宅配業界の労働条件改善に取り組むヤマト運輸

(インターナショナル第227号:2017年5月号掲載)


▼ただのサービスなどない

 ヤマト運輸労働組合は2017年の春季労使交渉で、18年3月期の宅配個数が17年3月期を上回らない水準に抑えることを要求したという報道がありました。人手不足とインターネット通販の市場拡大などにより長時間労働が常態化しているなかで「現在の人員体制では限界」という主張です。会社側も応じる意向です。
 要求はこの他に、ネット通販会社など割引料金を適用する大口顧客に対して値上げを求め、交渉が折り合わなければ荷受けの停止を検討する、ドライバーの労働負荷を高めている再配達や夜間の時間帯指定サービスなども見直しの対象とするなどもあります。長時間労働の抑制では10時間以上の「勤務間インターバル制度」の導入もあげています。ベースアップについては前年と同じ組合員平均1万1000円(前年の妥結額は5024円)の要求です。
 切実さが垣間見られますが、労働組合が長時間労働の抑制をめぐって経営の改善までふくめて具体的要求をおこなうことはめずらしいことです。
 ヤマト運輸は宅配便最大手で46%のシェアをもっています。荷物の伸びには人員の増強で対応してきました。
 16年12月にヤマト運輸が扱った「宅急便」の個数は前年比6%増、11年と比べると20%増えています。一方人員は17年3月期末見通しが20万500人と、2012年3月期実績17万7301人の13%増にとどまっています。今期はパートやアルバイトなど非正規従業員を含む売上高人件費比率は51.0%となっています。
 人手不足は深刻化し、思うように人員を確保できない状況にあります。そのため宅配便は基本的に午前8時から午後9時までの配達で、ドライバーや荷物の仕分け担当者は交代制勤務になっていますが処理が追いつかず、早番の勤務者が夜まで残って作業することがあるという実態が生まれています。
 自社での人手確保が追いつかず、外部業者への配送委託が増えて、ヤマトHDの売上高に占める委託費の比率は今期15.5%と5年前に比べて1ポイント近く上昇する見通しです。
 ヤマト運輸における36協定は、年末年始などの繁忙期と閑散期の仕事量に波がある業務内容を踏まえ、17年度は残業時間を月単位ではなく年間456時間とすることで労働組合と合意しました。
 実態はどうでしょうか。15年11月17日の「活動報告」を抜粋します。
 横田増生著『仁義なき宅配 ヤマト vs 佐川 vs 日本郵便 vs アマゾン』(小学館 15年9月刊)にヤマト運輸の1人の配達員の労働実態が報告されています。
 労働時間の事態は朝6時から積み込み作業をはじめ、終了は午後10時までになるといいます。しかし業務開始を記録する携帯の専用端末〈PP(ポータブル・ポス)端末〉を立ち上げるのは8時以降と決められています。午後9時20分前後に再配達を終了したら締めます。しかしその後の作業が残っています。昼食は、車を停めてとる時間がないのが現状で、運転したままでとることもあります。
 端末を立ち上げる前と締めた後、お昼の1時間はサービス残業です。サービス残業だけで月60時間以上に及びます。これらは、会社が厚労省などの調査で報告する記録上の残業時間の計算には含まれません。運輸業界の長時間労働の実態は隠されています。
 サービス残業ではない通常の残業は1日4時間以上で、月80時間です。実際の残業時間は月140時間です。これで残業代や諸手当を含めた賃金は額面で約30万円です。
 07年から労働者の残業時間の上限を決めた〈計画労働時間制度〉を導入しました。初年度の08年3月期の総労働時間は2.550時間でした。15年3月期は2.464時間です。16年度は2456時間、17年度は2.448時間にする計画だといいます。この設定自体が異常です。賃金体系は、基本給と残業代、それにどれくらい荷物を集荷配達したかによって支払われる業務インセンティブの3本柱になっています。業務インセンティブは賃金全体の60%から80%を占めます。総労働時間に近づくと期末には仕事ができません。業務インセンティブの手当が期待できなくなります。このことがサービス残業を温存する原因にもなっています。
