イラク攻撃と中東諸国の動揺

「理想を実現する戦争」というロジック

欧米型民主主義をアラブ諸国に移植する願望

(インターナショナル130号・2002年11月号掲載)


 ブッシュ政権による対イラク戦争の準備が着々と進行しつつある。
 10月10日に上下両院から戦争遂行の全権を取りつけ、11月5日に投票が行われた中間選挙では、イラクとの戦争の扇情的キャンペーンによって上下両院で与党・共和党が多数を制する歴史的勝利をおさめたブッシュ政権は、11月8日にはイラクに対して大量破壊兵器の無条件の査察受け入れと破棄を要求する国連安保理決議を全会一致(15カ国)で採択させることに成功し、19日には国連査察団がイラクに入国した。
 ペルシャ湾と周辺諸国に展開するアメリカ軍はすでにイラクに対する侵攻態勢を整えており、残る「開戦手続き」は、国連査察団とイラク政府の些細な対立を国連決議違反として世界に喧伝することだけである。しかし場合によってはこうした手続きさえはぶいて、密かに増強されてきた特殊部隊による挑発行動で「イラクの無法ぶり」を暴露し、これを口実に開戦する可能性さえある。ベトナム戦争に本格的に参戦する契機となったトンキン湾事件の再演である。
 11月中旬までの状況を判断する限り、ブッシュ政権の対イラク戦争の決意は、国際社会の衰えない懸念、国連決議をめぐる「国際協調への復帰」、そして欧米でも高揚し始めている対イラク戦争反対運動にもかかわらず、いささかの変化もない。
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 だが同時に、ブッシュ政権がこれほどまで対イラク戦争とフセイン政権打倒に固執するのは何故かという疑問は、なお世界中に渦巻いている。はたしてブッシュ政権のアメリカは、対イラク戦争=第二次湾岸戦争によって何を実現しようとしているのか。

          核保有の危険? 石油利権?

 アフガニスタンの治安もまだおぼつかない今年4月27日、「ニューヨーク・タイムス」紙は、ブッシュ政権内でイラク攻撃の検討が始まったと報じた。その時の戦争の口実は大量破壊兵器を製造・貯蔵し、テロを支援するフセイン政権の打倒であった。
 ところがこの戦争をめぐる賛否両論が国内外で沸き起こり、とくに退役した米軍元幹部たちの反対の声が強まったことを受けて、9月12日に国連で行われたブッシュ演説では、@イラクが1年以内に核兵器を保有する可能性がある、A国連査察の受け入れなど16の国連安保理決議に違反しているなどが明示されはしたが、はじめて包括的なイラク攻撃の必要性を説明したにもかかわらず、9・11テロ実行犯を支援したという最も説得力のある理由を示すことはできなかった。テロ実行犯とイラク情報機関幹部の接触などは、結局は立証できなかったからである。
 さらに1年以内の核兵器保有説も、ブッシュ自身が言明したように「核物質を入手できれば」という条件つきであり、それほど切迫した理由とは言い難い。なぜなら核兵器製造に欠かせない濃縮ウランやプルトニュームの入手は、経済制裁によってすべての輸出入が厳しく統制され、かつ米英軍の日常的な監視下にあるイラク政府には、ほとんど不可能だろうからである。
 こうしてブッシュ政権は、少なくとも対イラク戦争の緊急な必要性を国際社会に納得させることはできなかった。だがまさにその結果として、様々な憶測が世界を駆け巡ることにもなった。いわく不況にあえぐ軍需産業の要請、父親ブッシュの仇討ち、石油利権争奪戦、はてはパレスチナ問題にかかわるユダヤロビーの陰謀説までがまことしやかに取り沙汰される状況が生まれた。
 これらの憶測は、それぞれにそれなりの根拠があり、そうした思惑がブッシュ政権を取り巻いているのも事実ではあろう。なかでもフセイン政権を打倒して親米政権を樹立し、メジャーの石油権益を擁護する戦争であるとする解説は、マスコミや評論家たちによって広く流布されている。
 たしかに、サウジアラビアに次ぐ世界第2位の確認埋蔵量(サウジを上回るという米国エネルギー省の報告もある)をほこるイラクの石油資源をめぐって、経済制裁のために手をこまねいていたアメリカ石油資本を尻目に、ロシアとフランスがフセイン政権と油田開発の交渉をすすめてきたのは事実だし、それは後述するように対イラク戦争のひとつの重要な戦略的背景である。
 だがフセイン政権との間で成立したロシアやフランスの油田開発利権を戦争という手段によって奪回するといった発想は、20世紀初頭に書かれたレーニンの「帝国主義論」をそのまま現代に当てはめようとする、教条主義者にこそふさわしいものであろう。
 そもそもロシアとフランスにとって重要なことは既得権をアメリカに認知させることであって、フセイン政権の擁護や防衛とは無縁である。ロシアもフランスもこれらの利権が保証されるなら、いつでもフセイン政権を見限ることを厭わないだろう。石油資源を武器にできるアラブの覇権がフセインの手中に帰すことは、ロシアとフランスにとっても好ましいことではないからだ。

