●北朝鮮の核実験と朝鮮半島の緊張

煽動的「挑発」報道が隠した戦略爆撃機による威嚇

― 金正恩政権の思惑と習近平政権の路線転換 ―

(インターナショナル213号:2013年4月号掲載)


▼「北朝鮮の挑発」をどう捉えるか

 2月12日に北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が3回目の核実験を強行したことで、朝鮮半島の緊張が高まることは十分予測されたことではあった。
 だが今回の軍事的緊張の高まりはこれまでの核実験やミサイル打ち上げ実験の場合とは少し違って、北朝鮮はこれまで以上に強く激しい言葉でアメリカや韓国への「警告」を繰り返し、日本のマスメディアもまた「北朝鮮の挑発」で朝鮮半島が一触即発の状況にあるかのような煽動的報道を繰り返した。
 たしかに、休戦ラインを挟んで数十万の軍隊が対峙する休戦状況下、つまり公式には依然として戦争状態が継続中の状況下での「挑発」は、大言壮語の「口撃」と言えども不測の事態を引き起こす危険を孕むし、一旦軍事衝突が現実となれば、一挙に戦火が拡大する軍事力学が働きだすのも不可避である。
 と言うよりも韓国軍と在韓米軍が、一旦戦端が開かれれば一挙に北朝鮮の金体制を打倒する、イラク戦争と同様の北朝鮮占領作戦を策定していることは公然たる秘密であり、「朝鮮戦争の再発」はそのまま北朝鮮への軍事侵攻となるのは確実である。そして北朝鮮の金正恩政権も、それを十分に承知している。つまり「戦争を避けたい弱者ほど、大声で戦争を叫ぶ」の例えどおり、この戦争でほぼ勝利の可能性がない北朝鮮が「口撃」を超えて能動的に戦端を開く事態は、現実には考えにくいのだ。
 そうであれば、「北朝鮮の挑発」なるものの背景を冷静に考察し、何が本当の意味で「極東の安全と平和」に資するかを考えることこそ必要なのではあるまいか。つまり今回の朝鮮半島における緊張の高まりも、国連安保理の動向やアメリカの政府と議会の動向、そして例年とは少しばかり様相の異なる米韓合同軍事演習の実情など、北朝鮮が強い関心をもって注視している諸外国の動向を含めて時系列的に整理すれば、高まる緊張の実相がかなりの程度明らかになるはずである。

