オバマ再選とアメリカンリベラリズムの行方

(インターナショナル第210号:2012年11月号掲載)


▼つづく「リベラル」と「保守」の対決

 映画『キャピタリズム(資本主義)』で新自由主義の経済理論と政策を痛烈に批判したマイケル・ムーア監督は、オバマ大統領の再選が決まった7日朝、自らのブログに「ありがとう、クリスティー知事。オバマとの新しい男同士の熱い友情物語に。・・・・・・そして母なる自然。先週あなたがもたらした甚大な損害、犠牲者、破壊。皮肉にも、あなたの力や気候の変化を信じていなかった党を消し去ることになった」と書いた。
 共和党随一の反オバマの論客にしてニュージャージー州知事であるクリス・クリスティーが、大型ハリケーン「サンディ」が上陸した同州の被災地をいち早く視察したオバマ大統領の「卓越した指導力」に繰り返し感謝の意を表して共和党・ロムニー陣営を慌てさせ、最終盤を迎えていた大統領選挙の帰趨に少なからぬ影響を与えたと言われる「事件」についての、実にムーアらしい論評である。
 彼は同じブログで「オバマに必要だった追加の100万票を獲得するための最後の努力」をしてくれた読者たちにも感謝を述べているが、それほどまでに今回の大統領選挙は、最後の最後まで僅差の激しい争いが展開された。
 獲得した選挙人数だけを見れば、最後まで決まらなかったフロリダ州の29人を含めてオバマが332人とロムニーの206人を圧倒してはいるが、それぞれの得票率はオバマ51%、ロムニー48%と文字通りの僅差であった。
 ちなみに前回2008年選挙でオバマが獲得した選挙人数は365人で得票率は53%だったから、現職の大統領としては苦戦と言っていい。また同日行われた議会選挙でも、与党・民主党は上院で2議席増の55議席としたものの、共和党のフェリバスター(議事妨害)を阻止するのに必要な60議席には届かず、下院でも8議席増ながら2年前に失った60議席を回復することはできなかった。野党・共和党が過半数を占める下院とオバマ政権が対立する状況は、今後も続くことになったのである。
 かくして、「保守派」の政策を前面に押し立てて選挙戦を闘い「リベラル派」との対決姿勢を強める共和党と、08年当時の期待が幻滅に変わったとは言え「アメリカンリベラルの伝統を継承する」オバマ大統領と民主党との抗争と駆け引きが、まずは「ブッシュ政権の置き土産」である富裕層優遇減税の存否をめぐってはじまっている。
 両者の抗争の最大の焦点は名目がどうあれ、つまり名目それ自体は財政再建だろうが社会保障財源の確保だろうが、「富裕層への増税」を実現できるかどうかにある。なぜならこうした社会的再配分の回復(そう!これは新しい制度の導入ではなく、新自由主義の下で破棄された制度の回復なのだ)は、今回の選挙でもオバマを押し上げた「オバマ連合」が、ルーズベルト大統領の支持基盤となった「ニューディール連合」のような広範なリベラル勢力の連合へと発展できるかどうかに掛かっているからであり、それは同時に、レーガン政権下の「保守革命」を契機に一貫して進展した「アメリカの右傾化」に終止符を打つことにもなるからである。