          アラブ王政評価の転換

 では何故ブッシュ政権は、国際社会の反対や懸念を押し切ってまでフセイン政権打倒の戦争に固執しつづけるのか。
 結論から言えば、世界の石油資源の大半が集中する中東にアメリカの覇権を貫徹するために、欧米型民主主義をアラブ諸国に強引に移植しようとする国際戦略が、ブッシュ政権によって推進され始めたのである。あえて言い換えれば、父親ブッシュが湾岸戦争では実現できなかった「ポスト冷戦の国際新秩序」を、「中東アラブ諸国の民主化」によって実現しようとする願望である。
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 8月6日付の「ワシントン・ポスト」は、7月10日にペンタゴンで開かれた国防政策諮問委員会で、サウジアラビアに関する衝撃的な報告がおこなわれたことをスクープした。ランド研究所の国際問題専門家がサウジアラビアの現状を説明したうえで、「サウジアラビアのテロ・グループ支援をやめさせるため、サウジアラビアの油田だけでなく、アメリカにあるサウジアラビアの資産を接収せよ」と主張したというのである。
 もちろんパウエル国務長官とラムズフェルド国防長官は、それは政府の見解とは異なるとあわてて否定した。だが報告の論旨は、同委員会議長の元国防省高官リチャード・パウルの持論と見られ、同委員会の委員にはキッシンジャー元国務長官やシュレジンジャー、ブラウンの両元国防長官ら共和党系の重鎮たちが名を連ね、キッシンジャー以外の委員は反論もしなかったという。とすればこの報告には、国防関連の共和党系重鎮たちのサウジアラビアに対する評価の変化が反映されていると考えていいだろう。石油メジャーによる中東原油支配の最も重要なパートナーであるサウジアラビアに対する評価の変化は、ブッシュ政権下のアメリカが中東戦略を転換する背景としては十分である。
 当然のことだがこの変化には、サウジ国籍の人物が9・11テロの実行犯に多く加わり、アルカイーダのカリスマ的指導者オサマ・ビン・ラディンが、サウジを追放された人物でありながら、サウジ王家との関係が疑われる豊富な資金力をもっていたことと直接関係している。つまりイスラーム原理主義というテロリズムの温床を保護・育成しているのは、中東アラブ諸国で欧米型の民主化を進めてこなかった王政自身であり、その象徴的存在こそがサウジアラビア王家であるといった認識への転換が、アメリカの権力中枢部において進展したことは疑いない。
 現実にサウジアラビア王家は、イスラームの聖地・メッカの庇護者としてその教義を厳格に遵守る義務を負っているが、その実態はメジャーとの原油取引で得た巨額の資金で私腹を肥やし、放蕩三昧の生活を送っていることは秘密でさえない。「腐った王政」(本紙90年9月:第17号)とわれわれが呼んだゆえんである。しかもサウジアラビア王家はこうした堕落に対する民衆の批判をかわすために、コーランの教条的遵守を主張するイスラーム教ハワブ派を庇護してその神学校をサウジアラビアで多数建設したが、この教条的宗派の神学校が、原理主義と呼ばれるイスラーム運動の精神的土台を提供しつづけてきたのは否めない事実でもある。
 さらにサウジ王家は、旧ソ連軍と戦うムジャヒディーンを支援するパキスタンの軍事政権を支持し、同国のイスラーム神学校建設に多額の資金援助をしてきた実績もあるが、アルカイーダをかくまったとしてアメリカ軍の攻撃を受て崩壊したアフガニスタンのタリバン政権が、こうして設立されたパキスタンの神学校出身のムジャヒディーンが主導していたのは周知の事実である。

