▼米国産牛肉の輸入再開で合意▼

食品安全行政の政治的配慮は今に始まったことではない

(インターナショナル第149号:2004年10月掲載)


 10月20日から23日にかけて開催された米国産牛肉の禁輸問題を協議する「日米局長級会合」は、閉会ぎりぎりになって@牛海綿状脳症(BSE)の原因物質が蓄積しやすい脳などの「特定危険部位」が除去されていること、A月齢記録のある牛のうちアメリカ政府が20カ月以下の牛であることを証明していること、の2つの条件を満たす牛肉について輸入を解禁することで合意した。
 この日米合意は、日本国内で行われているBSE対策を見直した後で、具体的には「すべての牛=全頭」にBSE検査を義務づけている現行省令を改定し、「月齢21カ月以上の牛」にだけ検査を義務づける「見直し」の後で実施されるため、実際に輸入が再開されるのは来年7月頃になると言う。
 こうした農水省と厚労省の対応に、消費者団体などが強い不信を表明し疑問を呈したのは当然だった。なぜなら今回の合意には、食品の安全性を確保して自国民の生命と健康を保障すべき行政が、アメリカ大統領選挙を意識した政治的配慮を優先して「現行の対策を後退させた」との疑惑がつきまとっているからであり、多くの消費者の目にもそのように映っているからである。

▼現行対策も政治的配慮だらけ

 この消費者の不信感は、朝日新聞社が合意直後に実施した世論調査で63%の人が輸入が再開されても米国産牛肉は食べたくないと答え、輸入再開には賛成の人でも25%は、やはり食べたくないと答えたという結果にもはっきりと示されている。
 ただこうした消費者の反応には、農水省や厚労省のBSE対策に関する情報操作や宣伝による影響があると思う。
 もちろんアメリカのBSE対策は、かつての日本と同様で到底信頼に値するとは言えない実態はあるが、では「牛肉の安全性」という観点から見て現行の日本の対策は、今回の日米合意で重大な危険が生じるほど「後退」するのかと言うと、それはそれでかなり疑わしいからである。
 そもそも日本のBSE対策は、農水・厚労両省が「世界で最も厳しい」と自画自賛して実施され、「全頭」検査や「全頭」を対象とする特定危険部位の除去は、たしかにアメリカと比べれば相当に厳しいEU(欧州連合)基準以上に厳格な対策だった。しかし安全性の確保という観点に立つと、「全頭」という検査や危険部位除去の「対象」は、費用も手間もかかることを別にすれば特段に厳し訳でもなければ最善の方法という訳でもないのが実情である。
 01年9月にBSE感染が日本で初めて確認された直後、食品安全委員は、世界で最も厳しいEU基準を参考に「生後30カ月以上」の牛を検査対象にしようとした。BSEの原因物質(異常プリオン)は、現在の検出法では2〜8年の潜伏期を経て発病半年ほど前でないと発見が困難だし、若い牛の検査ほど効果が期待できなかったからである。
 ところがこれに反対して「全頭」検査を強く求めたのは食肉業界だった。しかも業界の反対理由は、検査済の牛肉と未検査の牛肉が店頭に並ぶと未検査のものが売れなくなるのを恐れたからであり、安全性の観点からではもちろんなかった。
 同様に異常プリオンが蓄積しやすい危険部位の除去も、EUでは検査では対象外の「12カ月以上」という基準で脳や脊髄を除去しており、回腸については日本だけでなくEUも全頭を対象に除去されているが、このEU基準は少なくとも、若い牛の回腸以外の部位には異常プリオンの蓄積が見られないという、膨大な検査に基づく経験値の蓄積とその分析結果に基づいているのだ。
 ちなみにアメリカでは「30カ月以上」が検査と危険部位除去の対象だが、月齢21カ月の牛からも異常プリオンが発見された事例を考えれば「科学的」とは言えないし、一頭ごとに牛の月齢を管理するシステムも存在しない現状では、「何カ月」という月齢基準そのものが信頼されなくて当然だ。

▼政治的基準の横行

 こうして見ると、日本のBSE対策は「アメリカ大統領選」と言うよりもその初めから政治的配慮に満ちていたのであり、その意味では「アメリカの圧力」で「全頭」を対象とした現行BSE対策が「後退」することは重大問題とまでは言えない。
 むしろ「科学的ではない」というアメリカの主張に根拠を与えたのは、政治的配慮で歪められた日本の「基準」だったのであり、結果として日米交渉は日本が守勢に終始することになり、結局は輸入牛肉の月齢を「アメリカ政府が保証する」という、科学的根拠とは無縁な「新しい基準」を受け入れたことにあるのだ。それは「アメリカ政府は信用できない」ということではなく、少なくとも実証された経験値にもとづくべき客観的基準に代わって、「政治的基準」の横行を許すことになるからである。
 それはまた日本の行政機構の、世界に通用する説得力ある自律的基準を策定する能力の欠如、もう少し穏やかな表現をすれば国際的な自律的基準の必要性についての認識不足を示すものであろう。
 そしてこのために被害を被るのは、真剣にBSE対策に取り組んできた日本の食肉生産者と消費者なのである。

(10/30:いつき・かおる)


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