●「国有化」されたGM


過剰な信用供与に依存した米自動車業界の虚栄が崩壊

−楽観的にすぎる短期再建のシナリオ−

(インターナショナル第188号ー2009年6月号掲載)


▼製造業最大の経営破綻

 6月1日午前(日本時間同日夜)、アメリカ自動車メーカーの雄・GM(ゼネラル・モーターズ)は、日本の民事再生法にあたるアメリカ連邦破産法11条(チャプター11)の適用を申請し、ついに経営破綻した。
 3月末の負債総額は1728億ドル(約16兆4千億円)にのぼり、昨年9月に共に破綻した投資銀行リーマン・ブラザースの6910億ドル(約65兆円)と貯蓄貸付組合(S&L)ワシントン・ミューチュアル(WANU)の3279億ドル(約31兆円)に次ぐ3番目の規模である。また同じく3月末時点のGMの資産総額は822億ドル(7兆8千億円)だが、破綻企業の資産総額の比較でもリーマンとWANU、そしてIT企業ワールドコムの破綻(02年)につづく4番目の規模で、製造業としてはもちろん史上最大の経営破綻となった。
 この莫大な負債を圧縮しようとした債権者との交渉は、政府が突き付けた最終期限の5月末を待たずに不調に終わり、GMは自力での再建を断念し、結局はアメリカ政府が60・8%、GMの工場があるカナダ政府とオンタリオ州政府が11・7%の株式をもつ事実上の「国有化」によって再建をめざす、破産法の申請に追い込まれたのである。
 GMは今後60日から90日をメドに再建手続きを終了し、年内の黒字化を目指す短期再建シナリオを公表、オバマ大統領も同日、「GMは実行可能な再建策を策定した。実現にはかなりの額の資金が必要でそれを提供できるのは政府だけだった」と述べてGM再建に期待を表明した。
 だが、こうしたオバマ政権の楽観的展望には、疑惑の目が向けられている。

▼GM再生への期待と現実

 そのひとつは、GMがチャプター11を申請した「タイミングの良さ」である。
 というのは当日は、先にチャプター11を申請したビッグ3のひとつクライスラーが裁判所から再建計画の了承を得、わずか1カ月で再建手続きを完了したからである。
 オバマ大統領も当日の会見でクライスラーの再建手続き完了に幾度も言及し、同社の5月新車販売台数が4月を上回ったのは「国が早期再建に全面的にかかわったおかげだ」と述べ、GMの短期再建シナリオに対する楽観的期待の現実性を強調したが、それはごまかしだからである。なぜなら、クライスラーの5月販売台数が増加したのは、最大6000ドル(約57万円)もの値引きをした「在庫一掃セール」を行ったからに過ぎず、このセールが同社の再建にとってどれほど効果があるのかは疑わしいからだ。
 GMの経営破綻に合わせたかのようなクライスラーの再建手続き完了は、たしかに「出来過ぎ」の感が否めない。そして仮に「GMショック」を和らげることが優先されてクライスラーの再建計画がぞんざいに扱われたとすれば、いずれそのツケは、再度の経営破綻として回って来ることになろう。
 だが何よりも悩ましいのは、チャプター11申請で莫大な債務を削減し、同時に3つの工場の操業停止や、少なくとも11の工場を閉鎖して数万人規模の従業員を解雇するなど、強烈なリストラで財務体質を改善することは可能でも、それなりの利益を上げる企業として再生するのは、政治の介入によっては不可能だということである。
 それは、総額約500億ドル(4兆7500億円)もの公的資金をつぎ込んだあげく、GM再生に責任を負う筆頭株主となったオバマ政権が、収益性の回復と投入した公的資金の棄損との間で、今後かなり難しい決断を迫られることを意味してもいる。
 GMは今後、裁判所の管理下で主力ブランドや優良資産を受け継ぐ「新GM」と不採算事業を引き継ぐ「旧GM」に分割され、シボレーやキャデラックなど優良な4つの主力ブランドを受け継ぐ新GMは、事業規模を現在の60%程度にまで絞り込み、2012年までに14車種のハイブリドカーを発売するなど、将来の命運を賭けて「環境車」に投資を集中するとしている。だが環境車の目玉商品である電気自動車「シボレー・ボルト」は、29億ドル(約2700億円)を投じて2012年に発売する計画があるだけであり、しかも肝心の電池は韓国企業から調達するという他社だのみ弱点も抱えている。
 グローバリゼーションの時代に、純粋に経済的効率や企業の収益性を考えれば、いっそのこと電池を供給する韓国企業と合弁会社を設立し、賃金の安い中南米で電気自動車を生産して輸入する方が収益性は高く、大株主のオバマ政権も投入資金を早く回収できるだろう。だがもちろんこの方法ではアメリカ国内の雇用が失われ、GMを「新たなグリーン製造業」として再生しようと国有化までした意味が無くなるのも明らかである。
 はたしてGMの新経営陣は、オバマ政権のこうした期待に応えられるだろうか。
 オバマ大統領の後に会見したGMのヘンダーソンCEO(最高経営責任者)は、「造る車はすべて世界レベルを目指す。5車種当たることを見込んで15車種造るようなやり方は終わりだ」と意気込んでみせたが、それは図らずも、グローバル企業GMの企業文化が作り出した、博打(ばくち)まがいのずさんな経営戦略を暴露するものだった。
 株式時価総額など目先の利益の最大化を追い求め、「売れる自動車」の開発と生産ではなく、より多い利益の出る高級車の販売を偏重し、当面の増収・増益のために「自動車ローンのサブプライム版」まで編み出し、それによって業績を維持しようとしたGMの経営は、文字通りの意味で金融バブルの申し子だったと言えよう。