          アラブ諸国を民主化する?

 実は、腐った王政に民主化の圧力をかけるべきだという主張は、9・11テロの直後からアメリカ世論に登場していた。
 ひとつの典型は、テロ直後の昨年10月17日づけ「Newsweek」(日本版)の「憎悪とイスラムの政治学」と題された特集である。
 この特集にある「アメリカの取るべき道」で同誌は、「いまアメリカと世界が直面している脅威は、イスラム世界の政治的・経済的・文化的な没落を終わらせ、アラブの怒りの根を絶たないかぎり解消しない」と述べ、同時に「世界では今、アメリカに協力しようという機運が、かつてないほど高まっている。大半の国の政府は、アルカイダのような勢力の台頭に脅威を感じている」現状は、「ポスト冷戦時代の新しい国際体制を確立するチャンスだ」と主張した。なぜなら「アメリカのイスラム世界に対する最大の罪は・・・・イスラム諸国に対して、国内で民主化を推し進めるよう圧力をかけることを怠ってきた」怠慢にあるからだし、「強権的な政府との同盟関係を保ちつつ、改革を促すことはできない」とも主張していたのである。
 そしてこの記事には、「サウジアラビアをはじめとする穏健派諸国は、イスラム原理主義ときっぱり決別してきたとはいえない」と、アラブの王政諸国に対する不信と非難が姿を現してもいた。
 だがこの中道右派を代表する雑誌の、一見理想主義的な主張は、欧米型民主主義への素朴な信念と美化に彩られ、腐った王政と結託して原油のうみ出す巨万の富を山分けしているのが他ならぬアメリカの多国籍石油資本であり、そうした富のさん奪が民主主義の土台となるべき経済的基盤を破壊しつづけていることを見落としていた。
 ところが今年9月20日、「米国の国家安全保障政策」いわゆる先制攻撃戦略と称されるブッシュド・クトリンが発表されると、この中道右派の理想論は現実に追求される国家目標へと転化するのである。欧米型の自由と民主主義を唯一の絶対的価値として称揚し、これに対するあらゆる脅威を圧倒的な軍事力で殲滅するというブッシュ・ドクトリンは、明示的ではないとしても、国際的な紛争地域、とくにアメリカを悩ませつづける中東・アラブ世界に、その「民主主義」を押しつける意図に貫かれていた。
 そしてこれが、「ネオコンサバティブ(新保守主義者)と言われる共和党タカ派の人々が『イラク攻撃の目標に堂々と民主化を掲げよう』(パウル国防政策委員長)と叫べば、リベラル派の論客でニューヨーク・タイムス紙コラムニストのフリードマン氏が『イラクの民主化をめざすなら、攻撃の意味がある』と応じる」(『世界』11月号:杉田弘毅「米政権の世界戦略に組み込まれたイラク攻撃」)といった、イラク攻撃支持の世論がアメリカを覆う異様な事態をつくり出した。
 つまりブッシュ政権は、イラクに対する戦争をアラブ諸国の民主化を促す突破口と位置づけ、その後は民主化されたアラブ諸国が欧米世界と共に繁栄できるという、ほとんど非現実的な展望のもとに戦争を強行しようとしていると言うほかはない。
 前掲「Newsweek」の特集は、「希望をいだかせる要素」があるとして、「欧米が後押しすることで、イスラム世界が尊厳をたもちつつ、平和的に近代世界の一員になることができれば、・・・・そのとき、世界はこれまでとまったく違ったものになっているはずだ」とまで言い放った。だがこの欧米型民主主義への素朴な信念と、他の追随を許さない圧倒的軍事力に対する尊大な自信が結びついたとき、「世界の民主的改造」という不遜な願望がアメリカを捉えたのだ。

