【時評】[市場の正義]エンロンの倒産

違法行為の露見で揺らぐアメリカ企業制度への信頼

(インターナショナルNo.124/2002年3月掲載)


 タリバーン政権が崩壊し、アフガン戦争の第1局面が終息にむかいはじめていた昨年12月、世界最大のエネルギー取引会社であるエンロンが、連邦破産法第11条(日本の会社更生法に相当)を申請して倒産した。
 90年代、売上規模で全米7位になったこともある「超優良企業」の倒産は、ケネス・レイ前会長とブッシュ大統領一族の親密な交際や多額の政治資金の提供もあり、一時は日本でも大きく報じられた。いまではあまり報道されなくなったが、アメリカでは今年になって、連日のように新聞の一面トップを飾る最大のニュースになっている。
 エンロン事件には2つの側面がある。ひとつは政治献金などの政治スキャンダルの側面で、日本の報道の多くはそこに焦点をあてていた。だがこれは、違法献金や特別な救済があった訳ではなく、あとは「新エネルギー政策」にエンロンの意向が盛り込まれたのではないかとの疑惑だけだ。これは民主党が資料の公開を要求し、これを拒否したブッシュ政権を議会側会計監査院が提訴するという前代未聞の事態になってはいるが、ウォーターゲートのような疑獄事件に発展する可能性は小さいとの観測が圧倒的だ。
 むしろ焦点化しているのは、企業犯罪の側面だ。不正な経理操作と粉飾決算、自社株の高値を呼ぶ高収益の虚構、これを黙認した監査法人の証拠隠滅行為、会社重役たちのインサイダー取引疑惑、自社株暴落で破綻した従業員の401K型年金などである。
 これらの問題には、空前の好況を経験したアメリカの企業社会に実は重大な欠陥や不備があるのではないかとの疑惑とともに、アメリカの企業制度への不信が経済全体への不信にまで広がり、回復しつつあると言われるアメリカの景気に悪影響を及ぼすのではないかとの不安がはらまれている。

 エンロンの前身は年商76億ドル、株価も5ドル台の天然ガスパイプライン運用会社だ。ラインの空きを利用させて手数料を稼ぐ発想を電力、水道、通信にも応用して業績を伸ばしてきたが、それらをインターネットで取引する「エンロン・オンライン」を開設したのが99年11月だ。まもなく金融商品や通信容量取引なども扱う、年商1010億ドル超(2000年度)の巨大エネルギー商社に成長した。証券バブルに沸く投機資金が、このIT型「ニュービジネスモデル」に殺到するのは当然だった。株価は99年末の40ドル台から、翌年8月には90ドル台にまで急上昇した。
 96年にエンロンの会長兼CEO(最高経営責任者)に就任したケネス・レイは、「市場の正義」を売り物にこの急成長を指揮してきたのだが、その実態は集まった資金を次々と投資して事業規模を拡大し、証券バブルの崩壊で資産価値の目減りがはじまると数々の不正で虚構を積み重ねてきたのだ。
 そして「市場の正義」はいま、証券投機に浮かれた投資家たちの資金を食いつぶし、運用型年金401Kに加入していた労働者の老後を破滅させた反面、倒産を予測できたレイ前会長ら重役たちが事前に自社株を売って大金を手にし、刑事訴追を逃れようと高額の報酬で敏腕弁護士を雇い入れることを許す。


時評toopへ HPtoopへ