【アメリカ大統領選挙】

アメリカはなぜ「強い・敬虔な大統領」という選択をしたのか

−「もうひとつの世界」が問われた ケリーの敗北−

(インターナショナル150号:2004年11月号掲載)


 11月4日に投票が行われたアメリカ大統領選挙は、ブッシュ大統領が民主党のケリー候補に大差をつけて再選を果たした。
 ブッシュの獲得した選挙人数286人に対してケリーは252人。獲得票数でもブッシュの5945万9765票(51%)に対してケリーは5594万9407票(49%)で、その差は351万358票(開票率99%:6日午前9時現在)である。ブッシュは南部14州すべてと中西部12州のうち8州、西部11州のうち8州、その他1州の計31州で勝利して、東部12州すべてと中西部3州、西部3州、その他1州の計19州を獲得したケリーに圧勝した。
 アメリカの外では圧倒的に支持率の高かったケリーをアメリカ国民が選ばず、「国際協調を無視し、秩序を乱す者」と忌み嫌われたブッシュを支持したことはどのような意味をもつのであろうか。

▼分裂したアメリカ

 『ブッシュをアメリカ国民が支持した』という捉え方は、事実を正確に表したものではない。正しく言えば、アメリカは「ブッシュを支持したアメリカ」と「ケリーを支持したアメリカ」とに、2つの全く異なった国に分裂し、わずかにブッシュ支持が上回ったというのが事実である。
 ブッシュが選挙人を獲得した州と、ケリーが選挙人を獲得した州とを地図の上に置いて見れば、「2つのアメリカ」がくっきりと姿をあらわす。ケリーを支持したのは首都ワシントンDCより北部の大西洋岸の北部諸州と五大湖周辺の4州、そして太平洋岸の3州であり、それ以外のアメリカ中央部はブッシュ支持である。
 ケリーが勝利した地域は大都市の集中する商業・工業地域であり、ブッシュが勝利した地域は地方都市と田舎、農牧業と没落しつつある素材産業の地域である。そしてまたこの2つのアメリカは、アメリカ建国以来の「反介入主義と反軍部を旨とするリベラルな北部と介入主義的で軍に好意的な保守派の南部」(マイケル・リンド著「もう1つの内戦」・フォーリンアフェア−ズ:1999年10月号)であり、それぞれ近年ますます民主党の北部・共和党の南部として政治的にもアメリカを二分する地域そのものである。
 しかしこれらの各地域において両候補は、他候補に対して10〜20ポイント程度の差をつけて勝利したにすぎないのだから、この地図上の「2つのアメリカ」は、現実のものとしてはその内部も二分されたものであり、それぞれ考え方を異にするアメリカを内包しているということになる(例外は、ケリーが90%を占めたワシントンDCだけ)。

▼内なる「2つのアメリカ」

 この価値観を異にする「2つのアメリカ」という現実は、投票日にCNNなどが合同で行った出口調査の結果を見ると、もっとくっきりとした姿をとって現れる(以下は毎日新聞11月6日による)。
 「2つのアメリカ」がイラク開戦やテロに関する認識で異なることは、調査結果を待つまでもなく予想できることである。イラク開戦を支持する人(全体の51%)の85%はブッシュに投票し、イラク開戦に反対の人(全体の45%)の87%はケリーに投票した。そしてブッシュ支持者はイラク戦争を対テロ戦争の一環と捉え、イラクの状況は良いと考え、イラク戦争でアメリカは安全になったと考える。これに対してケリー支持者は、これとは正反対の認識を持つ。
 しかし「2つのアメリカ」を分かつ分水嶺として興味深いのは、価値観を示す項目についての両者の異なる反応である。
 教会に毎週行くと答えた人(全体の41%)の61%はブッシュに投票し、彼らが投票で最も重視した項目は、強い指導者・正直さ、信頼・信仰であり、最も重要な課題は「テロ」と「倫理観」であった。実に「テロ」が最も重要な課題と答えた人(全体の19%)の86%がブッシュに投票し、「倫理観」と答えた人(全体の22%)の80%がブッシュに投票した。
 同じことは、選挙戦の中で取り上げられた「妊娠中絶」や「同性結婚」についても言える。妊娠中絶は非合法もしくはほぼ非合法と答えた人(全体の42%)の70%以上がブッシュに投票し、同性結婚を法的に認めないとした人(全体の37%)の70%はブッシュ支持だったのである。
 これに対してケリー支持者は、教会には「行かない」という人(全体の14%)の62%を占め、「たまに行く」(全体の40%)の53%を占める。そして最も重視したことは「変化への期待」「知性」「思いやり」であり、最重要な課題は「経済・雇用」「医療保険」「教育」「イラク」であった。そして妊娠中絶を合法とした人(全体の21%)の73%はケリーを支持し、同性結婚を合法とした人(全体の25%)の77%はケリー支持であった。
 「2つのアメリカ」は家族や結婚のありかたや倫理観・宗教観においてくっきりと峻別されるのであり、これとイラク戦争の意味づけは密接に関係している。そして、今アメリカにとって最も重要な課題の認識においてもまったくすれ違うのである。
 人種や性別で言えば、アフリカ系の88%がケリー支持であり、ヒスパニック・アジア系の過半数はケリー支持である。白人の58%はブッシュ支持で41%がケリー支持。ブッシュ支持の白人では男性の方の支持が高い(白人男性の62%)。
 つまり「ブッシュのアメリカ」は人種的には白人、特に男性が圧倒的であり、アメリカの伝統的な家族や結婚のありかたを守ろうとする人々であり、「自由なアメリカ」にあわせて世界を作りかえることを是とする人々である。一方「ケリーのアメリカ」は、人種的には「非白人」と少数派の白人とからなる世界であり、様々な文化的価値観や新しい家族・結婚のあり方を支持し、世界との協調を重視する人々である。
 アメリカの大統領選挙は、2つの異なる価値観をもった内なるアメリカが前回2000年の選挙に続いてぶつかったのである。

