労基法改悪反対闘争の中間決算

「解雇の自由」は阻んでも雇用形態では抜け穴だらけ

−ひとつの企業ではひとつの待遇が当然だ−

(インターナショナル第136号:2003年6月号:掲載)


 労働基準法、労働者派遣法、職業安定法の改訂審議が今国会でおこなわれ、6月27日改正労基法が成立した。
 労基法改正審議の最大の焦点は「解雇ルール」であった。政府原案は「使用者は、……労働者を解雇できる。ただし、その解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は、権利を濫用したものとして無効とする」とあったが、最終的には「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を乱用したものとして無効とする」となった。使用者にとっては使いにくい法律が出来あがった。
 法案審議に対し、6年前の労働基準法反対闘争と比べると労働組合側の反対運動の盛り上がりは小さかった。労働者を簡単に「首」にできるという法案が提出されたのに、特に正規労働者の運動は盛り上がらなかった。
 だから解雇ルールの政府源案が通らなかったのは、反対運動の成果と評価することはできない。ではなぜそうなったのか。その理由を彼我の力関係、この間の労働環境の変化の中からきちっとおさえておく必要がある。

▼存続する職場の期限つき雇用

 6月3日の参議院厚生労働委員会の派遣労働法改正の審議の参考人として出席した名古屋大学の和田肇教授が、社民党の大脇雅子議員の質問に答えた。
 「(有期雇用契約の上限の改訂案が)3年という期間についてでありますけども、この3年というのは意外と有期契約の更新のときに非常に重視をされておりまして、3年以上更新すると解雇が厳しくなるというような、公務員についてはそういう規制がされています。大体3年というのが恐らくめどになっているんだろうと。
 しかしながら、職場自身は存続する、ずっとあるわけでありますから、そういう職場にどうして有期を雇うのかということにつきましては、もう少し合理的な私は理由を求めるべきではないかと。今、全く契約の自由でありますけども、有期契約が存在しないということではないと思います。必要になったら出てくると。しかし、どういう場合にその有期の雇用をするのかということについては、きちっとやはり説明をして納得をして雇用をすると、そういうシステムが必要だろうというふうに思っております」。
 和田教授の意見は、この間の労働法制改訂の政府・使用者側の本音をつくものだった。職場はずっと存続しても、労働者の雇用は非正規に置き換えるころが増えている。そこには会社の「都合」はあっても、生活をしている労働者の側の視点はない。
 現在は、非正規でも1年を越えた労働者の雇用契約の解除は、正規労働者と同じで簡単にはできないという判例が存在している。しかし今回改訂された「有期雇用労働者の契約期間の上限を1年から3年」への変更は、労働者の雇用サイクルが3年ということになりかねない危険性をもつ。
 非正規労働者の身分不安定期間の延長にならないよう、裁判などにおいて監視を続ける必要がある。

▼非常用雇用の増加、パートは減少

 5月30日の『朝日新聞』は「常用労働者数3月は2・2%減 都内、パートも減る」という見出しの記事を載せた。
 調査対象は、都内の従業員5人以上事業所3300箇所。常用労働者は一般労働者とパート労働者の合計で、「常用労働者は前年同月比2・2%減と12か月連続で前年同月を下回った。昨年まで増えていたパートタイム労働者も今年1月以降、3か月連続で減少。都は『一般労働者のリストラが一段落してパートタイム労働者の調整が始まっている』」。
 この記事と同じ内容の分析が、財団法人・日本人事行政研究所が行った「雇用の多様化に対応する人事施策に関する調査」の結果でも出ている。東証1部上場企業とこれに準ずる企業1043社を対称に、昨年10月に行われた調査結果である。
 人件費総額の前年比において「大幅に減少している」が20・5%、「相当減少している」が18・0%、「若干減少している」が23・0、「あまり変わっていない」が25・0%という結果であった。相当減少以上が約40%になっている。減少の理由を1つに絞った回答に「従業員の減少による部分が多い」と70・9%が回答している。人件費が増加したと回答した14%も、理由を1つに絞ると「退職給与費の部分が多い」が37・8%であった。
 常用雇用者の過去1年間の増減状況は「増やした」企業が5・9%、「減らした」は73・7%だった。非常用者は「増やした」が37・7%、「減らした」は23・5%であった。
 では非常用者の雇用形態はどうか。「増やした」企業は37・7%、「減らした」は23・6%。今後「増やす方向」は32・5%、「圧縮が必要」は17・35という回答である。
 各企業における非常用労働者総数における雇用形態別の人数比率を回答企業の平均でみると、「派遣社員」が31・2%、「パートタイマー」が30・5%、「契約社員」が19・5%となっている。
 なぜ企業は、非常用労働者を雇用しているのか。「派遣社員」、「アルバイト」に対しては「業務の繁閑に応じたフレキシブルな雇用調整を図るため」がそれぞれ70・9%と81・5%、「契約社員」は「専門的業務に対応するため」が53・0%、「パートタイマー」では「総人件費の抑制のため」が78・9%となっている。
 今後雇用が多様化するなかで、どのような多様化の進め方が重要と考えるかという設問への回答では、多い順に「常用雇用者は少数先鋭に厳選し、非常用雇用者を含めた企業全体の雇用を柔軟化する」が71・4%、「従業員の雇用は、能力と意欲を重視し、年齢、性別、職歴、などは雇用条件にしない」が54・6%、「非常用者の雇用は、雇用ニーズの変動にあわせて随時調整できるようにする」が51・0%であった。

