中国全人代・三大改革に挑む朱鎔基を選出
台頭する企業家と失業問題

(インターナショナル89 98年5月号掲載)


改革解放路線の正念場

 中華人民共和国の第9期全国人民代表大会(全人代)第1回会議は、3月5日から19日まで開催され、17日の全体会議では98%の高率で朱鎔基を新首相に選出、国務院行政機構改革案などの「三大改革」を推進する重要法案を採択して閉幕した。
 今回の全人代は、高成長をつづけてきたアジア各国の通貨危機・経済危機が一段と深刻化し、さらにアジアの経済大国・日本の長期不況という環境の下で、そのアジア経済にも大きな影響を与える中国の改革・解放政策が今後どのようなテンポと方向を維持し、あるいはそうした政策の実施のためにどのような国務院(=政府)が組織されるのかを焦点に、世界の注視の中で開催された。結果的には有能な「実務派」と目される朱鎔基新首相の選出は国際的な期待に沿うものであり、「3年で三大改革にめどをつける」という朱鎔基の就任会見での表明も、国際社会の大方の期待に沿うものであった。さらに付け加えれば、江沢民を主席とする共産党政権の安定度も、当面は盤石であるとの印象を与えることにも成功したと言える。
 にもかかわらず、毛沢東体制下の大躍進や文化大革命によって崩壊寸前に至った中国経済の立て直しを図った「大転換」から20年を経て、改革・解放路線の正念場はむしろこれからである。最大の焦点は言うまでもなく国有企業改革、金融制度改革そして行政機構改革の三大改革であり、それは中国では「攻堅戦」(堅固な陣地の攻略戦)と呼ばれていることに象徴されるように、改革・解放路線が突き当たらざるをえなかった、最大の難事業と言うことができる。
 具体的に言えば、国有企業改革では7千5百万人の労働者のうち3千万人が失業すると予測され、行政機構改革でも、共産党幹部を含む8百万人にのぼる幹部ポストの半減が予測されているからであり、増大する失業者を吸収する経済成長が維持できなければ、大きな抵抗に直面することは確実だからである。さらに金融制度改革は、アジア通貨危機と香港経済の低迷によって国資の流入が鈍化しているという条件のもとで、95年上期ですでに7千億元にも達している「三角債」、つまり国有企業相互の未収と未払いの債務連鎖による不良債権を清算し、膨大な失業者を吸収する新しい産業と企業の育成を保障する資金調達システムの確立にめどをつけなければならないのである。

国有企業改革と失業問題

 改めて言うまでもなく、中国経済の立て直しを図る経済改革そのものは不可避である。朱鎔基が「1人分の飯を3人で食べている」と公然と指摘する国有企業の低い生産性の問題は、あらゆる付属的施設や人員を抱え込む国有企業のあり方を含めて改革されねばならないし、あるいは「国家財政は毎年約1千億元増加したが、この間に公務員が毎年百万人増え・・・・財政増加分の60%が(その人件費に)費やされている」と、全人代でも指摘されるまでに肥大化した行政機構の整理・縮小の必要性も明らかである。
 にもかかわらず、いやしくも労働者階級の革命的前衛と称する政権党が、失業など労働者の痛みを伴う改革を推進する上で必要なことは、《どのような人々の、どのような利益のための改革か》を明示することだろう。そして改革・解放路線への転換を決めた78年末の共産党第11期第3回中央委員会全体会議以来、この核心的問題こそが不鮮明でありつづけてきた。というよりも中国経済の再建の必要性は、常に国家の利益のために語られ、その国家が「労働者と農民の共和国」であり、だからそれは「労働者と農民の利益」であるという虚構の上に推進されてきたと言っていいだろう。そこで語られる労働者は、常に国家に従属する集団にすぎない。だがもちろん中国の労働者民衆にとって、この三大改革に伴う「下崗」すなわち失業問題は、重大な関心事とならざるをえない。
 実際に、今年1月24日付けの「経済参考報」に掲載された都市住民の意識調査(上海、広州など10市5千人を対象)では、92・7%の人々が失業・レイオフを関心事に挙げ、96年10月の同様の調査で失業を関心事として挙げた15・3%を大きく上回り、つづいて国有企業の欠損問題の92・1%、汚職・腐敗の88・2%、環境汚染の84%となった(1/22:朝日)。もちろん全人代と国務院そして朱鎔基が、こうした状況に無頓着なわけではない。全人代に提出された国務院活動報告には、再就職対策の重視とともにその具体的施策が盛り込まれてもいる。しかしここで問題なのは、こうした再就職対策のモデルケースは、朱鎔基が数年前から指示して作らせた「上海モデル」に端的に示される通り、急成長をとげる中国経済のけん引車の役割を担ってきた、いわゆる経済先進地域でのモデルケースに過ぎないという事実である。
 3日に1店の割りでスーパーマーケットが開店すると言われる上海では、国有紡績工場の労働者55万人を30万人に削減するにしても、その再就職先を探すのはそれほど困難ではないのかもしれない。しかし同様の再就職対策をつづける重慶の蒲海清市長は、全人代期間中の14日の記者会見で「下崗」労働者への職業訓練が進んでいることを強調しながらも、「すぐに使える人が大勢います。みなさんが必要な人をすぐ派遣しますから、お申し出ください」(3/19:赤旗)と付け加えるのを忘れなかった。経済成長いちじるしい沿岸部に比較すれば、大都市・重慶でさえ、職業訓練を受けた労働者といえども再就職先を見つけるのが困難な現実を、市長自身が認めざるをえなかったのである。
 そして朱鎔基は、アジア通貨危機と香港経済の低迷、国外からの資本投下の鈍化という厳しい条件のもとで、この大改革をわずか3年で敢行すると言明したのである。たしかにそれは、「攻堅戦」と呼ぶ以外にない困難な事業であろう。