▼中国とアメリカを意識した北朝鮮の対応

 ことの始まりは2月12日に強行された北朝鮮の第3回目の核実験だが、これを非難する国連安保理の声明が出て制裁決議の採択に向けた安保理の協議が活発化した時点で、北朝鮮の最初の公式の反応が現れた。
 2月21日の朝鮮中央通信は、「米国の強権と圧力に押されて核を放棄した国は、悲劇的な結果を招いた」「われわれが最後に選択したのは『核には核』で対抗する戦略的決断だ」と報じて核実験を正当化したのだが、昨年崩壊したリビアのカダフィ政権を意識した「核を放棄した国の悲劇的な結果」との表現を初めて公式に使う事で、これまでにない強い反発を表明したのである。
 こうした強い反発の背景には、中国の路線変更があると思われる。というのは、「厳しい制裁は逆効果」などとして対北朝鮮制裁に歯止めをかけてきた胡錦濤政権とは違って、発足したばかりの習近平新政権は、一定の制裁もやむなしとの方向でアメリカとの協議をはじめていたからである。
 そして2月23日、朝鮮人民軍板門店代表部が「『キー・リゾブル』と『フォール・イーグル』を強行して侵略戦争の導火線に火をつけようとするなら、その瞬間から厳しい時が訪れるだろう」との通知文を、サーマン米韓連合軍司令官宛に送付した。ちなみに「キー・リゾブル」は3月11日から21日までの10日間、朝鮮有事を想定して作戦手順などを確認する指揮統制演習で、韓国軍1万人と米軍3500人を動員して行われ、「フォール・イーグル」は3月1日から4月30日までの2ヶ月間、韓国軍20万人余と米軍1万人を動員して行われた上陸訓練を含む大規模な野外機動演習で、恒例の軍事演習である。
 北朝鮮は毎年行われるこうした軍事演習を強く非難してきたが、それは例えば北海道の対岸でロシア軍が大規模な軍事演習を強行すれば日本が強く反発するのと同じで、圧倒的な軍事力を見せ付ける米韓合同軍事演習は、前述のように「イラク戦争と同様の北朝鮮占領作戦計画を持っている」のを承知している北朝鮮側から見れば、侵攻作戦への応戦体制を強いられる「悪質な軍事挑発」に見えて当然である。
 他方2月25日には、アメリカ上院が「北朝鮮の核拡散および別目的での使用を禁ずる法案」を可決したが、これはイランの核開発問題や対テロを中心にしてきた安全保障問題では初めて北朝鮮の「核武装」に強い懸念を表明し、政府に対して強い対北朝鮮制裁措置を求める内容であった。
 そして2月27日、今度は朝鮮中央通信が米韓合同軍事演習について「約2ヶ月間にわたり実践を想定した戦争騒動が繰り広げられる」「露骨で計画的な政治・軍事的挑発行為だ」と非難する論評を発表した。
 ここまでの「挑発」は、双方にとっては想定内だったと思われる。だがその後、北朝鮮に対する「圧力」が更に高まるのは3月4日、国連安保理で、北朝鮮制裁決議採択の方向で中国とアメリカが合意したという報道であった。そして翌5日、北朝鮮は一段と強硬な対抗処置に出るのである。
 それは朝鮮人民軍最高司令部の報道官声明として「戦争のための軍事演習が本格化する3月11日をもって、形式的に維持してきた休戦協定の効力は完全に白紙となる」と、いわゆる「休戦協定白紙化宣言」を行うのである。たしかに休戦協定については過去にも「有名無実化した」などの言及はある。だが言葉上の威嚇だとしても休戦協定の白紙化は「交戦状態に戻る」ことを意味するインパクトの強いものであり、これが、その後の朝鮮半島の緊張を煽動的に伝える報道の端緒にもなった。

