●世界同時株安の再燃
モノラインショックと日本株の一人負け
−米金融資本の国富ファンドの導入−
(インターナショナル第178号:2008年1・2月合併号掲載)
▼大発会史上最悪の株安
1月4日、恒例なら年頭のご祝儀相場で株価が上向くことの多い東京証券取引所の「大発会」だが、今年は大幅な株価下落という大波乱の幕開けとなった。
4日の日経平均株価は一時、昨年末比765円安と大幅に下落し、終わり値も同比616円安と1万5千円の大台をあっさりと割り込み、大発会史上最悪の下げ幅を記録した。その後も東京市場の株価は下落をつづけ、15日には1万4千円台を、22日には1万3千円台をも割り込み、実に2年4カ月ぶりの低水準にまで下落したのである。
こうした東京市場の大幅な株価の下落は、1月2日から始まったニューヨーク市場の今年初の取引で、アメリカ景気の先行き懸念から株とドルの売り注文が急増し、ダウ工業株平均が昨年末の終わり値比で一時は150ドルも下落し、外国為替市場でも円の対ドルレートが一時は109円53銭まで急騰したこと、さらには原油価格が年初に100ドルの大台にのるなどしたことで、依然として対米輸出に依存する日本経済への悪影響が嫌気されたためであった。
もっとも、サブプライム問題(=本紙178号参照)に端を発したアメリカ経済の減速を受けて、年明けから始まったアメリカ発の同時株安は、東京市場のみならずヨーロッパの主要市場でも株価下落の連鎖を引き起こし、さらには後述する「モノラインショック」によって、当初は堅調に見えたアジア市場でも株価が急落したことで、世界各国・地域の中央銀行、とりわけアメリカ政府と連邦準備制度理事会(FRB)は、緊急の対応策を迫られることになった。
こうしてブッシュ大統領は1月18日、総額1500億ドル(約16兆円)規模の「戻し税」や法人税の軽減など、景気対策の概要を前倒しで発表することを余儀なくされ、22日にはFRBが臨時の公開市場委員会(FOMC)を開き、短期金利の指標となるフェデラルファンド・レート(FFレート)を0・75%引き下げる、ほぼ6年ぶりの緊急利下げに踏み切るなど対応策に追われたのである。
2008年の年明けから世界の主要市場を襲った株安の連鎖は、FRBの大幅利下げを機に1月下旬になってようやく落ち着きを取り戻しはしたが、もちろん不安材料が払拭されたとは言い難い。
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ところでこの世界同時株安の過程では、二つの注目すべき現象があった。ひとつは前述の「モノラインショック」だが、いまひとつは、東京市場の「世界でも突出した低迷」ぶりである。以下、この2つの問題について検証してみたい。
▼アメリカ経済の新たな不安
東京証券取引所で、2年3カ月ぶりに日経平均が1万3500円を割り込んだ1月21日、市場関係者の間で「モノラインショック」という聞き馴れない言葉が聞かれた。
「モノライン」は直訳すれば「単一事業」の意だが、金融業界では金融派生商品の損害保証を専門的に扱う保険もしくは保険会社のことを指す。自動車や火災など一般的な保険を「マルチライン保険」と呼ぶのに対して、金融商品専門の保険が「モノライン保険」と呼ばれている。
実はブッシュ大統領が景気対策の概要を発表した1月18日、格付け会社「フィッチ・レーティングス」が、アメリカの4大モノラインのひとつである「アンバック・アシュアランス」の格付けを、最上位のトリプルAから一挙に2段階引き下げたと発表した。格下げの直接的理由は「増資が見送られたこと」とされているが、それはザブプライムローン関連の損失が、損害保険会社の経営にも悪影響を及ぼすまでに深刻化したことを明らかにするものであり、債権市場の不安をさらに助長する事態であった。
損保業界にも波及したサブプライム関連の損失は、すでに日本にも現れており、今年1月11日には、損保ジャパンが、金融保証保険で3億ドル(340億円)の保険金を支払う可能性があると発表しており、その影響は他人事ではなくなっている。
だが「モノラインショック」のより深刻な問題は、アメリカの債権市場全体に打撃を及ぼす可能性にある。
というのもモノライン保険は、もともとはアメリカの州政府などが発行する地方債の保証から始まっており、現在もなおそれが業務の中心を占めている。高い格付けのモノライン保険の保証があれば地方債の格付けも上がり、その分だけ各州政府は低コストで地方債を発行できる。要するにモノライン保険は、州政府が低金利で資金調達するのを助け、その財政政策の原資を担保してきたのだ。