          「3月暴動」と軍事クーデター

 ブッシュ政権中枢の高官たちと、なお70%を占めるブッシュ支持者たちは、アメリカ建国以来の崇高な理念「自由と民主主義」の伝導者という使命感に酔い、フセインを打倒してイラクに民主的政権を樹立し、アラブ諸国と欧米の共存共栄が実現できると本気で信じ込んでいるようである。
 だが実はブッシュ政権は、それが現実的であるとことを示す具体的なナリオづくりに腐心している。今年7月、ブッシュ政権がイラクの亡命軍人をロンドンに集めて「イラク軍事同盟」を結成したり、1992年にCIAが指導して結成した亡命イラク人組織「イラク国民会議」との会合をもったのも、民主政権の担い手となる反フセイン勢力の存在をアピールするために他ならない。
 しかしこれらの亡命イラク人組織が、フセインに代わって政権を握ることには、多くの専門家たちも懐疑の目をむける。彼らがイラクに戻っても、依拠すべき社会基盤が皆無だからである。こうしてブッシュ政権は密かに軍事クーデターに、つまりフセイン政権の基盤であるバース(復興)党の内部分裂とクーデターによるフセイン追放というシナリオに、ポスト・フセインの展望を託す以外になくなりつつあるように見える。
 そしておそらくこのシナリオだけが、ポスト・フセインの現実的可能性である。というのも日本ではほとんど報道されなかったが、91年の湾岸戦争終結からわずか2日後の3月2日、クウェートから敗走してきたイラク正規軍が南部の町バスラでフセイン大統領の肖像画を砲撃、わずか1週間で南部8県に広がる暴動が起きた事実があるからである。
 新鋭兵器で武装し厚待遇のフセイン直属の共和国防衛隊と違って、クウェートの戦場で苦難を味わった正規軍兵士たちの不満に火がついたのだが、この「3月暴動」は首都バクダットでもデモ隊と警官隊の衝突に発展し、一時はイラク18県のうち14県を反乱軍が制圧した。だが暴動には致命的な弱点があった。全国的連携を欠いた反乱はまもなく錯綜する情報に翻弄され、フセイン政権の崩壊と存続をめぐる混乱した噂が疑心暗鬼を生み、反乱者同士の衝突を引き起こしたのである。
 多国籍軍はこの混乱に対する不介入を選択したが、これを見極めたフセインが鎮圧に乗り出し、10万人といわれる死者を記録した暴動はほぼ1カ月後に終息した。
 そしてもし、アメリカによるイラク攻撃が決行されれば同様の反乱が起きる可能性は十分にある。フセインがアメリカとの戦争を本当に恐れるのは「3月暴動」の再現がありうるからであり、だからまたフセインを追放してバース党を存続させ、最低限の混乱で実権を確保しようとする勢力が政権中枢でクーデターに訴える可能性もあるのだ。
 異教徒の米英軍に代わってイラクで政権を握るべき亡命イラク人組織の無能が明らかになるにつれて、ブッシュ政権は、イラクで唯一全国的統治能力をもつバース党の官僚機構を利用するシナリオを追求する以外にはなくなることになろう。