党を従える企業家たち

 ではこの大手術の執刀医である朱鎔基は、いったいどのような階級と階層を基盤にしてこの「攻堅戦」に挑もうとしているのだろうか。もちろん彼は江沢民の共産党にその最大の支持を見いだしてはいるのだが、ではその中国共産党は、改革・解放路線の20年を通じて、農民に最大の基盤をもつ党からどのような党に変化しえたのだろうか。
 共産党の基盤と全く重ねることはできないとしても、朱鎔基を圧倒的に信任した全人代の階層構成を見ると、国有企業改革によって様々な痛みを引き受けることになる労働者=工人の代表は、わずかに10・8%(3/21:赤旗)に過ぎないという。つまり共産党に批判的な人々の当選が話題になった「民主的選挙」にもかかわらず、選出された代表の多くはむしろ国営企業の管理者や地方行政機構の幹部、そして改革解放政策の下で財を成した起業家たちなのである。とくにこの起業家たちは、「企業を発展させるには上の政策をてっとり早く知り経営に反映しなければならないし、企業の要望を上に伝えなければならない。そのためには(全人代)代表の座は欠かせない」と考え、「事業認可を申請する時間がなかったので、市長を夜中に自宅に呼び出し、その場で決裁させた。こちらが党や政府をリードする時代だ」とまで公言(3/20:朝日)し、その経済力で地方行政機構に大きな影響力を及ぼしはじめているのである。
 全人代の国営企業管理者は労働者を代表していると強弁できないではないが、「3年間で大多数の大・中規模国有企業を苦境から脱出させる」(中国共産党15回大会)ことを至上の課題とする江沢民体制のもとで、共産党のとくに経済発展から取り残された地方の行政幹部や国有企業管理者たちは、こうした起業家たちの《成功の秘訣》に魅きつけられはしないだろうか。市長を夜中に自宅に呼びつけた前出の起業家は、「政治には関心はなかったが、金に困っている省にたくさん税金を払って貢献しているので代表になってくれ、と共産党がいってきた」(同前)と話しているように、それはすでに現実となりはじめているのである。こうした代表たちで構成される全人代が圧倒的な支持を与えた朱鎔基の「実務的」政策なるものが、どこに向かうかを予測するのはそれほど困難ではない。
 とすれば注目されるべきは、三大改革の断行が生み出す軋轢と、これに対峙する中国労働者民衆の動向である。

自然発生的な抗議運動

 全人代の全体会議が開かれた17日、香港各紙は、中国人権情報センターの話として、中国湖北省武漢市で、国有企業・中国第一冶金(やきん)建設公司所属のレイオフ労働者と老齢退職者ら数百人が、半年間の未払い賃金の支払いを求めて工場前に座り込みを始めたと報じた。同公司は約2万人の労働者が所属する冶金関係では中国最大の国有企業で、かつては生産性の高い優良企業だったが、最近は幹部の腐敗や賃金の欠配などでトラブルがつづいていたという。また昨年7月には四川省綿陽市で、倒産手続き中の染め物工場の労働者3百人が退職金や再就職の不安から幹線道路を封鎖する事件が発生したりしており、失業とレイオフをめぐる労働者の抗議や地方行政への陳情は、全国各地で日常化していると言われている。
 こうした事態のなかで危機感をつのらせる労働者たちは、共産党の指導下にある現在の労働組合とは別の自由労組を結成し、生活権や福祉向上を直接求めようと、非合法で動きはじめているとも言われる。ペレストロイカの最終局面で、ソ連邦労働者が自然発生的な反抗に立ち上がったとの同様の事態が、中国でも始まっていると見ることができる。しかしこうした労働者の動向は依然散発的で地方的な動きであり、ソ連邦の経験を踏まえるなら、今後は労働者の自立的組織化の発展よりも、国有企業管理者と手を携えた反中央闘争として台頭する可能性が高い。だがいずれにしても、労働者の自発的協力なしに痛みを伴う大改革を推進する朱鎔基は、やがて各地で自然発生的な労働者(そして地方党幹部)の反抗に直面することになろう。
 こうした各地での反抗を回避しつつ三大改革を推進するには、高い経済成長率を維持し、莫大な公共事業を途切れる事なく継続することが条件となるが、それは果たしてアジア経済の急成長という援軍なしに可能だろうか?。アジア経済の停滞=通貨危機と香港市場の低迷が、朱鎔基の前途にいまひとつの不安材料として立ちはだかる。                                                         

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