だがモノライン保険の格付けが下がり、つまり信用保証が低下すれば、地方債市場をはじめアメリカ債権市場全体が低迷に陥る可能性があるのだ。それはまた債権発行コストを上昇させ、地方債発行を抑制して州政府の財政政策を制約することになるばかりか、最悪の場合は、州政府の財政が悪化する事態まで想定されよう。
同じく1月中旬には、銀行最大手のシティーグループのほか、大手証券会社のメリルリンチやモルガンスタンレーなど、アメリカの金融大手10社が巨額の赤字を計上する07年第4四半期(10〜12月期)決算を発表しており、その損失総額は、第3四半期(7〜9月)の損失を合わせた半年間だけで、合計242億ドル(約2兆5900億円)の巨額に達したことが明らかになった。それはアメリカの景気が、減速から後退(リセッション)へと陥る懸念を深めるに十分である。
これに「モノラインショック」が加わるとすれば、アメリカ景気への懸念はさらに大きくなるのも当然であろう。
▼政府系ファンドの受け入れ
ところで、サブプライムローン関連の証券化債権の価格崩壊による底無しの損失の拡大について、日本では、90年代の初頭にバブル景気が破綻して長期不況に陥った経験から、今後10年のアメリカ経済に対する悲観論が強まりはじめている。
たしかに終わりの見えない証券化債権の損失拡大が、モノラインショックのように新たな分野に飛び火する損失の連鎖は、銀行など金融機関の資本を毀損させて金融収縮が懸念される事態に至っており、日本でのバブルの破裂とその後の「失われた10年」を思い起こさせる状況ではある。
ところが現実に進展しつつあるのは、より大規模な国際資本の再編、あるいはグローバリゼーションの新たな展開であり、その新しい主役は政府系ファンド、別名「国富ファンド」と呼ばれる新興諸国の国家資金が、国際金融システムの重要なファクターとして台頭してきたことである。
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まず確認しておきたいのは、バブル景気が破裂して以降の、日本とアメリカの対応の違いである。
アメリカの住宅バブルに依存した証券化債権バブル(これがザブプライム問題の実態だが)が破裂し、銀行や証券会社など金融機関の資本が毀損されたところまでは日本とアメリカで違いはないが、その後の対応には大きな違いがあった。
第1に日本では、不良債権をつくった金融機関の経営者たちが責任もとらずに居座り、あげくに高額の退職金まで手にし、結果として不良債権処理が大幅に遅れて金融不安は長期化し、金融関係者の間には勤労意欲やモラルの低下も見られた。
これに対してアメリカでは、サブプライムローン問題が明らかになるや、シティーグループやメリルリンチと言った最大手金融機関でも経営トップが更迭され、その経営責任を明確にするとともに損失処理の阻害要因がいち早く取り除かれ、損失を処理する新たな経営体制が整えられた。
第2は、資本の毀損を補う増資を資本系列が同じグループ企業に頼るなど、内向きの損失処理に固執した日本では財務体質の改善が遅れたばかりか、金融不安に歯止めを掛ける政府による資本注入さえ、大手銀行は横並びでようやく受け入れるなど、責任回避の糊塗策ばかりに気を奪われ、結果として、迅速な損失処理による金融システムの健全化は、大きく立ち遅れた。
ところがアメリカ金融資本は、中東産油国や中国の政府系ファンド、つまり新興諸国の政府が外貨準備などを運用する国家資金を引き入れてでも、資本の増強を図ることを躊躇しなかったのである。
原油価格の高騰に悲鳴をあげるODA諸国の増産要請を拒否した中東産油国や、ブッシュ政権が仮想敵国視してきた中国の政府系ファンドを導入する大胆さは、危機に直面した金融資本として必要であれば、自国政府の思惑にさえとらわれずに資本主義的原則に徹する選択と決断であり、日本では思いもつかないことであろう。現に日本では、シティーグループが中東の政府系ファンドを受け入れる増資に踏み切った事実は、驚きをもって受けとめられた。
だがこうして、サブプライム問題で痛手を負ったアメリカ金融資本は、90年代初頭のバブル崩壊のトラウマを引きずる日本での悲観的予測にもかかわらず、はるかに短期間で立ち直る可能性を手にしたのである。
だが同時に、アメリカの国際金融資本が外国の政府系ファンドによる増資に踏み切ったことは、アメリカを中心とする国際金融資本の資金調達先のシフトチェンジを促進し、これまではアメリカ国債への投資に偏ってきたドル建て資金の運用を、大きく変化させる契機となる可能性がある。