▼相互挑発のチキンゲーム

 3月5日の同声明は、板門店の南北事務当局を直結しているホットラインの遮断にも言及しており、これも「北朝鮮の挑発」として大げさに報じられた。だが実を言えばこのホットラインは午前9時と午後4時の2回、象徴的な定時連絡が毎日行われているに過ぎず、南北の軍事当局は、必要があればいつでも通常の軍事通信で会話することは可能なのである。こうした「実害のない挑発」は危機感を助長する北朝鮮の常套手段であり、むしろ日本のマスメディアはまんまとその術中にはまったと言える。
 それでも3月5日の声明は、ひとつのメルクマールであった。と言うのは翌6日、韓国軍合同参謀本部が「挑発すれば挑発地点や支援勢力はもちろん、指揮勢力まで強力に断固として懲らしめる」と警告、正午からは軍事警戒レベルを一段引き上げたが、対する北朝鮮側も同日、「核攻撃でソウルだけでなく、ワシントンも火の海にする」と朝鮮中央通信で論評するとともに、3月末まで西海岸の西韓湾沖を、4月末まで東海岸の江原道、元山以北の海上を船舶と航空機の航行禁止海域に設定したからである。
 それは韓国と北朝鮮が、実際には手を出さないものの互いに「挑発」の応酬を繰り広げる「チキンゲーム」への突入を象徴する事態であった
 翌7日は、ニューヨークの国連安保理で北朝鮮への制裁決議「安保理決議2094」が中国も賛成して採択された当日だが、北朝鮮の「労働新聞」は「朝鮮停戦協定が白紙化された後、世界的な核戦争が起きてもおかしなことではない」「核の打撃手段でワシントンとソウルをはじめとする侵略の牙城を敵の墓場にすべきだ」と言及、さらに北朝鮮外務省も報道官声明で「外交的解決の機会は失われ、軍事的対応だけが残った」「侵略者たちの本拠地に対し、核の先制攻撃を行使する」と発表するなどして、安保理決議の採択に対する強い牽制を行い、これに対して韓国警察庁は「キー・リゾブル」期間中、北朝鮮によるテロを警戒して海岸や諸設備の警備強化を表明したのである。
 そして翌8日、「安保理決議2094」の採択を受けて、朝鮮労働党の対南交渉窓口である「祖国平和統一委員会」が「南北不可侵に関するこれまでの合意を前面破棄する」との声明を発表、さらに朝鮮中央通信と朝鮮中央テレビは、金正恩第一書記が2010年の延坪島砲撃事件の最前線である長在島と茂島の防衛隊を視察したと報じ、「労働新聞」も、姜杓永・人民武力部副部長(上将)が平城の軍民大会で「すでに攻撃目標を確定した大陸間弾道ミサイルをはじめ各種ミサイルは、軽量化・小型化された核弾頭を装着して待機状態にある」「米帝国主義の牙城、悪の本拠地であるワシントンはもちろん、追従勢力の巣窟まで火の海にする」と発言したと報じた。
 これに対して韓国国防部報道官は、北朝鮮が韓国を核攻撃した場合「人類の意思により、金正恩政権が地球上から消滅するだろう」と警告したのだが、実は8日当日はアメリカもチキンゲームに本格的に「参戦」する行動を起こしており、場合によっては戦争の発火点にもなりかねない1日だったのである。
 それは3月18日になって公表されるのだが、グアムの米軍基地から飛来したB-52戦略爆撃機が8日、韓国上空で訓練飛行を行ったからである。18日の発表を受けて20日、北朝鮮の外交部報道官は「朝鮮半島情勢が戦争の瀬戸際にあるとき、核攻撃の手段(=B52爆撃機)を朝鮮半島に引き入れたのは、耐え難い挑発だ」「B-52戦略爆撃機の動きを鋭意注視している。再び朝鮮半島に出撃するなら、敵対勢力は強力な軍事的対応を免れない」と述べ、一段と態度を硬化させることになった。しかしそれはなお、両者のチキンゲームの表面的な動きに過ぎなかったことが4月上旬になって明らかになる。
 これについては後に述べるが、かくして朝鮮半島は例年の米韓合同軍事演習や北朝鮮による「ミサイル発射」をめぐる緊張とは違う、これまでにない緊張の中で「キー・リゾブル」開始の3月11日を迎え、北朝鮮は予告どおり休戦協定の白紙化を宣言して板門店のホットラインを遮断し、当日の労働新聞は「3月11日、まさに今日からこの地に辛うじて存在してきた朝鮮停戦協定が完全に白紙化された」と報じたのである。
 これ以降の「挑発口撃」の応酬や、北朝鮮のミサイル発射に備えた大げさな迎撃準備などは改めてここに再録する必要なないだろう。と同時に、この原稿執筆時点(5月3日)の朝鮮半島情勢の焦点はすでに「南北の軍事的緊張」ではなく、北朝鮮で実刑判決を受けた韓国系アメリカ人の釈放をめぐるアメリカと北朝鮮の政治・外交的駆け引きである。
 少なくとも「朝鮮戦争再発の危機」と言った論調はすっかり影を潜めたのだが、そこにはどんな事情が隠れていたのだろうか。
 