▼「保守化」に飲みこまれた民主党

 今回の大統領選挙は投票者が1億1500万人を超え、過去最高であった前回の1億500万人を大きく上回った。
 これは民主・共和両党ともに接戦を予想し、有権者登録の推進などで自党の支持者の投票を増やそうとした結果であるが、とりわけ共和党が人々の「倫理観」や「宗教観」に訴え、大統領選挙にあわせて、南部の11州で州憲法を修正して同性婚禁止の明文化を求める住民投票を実施したことが大きく寄与している。先の出口調査の結果でも「倫理観」を最重要の問題とした人が最大多数を占めていたのである。
 このことを念頭に置いていたのであろう。ブッシュ大統領は、3日午後3時(現地時間)の勝利宣言において、「記録的な投票者数が、歴史的な勝利をもたらした」と宣言したのである(毎日:11月4日)。
 ブッシュ勝利の背景にある心性は伝統的なアメリカの家族・結婚・社会観を守ろうという心性であったのであり、この考えかたの延長上に「強いアメリカ」「世界の警察官としてのアメリカ」「神に選ばれた自由なアメリカ」という価値観を信じ、「自由」の名の下にアメリカが他国に介入することを是とする人々の考え方であった。
 ケリーが敗北したということは、民主党の戦略がアメリカ社会において多数を占める人々にまったく届かなかったということであろう。この人々にいくらイラクの「失敗」を語り「イラク開戦の大義の不在」をつきつけたところで、伝統的なアメリカ社会を守ろうとする心性の延長上に世界をアメリカ化することに同調する彼らの心性には、なんの揺るぎもないのである。
 民主党の元大統領クリントンは選挙後の始めての演説で、「民主党の敗因の1つは、共和党が地方や小さな町の有権者にアピールしているのに対抗措置をとらなかったことだ」と指摘し、「民主党は信仰・家族・仕事・自由の価値観を信じないと、人々に思いこませたままにしておいたとしたら、それが我々の失敗だ」とのべ、「共和党には明確なメッセージ、偉大な組織、戦略があった。有権者登録をしながら前回は投票しなかった人々に投票させる点で、民主党よりも共和党のほうがいい仕事をした」とのべた(毎日:11月6日)のは、このことを指摘しているのであろう。
 だがブッシュを支えたこれらの心性は、単なる保守的なそれと理解するだけで良いのだろうか。