▼自動車版サブプライムローン

 08年暮れの12月31日、GMの経営危機という大事件の陰に隠れて日本ではあまり報じられなかったが、GMの金融関連会社GMACファイナンシャル・サービスに、連邦政府による50億ドルの資本注入が発表された。12月初めに174億ドルのつなぎ融資を行ったのにつづく2度目の救済であり、12月25日にFRB(連邦準備制度理事会)が、同社の「銀行持ち株会社化」を承認したのを受けての新たな措置であった。
 GMACは、その名のとおりGMの自動車ローンを取り扱うGM出資100%の金融子会社だったが、アメリカの住宅バブルがピークを越えた2006年11月、株式の51%がサーベラス・キャピタル・マネジメント(SCM)に売却され、GMの保有株式は49%になった。ちなみにSCMは、ブッシュ政権の財務長官だったジョン・スノーが会長を努め、アメリカの年金基金など機関投資家の資金運用を引き受ける、日本で言えば「投資信託会社」であり、日本では、おぞら銀行(旧日本債権信用銀行)が傘下にある。
 昨年末のこのニュースが重要なのは、GMの経営危機が、単にリーマンショックを契機にした北米自動車市場の縮小と新車販売台数の急減によるだけではなく、自動車ローンを扱う金融子会社と一体の危機であることを明らかにするからである。
 自動車ローンの大手であるGMACは、実は8年前の2001年頃から住宅ローン市場にも参入し、04年には、1919年の設立以来の最高益となる2724億円を記録し、「GMの最優良子会社」として、GM全体の当期利益の64%を占めた金融部門の大黒柱でもあった。つまりGMは、優良な金融子会社の稼ぎに支えられて世界最大・最強の自動車メーカーの地位を保ってきたと言っても過言ではないが、その優良子会社の株式の過半を2006年に手放さざるを得なかった事実の中には、製造業としてのGMの経営危機が、当時すでに抜き差しならない事態に陥っていたことが端的に示されている。
 現実に、GMをはじめアメリカのビッグ3と呼ばれる自動車メーカーの業績は、日本車メーカーによるアメリカ現地生産の本格化に押されるように、90年代の半ばから悪化しはじめた。GMも97年ごろに急速な業績悪化に直面したが、その打開策が「自動車ローンの証券化」だったのである。
 当時、GMのディーラー(販売業者)には、「5項目の申請書」と呼ばれた書類がローン会社によって大量に配られたが、それは自動車ローンを希望する人の名前、住所、生年月日、社会保険番号、職業の5つを記載するだけのローンの申請書で、年収など査定に必要な支払い能力に関する情報を、まったく客に求めないものだった。
 このローンの販売促進効果は、絶大であった。あるデトロイトのディーラーは、300万から800万円もする高級車が1日3台、年間では700台も売れた時期があったという。なにしろ5項目を埋めさえすれば、たとえ失業中で無収入であろうと、ほぼ自動的にローン契約が結べたのだから当然だろう。だがこんなディフォルト(債務不履行)のリスクが高いローンを組んで、ローン会社が破綻する危険はないのだろうか?
 このジレンマを解決してくれたのが、住宅ローンでも多様されていたCDO(債務担保証券)という、デリバディブ(金融派生商品)を組成する金融技術だった。
 GMACは、契約した自動車ローンを証券化してウォール街の投資銀行などに売りさばいたが、それはローンの貸し出し資金を回収した上に手数料も稼げるという、まさに一石二鳥の荒稼ぎであり、「自動車版サブプライムローン」に他ならなかった。しかもこれに味をしめたGMACは、前述のように住宅ローン市場にも参入して自ら住宅ローンの証券化と販売にも乗り出し、04年には史上最高益を上げたのである。
 もっとも、こうした新たな金融商品の開発を歓迎し、その大量販売に精を出したウォール街にとって、GMというブランド名のおかげで「AAA(トリプルA)」、つまり最も優良で安全な証券という格付けを得たGMACのCDOは「売れ筋商品」として人気を博したのであり、こうした背景なしにはGMACの「成功」もあり得なかった。

