【アメリカ中間選挙】

宗教右派に依存してきたブッシュ・共和党の自滅

−スキャンダルが暴いた、デマゴーグたちの欺瞞−

(インターナショナル第169号:2006年11・12月号掲載)


▼民主党、12年ぶりの完勝

 イラク占領政策の転換を最大の争点にしたアメリカ中間選挙は、11月7日に投開票が行われ、民主党が1994年以来、実に12年ぶりに上下両院で過半数を制する結果となったが、それは、ブッシュ政権が推進する「テロとの闘い」に対する、アメリカ国民の強い不満の表明だと言われている。
 だが、ブッシュ与党・共和党敗北の要因を検討する前に、まずは民主・共和両党の新たな議会勢力比を確認しておこう。
 開票直後から、民主党の圧勝が明らかになった下院(定数435)では、民主党が201議席から229議席と大きく議席を伸ばしたのに対して、共和党は229議席から203議席に後退する大敗を喫した。ちなみに、11月末現在で未確定の3議席はいずれも民主党候補が優勢と報じられており、このまま確定すれば民主党は232議席となる。
 また上院(定数100)では、民主党が17議席の改選(非改選27)から5議席増やして22議席を獲得、民主党系無所属の2議席を加えて過半数の51議席を制することになったのに対して、共和党は、改選議席15(非改選40)から6議席も少ない9議席しか獲得できず、改選前の55議席から、過半数を割り込む49議席へと後退したのである。
 40もの非改選議席がありながら過半数さえ維持できなかったという意味では、上院共和党の敗北は、下院以上に劇的な大敗であったと言える。

 こうした共和党の敗北は、イラク占領のドロ沼化によって「テロとの闘い」への批判が高まったことを理由に、選挙以前から予測されていた。そして確かに「イラク」は、中間選挙の最大の争点であった。
 したがって共和党とブッシュ大統領は、イラク占領政策の正当性を訴えるために「テロの恐怖」を煽り、イラク駐留の長期化と犠牲の増加について理解を求める強気のキャンペーンを展開し、民主党の「弱腰」を非難することでその追い上げを退けようとしたし、民主党もまた、ドロ沼化したイラク情勢の打開という点では、共和党と同様に決め手を欠く分だけ「弱腰」批判を恐れ、攻撃の矛先もにぶりがちであった。
 現に昨年12月、ギャラップ社の世論調査では「イラク戦争はテロとの闘いの一環」との回答が43%、「長期的にはアメリカは安全になる」が42%と、イラク占領を支持する有権者が40%台を維持しており、中間選挙は「民主党優位だが接戦」というのが、今年の半ばまでの大方の予測だった。

▼宗教右派と共和党のスキャンダル

 ところが今年になって、共和党連邦議員や宗教右派指導者のスキャンダルが次々と発覚したことで、共和党の劣勢が決定的になったと言って過言ではない。
 ブッシュ大統領の地元であるテキサス州選出で、下院共和党の大ボスでもあるディレイ前下院院内総務ら、10人を越す共和党連邦議員が、大掛かりな政界不正工作の容疑で逮捕された共和党系の大物ロビスト、エイブラモフ被告との癒着などを指摘される事態になったのは、今年の春であった。
 ディレイ議員は、州選挙資金法違反とエイブラモフ被告との癒着を追求され、政界引退に追い込まれたが、同じような疑惑を指摘された共和党議員たちが、選挙で苦戦を強いられたのは当然であった。
 さらにこの事態に追い打ちをかけたのが、投票日の直前に宗教右派の著名な全国的指導者、テッド・ハガード師が、全米福音派協会の会長を辞任したことである。辞任の理由はハガード師の同性愛疑惑だが、ホワイトハウスとの太いパイプをもつ大物宣教師のスキャンダルが、ブッシュ政権の最も強力な右の基盤である宗教右派の集票機能を、大きく減退させたのは疑いない。
 しかも、宗教右派を動揺させたこのスキャンダルには、伏線もあった。
 それは選挙戦が熱を帯びはじめた9月末、フロリダ州選出で共和党のマーク・フォーリー前下院議員が、議会で働いていた10代の少年にわいせつなメールを送ったという疑惑が浮上したことである。さらに共和党のハスタード下院議長は、この疑惑を知りながら黙認していたのではないかと批判されながら、その後も議長職に居座りつづけてひんしゅくを買ったのである。
 後者、フォーリー前下院議員の行為は、事実であればもちろん犯罪であり、その隠蔽を画策したハスタード下院議長も同罪である。だが前者、ハガード師のスキャンダルは犯罪ではない。たとえそれが、キリスト教原理主義と呼ぶべき福音派などが最も忌み嫌う性質のスキャンダルであってもだ。
 にもかかわらず、2つのスキャンダルは同根である。つまり宗教右派を強力な支持基盤にしてきた共和党右派の、「キリスト教原理主義」に迎合した扇動や言動の多くが、実は口先だけの、そして選挙目当てのウソと欺瞞だったのではないかという「共通する疑惑」が、その同根である。
 「敬虔な信者」を装って宗教右派に取り入り、その強固で排他的な支持で連邦議員という地位を手に入れ、政治利権にコミットして経済的利得にありつこうとする欺瞞が横行していたので無いとすれば、福音派などの支持で連邦議員となった共和党員の中から、その支持者たちが最も嫌悪する性的スキャンダルが次々と発覚する事態を説明するのは、かなりの程度難しい。
 その意味では大物ロビスト、エイブラモフ被告との癒着という、文字通り政治と金にまつわるスキャンダルも、同様の疑惑を向けられて当然であろう。それは、ロビストとの癒着によって政治利権にありつこうとした共和党「右派」の連邦議員たちもまた、自らの信条を偽って宗教右派に取り入った可能性が強いと言えるからである。

