【トランプ大統領の登場】

「新自由主義の被害者たち」の反乱

―― トランプ勝利に貢献した「不正選挙」と「金権疑惑」――

(インターナショナル第226号:2016年12月号掲載)


▼トランプ勝利は、なぜ「大番くるわせ」なのか

 大方の予測を覆して、共和党の大統領候補ドナルド・トランプ氏が民主党の同候補ヒラリー・リントン氏を大接戦の末に破って次期アメリカ大統領に選出された。
 イギリスの国民投票が「EU離脱」を選択した6月の衝撃に勝るとも劣らぬ衝撃が、再び世界を駆け巡った。その「イギリスの誤算」を教訓にして大口取引を手控えていた金融市場でさえ、株価、為替ともに大きな乱高下に見舞われた。金融市場の混乱は大々的に報じられ、巷には「トランプ政権が世界経済を破壊する」といった、根拠の定かではない扇情的見出しの踊る雑誌広告が氾濫しはじめている。「トランプショック」が、文字通り世界を席巻した観がある。
 だがちょっと考えてみよう。「大方の予測」の「大方」とは、いったい「どんな多数派」なのだろうか。そしてクリントン勝利という「予測」を裏切る「トランプショック」とは、この多数派の「どんな利害」に関わるというのだろうか?
 たしかに、トランプ氏の当選直後から「トランプ氏は私の大統領ではない」「人種差別主義者を許してはいけない」と反トランプデモを展開している人々にとっても、トランプ氏の当選は不本意であった。だから中には、希望的観測を込めてヒラリー氏の当選を「予測」した人々もいただろう。だがヒラリー候補は民主党の予備選でも「社会主義者」を自認するサンダース候補に苦戦を強いられ、党の大統領候補になって以降も若者の間では極めて不人気な候補者だったことは周知の事実である。
 つまり若者を中心とする反トランプデモの参加者たちは、得票数では、僅かとはいえヒラリー氏の後塵を拝したトランプ氏の当選に怒ってはいても、クリントン氏に「期待していた」とは必ずしも言えないし、いわんやクリントン氏の当選を特別な思い入れで「予測」していたとは到底言えないだろう。
 むしろ「大方の予測」といった正体不明の勢力を理解するには、物議をかもしたトランプ氏の暴言の数々をふり返って見るべきなのかもしれない。と言うのは、選挙期間中の彼の公約やスローガンの中にこそ、「トランプ氏の当選にショックを受けた多数派」の利害にかかわる政策などが示されているに違いないからだ。
 ひょっとしてトランプ候補は、「白人の政党」からの転換を模索する共和党執行部にあえて逆らい、党の伝統的支持基盤である「白人中産階級」をターゲットにして、「暴言」という手法を通じて「現状を変える過激な方策」を訴えつづけていたのではないのか?
まずは、この点から検証してみたい。