▼アメリカの景気に翻弄される日本
そしてもうひとつの問題が、年明けからはじまった世界同時株安の過程で、東京市場の価格の回復が他の主要市場との比較で立ち遅れ、あたかも「日本株の一人負け」の様相を呈したことである。
具体的は、世界の主要市場の昨年6月末の株価と、同時株安がアジア市場にも及んだ今年1月中旬の株価を比較すると、上海、香港そしてインドなどの市場では経済成長への期待から上昇し、サブプライム問題で痛手を被った欧米市場でも下落率が10%程度だったのに対して、日本だけが20%を越える下落率であった。
また格付け会社スタンダード・アンド・プアーズがまとめた、07年の各国の株価指数上昇率の比較でも、日本は主要52カ国中51位と、サブプライム問題で大幅な株価下落にみまわれた欧米諸国さえ下回る低迷ぶりだったのである。
好況と言われた昨年でさえ、日本株の当落率はアメリカ株を15%ほど下回り、東京証券取引所の売買高の約6割を占めるヘッジファンドなどの外国人投資家は、すでに昨年の後半から売りに転じていたのだ。そこに、アメリカ発の世界同時株安が襲ったのが、東京市場の低迷を一段と増幅した要因であるのは明らかであろう。
こうした東京市場の低迷を受けて、日本経団連の幹部たちは「構造改革の停滞」がその原因だとして、さらに市場至上主義的改革の推進を声高に要求している。
だが冒頭でも指摘したように、日本の株安は、「依然として対米輸出に依存する日本経済への悪影響が嫌気された」ことが大きな要因である。さらに対米輸出の減少要因となる円高がすすみ、原油価格の高騰など輸入原材料の値上がりが日本製品のコストを上昇させる可能性も高まった以上、日本経済の好況を主導してきた対米輸出と、その対米輸出の好調に支えられた対アジア輸出が減退するだろうとの予測が広がるのは、当然と言えば当然のことであろう。
言い換えれば「日本株の一人負け」という現象は、サブプライム関連の損失拡大でアメリカの景気が後退し、日本の対米輸出が落ち込む可能性が強くなったことへの「正常な投資家の反応」であり、アメリカの景気後退が、日本株の価格形成に織り込まれたことを意味するだけである。
だとすれば、東京市場の低迷を打開する方策は、日本の金融資本が、サブプライム関連の損失で痛手を被ったアメリカの金融資本に資金を提供し、金融収縮を回避してアメリカ景気の後退に歯止めを掛けようとするか、あるいは国内需要に即した内需拡大によって、対米輸出に依存する経済構造の転換を図る以外にはない。
前者は、まさにアメリカ金融資本が日本の大手銀行に要請している「増資の協力」に他ならないが、後者の内需拡大は、例えば高齢者介護サービスの充実とか、出産・育児支援サービスの充実とかに投資を集中するなど、これまでの経済成長至上主義にもとづいた土木建築投資偏重の内需拡大政策を抜本的に転換し、社会的な有用サービスの拡充を図る内需拡大という、新たな経済戦略の提起が求められるのである。
その意味では、国際競争の激化を口実にして、その多くが輸出産業である日本の基幹産業に資金を集中し、結果として社会的格差を耐え難いまでに拡大した、小泉政権が推進した「改革」それ自身の変更もしくは転換こそが課題となっているのであり、いずれにしても経団連幹部たちの要求はまったくの的外れと言うほかはない。
もっとも、昨年の参院選大敗以降、「格差是正」を求める世論におもねり、旧いバラマキ政治へと軌道修正して有権者の歓心を買おうとするだけでは、日本経済の低迷を克服できないとする福田政権への批判は、当を得てはいる。
だが日本政治の問題点は、経団連幹部たちが批判する「改革の停滞」にあるのではない。むしろ「日本株の一人負け」が明らかにしたのは、小泉−竹中から安倍へと受け継がれた「改革」の破綻なのである。
それは、輸出産業優遇と土建投資偏重の経済成長戦略から脱却することに失敗したという、格差問題とは位相の異なる「改革の破綻」を暴き出したのであり、だからまた日本政治の問題点は、この破綻を克服する道筋を示せない自民党が政権にしがみついていることなのである。
アメリカの景気後退が現実味をおび、世界経済の停滞も懸念される情勢の中で、「国際的プレゼンス(存在感)が著しく低下している」(安東俊夫・日本証券業協会会長)経済大国・日本の現実は、この国の政治と経済が陥っている深い混迷を映しだしている。
(2/18:きうち・たかし)