、どう考えても不可能な加入者急増見通しを立て、企業買収を多用してインターネット用光ファイバー網を急速に拡大し、結局はそれが過剰投資となって破綻したのだが、それは交通量を過剰に見込んで赤字が確実な高速道路を建設する、どこかの国の公共事業に通ずるデタラメさである。だが証券バブルのおかげで、異常な値上がりをつづける自社株の利益が財務指標上は過剰投資を相殺し、他方では事業を拡大しつづける優良企業というエコノミストたちのお墨付きで異常な株価上昇が持続するという「好循環」が、90年代アメリカの好景気の構図だったのだ。
 しかしだからこそITバブルが破裂して株価の値下がりが始まったとき、過剰な投資と債務を覆い隠し、優良企業として資金調達を有利にする錬金術=高値の株価は、粉飾決算をしてでも維持しなければならいない麻薬としての本性を露わにしたのだ。
 つまり80年代後半から90年代にかけて、情報技術(IT)の分野で急速な技術革新があったことは事実だとしても、それが直ちに労働生産性を急上昇させ労働分配率を急低下させた訳ではなかったのだ。にもかかわらず、ITを駆使した怪しげなビジネスモデルがあたかもこれを実現したかのような幻想がニューエコノミーとして喧伝され、世界的な過剰生産のために商品生産では実現できなくなった高利潤率を求める世界中の資金を巻き込んで、投機の熱狂=マネーゲームが仕掛けられ、それが生んだ証券バブルが無名のベンチャービジネスを巨大な張り子の虎に育て上げてしまったのだ。
 だが実際の労働生産性の上昇は、エンロンやワールドコムの倒産であきらかになったように過剰なまでの投資の結果であったし、労働分配率の低下も社員持ち株制度(SO)と引き替えの低賃金の結果に過ぎなかった。それは膨大な過剰設備の残骸を後に残し、エンロン社員の賃金の一部は401k年金の紙くず化によって市場にかすめ取られた。

●双子の赤字の再来

 こうした企業スキャンダルの多発に驚いたブッシュ政権は、これを一部の不届きな経営者による不祥事として片づけようと、不正な金融取引を監視する証券取引委員会(SEC)の予算を急遽増額し、4月に共和党主導の下院で可決したばかりの企業改革法案を放棄し、民主党のポール・サーベンス議員が提出したより厳しい上院の法案を大急ぎで支持するなど、スキャンダルが政権に飛び火するのを防ごうと必死だ。
 だが一連のアメリカ企業のスキャンダルは、90年代アメリカの一人勝ちを演出してきたITと株価のバブルにとどめを刺し、それによってアメリカ資本主義と国際基軸通貨・ドルが抱えつづけてきた矛盾を改めて暴き出すことで、ブッシュ政権をより深刻な危機に直面させる可能性がある。
 というのも世界最大の債務国であるアメリカが、世界最大の消費国=最後の買い手として世界中から輸入をして欧州やアジア経済を支えてこれたのは、株高、ドル高、高金利を目当てに世界中の資金がアメリカに流入しつづけたからだ。だがバブルがはじけて株価が下落し、それに伴う資金流出がドルを下落させ、バブル崩壊に対応した低金利が持続されれば、アメリカの経常収支が赤字に転落するのも確実だからだ。
 しかも9月末には、無謀な減税やテロ対策の巨額の出費で赤字になったと予測されている連邦財政の決算が公表される。経常収支と連邦財政の双子の赤字は、まったく同じ性格ではないながらも80年代アメリカの悪夢の再来である。
 99年初頭、ルービン元財務長官が警告したように「最後の買い手」であることを辞めるしかなくなったアメリカ資本主義は、ITと株式に代わる新たな金融投機のブームを見いだし、大いなる買い手として復活できるだろうか。
(きうち・たかし)


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