▼首尾一貫していた反自由貿易と反覇権主義

 選挙中の彼の発言で最も物議をかもしたのは、言うまでもなく女性蔑視や人種差別を当然と考える白人至上主義である。そして一連の差別発言の中に「自らの本音」を見出した熱烈な支持者たちがトランプ次期大統領を誕生させたのだが、彼らトランプ支持者は、人種差別や女性蔑視で「憂さ晴らしをした」だけでは、もちろんない。彼らは「現状を変える」というトランプ氏の訴えに強い期待を抱いたのだ。
 ではトランプ支持者が変えるべきだと考えた「現状」とは、どんなものなのか。
 すでに多くの指摘があるように、彼らの怒りと不満は第一に、NAFT(北アメリカ自由貿易協定) など「“白人中産階級”の仕事を奪うグローバリゼーションと自由貿易」に、あるいは自由貿易の副産物である「非白人労働者」の流入、とりわけ中南米から流入する「不法移民」に向けられていた。そしてもうひとつは、海外の紛争に莫大な費用と米軍兵士を投じて「覇権争奪ゲームに興じる既成勢力=エスタブリッシュメント」が、他方では「アメリカの繁栄の中核的担い手たる“白人中産階級”」の苦境に無関心であることに不満を募らせていたことも疑いない。
 そして実はトランプ候補は、過激な暴言を繰り返しながらもこの2つのこと、つまり「自由貿易の制限」と「既成勢力による覇権主義的海外派兵の削減」の2つについては、選挙期間中の全体を通じて首尾一貫してしたのだ。要するに彼は「メキシコ国境に万里の長城を築く」と声高に主張することで、関税を大幅に引き上げて中南米に生産拠点を移した米国系多国籍企業の対米輸出を制限し、自由貿易協定のおかげで中南米から流入する非白人労働者の入国を規制することで、際限のない自由貿易に歯止めをかけるというトランプ流の「経済政策」をアピールしていたのだ。日本では大きな話題となったTPP(環太平洋経済連携協定)に公然と反対するトランプ氏の発言は、NFTAを敵視する支持者たちに「自由貿易反対」の強い決意を伝えるものだったのだ。
 さらに、世界各地に派遣されている米軍を引き上げ、駐留米軍の経費を「受益者に負担させる」という「暴言」も、「世界の憲兵」などという損な役回りを辞めて、国民生活の向上など内政を重視する「新モンロー主義」とも言える外交戦略に転換し、例えば中東地域はロシアやイスラエルに、アジア地域は中国や日本に紛争の鎮圧や秩序維持を「分担させてしまえばいい」という、彼なりの「外交政策」の提起だったのである。それは、国や政府に「見捨てられた」と感じている“白人中産階級”の不満に応える、「一見リアルな」具体的対策の提案でもあったのだ。
ところが、いわゆる「大方」の代表格であるアメリカのマスメディアは、こうしたトランプ氏の反自由貿易と反覇権主義の主張を「差別発言と同様のたわ言」と決めつけ、それを単なる「ホラばなし」として葬り去ろうと、彼の差別発言と「たわ言」を大々的に取り上げて「トランプたたき」を繰り広げたのである。
 つまり「ヒラリー・クリントンの当選を予測」した「大方」なる「多数派」の正体は、「際限のない自由貿易の拡大」や「アメリカが軍事介入する各地の紛争」に政治的・経済的利益を見出し、あるいはそこから莫大な利益を手にすることのできる国際金融資本と、軍産複合体に連なる巨大商社や軍需産業にほかならない。ヒラリー・クリントンの当選という「大方の予測」とは、これら国際金融資本と軍産複合体の利害の投影であった。
 ところがこの勢力――とりあえず「新自由主義勢力」と呼ぼう――にとって、想定外のことが起きたのだ。マスメディアを利用したキャンペーンの効果を熟知したトランプ氏は、物議をかもす「過激な暴言」を繰り返すことで逆にマスメディアと民衆の注目を集め、現実には複雑な政策課題を二者択一が可能であるかのように単純化して訴える煽動的手法を用いて、白人中産階級の期待を自らに集めることに成功したからである。
 事実や状況を意図的に歪曲し、それを乱暴で下劣な言葉で表現してみせるトランプ流のキャンペーン手法は、ポピュリズム(大衆迎合)と言うよりはデマゴギー(流言飛語と悪宣伝)と呼ぶほうが妥当である。だがそうしたデマゴギーでさえ、グローバリゼーションの進展の中で職を失い将来への不安にさいなまれる、非白人を含む「没落する中産階級」にとっては「大いなる福音」に聞こえたのであろう。
 ヒラリー・クリントンやトランプを非難する「共和党のお偉方」は、所詮はわれわれを見捨てた「エスタブリッシュメント」の片割れであり、「女性を敬え」とか「移民の隣人を愛せよ」などと綺麗ごとを言いながら、われわれを没落させた張本人たちなのだから。
 こうしたトランプ支持者の心理を直視し、トランプ当選の可能性と彼の危険性に気づいていた人は、少数だがまったく居なかったわけでもないのだ。
映画『資本主義』で有名なアメリカ人映画監督マイケル・ムーア氏は、トランプ氏の当選直後にネットに発表したコメントで以下のように述べた。
「驚いた」「ショックだ」と言うのはやめないか。そんなのことを言うのは、君が泡の中に生きていて、まわりのひとたちのことやその人たちの絶望を見て見ぬふりをしていたことを告白しているだけだ。何年も両方の政党に見放されてきた人たちの間で、現在のシステムへの怒りと復讐心がたまりにたまってきたのだ(「レイバーネット日本」より)。
彼は4ヶ月前、2人の大統領候補のテレビ討論でヒラリー氏に軍配が上がった直後に、ヒラリーの敗北を、つまりトランプ勝利の可能性に警鐘を鳴らしていた。