▼「ザ・プレイブック」計画とオバマ政権内の論争

 4月3日づけの『ウオールストリートジャーナル』誌(以下:WSJ)は、オバマ政権が今年はじめ、韓国軍のかねてからの要請に応え、核開発を続行する北朝鮮を威嚇するために「ザ・プレイブック」なる計画を立て、今年の米韓合同軍事演習に合わせて米軍の威力を誇示する詳しい手順を定めていたと報じた。
 それによると、前述の3月8日につづいて19日にもB-52を韓国に派遣し、あるいは3月26日にはB-2ステルス戦略爆撃機2機の韓国上空に派遣して模擬弾投下訓練を実施し、さらにF22ステルス戦闘機、2隻のイージス駆逐艦、そしてイラク戦争中に海上からの巡航ミサイル攻撃で多くの戦果を挙げた実績をもつ原子力潜水艦・シャイアン(SSN-773)などを次々と「フォール・イーグル」に投入したのは、この計画に沿った手順通りの行動だったと言うのである。
 これを裏付けるように、3月27日の『ニューヨークタイムズ』紙は「(B-2の)夜間出撃も可能だったが、肝心なのは見せることだった」という米軍内部の発言を伝えていた。つまり白昼の、しかもアメリカ本土のミズーリ州にある米軍基地と韓国上空の往復2万2000キロを無着陸で飛行してみせる、核兵器を搭載できるステルス戦略爆撃機のデモ・フライトは、アメリカ軍がいつでも北朝鮮に核攻撃を加えることができることを見せ付ける、「拡大抑止」と称する威嚇・挑発だったのである。
 こうしたアメリカ軍の行為は、かつての朝鮮戦争の実態を知る人々にとっては実に危険な行為に見えたはずである。というのは朝鮮戦争当時、アメリカ軍は北朝鮮全域に100万回以上(空軍80万回超、海軍航空隊25万回超)の爆撃を行い、56万4436トンの爆弾と3万2357トンの焼夷弾(ナパーム弾)を投下し、その目標の85%以上が民間施設だったという記録があるからだ。アメリカ軍が第二次大戦中に日本に投下した爆弾の総量16万トンの4倍近い量が本州の半分ほどの地域に無差別に投下された記憶を持つ北朝鮮が、「戦略爆撃」という行為に、例えそれが演習と称するものであれ、過敏に反応する危険があることは容易に推測できたからである。
 実際にB-52やB-2の飛来に対して、北朝鮮が迎撃戦闘機のスクランブルや迎撃ミサイルの発射を試みたりすれば軍事衝突の危機は一挙に高まり、「北による最初の発砲」を待ち受けているだろう「一部の在韓米軍と韓国軍の人々」は、これを好機に「北侵計画」を発動させた危険性もあった。だが本当に最悪のシナリオは、敗戦が確定的な北朝鮮が絶望的な核攻撃に踏み切ることなのだ。
 したがって「ザ・プレイブック」については当初から、オバマ政権内部に「北朝鮮と同列の『意趣返し』に陥れば、いたずらに緊張を煽る結果を生む」との反対意見があったことをWSJも報じている。そして最終的には4月上旬、オバマ大統領自身がいくつかの軍事訓練の中止を命じ、4月12日の米韓外相会談に臨んだアメリカのケリー国務長官が、北朝鮮との緊張緩和の姿勢をアピールすることになるのである。
 そしておそらくはこのアメリカ政府の方針転換が、北朝鮮のミサイル発射を辛うじて抑制させることになったと思われる。

 今回の米韓合同軍事演習と北朝鮮の核実験強行をめぐる朝鮮半島の緊張の高まりは、韓国と北朝鮮の「口撃的挑発」の応酬に加えて、アメリカによる「拡大抑止」という北朝鮮への威嚇がチキンゲームをエスカレートさせた面があることは、以上見てきた時系列的な事態の整理によって明らかだろう。
 北朝鮮による「瀬戸際外交」やら「挑発」と呼ばれる外交的シグナルの背後には、アメリカや中国の対北朝鮮政策の動向や国連安保理の動きなどを含めたかなり多角的な計算が働いており、これを正確に把握することなく「北朝鮮の無謀な挑発」を非難するだけでは、この厄介な隣人の「暴走」を抑止し、いわゆる極東の「核開発競争の危機」を回避することができないのは明白である。
 と同時に北朝鮮は、「・・・口喧嘩としては非常に激烈な言葉を用いているものの、実際には本格的な戦争を誘引するようなレベルの行動はとっていない」(軍事ジャーナリスト・黒井文太郎:『軍事研究』2013年5月号)ことも明らかである。B-52やB-2の飛来に対する「冷静な対応」は、その証左のひとつである。
 だがそうだとすれば金正恩体制の真の目的は一体何であり、そしてそれは一連の朝鮮半島情勢の展開によってどの程度実現されたのだろうか。