▼白人票の囲い込みと「47%」キャンペーン

 僅差で決着した今回の大統領選挙は、近年まれにみる「中傷合戦」でもあったと報じられている。だが現実の選挙戦の様相は少し違って、共和党の「右傾化」がさらに深化した選挙戦と言う方が実情に近いかもしれない。
 共和党の右傾化と言えば、すぐにリバタリアニズム(自由主義)を信奉するティーパーティー運動への接近と取り込みが思い浮かぶが、ロムニー陣営の選挙戦略はむしろ白人票、とりわけ「白人男性」票の囲い込みに全精力を注ぐことであった。
 この共和党の選挙戦略は「88年以降で人種を軸に最も二極化した選挙」などと報じられたが、『Newsweek』誌(ニューズウイーク日本版:11月14日号)によればこの表現は、「この国の政治報道を仕切っている・・・白人の男性たち」による「ぼかした報道」だと言う。さらに同誌は白人男性票の囲い込みについて、白人男性なら「無条件かつ理屈抜き」で「オバマ以外」つまりロムニーに投票すると考えた選挙戦の組み立てだと指摘、「かつて奴隷解放を宣言したリンカーンの党だった共和党が、いつの間にか黒人嫌いの偏屈な白人ばかりを集める党に変身している」とまで酷評している。
 中道右派を信条とするNW誌から見ても白人至上主義としか映らない共和党の選挙キャンペーンは、オバマ大統領とリベラル派への中傷というよりも、9・11テロで助長された「イスラム敵視」や「マイノリティー蔑視」の妄想を煽るようなシロモノであった。例えば「オバマは外国生まれで、反植民地主義のイスラム教徒だ」とゆがんだオバマ像を描いて攻撃したり、「白人有権者の声を封殺してオバマを担ぎ上げたのは、リベラル派のエリートたちだ」と、アメリカ東海岸の都市部エリート(=知識層)に対する「保守派の伝統的嫌悪感」を煽ったばかりか、選挙戦終盤には「47%」、要するに今のアメリカは「まともで生産的な人間(つまり白人)と、そうした人間を食い物にしている連中」(前掲NW誌)の2つに引き裂かれているというキャンペーンを展開したのだ。総人口の47%を占める後者はアフリカ系だけでなくヒスパニック系なども含めた「マイノリティー」全体を指しており、「この連中」は「政府に頼って暮らし、所得税も払わずにいる」(同前掲誌)と言う訳だ。
 この共和党の選挙戦略について、保守系の『National Journal』(ナショナル・ジャーナル)誌は「ロムニー陣営は白人票の少なくとも61%を確保することに注力している。4年前と同様に総投票数の74%を白人票が占めるとすれば、それだけでロムニーの勝算が高くなるからだ。ただしオバマがマイノリティー票の80%以上を集めたら話は別だ」と書いている。ここでもマイノリティーは白人の「対抗概念」として扱われているが、オバマ陣営が特にマイノリティー票を囲い込む選挙戦を展開した訳ではないのだ。
 これは「人種を軸にした二極化」というよりも「白人対マイノリティー」といった図式で選挙戦を、いやアメリカ全土を塗りつぶし、「偏屈な白人ばかり」に支持されて大統領を目指した共和党・ロムニー陣営の政治的意図を、実によく示している。したがって不法移民(不法入国・滞在者)の強制送還など、ヒスパニック系の移民を震撼させた強硬策を唱えたとしても、それは白人至上主義とマイノリティー蔑視のキャンペーンを繰り返してきたロムニー陣営にとっては当然の成り行きだったのだろう。
 さらにロムニー陣営はキリスト教右派の歓心を買おうと妊娠中絶禁止を強く打ち出し、議会選挙を闘う共和党議員は「強姦による妊娠も神の思し召しだから、中絶を認めるべきではない」と発言したり、冒頭で紹介したムーア監督のブログで「ありがとう・・・あなたがいてくれて」と皮肉な感謝を捧げられたトッド・エイキン議員にいたっては、「まっとうなレイプでは妊娠しない」なる珍説を説いてまわる始末であった。

 だがこうしたロムニー陣営のネガティブキャンペーンが、当初はオバマの楽勝と見られていた大統領選挙の様相を変えることになったのだ。
 その争点は「小さな政府」をめぐる対立と日本では捉えられえているが、核心はむしろ「個人の自由」をめぐる対立と捉える方が正確だろう。というのは、ティーパーティー運動が政府による「社会的再配分」そのものに反対し、社会的貧困の救済も寄付などの個々人の自由意志に委ねるべきだとする徹頭徹尾の「個人主義的自由」を唱えるように、共和党右派が非難するリベラル派流の「大きな政府」とは、社会的再配分つまり社会保障の強化・拡充を実施する政府のことであって、公共事業をバラ撒く日本的な「大きな政府」とは似て非なるものだからである。
 この徹頭徹尾の個人主義的自由の観点からロムニー陣営は、オバマ政権がリベラル派の悲願として実現した国民皆保険制度を「所得税も払わずに、政府に頼って暮らしている連中」の為の制度のごとく描き出し、それを「政府による自由の侵害」として攻撃することで「個人主義的自由」という「アメリカ的価値観」に訴え、「アメリカンリベラルの伝統を継承する」オバマとの対決姿勢を鮮明にしたのである。

