ドイツ連邦議会選挙・長期保守政権の敗退
「新しい中道」 SPD圧勝の背景

(インターナショナル93.98年10月号掲載)


「新中道」SPDの圧勝

 9月27日に行われたドイツ連邦議会(下院)総選挙は、野党の社会民主党(SPD)が40・9%の得票率で298議席を獲得して第一党となり、同党の首相候補ゲアハルト・シュレイダーが首相に選出されることになった。他方、連立与党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の得票率は35・2%で245議席とふるわず、16年におよぶ長期政権を維持し、東ドイツの併合を実現するなどした前首相ヘルムート・コールは、選挙の結果がほぼ明らかになった28日、敗北の責任をとって次期CDUの党大会で党首も辞任する考えを表明した。
 他の主要政党の得票率は、SPDとの連立が焦点となっている90年連合・緑の党が6・7%で47議席、旧東ドイツ政権の流れを汲む民主社会党(PDS)は、比例区で議席配分を受けられる5%条項をはじめて超える5・1%で35議席を獲得した。
 戦後のドイツでは、野党が選挙によって政権を獲得するのは始めてのことで、それは画期的な事件ではあったのだが、総選挙世論調査では、SPDの支持率は42%、CDU・1カ月前の8月にシュピーゲル誌が行ったCSUた。そのためもあって、SPDのは38%であり、選挙結果はこの調査とほとんど同じような結果に終わっ勝利とコールの退陣という事態はほぼ予測どおりのものであり、欧州各国やアメリカでも驚きの声はまったく聞かれなかったのである。
 たしかに昨年のイギリスでの労働党政権の復活につづいて、今年はフランスで社会党・緑の党連立政権が誕生し、今回のドイツ社会民主党が主導する政権の誕生は、イギリス、フランス、ドイツというヨーロッパの最も重要な3カ国で保守政権が次々と倒れ、日本的な政治感覚ではむしろ「中道」と呼ぶ方がふさわしいような政策を掲げているとはいえ、労働者や社会主義を旗印とする政治勢力が政権を獲得するのは歴史的事件ではある。だがこのためにEU(ヨーロッパ共同体)の動きや欧州統一通貨「ユーロ」導入問題に大きな変化がおきる可能性はほとんどない。現に今回のドイツ総選挙でも、SPDの首相候補シュレイダーは外交路線の継続を繰り返し表明しており、今後の連立交渉によって90年連合・緑の党との連立政権が誕生したとしても、こうした大きな政治的・経済的枠組みの変更はあり得ないのも確実だろう。
 にもかかわらず、なぜいま16年にも及ぶドイツの長期保守政権が倒れてSPD主導の政権が誕生したのか、SPDを選択したドイツの労働者民衆は何を求めたのか、そして何よりもドイツでそしてヨーロッパで、何が始まりつつあるのかを検証しておくことは、必要なことのように思われる。

「改革」の欲求と「合意」の擁護

 SPD首相候補のシュレーダーは、投票所の出口調査がSPDの優勢を報じ、選挙での勝利を確信した直後に、「新中道を支持する人たちが選んだのだ」「わが国を徹底的に近代化し、改革を進めるのが、われわれの仕事だ」(9/28:朝日)と述べたという。前者の「新中道」は、イギリス労働党を率いて首相となったブレアが唱えた「新しい中道」の受け売りだが、社会的公正の実現を政策の柱に据えているのが特徴といえようか。しかし具体的な政策となると、これまでのSPDの労働組合依存型とは違うという以上のものは打ち出されていないし、SPD自身がどこまで変わったのかも定かではない。ドイツの「近代化と改革」は、ドイツ資本主義が直面する危機に対応する国家と社会の再編の必要を説くもので、この点では今回の総選挙で、主要政党の公約の間にはほとんど明確な違いは見られなかった。ただし産業の空洞化、高齢化社会の進展、失業の増加など、第二次大戦の敗戦国から戦後ヨーロッパの優等生に変身したドイツもまた、経済のグローバル化の中で、産業構造や社会保障、そして幅広い合意の形成を基本とする政治システムなどの抜本的改革が求められているとの認識は、年毎に民衆の中に広がっており、今のドイツでは「改革」の必要を語らない政党はないとさえ言える状況がある。
 アレンスバッハ世論研究所が、86年からはじめた世論調査の設問、「ドイツは大きな危機に向かっており、これを解決するには政治システムの根本的改革が必要だ」に「その通りだ」と回答する人は、86年の16%から年々増え続け、昨年(97年)はついに43%に達した。現在の日本資本主義にも共通するようなこうした閉塞感と危機感が、ドイツの労働者民衆をして、長期保守政権からの転換を選択させたと言えるだろう。
 しかし同時にドイツでは、96年の病休中の保障賃金の削減提案や昨年の年金切り下げの動きには、ストライキを含む労働組合の激しい抵抗があるだけでなく、「広範な合意の形成」を基本とする憲法秩序のおかげで、労働者民衆を犠牲にするコール政権下で行われようとした「改革」は、ことごとく阻止されたり延期を余儀なくされてきた。さらにドイツ産業の国際競争力の低下に強い危機感をいだくヘンケル産業連盟会長が、現状の憲法秩序と比例代表制に重点をおく選挙制度の下では改革はできないのではないかと述べたのに対して、有力紙・南ドイツ新聞は「憲法秩序を排除する企てに対し、国民は抵抗権をもつ」との憲法20条の規定を引き合いに出し、間接的ながら「憲法の敵」と批判するなど、ナチズムへの深い反省に立つ戦後ドイツの政治システムの「改革」にも広範で根強い社会的な抵抗と反発がある。
 ドイツの繁栄を持続させる改革は必要だ。だが憲法秩序からの逸脱は許されない。それはドイツブルジョアジーにとっては解き難いジレンマであり、他方で労働者大衆にとっても強い閉塞感に違いない。

