●アメリカ中間選挙と共和党の敗北
右派路線への嫌悪と警戒
中道路線に傾斜する 民主・共和二大政党
予想外の選挙結果
11月3日に投票がおこなわれたアメリカ中間選挙は、州知事・上下両院ともに共和党の優勢は維持されたものの、選挙前の大方の予想をくつがえして、共和党は上院では現状を維持したが下院では5議席を減らし、州知事も現有32州から31州に後退するという予想外の敗北を喫した。「オクトーバー・サプライズ」(10月の驚愕)という言い回しがあるが、この結果は共和党にとって驚愕だったに違いない。だいたいこれまでのアメリカ中間選挙は、政権党つまり大統領を擁する政党が議席を減らす傾向があり、政権党が中間選挙で下院の議席を増やしたのは、1934年の中間選挙(ルーズベルト大統領=民主党)以来の、実に64年ぶりのことである。
選挙前の予測では、こうした中間選挙の傾向、つまり政権党に対して有権者が幻滅したりより厳しい評価を下すといった伝統的な傾向に加えて、クリントンの不倫もみ消し疑惑もあり、民主党が勝利する可能性はほとんどないと考えられていた。たしかに、アメリカ経済の好況を反映して高い支持率を維持しつづけるクリントンに対して、安物のSEX小説まがいの暴露を繰り返すばかりの共和党の大統領攻撃が、共和党右派主導の「政策なきクリントンたたき選挙」の観を呈し、アメリカ民衆の不快感を増幅させていたこともあって、選挙戦の終盤には各メディアとも共和党の勝利を前提にしながらも、増加議席数などの下方修正が試みられはしたが、〃64年ぶりの快挙〃は、ほとんど誰も予想できなかったのである。
ではこうした予想外の共和党の敗北、あるいは民主党の勝利は、アメリカの社会と政治の何を映し出したのだろうか。
投票率と争点
中間選挙の結果が確定した11月5日、「アメリカ有権者研究のための委員会」が発表した報告書によれば、選挙人名簿に登録して選挙ができる18歳以上の人口は、約2億92万2千人で前回94年中間選挙当時から約800万人増加した一方、今回の選挙で投票をしたのは約7千250万人と前回より逆に250万人減少しており、その結果18歳以上人口全体から見た投票率は36・10%で、前回中間選挙の38・75%をさらに2・65ポイントも下廻る「戦後最低」を記録した。投票率の減少傾向は近年のアメリカでも特徴のひとつになっているが、それでもこの戦後最低の投票率は、民主・共和の二大政党制の政治的求心力が低下しつづけていること、そしてさらにこの二大政党が、かつてのリベラルと保守と言われた伝統的対立構造から離れ、ともに中庸を重んじる「中道路線」への傾斜を強めてきたことと関係していると言えるだろう。
二大政党制という制度そのものの政治的求心力の低下は、今回の選挙において州別投票率が一番高かったミネソタ州(59・49%)で、改革党という第三の政党から出馬した元プロレスラーのジェーシー・ペントゥーラが知事に当選したことに象徴されている。実際に、先の「アメリカ有権者研究のための委員会」の報告書でも、ミネソタ州ではこの30年間、民主党と共和党を通じた有権者登録数が25%ほども減少している反面で、改革党などの第三の政党を通じた有権者登録数が約8倍にもなっていることをあげ、「ペントゥーラ氏の勝利は、二大政党制からの市民の離反を示すもっとも新しい顕著な例」であると分析しているほどである。
現実に、安定した議会勢力を人為的につくり出す小選挙区制と二大政党制は、アメリカでも新人候補の当選が一層困難になり、選挙資金集めのパイプを一手に集めるなどして圧倒的に優位に立つ現職議員が、何年ものあいだ連続して当選することによって「議会の硬直化」が懸念されてもいる。今回の中間選挙でも下院435選挙区中、対立候補のいない無風区は実に95選挙区にものぼり、新人同士が争った選挙区も、前回94年の84選挙区から34選挙区にまで激減した。さらに立候補した99人の新人候補のうち、選挙管理委員会への報告が必要となる5千ドルを上回る選挙資金を集められたのは一人もいなかったのであり、その一方で現職議員は、無風区がかなりあったにもかかわらず、一人平均40万ドルもの資金を集めたと言われている。こうした、小選挙区制では一般的にみられる現職優位の選挙構造化は、結果として大方の現職の当選が予測されてしまい、投票率の低下に拍車をかけるのは必然的とも言えるだろう。