▼リベラル派の新動向と「新・オバマ連合」の課題

 こうした共和党・ロムニー陣営の選挙戦略に抗してオバマの再選を実現したのは、民主党とオバマの選挙参謀たちというよりは、オキュパイ(ウォール街占拠運動)が象徴する、あるいはこうした大衆運動の刺激を受けて台頭しつつある新たな「リベラル派の動き」と、共和党のネガティブキャンペーンに危機感を抱き、あるいはこれに反発するマイノリティーや女性たちであった。
 2008年選挙でオバマをアメリカ初のアフリカ系大統領へと押し上げた「オバマ連合」になぞらえれば、それは「新・オバマ連合」と呼べるかもしれない。とにかくこのオバマの再選を支持するか、少なくともロムニーの当選を阻止しようとした新しい連合勢力は、福祉や生活保護を完全否定する自己責任論や減税(経済的格差と社会的再配分を度外視した、個人所得に対する政府の介入を排除するという意味の減税)を掲げてリベラル派を攻撃する共和党・ロムニー陣営に対して、「自由と互助」という新しい価値観を対置しはじめたという点で、これまでに無かったアメリカンベラルの新しい動向と言えるだろう。
 例えばこの2年間のうちに、「自由」という点では同性愛が広く容認されるようになったことが挙げられる。すでにオレゴン州など4州では同姓婚が合法化されたし、今回の議会選挙では初めて同性愛者の上院議員も誕生した。またコロラド州とワシントン州では、住民投票によって「嗜好品としてのマリファナ」が合法化された。一方「互助」という点でも、不法移民の子どもへの奨学金の貸与を決めたメリーランド州や、教育予算の確保の為に富裕層への増税が支持されたカリフォルニア州を挙げることができる。
 こうした「リベラル派の新たな動向」は、保守派のコラムニストとして著名なロス・ドウハット氏をして「レーガンの時代は正式に終わった。オバマの多数派が現在の米国の唯一の多数派になった」(『ニューヨーク・タイムズ』11月7日号)と言わしめる動きとして全米に波紋をひろげつつある。保守派の中からも、《レーガン政権下の「保守革命」を契機に一貫して進展した「アメリカの右傾化」》の時代が終焉を迎えつつあると指摘する声が、ようやく現れ始めたのだ。
 だがこうした「リベラル派の新動向」は、自らをアメリカのアイデンティティそのものであると信じる白人(特に男性)の危機感を刺激し、だからまたロムニーのような白人至上主義の選挙キャンペーンを展開する大統領候補が押し出されることにもなったのだ。しかし皮肉なことに共和党右派が主導した白人至上主義キャンペーンは、リベラル派の運動に「マイノリティー」と「女性」という援軍を送ることになったのである。
 これがオバマの再選を実現した「新オバマ連合」の実態といえるが、それは2008年にオバマを大統領に押し上げた「オバマ連合」とは大きな違いがある。つまり08年の「オバマ連合」には、選挙直前のリーマンショックでなけなしの資産を失った中間層、それも家を追い出された訳ではないが豊かな老後を夢見てハイリスクの金融商品を購入し、それが紙くずになってしまったような中間層が多く含まれていたのに対して、「新オバマ連合」には、そうした「小金持ち」が含まれていないということである。
 中間層の上層を形成するこれらの人々は、ロムニーの自由主義的経済政策や富裕層優遇政策の幻想に惑わされた訳ではないが、オバマが描いて見せた「グリーンニューディール」などの経済政策が効果を発揮しなかったことに幻滅し、「オバマ連合」を離脱して「アメリカの伝統的価値観」や政治不信へと分解していったと考えられる。
 まさにその結果としてオバマは、僅差の勝利に甘んじることになった。だが前述のとおり「新オバマ連合」は、「保守派」の結集に対して十分な数的優位を確保できなかったとは言え、新たなリベラリズム運動の台頭という社会的基盤をオバマ政権に提供する可能性を秘めているという点で、より強力であると言う事もできる。そしてこの勢力は、オキュパイに対する共感で結ばれていると言っても的外れではないだろう。
 そこに通低する信条は「47%」ではなく「99%」、ムーア監督のブログを引用すれば「たった400人の金持ちが1億6000万人以上のアメリカ人よりも多くの資産を所有している」社会には、何らかの「変革」が必要だという共通する確信であろう。
 たしかにこの「変革」は、オバマが選挙戦で訴えた「変革」とは少し違うだろう。だが新たなリベラリズムの動向がはらむ「互助」という価値観は、アメリカンリベラリズムの土台としても機能してきた「個人主義的自由」という近代的価値観を超えて、オバマが今訴えている社会的再配分、つまり富裕層への増税と社会保障費の増額を一つの試金石としてあらゆるリベラル派の運動に提起することになる。
 そしてこれが、冒頭に書いた「両者の抗争の最大の焦点」である「富裕層への増税」を実現できるか否かという問題に他ならない。