▼民主党全国委員会の不正とクリントンの金権疑惑

 それでもトランプ氏の勝利は、没落する中産階級の「たまりにたまった怒りと復讐心」だけで達成されたわけではない。いや、むしろこれから指摘するクリントンを支持した民主党幹部たちによる不正行為やクリントン一家に付きまとう金権疑惑が、トランプ大統領の登場を後押ししたと言っても過言ではない。
 実は今年7月22日、民主、共和両党の大統領予備選が佳境を迎えるなか、政府や巨大企業、宗教などに関する機密情報を公開してきたウェブサイト「ウィキリークス」が、民主党全国委員会(DNC)がバーニー・サンダース候補の選挙運動を妨害し、クリントン候補が有利になるよう数々の不正工作を行った経緯を暴露する1万9千件余の電子メールと8千件余の添付ファイルを公開した。その影響は日本ではほとんど報じられなかったが、DNC会長のデビー・ワッサーマン=シュルツ氏は、不正の詳細を知った党員の猛烈な抗議を受けて民主党大会初日の7月25日に辞任を余儀なくされ、大会終了後の8月2日にもさらに複数のDNC幹部が辞任に追い込まれたのである。
 実際に、サンダース氏が予備選立候補を表明した2015年4月29日以降、サンダース支持を表明した党員の登録が本人の了承なしに変更されたり削除されるなどの「珍現象」が各地から報告された。なかでもサンダース支持者が急増して接戦となったネバダ州とアイオワ州ではこれが頻発し、登録締切日前に自らの党員ステータスを再確認するよう促す緊急メールが回覧されたという。そればかりか、今年はじめにはネバダ州のDNC州事務所内にクリントン候補の選挙事務所が密かに設置されていたことが露見し、5月の州党員大会では議長がサンダース支持者の動議を無視したり、サンダース支持の発声投票をクリントン支持と記録するなどしたために党員たちの怒りが爆発する事態となった。ところがこの党員大会の様子を撮影したビデオが「サンダース支持者が暴動を起こした」とされてネットで拡散され、「ウィキリークス」のメール公表でこれが民主党幹部による世論操作の一部だったことが明らかになるまで、真相は隠されてきたのである(以上『月刊世界』10月号「サンダース、かく戦えり」)。
 ではなぜ民主党幹部たちは、こうまでしてクリントン候補に固執したのだろうか?実はここに、クリントン政権以降のアメリカ民主党の変質が示されている。
 「クリントノミクス」と呼ばれたクリントン政権時代の経済政策を詳しく論じる余裕はないが、政府による再分配で生活水準の底上げを図る伝統的な民主党政権との大きな違いは、政府による公共投資や企業への直接支援を通じて経済を活性化させ、もって生活水準の底上げを図り、所得の「再分配」政策を脇役にしたことであろう。
 この政策転換の背景には、レーガン以降の共和党政権下でつづいたサプライサイド(供給側)経済政策を否定する狙いがあった。企業収益の最大化を規制緩和などで積極的に促進し、いわば「資本の強欲さ」を経済成長の牽引車にする「レーガノミクス」を否定したクリントン政権だったが、他方では経済的活況を持続させるために、「レーガノミクス」とは違う方法で民間企業の活力を刺激しなければならないという事情もあったのだ。だがこうした企業に対する政府支援策の展開は、民主党に「政府の支援」を期待する企業の巨額の献金をもたらした。だがそれは同時に、かつて民主党を支持した白人労働者層=下層中産階級の苦境が軽視され、それとともに彼らの民主党離れが進行することにもなった。
 トランプ氏に勝るとも劣らぬヒラリー・クリントン氏の不人気は、革新的政策や進歩派の建前を語る一方で、それとは対立する巨大金融資本や石油メジャー、そして軍産複合体に連なる軍需産業などからの巨額の献金を躊躇なく受け取るという「言行不一致」にある。これでは、トランプ氏の白人至上主義を嫌悪する人々さえもが、それ以上に強い不信や反感をクリントン氏に抱いても不思議ではない。
 彼女が国務長官を辞した直後、62万5千ドルの報酬を受け取って国際金融資本の雄・ゴールドマンサックスで行った3回の講演内容は、彼女の政治生命を危うくすると今なお噂されているし、「クリントン基金」(クリントン元大統領が運営する人道支援基金)には、クリントン一家と親密な関係の人々が不正に利得を得た疑いが掛けられている。
 つまり彼女は、文字通りの意味で国際金融資本と軍産複合体の利害の忠実な代弁者と見なされていたのであり、それがまた民主党幹部がクリントン候補に固執した理由でもあるのだ。今や民主党は新自由主義に洗脳された幹部たちに占拠され、進歩的で革新的な施策をリードするリベラル勢力とは言い難い様相を呈しているのだ。