          親米政権か反米政権か

 だがバース党の分裂とフセイン追放が思惑どおりに進んだとしても、アメリカにとっての真の困難はその後にある。
 欧米の素朴な理想主義者が独裁と非難するアラブ諸国の国家体制は、膨大な貧困層と極少数の富者という深刻な社会的分裂と抗争を軍と秘密警察で押さえつけるボナパルチズム体制であり、その背後には石油資源の社会的所有(国有化)を阻止し、私的所有を維持することに共通の利益を見い出している、腐った王政や独裁政権と国際石油メジャーの結託があるからである。
 いまもイラク攻撃に対する最も根強い反対派が米軍統合参謀本部に存在するのは、ポスト・フセイン体制が米軍の長期的占領となり、ベトナム戦争の二の舞いになるのではないかとの疑念があるからである。そして確かにバース党の内部分裂を利用するポスト・フセイン構想は、米軍の長期的占領というリスクを多少は軽減できるだろう。
 だが代わりに「民主的なイラク政権」の樹立という大義名分の達成は、事実上永遠の未来に押しやられる。なぜならそれはフセインの首をすげ替えただけのバース党独裁つまりボナパルチズム体制の持続であり、原油資源が生み出す富の公平な再分配が実現されない限り、この体制を廃止することはできないからである。しかも今度はアメリカは、この政権を民衆の批判や反乱から防衛する以外にないだけでなく、クルド民族の独立運動の激化など、新政権に対する反乱に軍事的に対処する必要にさえ迫られるだろう。それはいずれにしろ、アメリカが再び内戦の泥沼に足を取られる危険に違いない。
 こうしてブッシュ政権は、ポスト・フセイン体制への様々な疑念を払拭しよと、韓国や台湾での民主化の成功例や、戦後日本の占領政策の成功例まで持ち出して説得に努めるはめに陥った。だがこれらの国々が経済的成功を収めそれなりの民主化を達成しえたのは、没落した欧州資本主義に代わって、労働者大衆の消費活動を新たな市場として組み入れ、この拡大する市場とともに大量生産・大量消費の好循環を実現した戦後資本主義の勃興期という条件に恵まれたからである。
 ところが戦後資本主義の繁栄は、70年代半ばのオイルショックを契機に明らかな過剰生産(需要不足)に陥りはじめ、以降、長期におよぶ利潤率の低下に直面した。アメリカ資本主義が世界に押し広げたグローバリゼーションは、利潤率が低下する製造業(オールドエコノミー)への投資に代わって、資源とサービスとを問わずあらゆる経済活動を投機の対象とする金融取引によって、高い利潤率を確保しようとする多国籍金融資本の要求にもとづいて構築されたのだ。そしてこのグローバリゼーションが、アラブ諸国に新たな貧困をもたらしたのである。
 つまり「アラブの怒り」の根は「アメリカの怠慢」にではなく、このアメリカ的グローバリゼーションの中に、そしてこれと一対の二重基準、つまりアラブと欧米のあらゆる不等価交換を正当化するダブルスタンダードの中に伸びているのだ。こうしてもうひとつの真に困難な問題が、アラブ諸国に欧米型民主主義を移植しようとするブッシュ政権の前に立ち現れる。
 移植された民主主義が腐った王政と独裁者を退ける一方で、ブッシュが期待する親米政権ではなく、反米政権の台頭に道を開く危険である。アラブの民衆が欲しているのは、欧米資本の収奪や蔑視に敢然と立ち向かいアラブの尊厳を取り戻す政府であり、アメリカ政府の顔色をうかがう親米政権ではないのは明らかだからだ。経済制裁や軍事的恫喝のない真に自由な選挙が実施されるなら、アラブ民衆がこうした意志の表明を躊躇する理由はない。だがこうしてアラブに反米政権が登場すれば、それは南米諸国に繰り返し現れたペロン主義のアラブ版つまり民族主義的ボナパルチズム以外ではありえない。
 この民族主義政権を親米につなぎとめる鎖として、欧米諸国は「民主化支援」の名目で新たな経済援助をつぎ込まざるをえなくなるだろう。だがこの経済援助が政治腐敗を養って利権に群がる特権的階層が援助を食い物にし、やがて新たなディフォルト(債務不履行)を通じて国際金融資本の危機として還流する、かつて南米で経験した同じ悪循環がアラブで構造化される可能性もある。