 オバマが大統領に就任してリーマンショックの後始末に追われていた09年4月、わたしは「アメリカンリベラルの伝統を継承する」オバマ大統領の試金石は、かつてのニューディール政策のもう一つの核心であった「大圧縮」、つまり富裕層への累進課税を実現できるか否かにあると書いた。
 『いずれにしろ高額所得層に対する累進課税の復活は、中産階層に対する減税と財政赤字削減のためには必要不可欠である。そしてこうした高額所得層への増税の前例は、1930年代の世界恐慌に抗してニューディールを推進した、かのルーズベルトの政策に見い出すこともできる。
 というのもルーズベルトは、ニューディール政策を象徴する公共投資と並行して、「大圧縮」と呼ばれる高額所得層に対する大増税を行っているのだ。それは当初24%だった高額所得層の最高税率を、段階的にだが91%にまで引き上げ、所得格差の「大圧縮」を図ったのである。この税制改革は、戦争のために導入された価格統制と最低賃金制ともあいまって、当時の格差社会・アメリカを「中産階級のアメリカ」へと変貌させる契機になったと言われている。そして確かに、数年後にはその効果が剥落して景気後退に陥ることになった公共投資よりも、この「大圧縮」の方が、豊かな中産階級による大衆消費市場の拡大を促し、戦後アメリカの経済的繁栄の礎(いしずえ)になったと考えられる。
 「中産階級の復活モデル」とでも言うべき公約を掲げてきたオバマ新大統領とそのチームが、ルーズベルトのこうした政策を知らないはずはない』(インターナショナル186号:2009年4月号)と。
 二期目のオバマ政権は、ブッシュの置き土産である富裕層に対する減税の廃止に止まらず富裕層への増税が「財政再建には不可欠だ」と公言し始めている。共和党との妥協に明け暮れた一期目後半とは明らかに違うオバマの強気の姿勢は、もちろん再選を果たしたこともあるが、オキュパイが掲げた「99%」のスローガンがリベラル派運動の新たな台頭を促している事実と無縁であるとは考えられない。
 サプライサイド(供給側)の強化を口実に、レーガン、サッチャーの時代から推進されてきた富裕層優遇の諸政策と福祉政策全般の削減という流れに歯止めをかけ、その転換を図る契機を「富裕層への増税」として実現できるか否か。オバマの再選は、改めてこの歴史的転換をめぐる保守とリベラル派の抗争を焦点化することになる。

 (11月22日:さとう・ひでみ)


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