▼大統領選挙の姿をした「ウオール街占拠運動」

 前述したアメリカ人映画監督マイケル・ムーア氏は、先に紹介したコメント「今しなければならない5つのこと」の冒頭で「民主党を接収して、人々の手に返すんだ。これだけわれわれを裏切ってきたんだから」と述べている。
 また大統領候補が指名される7月の民主党大会まで、党幹部たちや全国委員会(NC)の執拗な妨害を受けながら健闘してきたバーニー・サンダース氏は、大統領候補指名争いから撤退する際に行った演説の中で「・・・大統領候補指名プロセスの最終的な結果について、多くの皆さんが落胆しているのはわかっています。・・・しかし、共に達成した歴史的成果に誇りを持っていただきたい。アメリカを換えていく政治的革命は始まったばかりです・・・」(前掲『世界』)と述べている。
 実はサンダース氏は、予備選の全期間を通じてトランプ候補に対して優勢を保ちつづけていたのが、そのサンダース氏を引きずり降ろすようにして大統領候補となったクリントン氏は、本選挙の結果が示すように、トランプ候補との関係では必ずしも優勢だったわけではなかったのである。
 しかも、民主党幹部たちの執拗な妨害を撥ね退けてサンダースを支持しつづけた「ミレニアル世代」と呼ばれる若者たちは、新自由主義政策が推進したグローバリゼーションとリーマンショックによって就職もままならず、高等教育を受けるための多額の奨学金の返済に四苦八苦する、その意味ではトランプ氏を大統領へと押し上げた「没落する中間階級」と同じ「新自由主義の被害者」でもあったのだ。
 ところでこの「ミレニアル世代」が社会的な注目を浴びるのは、実は2度目である。つまり彼らは2011年9月から始まり、あっという間に全米と世界へと広がった反グローバリズム運動である「オキュパイ」(ウオール街占拠運動)の担い手でもあったからだ。
 前評判では絶対優勢といわれたヒラリー・クリントン候補を追い詰め、同様に新自由主義を激しく攻撃することで共和党大統領候補にのし上がったトランプ氏を常にリードしつづけてきたバーニー・サンダース氏の選挙戦は、文字通りの意味で「大統領選挙の姿をしたオキュパイ」に他ならなかったのだ。
 だからサンダース候補は、前述の民主党大会での演説で、「われわれは99%だ!」というオキュパイのスローガンを念頭においてこう言ったのだ。
「・・・アメリカを変えていく政治的革命は始まったばかりです・・・1%だけではなく、全国民を代表する政府、経済・社会・人種・環境の正義に基づく指針を持つ政府を作り出す闘いは、選挙の後も続きます」と(前掲『世界』)。

 大統領選挙でのドナルド・トランプ氏の勝利は、新自由主義に反対して社会変革をめざす私たちにとって手痛い敗北である。彼の反自由貿易と反覇権主義は、必ずしも新自由主義に反対しないし、格差の拡大や人種・性による差別にも反対しない。もし仮に彼の主張どおりの政策が実行されれば、そこには「白人が優勢種として支配する平和」が、まるで19世紀の世界と見まがうような世界として現れるに違いない
 だから同時に、バーニー・サンダース氏が民主党の大統領候補指名争いで敗れたことも痛手である。とくに民主党幹部たちの不正もあって、トランプ氏に対して常に優位にあったサンダース候補が退けられ、国際金融資本や軍産複合体に連なる「1%」を代表するヒラリー・クリント氏が大統領候補となり、その結果が白人至上主義者・トランプ氏に敗北したことは重要である。トランプ政権の4年間は、「正義に基づく指針を持つ政府」を作り出そうとする人々を、差別や格差による民衆の分断と対立の激化という、大きな困難に直面させるだろう。
 にもかかわらずこの同じ4年間は、「正義に基づく指針を持つ政府」をめざす大衆的運動の正念場でもある。この正念場をより粘り強く闘いぬいた人々だけが、新自由主義に覆われて格差と差別とを助長する世界を変えるために、国際金融資本と軍産複合体につらなる「1%」の輩から政党と政府とを奪い返し、「われわれ99%」のための社会の実現に近づくための闘いを前進させることができるだろう。
 すでに闘いは始まっている。トランプタワーを包囲するデモ隊の波は、「オキュパイ・ウオールストリート」の、新たな再生の始まりなのだから。

2016年11月19日(きうち・たかし)


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