【時評】「ヤラセ」に乗った「吉牛」応援報道

●吉野屋と米国大使館の仕掛けに踊るマスメディア

(インターナショナル第152号:2005年1・2月号掲載)


 わたしは昨年1月の本紙(141号)に、「残飯大国日本の、輸入牛肉狂奏曲」なる時評を書いた。BSE感染が発覚した米国産牛肉の禁輸が、吉野屋の牛丼販売停止発表で「サラリーマンの昼食代の大問題」に大化けして、テレビで大々的に報道されたことに本当に驚いたからである。
 優良企業の吉野屋がその業績悪化を懸念して「早期輸入再開」を訴えるのは、安全な食品を提供すべき外食産業のリーダーとしては本末転倒で、それを指摘もしないマスコミのバカ騒ぎを叱ったのである
 ところがどうだ。その吉野屋が2月11日、牛丼販売停止1周年を記念して(この名目も奮ってるが)1日だけ牛丼を販売すると言うと、久しぶりの「吉牛」を食べようと並んだ人々の行列を取材するため、都心の吉野屋の前に報道陣が押しかけたのだ。
 レポーターはほほ笑んで曰く。「早く牛肉の輸入が再開されるといいですね」。そしてもちろんベーカー駐日大使は、「日本の消費者は米国産牛肉を好み、今も食べたいと思っていることを確認した」(2/12:朝日)と御満悦だったのは言うまでもない。

 今回の「吉牛」応援報道は、吉野屋と米国大使館が仕掛けた「ヤラセ」である。知らずに踊っただけなら日本のマスコミは「ただの間抜け」だろうが、知って乗ったのなら「共犯者」である。何故か?
 それは昨年10月の本紙(149号)に掲載された「食品安全行政の政治的配慮は、今に始まったことではない」で指摘されたことに関係している。日米両国は牛肉輸入解禁で合意したが、その条件つまり「どうやって安全性を確認するか」で、「アメリカ政府の保証」という「非科学的な政治的基準」がまかり通ったことである。
 政府間で合意したとは言え、牛肉の輸入・販売は食品衛生法の基準を満たさなければならない。つまり禁輸の根拠となった基準を変えなければ米国産牛肉の輸入は解禁されないのだが、この見直し作業が「政治的基準」をめぐって予想以上に難航し、輸入再開が予定された7月に間に合わない可能性も取が沙汰されはじめている。
 要するに安価な米国産牛肉に99%依存し、牛丼単品に特化して高収益をあげた「吉野屋ビジネスモデル」が、米国産以外の輸入牛肉に転換して牛丼販売を再開した「松屋」「すき屋」といったライバルに猛追され、「スケールメリット」と「単品経営」からの転換を迫られる事態に陥った(『週刊東洋経済』04年11/13号)のが、特売の背景なのだ。
 苦境に立つ吉野屋が、牛肉輸入解禁の旗振り役である米国大使館との間に完全な利害の一致を見いだし、マスコミを巻き込んで基準の見直し作業に「圧力をかけるイベント」を仕掛けたのだ。そうでないとしたらべーカー大使のコメントと手回しのいい取材は、あまりにも「でき過ぎ」だ。

 あたかも2月4日、英国滞在経験のある日本人男性が、BSE汚染牛肉の摂取で感染すると言われる新型ヤコブ病で死亡したことが確認された。牛肉輸入解禁基準の見直し作業がさらに慎重になるのは避け難い。
 だとすれば、吉野屋と米国大使館の仕掛けを承知で乗ったマスコミ各社は、自ら進んでBSE感染被害を拡大する「共犯者」の役を引き受けたことになる。

(Q)


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