▼時代に取り残されていく不安

 ジャパンメールメディアで、9・11以後のアメリカ社会の状況についてリアルな現実描写と鋭い分析を見せている作家の冷泉彰彦氏は、『from 911/USAレポート』第171回「分裂の果てに」(11月6日号)で、この心性を「時代に取り残されていく不安心理」「世界の中で孤立している恐怖感」と表現した。
 これはとても巧い表現である。
 冷泉氏は、ブッシュとケリーが激戦を演じ、かろうじてケリーが勝利した北部アメリカのペンシルベニア州を例に取り、この地域が広大な農業牧畜地帯と、かつて繁栄を誇った素材産業である製鉄の地域であることをとらえて、この地域の人々の心性を以下のように描写する。
 『その豊かな自然に育まれて、人々は静かに働き、農業の生産性を享受してきました。家族は夫婦を軸に核家族として団結し、教会での社交などでゆるやかなコミュニティを形成し、静かではあるが落ち着いた人生を人々は送ってきたのです。ある時代までは、そんな人々の精神生活には穏やかな均衡があったのでしょう。ですが、時代の変化は否応なしにそうした丘陵地帯や大平原にも浸透していきます。人々の生活の中に様々な形で波風が立ちはじめ、それが時代の流れを色濃く反映したものとなるのでしょう。変化の痛みとでも言いましょうか。痛みは様々な形で現れるのでしょう。親に背いて大学に進み、やがて都会で就職した子は、故郷を省みなくなる・・・』と。
 さらに『ここは元来は製鉄州でした。USスチール華やかなりし頃は、河川による水運や鉄道網で五大湖地方と一体化しながら、地元の石炭エネルギーを生かして、繁栄を極めたのでした。その面影は見る影もありません。製鉄が斜陽となった後には、NYなどの大消費地を背景にした様々な軽工業が繁栄しました。ですが、それも全国的な物流網の整備と共に、更に人件費の安い西や南に集約されていきました。今は、更に中南米や中国に「アウトソーシング」されているというわけです。』とも述べている。
 そしてこの地域の人々に以下のような心性の変化が生じていると指摘している。
 『そんな中で、人々の精神には不安や恐怖が忍び寄ってきているのでしょう。そうした「変化への恐怖」は様々な形を取って現れます。その中でも大きいのが「変わらない価値観」への強いこだわりなのでしょう。産業や生活の変化はどうしようもないとして、何か心のよりどころが欲しい、その心理が「変わらないもの」を追い求めるのでしょう』と。見事な分析であると思う。

▼アメリカの盛衰と不可分な「不安」

 伝統的なコミュニティの静かな生活に波風が立ち始めたのは、1930年代から始まり、第2次大戦後の50〜60年代。大量生産・大量消費で人間の欲望を最大限に引き出し、そのことで利潤を最大限にしようとする現代資本主義の発展を背景にしたアメリカ社会の変化が原因であった。
 資本主義の発展とともに農村地帯の若者達は次々と都市へ出て行ったが、その都市はアフリカ系アメリカ人と、「アメリカンドリーム」にあこがれて次々に移民としてやってきた、白人キリスト教徒のアメリカ文化に染まろうとせず、それぞれの民族文化にこだわるアジアやヒスパニックと呼ばれる中南米の人々が溢れた。そしてそこには、今までのアメリカ文化とは異質な文化が広がると共に、それぞれの違いを認めつつ、全ての人々にも同様な権利と社会生活を要求する運動が発展していった。
 そしてその果てに訪れた「アメリカの分裂の危機」。「自由を守る戦争」と信じて戦ったベトナム戦争の敗北と、それに伴う「自由なアメリカ」「世界の警察官としてのアメリカ」という価値観に対する疑念の広がりは、都市における異質な文化の広がりと、それを認めよという運動の発展とも結びついて、伝統的なアメリカ的価値観が二分され、国が分裂する危機に見まわれた。
 またベトナム戦争の敗北の翌年は、「オイルショック」として記憶されている世界資本主義の全般的な危機の始まりであり、戦後はじめての大規模な景気後退の始まりでもあった。この時期以後、世界の工場を誇っていたアメリカ産業は後発の日本やヨーロッパに抜かれ、さらにはアジアやラテンアメリカの後発工業国にすら抜かれ、素材産業や軽工業・重工業におけるアメリカの優位は崩れた。そして現在は強いドルと先端産業の優位を背景にして、海外からの投資資金をアメリカに集中することでかろうじて豊かなアメリカは維持できている。とはいうものの農業はより安価に生産できる発展途上国の輸出攻勢にさらされ、工業は日本やアジアに続き中国の飛躍的な発展によって、次々と操業縮小に追いこまれた。これが記録的な失業者の増大の背景でもある。
 つまり冷泉氏のいう「時代に取り残されて行く不安心理」とは、アメリカ資本主義の発展による伝統社会の崩壊の始まりと、アメリカ的資本主義の世界への拡大に伴うアメリカ自身の地盤沈下、これに伴う社会の激変をその源泉としているのである。
 しかし不安を抱く人々の意識としては、その不安を生み出す源泉であるアメリカ社会や世界の変化を直視するのではなく、むしろ現に目の前に存在するアメリカの内なる異質な文化に伝統的コミュニティを壊すものとしての敵対心を燃やし、古い価値観を守ろうと動いているに違いないのである。そして「神に選ばれた国」として「世界に自由を広める」ことを国家的任務としてきたアメリカは、内部分裂の危機がふかまるほど、「全ての人々に自由と平等とを保障する」というもう一つの理想を追求するためにアメリカ自身や世界の変化を認め、それにあわせて自身や世界を作り変えようとするよりは、現状としての「世界一の強国」「世界で最も豊かな国」としてのアメリカという「夢」を維持しようとしてしまうのであろう。
 これが冷泉氏の言う「世界の中で孤立している不安感」である。
 こうした時代の変化に不安を感じている人々にとって、自分たちの平穏な生活を壊し始めた巨大な壁が目の前に現れたのが、あのベトナム戦争の敗北と時期的に重なっている。だからベトナム戦争は、「自由な国アメリカ」がもっとも輝いて見えた時期であるとともに、「アメリカを分裂させる悪夢」として記憶されているに違いない。
 だからこそ再選をはかるブッシュ陣営は、ケリーのベトナム戦争における軍功にけちをつけ、彼が「ベトナム反戦運動」を行った兵士であったことを執拗に再確認させようとしたのだ。伝統的なアメリカを守ろうとする「不安」に駆られた人々にとって、「ベトナム反戦運動」こそは同性愛や妊娠中絶などの「倫理観の崩壊」現象と見える「都市の文化」と重なる、アメリカを分裂させる「諸悪の根源」と映っていただろうからである。