▼ホームエクイティローン

 こうしてGMはいったんは息を吹き返したが、2001年の同時多発テロとその後の原油高でふたたび売上の減少に直面した。そこでGMが頼ったのは、またしても金融の力だったのである。ただ今度は、リースという新たな手法が導入された。
 この方法では、新車を購入するのは客ではなくGMACである。GMACは購入した新車を客に貸し出してリース料を受け取り、リース契約が終了すれば、この車を中古車として格安で客に売るのだ。これなら客の支払いは半額程度に押さえられ、さらに2年ごとにリース期間を更新すれば、また新車に乗り換えることも可能という触れ込みである。そしてもちろん、このリース契約も証券化して売りさばいたのである。
 しかしより重要なことは、GMACがこの頃に住宅ローン市場に参入したことである。金融で利益を上げるためには、自動車ローン以外で最も魅力的な住宅ローンも手掛け、これを両輪にして顧客を増やす戦略だったと言われるが、その住宅ローン市場では、03年頃からサブプライムローンが急増しはじめており、同時に「ホームエクイティローン」が、まるで「預金をしなくてもよいATM」(ニューヨークタイムス)のような、安易な消費資金の調達方法として持て囃されるようになっていたからである。
 ホームエクイティローンは、一般に「住宅の資産価値から住宅ローンを差し引いた実質価値(ホームエクイティ)を担保にして組まれたローン」のことで、アメリカでは子供の大学進学費用の調達などに利用されてきた方法ではある。だが当時のそれは、住宅バブルによる価格上昇をあらかじめ見込んだ過大な差額をホームエクイティローンにして消費に回すといった、アメリカの「過剰消費」を支える「ATM=現金自動支払機」と化しはじめていたのである。
 GMACの住宅ローン市場への進出が、こうした事情と無縁だったはずはない。急増しはじめていた「サブプライムローン」にまでホームエクイティローンを追加融資して高級車を売りつけるビジネスモデルは、自動車と住宅という2つのローンを同時に扱う最大の利点だったに違いないからだ。
 だが言うまでもなく、これは「過剰な信用膨張」、要するに「実際の需要」を上回る売上を達成するための「需要の先食い」に他ならないし、それが経営戦略として成立するためには、住宅価格の継続的な、しかもローン金利を上回る利回りで値上がりがつづく資産インフレが、文字通りの意味で不可欠の前提条件であった。
 そしてもちろん、それは長くはつづかなかった。住宅バブルが破裂してCDO市場が崩壊したとき、住宅ローン市場に遅れて参入した分だけ多くのサブプライムローンを抱え込んでいたであろうGMACは、たちまち資金繰りにも窮する事態に陥ったのだ。昨年のリーマンショックを機にGMの経営が一挙に悪化したのは、GM本体が吸い上げてきたこの金融子会社の利益が吹き飛んでしまったからに他ならない。

 GMの、「5車種当たることを見込んで15車種造る」博打的経営戦略は、こうした信用膨張を前提にしてのみ可能だったとすれば、その「製造業としての再生」は、やはり容易ならざる難事業と言う他はない。
 なによりも10年以上にわたって金融バブルに依存してきた巨大企業が、年間数百万台の新車を飲み込む北米自動車市場(これ自身が異常な経済構造と言えるが)が縮小しつづけている環境の下で、事業規模を6割に縮小したとはいえ、「過剰な信用膨張」に頼ることなく、しかも「短期間で」利益のあがる企業に変身できるというのは、どう考えても楽観的に過ぎるだろう。それが明白だからこそ、オバマ政権はGMACに資本を注入し、自動車ローンの信用収縮に歯止めを掛けざるを得なかったのだから。
 こうしてオバマ政権は、過剰信用膨張に依存した業績の「V字回復」か、時間は掛かろうとも「まともな製造業」としての再生かのはざまで動揺せざるを得ない。
 はたしてオバマ政権は、後者の困難な道を選択する「勇気」を示し、短くはないその困難な時間を人々が受け入れるように説得することができるだろうか。

(6/30:さとう・ひでみ)


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