▼デマゴーグたちの汚職と腐敗

 たしかに冒頭でも述べたように、中間選挙の最大の争点は、イラク戦争だった。しかしそれと同時に、今年になって暴露された汚職と腐敗が有権者の重要な関心事であったことは、AP通信などが実施した出口調査にもはっきりと現れていた。
 そこでは、イラク戦争を「非常に重視」すると答えた有権者が36%、汚職や腐敗を「非常に重視」するは41%と、この問題に対する高い関心が示されていた。
 それはイラク占領政策と共に、今次中間選挙のいまひとつの焦点がブッシュ政権6年間の評価、いわば「ブッシュ政権の信任投票」であったことの反映でもある。というのも与党である共和党の特に右派は、「テロとの闘い」とイラク戦争を推進するブッシュ政権の最も強力な基盤だったのだから、焦点のイラク戦争などその外交政策のみならず、あらゆる政治姿勢が評価の対象となるのは、信任投票であれば当然だからである。
 そして共和党右派は、イラク占領のドロ沼化に加えて、前述したような欺瞞の疑いが濃厚な数々のスキャンダルが暴かれたことによって、この信任投票での敗北を決定的にしたと言うべであり、むしろこれこそが、中間選挙で共和党が大敗した隠れた要因であったと言えるだろう。

 さらに大胆に言えば、欺瞞によって宗教右派に取り入り、あるいはネオコンの無謀な対外戦略に乗って私的利得を追求するデマゴーグが、共和党右派に少なからず含まれていたと言えるだろう。
 というのも、核開発をめぐる虚偽の情報を根拠にしてイラク開戦を強行する一方、ずさんな占領計画が批判されはじめた只中で、チェイニー副大統領ら、ネオコンの大物たちが関係する企業に重要な戦後復興事業が次々と発注され、それによってこれらの企業には、巨額の「復興援助資金」が流れ込んだ事実があるからである。
 虚偽さえいとわずに私的利得を追求するという「右派」の動向は、すでにイラク戦争直後の復興政策の中にも現れていたと言って差し支えないだろう。
 さらに「テロとの戦争」を口実に、ラムズフェルド国防長官の下で大幅に増額された軍事予算の多くが、実はイラクやアフガンで苦戦をつづける実戦部隊の為にではなく、米軍のハイテク化や弾道ミサイル防衛など、その実戦的効果がはなはだ疑問視される一方、巨額の政治利権だけは間違いなくを生むであろう軍事技術の開発資金としてつぎ込まれつづけていることも、こうした疑惑を深めずにはおかないだろう。

▼伝統的保守派と中道派の危機感

 いずれにしてもブッシュ大統領は、中間選挙の大敗を受けて、これまで頑固に拒んできたラムズフェルド国防長官の更迭を発表し、さらに民主党のナンシー・ペロシ次期下院議長と会談して議会・民主党との協調姿勢を演出するなど、大敗の衝撃を和らげようと素早い対応を見せた。
 これはおそらく、共和党の敗色が濃厚になりはじめた9月末から、敗戦処理の具体策として周到に準備されてきたシナリオに沿った対応であろう。
 ラムズフェルド国防長官の更迭は、イラク戦争を主導したネオコンと汚職まみれの右派が政権中枢から遠ざけられ、政治的影響力が後退したことを象徴するが、その後任にロバート・ゲーツ元中央情報局(CIA)長官が指名されたことは、この「周到な敗戦処理」が、共和党の保守派か、あるいは共和・民主両党の中道的勢力つまり左右両中道派連合かの、いずれかのイニシアチブで準備されたことを示唆している。
 というのも新任の国防長官ゲーツは、父・ブッシュ元大統領の信任厚きベイカー元国務長官を中心に、超党派で構成された「イラク研究グループ」の主要メンバーであり、ゲーツ自身が連邦議会で「米軍はイラクで勝っていない」と証言し、「イラク研究グループ」が12月6日に発表した提言で「アメリカ軍の撤退」に言及したことでも明らかなように、ネオコン主導の国際戦略の破綻に強い危機感を抱きその転換を推進しようとする、いわば共和・民主両党中道派の意向を体現できる人物だからである。

 選挙の大敗によって、ブッシュ政権の外交戦略は大きな転換を余儀なくされることにはなった。だが、中道派が主導する戦略的転換が、アフガンとイラクの戦乱で加速された国際的な不安定化に歯止めをかけられるか否かは、なお不透明である。
 それでも、アメリカ民衆によるブッシュ政権に対する「不信任」は、ひとつの転機を提供することになったのである。

(12/8:きうち・たかし)


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