▼「変化への希望」に応えなかったケリー

 したがって選挙戦において戦われた「イラク戦争の是非」や「倫理観」を巡る対立は、それ自身が問題であると同時に、その背後にある、アメリカ社会や世界の変化に起因する「変化への不安」に答えるビジョンをどう提示するかと言う問題でもあった。
 ブッシュ陣営はこの「変化への不安」を直接動員し、その「不安な心性」を煽り、ブッシュ政権が現に取っている政策こそ不安を解消する道だと言うことを、不安を抱いているあらゆる人々に浸透させ投票させようとした。この戦略は、ブッシュの道に不安を感じ「変化への希望」を持った人々を切り崩すことはできないが、「不安を共有」する人々の団結を強化するには役立つ。
 では対するケリー陣営は、この「変化への不安」にどのように応えようとしたのか。選挙前にケリーの勝利を予想していたブルッキンズ研究所のトーマス・マン上級研究員は、選挙後のシンポジウムで次のように語ったという。
 「(現状に)怒りを示していたのは民主党サイドの方ばかりだと考えていた。もう一方の米国人が持っていた信仰や信条といったすべてのことを正しく理解していなかった。彼らの信仰やライフスタイルが脅かされ、(選挙は)そのことを行動で示す機会だったのだ。カール・ローブはそのことが良く分かっていた」と(世界週報:11月30日号)。
 たしかにその通りであろう。しかしこれは単に「不安」を抱いた人々の心性に配慮すると言うレベルの問題ではない。それでは「不安を共有」してしまい、ともに不安に流されるだけである。
 選挙戦を振り返って見れば解るように、ケリー陣営の戦略はその「不安な心性」を抱いた人々に対して、その原因となった「変化」は必然であることを説明し、その上でアメリカや世界はどう変わるべきかを説くのではなく、「自分ならブッシュよりもっとうまくやれる」と連呼しただけであった。
 テロに対しては「国際協調」による過激派の封じ込めを主張しブッシュの失策をあげつらうだけで、テロを生み出すアメリカ的自由や豊かさの全世界への蔓延とそれによる他国の伝統社会の崩壊を問題にするのではなく、「国際協調」によって「テロリストを殺す」と叫んだだけであった。イラクについても占領を続けたままでの「民主主義の回復」というブッシュ政権の戦略を維持したままで、「国際協調」でこそこの戦略が実現できると強調しただけだった。
 示すべきことは、実は「テロリスト」も、アメリカ人の多数が有している「伝統社会の崩壊への不安」と同じものを共有しているのであり、両者は敵対すべきものではなく、ともにそれぞれの伝統社会や伝統文化を尊重しつ共存する方法を探ることが唯一の解決策であると、声を大にして語ることであった。そしてそれは貿易や金融などでアメリカだけが一人勝ちして豊かさを享受し、他の国々を貧困のどん底に追いやって社会の崩壊の危機の中に放置することではなく、それぞれの国がそれぞれに国のありかたを尊重しつつ、どのようにして豊かで安心できる生活を営めるようにするのかと言う、「もう一つの世界」を意味する経済・社会政策を示すことでもあった。
 しかしケリー陣営はこれをしなかった。いや、おそらく意識すらしなかったであろう。ケリー陣営も「変化への不安」を抱いてブッシュを支持した人達とともに、「豊かなアメリカ」「神に選ばれたアメリカ」「自由を世界に広げる任務をもったアメリカ」という伝統的なアメリカ観を共有していたのであり、それゆえに「変化への不安」という巨大な流れに掉さしていただけであった。だから「変化への不安」に流され、それを克服するビジョンを提示できず、ブッシュのアメリカに疑問を持ち、他国や他文化との共存を模索しようとしていた人々に、かえってケリーに対する「不安」を抱かせ、自己に対する支持を弱める結果となっていたのであろう。
