●高騰つづく原油相場
 


ドル安に連動する「戦略物資」の高騰

−グローバリゼーションの逆説=商品市場の機能不全−

(インターナショナル第177号:2007年11・12月号掲載)


▼100ドル目前、原油価格の急騰

 原油価格の高騰が、世界経済の先行きに暗雲を投げかけている。
 原油価格の国際基準のひとつであるWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油先物価格は、8月始めには1バレル(1樽=約159ℓ)76ドル台で取引されていて、サブプライムローン問題による金融市場の混乱で、一時は69ドル台に下落した。
 ところが、このサブプライムローン問題による景気の減速懸念から、FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)が4年3カ月ぶりに大幅な利下げに踏み切った9月以降、わずか3カ月で30ドル近く跳ね上がり、11月始めには98ドル台の高値を記録したのである。
 こうした原油価格の急騰は、生活必需品価格にも影響を与え、人々の生活を直撃し始めている。ガソリンは今や1ℓ=150円で、運送業界では「エコ運転」と称する運転手への締め付けが広がり、暖房用灯油の値上がりが、寒冷地の高齢者世帯を直撃している。それでもこれは、なお値上げの連鎖の〃はしり〃に過ぎない。
 各地の漁業協同組合は船舶用軽油燃料の高騰に苦慮しており、いずれは海産物の価格に跳ね返るだろうし、DVDディスクの素材であるポリカボネート樹脂の値上がりも、IT関連機器の価格上昇圧力である。そしてトイレットペーパーが店頭から姿を消した1973年の第一次オイルショック時のように、製紙業界大手各社は、出荷価格の10%以上の引き上げを検討しており、いずれは火力発電用重油の値上がりを理由に電気料金の値上げが検討されるだろうからだ。
 しかもこれだけの値上げがあっても、様々な業種で減収と減益が続出するだろうと見られてもいる。燃料としてであれ原材料としてであれ、石油はほぼすべての産業の必需品だからである。
 さらに現在の原油の高騰は、石油代替品の原料である大豆やトウモロコシの価格上昇を招き、あるいは「ドル安」を介して希少金属などの高騰に連動し、「原料インフレ」の様相を呈してはじめている。

▼投機マネーと商品市場

 原油価格急騰の要因として、@掘り易い油田(イージー・オイル)の発見が減少し、原油採掘コストが上昇しているという供給不安、A中国やインドなど、経済成長をつづける新興諸国の原油需要が増加しているという需給逼迫が指摘されるが、現状の原油価格は、そうした実際の需給などのファンダメンタルズ(基礎的条件)とは懸け離れた値動きだとの見方が強い。
 IEA(国際エネルギー機関)が予測する08年の世界の原油需要は、07年見込みとの比較で2・4%増とされているが、住宅バブルの破裂でマイナスに転じたアメリカの需要などを考慮すると、むしろ価格の下振れの可能性もあるというのが、石油業界の一般的な見方である。もっともIEAは、@とAの要因から、09年頃から需給逼迫の可能性があるとし、11月7日には、「想定を越える高成長が続いた場合、2030年には原油価格が159ドルの水準になる」との見通しを明らかにした。原油先物価格の上昇圧力が高まっているのも現実なのだ。
 こうした原油をめぐる諸条件は、価格の値上がり傾向は今後もつづくが、「今後5年程度は、70ドルプラスマイナス5ドルが、普通の需給バランスを前提にして考えた場合の価格帯」(内藤正久・日本エネルギー経済研究所理事長)だと言う、専門家の見方を裏づけるものであろう。
 そこで、100ドルに届こうかという現状の原油価格の急騰要因として、Bサブプライムローン問題が発端となった世界の株安や証券市場の低迷から逃避した投機的資金が、原油など一握りのリスク投資である商品市場へと流入し、実需とは乖離した原油高を演出しているとの指摘があるのだ。
 わたし自身、「ここ10年にわたってアメリカに流れ込んできた巨額の投機資金が行き場を失い、商品市場や為替市場へと大規模にシフトチェンジすることで新たな〃根拠なき熱狂〃を演出し、石油や原材料価格を急騰させて世界中にインフレの種が蒔かれる懸念ともなる。現実に石油市場では、1バレル=90ドルを超える高値相場が現れてもいる」と指摘したのは、本紙前号(176号)の「〃根拠なき熱狂〃をあおった米住宅バブルと債務担保証券」でのことだった。
 つまり原油価格急騰をはじめとする商品市場の価格上昇の連鎖は、あえて言えば「予測の範囲内」の出来事と言えるが、改めて注目しておきたいのは、これが呼び起こしつつある「戦略物資」の復権と、「ドル安と原油高の強い連動性」という現象である。