▼核武装の達成と金正恩政権の思惑

 今回の緊張の高まりの中で北朝鮮が繰り返し使った「核攻撃」が、金正恩体制の目指す真の目的を理解するキーワードであることは明らかである。中でも注目すべきなのは、「われわれが最後に選択したのは『核には核』で対抗する戦略的決断だ」という2月21日付け朝鮮中央通信の論評である。
 すでに広く知られているように、北朝鮮の歴代政権が欲してきたのはアメリカと平和条約を結んで戦争状態を終結させることであり、それが冷戦崩壊以降の北朝鮮にとって是非とも実現すべき死活問題であることは疑いない。だが同時に北朝鮮が、より正確に言えば金日成、金正日を引き継いだ金正恩政権が目指しているのは、アメリカとの「対等な関係」に基づく平和条約の締結であり、これもまた親子三代の金体制が追求しつづけてきた「悲願」と言ってもいいだろう。
 これを敢えて日本的(あるいは日本の保守派が解りやすい言葉)に言い換えれば、金正恩体制の目標は、「金王朝という国体を護持して」アメリカとの平和条約を締結することだと言って差し支えあるまい。つまり金体制的「国体護持」に必要不可欠な「アメリカとの対等な関係」の追求は、朝鮮労働党が指導理念の中核的価値観として掲げる「主体思想」からしても、あるいは「アメリカに屈して講和を結んだ宿敵・日本」に対する「民族的優越」を誇示する民族主義的イデオロギーからしても、文字通り「譲れない一線」に他ならないのであり、それを実現する手段が「『核には核』で対抗する戦略」なのだ。
 もちろん、「核の拡散」を自らに対する最大の脅威と考えるアメリカをはじめとする核保有国=国連安保理常任理事国は、こうした金体制の戦略を容認する訳には行かないが、同時に世界の現実は、核兵器の保有を安保理常任理事国5カ国に限定することにはずいぶんと昔に失敗してしまっており、まさにここに北朝鮮が国家として生き残る「現実的可能性」があるというのが金正恩政権の思惑であろう。
 実際に現在はインドとパキスタンは公然たる核保有国として核拡散防止条約(NPT)を批准しないままでアメリカとの国交正常化を果たし、核保有が確実と見られるイスラエルはそれを肯定も否定もしないとしながら、やはりNPTを批准しないまま「アメリカの庇護」を甘受している。
 したがって確認すべきことは、イスラエルも含めれば北朝鮮は8番目の核保有国になったことはすでに現実であり、この厳然たる事実を前提にすることなしには、北朝鮮とのあらゆる交渉は進展を期待できない状況に至っていると言うことなのだ。私たちがそれを望むと望まざるとにかかわらず、それが現実なのだ。
 要するに北朝鮮・金正恩体制は、彼らの悲願達成に必要な道具=核兵器を手に入れてしまったのであり、その限りで金正恩体制は一定の勝利を達成したと言ってもいい。だから金正恩体制の幹部たちは、後はこの既成事実をアメリカはじめ中国、ロシアなど安保理常任理事の諸国に認めさせ、あるいは黙認させ、アメリカとの「対等な平和条約の締結」を追求できると、悲願達成への期待を膨らませているかもしれない。
 だが彼らの期待は、そう遠くない将来に挫折を余儀無くされるのではなかろうか。そう予測する最大の根拠は中国の路線転換、つまり習近平政権がこれまでの「北朝鮮擁護」路線をはっきりと転換し、アメリカとの(あるいは安保理常任理事国間の)協調を重視する路線を採用したという、これまた厳然たる事実である。