 またケリー陣営は「倫理観」の問題になると曖昧な態度に終始し、「変化への不安」を持った人々の「保守的な」心性に妥協しようとした。しかし妥協すればするほど、ブッシュこそ一貫した価値観と方針を持った候補者だという感覚を広げるだけであったし、ケリーを支持して「変化への希望」を持って動こうとした人々の動きを鈍らせる働きしかもたなかった。
 ケリーはまさに「曖昧で一貫していなかった」のである。それゆえに「変化への不安」を抱いている人々に、「変化こそ希望の未来につながる」ということを実感させ、心を動かすことができなかったばかりか、「変化への希望」を持った人々にも明確な変化へのメッセージを示せず、得票数でも敗北すると言う結果になったのである。
 宗教学者の森孝一氏は、アメリカ大統領というものは「政治的最高権力者として、日本の首相と同様な役割をはたしながら、同時に、多民族国家アメリカを統合する象徴としてある種の宗教的役割をはたしている」と述べている(宗教から読む「アメリカ」:講談社1996年刊:p68)。それゆえ大統領としての最も重要な資質は、正直さ、高い倫理性、強い宗教心と人々は答えるのである(森著同書p67:1996年の大統領選挙時の調査)。ましてや2004年の大統領選挙は、そのアメリカ的価値観の是非が客観的には問われており、アメリカのあり方が今後も続くのかという不安に人々の多数が囚われていたのであるから、大統領選挙において最も重視されたことが、正直さ・信頼(11%)、信仰(8%)であり、危機にあるアメリカを救う祭司・大統領として、強い指導者(17%)が選ばれたのである(数字は出口調査による)。
 したがって「変化への不安」を抱く人々にとっては、信仰によってアル中を克服したことをあからさまに話し、人前で失敗したり感情を激しく表すブッシュは「まぬけな愚鈍な男」としてではなく、「神への感謝と祈りを忘れぬ、正直で敬虔な『神の男』」と映り、危機にあるアメリカを救う「強い指導者」として映ったのである。そして「ブッシュより巧く出来る」と豪語したケリーは、その政策のビジョンのなさとともに、その経歴と人柄故に「冷たい知的エリート・価値観の揺れる政治家」としか映らず、「変化への不安」を抱いた人々からは、アメリカの統合の象徴としてはふさわしくないと捉えられたのである。

▼問われる「もう一つの世界」

 結果としてブッシュによって指導されたアメリカは今後4年間、世界をますます不安定にし、その混乱の渦は巡り巡ってアメリカに大波となって戻り、アメリカ内部をさらなる混乱と断絶に陥れて行くであろう。
 そこにおいてはもはや、ブッシュ路線を批判するアメリカ内外の人々にとっては、ブッシュの路線をあざけりののしるだけではことは済まない。ブッシュを支える「変化への不安」を抱いた人々に対して、「もう一つのアメリカ」と「もう一つの世界」を示し、新たなるアメリカ統合の展望と世界を統合する展望とを指し示すための具体的な取り組みが日々問われてくるのである。
 そしてこれは、同じく「変化への不安」に駆られて反米テロへと走っている人々に対しても、「もう一つの世界」を示し、人類全体の共同による新たな統合への道を示すことでもあるのである。
 ブッシュの勝利によって、「もう一つの世界」を具体的に示す作業の具体化は、今まで以上に必要とされてくるのである。

(11/24:すなが・けんぞう)


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