さらにいまひとつは、民主・共和の両政党共にかつての「リベラル対保守」という対決構造を嫌い、当選のためにより広い支持層を得ようとして相互に「中道」を唱え、国策の進路を左右するような決定的な争点が薄れていることも、労働者民衆の選挙離れを促進していると言えよう。
例えば、共和党の次期大統領候補として注目を集めたブッシュ前大統領の二人の息子がテキサスとフロリダの州知事に当選したが、得票率の7割ちかい257万票を獲得してテキサス州知事に再選された兄のジョージ・ブッシュは、「保守と思いやりの哲学」を政治信条としてかかげ、共和党の議会ヘゲモニーを握るキングリッチ下院議長などの、いわゆる宗教右派などを基盤とする「強硬派」とは違って、移民や中絶の問題でもいわゆる「穏健派」を標榜している。そのブッシュは、今回の当選によって共和党大統領候補の最有力候補と目されるようになったのだが、彼は当選直後、「この(保守と思いやりの)両者を備えた指導者こそが、共和党の新たな顔となることができる」と宣言して、次期大統領候補としてアピールしてみせた。それは、94年の中間選挙で白人中間層の不満を連邦政府にぶつけ、いわゆる「保守革命」のブームを巻き起こした共和党の右派的中枢を「穏健路線」に転換すことを意味している。
つまり96年の大統領選挙で、クリントンが伝統的な民主党のリベラル路線を捨て、共和党の政策を取り込んだ「中道路線」を掲げて再選を果たしたとするなら、いまや共和党は拠点であった南部ベルト地帯やカリフォルニア州での中間選挙の敗北をうけて、「南部は黒人票の差だ。カリフォルニアでは移民締め出しでヒスパニックが民主党に回った。わが党はもっと基盤を広げなければ」(ニコルソン共和党全国委員会委員長)ならないと考えていると言える。そして民主・共和両党の中道への傾斜は、リベラルの支柱であったケインズ主義が破産し、だが他方では新古典派経済学もまた危機に直面しはじめ、ともに新たなアメリカ社会の展望を指ししめすことができないばかりか、その政策的選択の幅がますます小さくならざるをえない、アメリカ資本主義の混迷を反映するものであろう。
共和党右派の敗北
こうした状況下での民主党の中間選挙での善戦は、一般には好景気の持続が大衆的な現状維持指向を支えているとされる。しかしそれだけではもちろんない。先にも述べたように、「政策なきクリントンたたき」が労働者民衆の嫌悪を誘ったともいわれる。しかしこの共和党に対する嫌悪は、94年の選挙で大きく右に振れた共和党が、宗教と道徳を前面に押し出すことへの警戒感と表裏の関係にあり、とくに移民労働者や女性労働者など、こうした共和党の右派より路線によって攻撃対象とされる層を、よりましな選択としての民主党への投票へと向かわせたとも言うことができるだろう。こうした投票行動こそが、民主党の予想外の善戦、したがって共和党の思わぬ敗北を実現したのである。
「女性運動を取材した印象では、女性の権利拡張に協力的だったクリントン政権が不倫問題で力を失い、それが女性運動にも悪影響を与えることへの危機感が強かった」(11・5朝日:特派員座談会)といった感想が、今回の中間選挙における民主党の予想外の善戦についての、見落とされがちな要因を言い当てていると思われる。女性運動のこうした動きは、実は選挙結果にも下院選挙史上最高の女性議員の当選(民主39人、共和17人)として現れている。つまり94年の「保守革命」によって台頭し、不倫もみ消し疑惑では宗教的価値観と道徳を強硬に主張した、宗教右派を基盤に排外主義を扇動してきた共和党右派の後退こそが、今回の中間選挙で共和党を敗北させた要因であり、それが民主党の善戦みならず、共和党内部でもいわゆる「穏健派」が台頭するという結果に示されたのである。
こうして、クリントンと民主党の中道への傾斜を追うように、共和党もまた右派の党内ヘゲモニーにかわって、フロリダ州のジョージ・ブッシュ州知事に体現される中道への傾斜が、2000年の大統領選挙をにらみながら強まるだろう。
(K.S)