▼戦略物資化する有限資源

 10月末、ロンドンで開かれた「オイル・アンド・マネー」と題した石油業界関係者を集めた会議で、中東・カタールのアティーヤ・エネルギー産業相は、「スケープゴートをつくるべきではないし、我々(産油国)を非難するのはやめてほしい」と、息巻いた。増産を渋り、原油の高値維持を図っていると非難されているOPEC(石油輸出国機構)の主要メンバーとして彼は、投機マネーこそが原油高の原因だと強調したのだ。
 そしてアティーヤ・エネルギー産業相は、「原油価格が低迷していたころ、〃破綻しそうだ、何とかしてほしい〃と消費国の大臣に話したら、〃市場が決める値段だから何もできない〃と取り合ってくれなかった。いまの高値も市場が決めているのに、消費国は何とかしてくれと言ってくる」と皮肉った。

 たしかに原油をはじめとする資源は、その持てる国家の思惑で動かされるよりも、市場で自由に取引できる「商品」であることが望ましいし、グローバリゼーションを推進した新古典派経済学が掲げた大義名分も、「完全に自由な市場は、最も効率的な資源配分を可能にする」ということだった。
 だが現実には、そのグローバリゼーションが推し進められた結果として、世界の商品市場には利回りを競う巨額の投機マネーが流入し、需給の実態とは乖離した価格の乱高下を演出し、それが実態経済に悪影響を与えるという、市場の「効率的な資源配分」機能の不全を顕在化させたのである。
 それは原油など、近代化された経済活動に必要な一握りの資源を世界中が奪い合う、いわゆる「戦略物資」という亡霊を復権させる可能性を高めている。しかもそうした戦略物資の復権は、その持てる国家や民族をして、これを政治的目的を達成する手段にしようとする「資源ナショナリズム」を助長することにもなるだろう。
 アティーヤ・エネルギー産業相は、こうした欧米金融資本による「市場の失敗」を痛烈に皮肉ったのだが、同時に彼は、中東で台頭しつつある資源ナショナリズムを刺激してはならないという警告、もしくは懇願したと受け取るべきであろう。
 なぜなら、世界の原油輸出量の6%を占め、アメリカによる敵視政策に対抗して核開発を進めるイランが、あるいはキルクーク油田の占有を要求するイラクのクルド人は、「資源ナショナリズム」の潜在的な震源地なのであり、ブッシュ政権が示唆するイランの核施設への攻撃は、こうした「地政学的リスク」を爆発させる、だから何としても回避すべき最悪のシナリオだからである。

▼ドル安・原油高の連動

 これと並ぶ重要な動向が、サブプライムローン問題を契機にした「ドル安」基調と、原油高の強い連動性である。
 前出WTI価格で見ると、10月19日に1バレル=90・7ドルにまで上昇した後、22日には4ドル以上も下落、23日には同85ドルを割り込むまでに急落したが、実は22日には1ユーロ=1・4348ドルの高値から、同1・4124ドルまでユーロが急落していたのだ。ところが23日になってユーロが反発、11月2日に同1・4528ドルの史上最高値にまで上昇すると、原油相場も85ドル割れの水準から、11月1日には1バレル=96・24ドルの史上最高値をつけ、その後も98ドル台にまで続騰したのだ。
 つまり「ドル安」に連動して、原油相場が上昇したのである。
 このドル安と原油高の連動は、インターコンチネンタル取引所に先物が上場されている「ドルインデックス」(=ユーロ、円、ポンド、カナダドル、スウェーデンクローネ、フランスフランの6通貨の加重平均)との比較でも確認できるが、この6通貨のうち対ドルレート上昇率が大きいのはユーロとカナダドルであり、カナダドルの上昇は、サウジアラビアの原油埋蔵量に匹敵すると言われるオイルサンドの開発が進み、原油高で利益を得る「産油国の通貨」という性格が強まってきた結果である。
 そしてこの「産油国の通貨」の対ドルレートの上昇が、産油国のもうひとつの不満でもある。つまりドル安・自国通貨高という状況では、原油の高値でドル建て輸出代金が増えても、自国通貨ベースではそれが大きく目減りするからであり、このドル安基調がつづく限り、原油価格が急落するリスクを負ってまで産油国が増産に踏み切ることは、できない相談というものだ。
 同時にドル安の趨勢は、産油国や資源をもつ国や地域が、輸出代金が目減りするリスクを回避しようと「ドル離れ」を模索する動きを加速するが、それがまたドル安に拍車をかける「ドル安スパイラル」の懸念を増幅するのだ。サブプライムローン問題を契機とした原油価格の急騰は、基軸通貨・ドル暴落の危機をはらんで、「戦略物資」をめぐる激しい奪い合いを呼び起こし、原油価格の高騰圧力を高めつづける。
 こうして世界は、正確にはG7諸国は、70年代のオイルショックとドル下落を押し止どめた「プラザ合意」のような枠組みを、いま一度構築する余力と能力があるのかを問われているのだ。

(12/17:さとう・ひでみ)


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