反失業と新しい中道

 今年1月末、ドイツの失業者は482万人となり、昨年2月の467万人を大きく上回る戦後最悪を記録した。失業率は12・6%に達し、しかも2月7日には、コール政権の雇用政策の転換と失業者への支援拡大を求める「第1回失業者行動デー」が予定されていたこともあって、コール政権は2月3日、20万人分の失業対策事業を復活させるなどを内容とする「雇用イニシアチブ」を急遽発表するハメに陥った。欧州統一通貨への参加条件を満たそうとする緊縮財政で失業対策費を削減したのだが、それが最悪の失業者数として跳ね返ってきたのである。そして7日、「労組加盟失業者調整委員会」がひと月ほどまえに呼びかけ、ドイツ労働総同盟(DGB)と傘下組合の支援を受けて組織された「失業者行動デー」は、全国の400以上の市や町でおこなわれ、ベルリンの集会では「コールは首相を退陣せよ」の声があげられた。翌3月には全国で5万人が参加した2度目の「失業者行動デー」が行われたが、これら失業者たちの要求の焦点は、コール政権の雇用政策の転換だったのである。
 こうした雇用情勢の悪化と、DGBに支援された失業者による抗議行動は、9月総選挙でのコール政権の敗北を暗示する事態であったのかもしれない。
 統一通貨「ユーロ」の導入にむけて、各国政府が実施している緊縮財政がヨーロッパの失業を一段と深刻化させている。昨年、そのヨーロッパでは「失業のないヨーロッパ」を掲げた労働者の大行進(ユーロマーチ)がおこなわれたが、失業問題はいまやヨーロッパ最大の社会問題となっており、それはまたマーストリヒト条約の是非をめぐる対立をはらんだ政治問題としても焦点化している。
 イギリス、フランスそしてドイツでの保守党政権の相次ぐ敗退は、こうした大量失業時代にあるヨーロッパの現状と無縁ではありえない。フランスのジョスパン社会党政権が、雇用拡大のための週35時間労働制の導入を失業対策として打ち出し、労資交渉に強引に介入してでもこれを実現させたことに、それはよく示されている。すでに70年代から経済成長の鈍化が現れはじめていたヨーロッパ資本主義にとって、域内自由貿易圏の形成と統一通貨の導入は、ドルと円に対抗してヨーロッパ資本主義の繁栄を取り戻す切り札とも言える政策だが、それを実現しようと実施された緊縮財政が、失業問題を一段と悪化させているのである。
 そして、ドイツに誕生するSPD政権もそうなのだが、保守党政権にとって変わったヨーロッパ各国の社会民主主義勢力と言われる政権は、この失業の拡大に反対する労働者に押し上げられる形で政権を獲得しながら、実はその失業問題の深刻化の要因となってもいるマーストリヒト条約に対する対案を、まったく持ち合わせてはいない。というよりもこれらの社会民主主義勢力の政権は、マーストリヒト条約の容認のうえで、失業の撲滅が可能だとの立場にたちつづけている。ドイツで焦点となっている「改革」問題にも、こうしたあいまいさがつきまとっている。実際いまのところ、コールとシュレイダーの間に改革をめぐるどのような違いがあるのか定かではない。ということは、SPDシュレイダー政権が、「痛みの伴う改革」を保守党政権に代わって労働者に押しつけることになる可能性も否定はできない。シュレイダーが選挙で掲げた「新しい中道」が、その内容を鋭く問われることになる。
 しかしシュレイダーに限らず、保守党政権に代わる政権党として押し上げられた社会民主主義勢力は、不況と失業に直面する労働者大衆が、現状の改善を求めればこそ押し上げた政治勢力なのであって、この大衆的支持基盤とSPDの軋轢は、シュレイダー政権の弱体化を招くとともに、より新たな、より信頼し得る政治勢力の模索へと労働者大衆を向かわせるだろう。

(K.M)


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