▼雇用形態変えて人件費抑制効果

 パートタイム労働者の総数は、減少傾向にある。「人件費の抑制」にそぐわないという理由からである。
 96年、長野地裁上田支部は丸子警報器事件の判決で、正社員と同じ仕事をし、労働時間もほぼ同じである疑似パート労働者の賃金が正社員の8割以下となるときは、許容される賃金格差の範囲を明らかに越え、使用者の裁量は公序良俗違反となると述べた。この判決への評価は分かれたが、この後、各職場でのパートタイム労働者の処遇改善がはかられ、厚生労働省の指導で社会保険の適用対象パート労働者も拡大した。
 現在は、原則として労働時間が正社員のおおむね4分の3以上の場合は健康保険、厚生年金保険が適用になる。しかし現在、厚生労働省は加入者拡大を目指し、労働時間では週20時間、収入は年収で65万円以上を適用対象にすることを検討している。
 たとえば厚生年金の場合だと、保険料率は13・58%を労使で折半する。しかし月額賃金が9万8千円以下は9万8千円とみなされ、労使とも支払額は6千8百円となる。
 これに健康保険、雇用保険料を加えると使用者の負担は決して小さくない。ましてや正社員と同じ処遇ということで扶養家族手当なども支給対象とするなら、さらに負担は大きくなる。
 5月28日の『朝日新聞』に、生保文化センターが昨年、パート労働者に、厚生年金などの負担最低水準が年収65万円以上などと変更になった場合どうするか、という調査をした結果が載っている。
 それによると、収入を一定以下に抑える就業調整は34%がおこなっているが、制度が改正されても「今の収入を維持する」は55%におよび、「収入もしくは労働時間を減らして保険負担を避ける」は2割しかない。この傾向が企業側に、パート労働者を増やしてもさほど人件費抑制には結びつかないという判断をもたらしている。
 現在のパート労働者の労働の目的を見るとき、家計補助のためなどは少なく、むしろ生活のための主要な収入源となっている。そして10年ぐらい前から言われていることだが、男性パート労働者が増えている。男女とも、非正規でしか働けない労働者が増えている現状がある。
 そのなかでも、パート労働者以外の派遣労働、委託労働、下請労働などの非正規労働者が増えている。派遣労働者には社内の就業規則は適用されず、委託労働、下請労働者には労働法規そのものがほとんど適用されない状況にある。