▼「核武装した金王朝」のジレンマ

 ところで、日本で広く信じられている「中国の北朝鮮に対する影響力」なるものは全くの虚構であり、北朝鮮が必要とする石油はイランなどの「反米諸国」との提携や輸入で賄える程度には変化していると言われている。食料事情にしても、金体制に従順な人々を養う程度には改善されていると言われている。
 しかしそれでもこの国を本質的に不安定にしている巨大な社会的格差は、周辺諸国つまり中国とロシアとの密輸を含む交易によって辛うじてカバーされていいるし、その中国とロシアにとって「核武装した金王朝」という存在は、あまり好ましい状況ではないだろうことも十分に予想される。つまり金正恩政権は、アメリカとの対等な関係という悲願を追求して「核武装」を達成したことで、逆にこれまでは「外交カード」として北朝鮮を庇護し利用してきた隣接する2つの大国、中国とロシアの憂慮と警戒心を呼び起こしつつあるとは言えないだろうか。しかも金正恩体制の幹部たちは、北朝鮮の国際的孤立が逆に深まるかもしれないこうした可能性に、ほとんど無自覚であるように見える。
 「核武装した金王朝」を取り巻くこうした客観的条件は、この国の巨大な格差から生じる社会的動揺が顕在化するたびに、国内に親中国派や親ロシア派といった派閥が形成されて政権内の抗争を助長する要因となるだろうし、親中派や親ロ派といった派閥が形成される可能性は、「親米派」などという夢想とは比較にならない現実性を持つ。むしろ金正恩政権がアメリカとの平和条約に固執した場合は、これに不満をもつ親中、親ロの派閥が形成され、国体護持派(=金正恩体制主流派)との三つ巴の抗争さえ考えられる。
 それは核武装の達成が生み出した逆説、文字通りの意味で金正恩体制の深刻なジレンマとなって「金王朝」を締め上げることになるのではあるまいか。

 金正恩政権は今後、核保有国としてアメリカとの2国間直接交渉を執拗に要求するだろうが、アメリカが北朝鮮を核保有国として「黙認する」可能性は極めて低いと思われる。要するにアメリカもまた、北朝鮮に対して執拗に核の放棄を要求しつづける堂々巡りの交渉が続けられることになろう。なぜなら北朝鮮の核武装が現実となったことで、韓国そして日本でも核武装を主張する言説がにわかに強まるのは確実であり、こうした日韓の核武装論を助長することになる「北朝鮮の核保有の黙認」は、アメリカにとっては是非とも避けなければならない事だからである。
 ここでも金正恩政権は、思惑どおりに事が運ばない現実に直面せざるを得ないが、すでに核武装を実現した金正恩政権は、核に変わる新たな外交的切り札を見出すのが逆に極めて困難である現実にも直面することになるだろう。
 こうした最も蓋然性のある将来を見据えて私たちがなすべきことは、金正恩政権の意図や思惑を冷静に考慮することなく垂れ流される北朝鮮情報に抗して現実を踏まえた反論を展開することであり、北朝鮮の核武装を口実とした日韓両国の核武装論に対する、これも朝鮮半島の現実を踏まえた批判を強めることである。
 もちろん現実の朝鮮半島情勢はそれほど楽観できる状況にはない。だがマスメディアが垂れ流す「北朝鮮脅威論」が、むしろ核武装論の台頭を煽るなど新たな緊張を助長するのが明らかである以上、事実を正確に踏まえた冷静な分析と対応がますます重要であることだけは確かである。

(5/3:きうち・たかし)


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