          代行主義を批判する反戦思想

 アメリカによるフセイン政権の打倒は、中東ペルシャ湾岸の新たな不安定化のはじまりを刻印するだろう。
 産油国の盟主にして腐った王政を象徴するサウジアラビアであれ、アラブの盟主を自認するエジプトであれ、アメリカとの協調を外交戦略の軸にしてきた親米穏健派政権は、アメリカの押しつける「民主化」と、国内のボナパルチズム体制の必要性の間で動揺を深めざるをえないからである。
 だが同時に、戦争によって「自由と民主主義」を世界に広げるという不遜な使命感や願望の台頭に対して、これに敢然と反対する新たな反戦思想の萌芽が他ならぬアメリカに現れたことに、階級的労働者は特段の注意を払おうとするだろう。
 9・11テロ1周年直後の9月19日、アメリカの知識人、アーティスト4000人が実名で署名した意見広告『良心からの宣言/我々の名は騙らせない』が「ニューヨーク・タイムス」紙に公表されたことが、雑誌『世界』12月号に紹介されている。
 「自国政府が際限のない戦争を布告し、新しい手段で抑圧を強めようとする時に、アメリカ合衆国の人々は何ら手を打とうしなかった、などと世界に言わせてはならない」という書き出しではじまる宣言は、「『我々』という言葉を使って、アメリカの全国民を代弁することは許さない」として、ブッシュ政権が「『我々』の名の下に」行っている民衆の分断、抑圧の強化、政府機能の不当な代行、そして『我々』の敵の捏造に反対し、「我々の前に提示されているのは、世界に対する新たな帝国主義政策であり、様々な権利を奪うために『恐れ』を捏造し操作する国内政策なのだ」と主張し、「我々の名を騙らないでほしい。我々は、こうした戦争の共犯者となることを拒否する」として、一緒にこの試練に立ち向かおうと訴えている。
 そこでは、何年かに1度の選挙で選ばれた最高指導者が、『我々』の名で戦争さえ代行する代行的民主主義への鋭い批判、いかなる政府であれ抑圧できない批判の自由や知る権利といった基本的人権の擁護、そして自らの選んだ政府が違法行為に手を染めることを阻止する「良心をもつ人々」の責任が力強く宣言されている。さらに宣言は、パレスチナの占領政策に反対して兵役を拒否したイスラエルの予備兵の行動に「勇気づけられた」と、彼らの行為を称賛している。
 この宣言は、米国メディアでまったく取り上げられなかったにもかかわらず、わずか2週間で1万人を越える賛同署名を集め、10月には全米と世界各地で『良心からの宣言』の集いやデモが行われ、10月26−27日に全米の27ヵ所、世界でも100ヵ所以上で開催された「平和のための連帯集会」では、「Not In Our Name=我々の名は騙らせない」が象徴的なスローガンになったという。
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 昨年の9・11テロ以降、シアトルの世界貿易機構(WTO)閣僚会議への抗議行動として始まったアメリカ労働者の反グローバリゼーション運動は、大きな後退を強いられた。
 こうしたアメリカ労働者の後退を条件にして、ブッシュ政権はいま、戦争によって「アメリカの自由と民主主義」を世界に押しつけようと、イラク攻撃を突破口にアラブ社会との全面的な、長期におよぶであろう衝突につき進もうとしている。しかもイラクとの戦争に反対する労働者民衆の闘いは、湾岸戦争当時より困難さを増している。9・11テロがアメリカ民衆にとって大きな衝撃だっただけでなく、過去の栄光が投影された「自由と民主主義のための戦争」というテロ撲滅戦争の思想が、これに対抗できる新たな反戦思想を必要としたからでもある。
 だがようやく今、小さいながらも新しい質を期待させる運動が始まりつつあるように見える。戦争という国家による犯罪の共犯者になることを敢然と拒否し、自らの責任において「自由と民主主義のための戦争」に反対の声をあげる運動が新しい共感を獲得しはじめている事実は、日本における反戦運動にも多くの示唆を与えてくれるだろう。

(きうち・たかし)


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