▼困難になる解雇要件の遵守

 さらに現在の労働環境のもう一つの側面を見ておかなければならない。
 数年前から東京地裁を中心にして「整理解雇の4要件」からではなく「解雇の自由」から判断する判決がつづき、労働組合の運動でこれを押し返した経緯がある。だが現在は、判例としてある整理解雇4要件を守らせようとしても、例えばそのひとつである「解雇回避の努力」を守らせること自体がむずかしい状況になりつつある。
 本社の不採算部の切り離し、営業部の独立、子会社の設立などの分社化、会社総務部のアウトソーシングなどが進む中で、社内の人事異動の枠は狭まりつつある。実際に中小企業のなかには、4要件を適用させることさえ難しいところが多くある。
 「整理解雇の4要件」は相対的少数者を対象にしたときには適用できたとしても、大量解雇の時はどうなるだろうか。
 仮に今回の政府案が通ったとしたら、その下で闘われる裁判闘争の判例は「4要件」とは違うものが想定される。国際的動向やILO条約からしたら「先任制」を盛り込んだものになるだろう。だがはたして日本の企業はそれを受け入れるだろうか。年功序列、終身雇用制は崩れつつあるとはいっても、まだ存続している。このなかで「先任制」が適用されたら、人件費抑制は不可能になってしまうのである。これは「解雇ルール」をめぐって政府内で論議されたようである。
 もう一度、先の参議院厚生労働委員会での自由党の森ゆうこ議員の質問に対する和田参考人の意見を引用しよう。
 「労働市場の流動化というときに一つ注意していただきたいのは、これはどこの国でも同じなんですけれども、中高年齢者のところには余りその市場の流動化というのは及んでいないと。若いところは、比較的流動化したり新しい職選びをしたり自分的職を選ぶということをやるんですけれども、やはり中高年のところは、例えばヨーロッパを見てみましても、むしろ先任権制度というのがありましてこういう人たちには非常に厚い保障をされている。これは恐らく、中高年はどこの国でも非常に新しい仕事を見付けづらい。例えば、半分に賃金が減ってしまうような仕事でもあれば就くかというと、やはりそういうわけにいかないだろうという、この点を一つ労働市場の流動化の点については御注意していただければというふうに思います。
 それから、ある程度私は、流動化する、雇用形態が多様化するということは恐らく今後進んでいくだろうというふうに思っておりますけれども、その流動化する垣根をどれだけ低くするか、あるいはしやすくするか。流動化しても余り社会保障等々について不利益が及んでいかないような、あるいはできるだけ労働者の意思が尊重されるような、そういう仕組みというのが恐らく今後は必要になってくるだろうと。
 先ほどヨーロッパモデルというのを示しましたけれども、そういうことを今、向こうの方では一生懸命模索している。これは労働政策だけではなくて、社会政策も含めた新しいモデルじゃないかというふうに考えています。その一つのタイプとして、例えばフルタイム労働者とパートタイム労働者がどういうふうに自分の生活スタイルに合わせて移行できるかというふうなことが一つあるのだろうというふうに考えております」。

▼均等待遇の実現こそ

 このような労働基準法の改訂と平行して論議されたのが、増加の一途をたどり平均賃金のダウンがつづく派遣労働者に関する政府と使用者の意思を表明である派遣労働法改定案であり、それは「粛々と」審議された。
 派遣期間の1年から3年への延長、製造業への派遣の解禁などは、はたして派遣労働者の保護になるだろうか。
 そもそも社外の労働者である派遣労働そのもののあり方、処遇が問題であり、期間の延長は雇用の安定期間が延びることと同じではない。それは、社内の労働者と同じ権利が付与されているわけではない。同じ処遇を義務づけられるなら、企業は派遣労働者も採用しない。それは現在の育児休暇、介護休暇の保障をみれば歴然としている。
 今回の改訂で大きな問題点であった製造業への派遣についても、企業の姿勢は「認められないなら、現在進んでいる違法な業務請負を増やすだけだ」というものである。結局、人件費総額の抑制のためにはなんでもやるというのが企業側の姿勢であり、法改正はその後追いをしている。
 それを許しているのが、正規労働者と比較して非正規労働者の劣悪な処遇であり、保護法の性格を持つ労働法制の適用を受けない委託労働者や下請労働者の無権利状態なのである。

 結局、この間の労働法制の改定で労働者の「貧富の格差」や「勝組みと負け組みの差」が拡大している。そして過労死、メンタルの疾病者も増えている。
 これに対応するために労働者は、政府や起業の労働法制改訂に反対するだけでなく、労働者側からの対案を提起していかなけれならない。
 すでに提案されている「解雇制限法(案)」を制定させなければならないし、労働法制の適用範囲を委託労働者や下請労働者にまで及ぶようにしなければならない。
 1つの企業のなかで働く労働者には、1つの就業規則と1つの処遇が適用されなければならない。さらに委託労働者、下請労働者を含めて、生活のための経済保障である賃金の最低基準を大幅にアップさせなければならないだろう。
 そのための運動を非正規労働者、委託労働者、下請労働者をふくめて、大きな社会運動として作り出していかなければならない。

(いしだ・けい)


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