 国土交通省が2013年に発表した資料では、全産業平均の月収が31万円であるのに対し、トラック事業の平均は29万円台でした。年収は416万円で50万円以上の開きとなっています。賃金が低いから残業に走ります。
 著者は、ヤマト運輸で3か月ごとに契約更新が行われる下請けの軽トラに1日同乗する体験を試みます。3か月ごとの更新は、繁忙期と端境期があるのでその調整のためです。
 午前8時過ぎ、配送センターで70個の荷物を積み込んで出発します。受け持ちエリアを午前中、昼過ぎから夕方まで、夕刻から夜9時までの3回配達に回ります。不在の場合には2回、3回と回ります。3回の配達で合計100個の荷物を配り終えたのは午後9時前。拘束時間は14時間近くで、日当1万5千円です。換算すると時給は1000円強ですがそこから車輌代、ガソリン代、車検代を支払います。
 夏の繁忙期にもう一度同乗をお願いして了承を得ましたが、運転手は前日頸動脈からのくも膜下出血で病院に搬送されていました。
 厚労省の2014年度に労災と認定された過労死が一番多かったのが〈運輸業・郵便業〉で92件です。
 ヤマト運輸は17年3月期の宅配便取扱個数は前期比7%増の18億5000万個と過去最高が見込まれています。一方、親会社のヤマトホールディングス(HD)は1月末、人手不足による人件費の高騰や外部委託費の増加などを理由に、17年3月期の連結営業利益の予想を前期比15%減の580億円(従来予想は650億円)に引き下げました。取扱個数は増えたが利益は上がらないという構造になっていました。
 荷物の急増の背景はいうまでもなく、インターネット通販の拡大です。消費者向け電子商取引(EC)の市場規模は15年度実績で13兆円を超えました。10年前と比べたら10数倍になっています。
 ネット通販は2000年代以降、「配送料無料」などを武器に急速に拡大し、個人宅への配達が急増しました。その結果は受取人の不在件数も大幅に増えました。14年12月の国土交通省の全国調査では、1回目で配達が済むのは約80%で再配達が2回以上のケースも約3.5%あり、現場のドライバーたちへの負担が大きくなります。代金引き換えサービスやクール便利用者も増えています。ドライバーは現金やクレジットカードを取り扱わなければならず、利用者対応の手数が増えています。
 その一方で、顧客は自分の宅配便がどこにあるのか自宅のパソコンやスマートフォンで確認できるので配達が遅れたり、どこかで荷物が止まっていたりするとすぐに宅配業者側にクレームをつけることがでるようになりました。
 宅配業界では、1個当たりの運賃が250円以下になると、どのように工夫しても利益がでない構造になっています。
 以前、佐川急便が最大手の荷主であるアマゾンとの契約で合意したのは全国一律で250円をわずかに上回る金額だったといわれます。しかしアマゾンの配送を扱うことで、収支だけでなくサービスレベルも悪くなったといいます。13年春、宅配便単価の低下問題で契約を打ち切りました。経営の舵をシェア至上主義から “運賃適正化” を掲げて利益重視へと切り替えました。
 アマゾンの配送を運ぶことになったのはヤマト運輸です。
 ヤマト運輸は13年10月に稼ぎ頭のクール宅急便が常温で仕分けが行われていたことが新聞ですっぱ抜かれました。対策として、クール宅急便を取り扱える個数の上限を決め、それを上回った場合は荷物を引き受けることを断る総量管理制度を導入した再発防止と法人向けの運賃の適正化に取り組みます。運賃上昇→利潤率上昇→設備投資の増額→労働環境の改善をすすめ “豊作貧乏”から抜け出すことに挑戦します。
 「本来はサービス内容で競争するべきなのでしょうが、運賃(の値引きをするの)もサービスの一環だという考え方もありました。特にネット通販事業者から荷物をいただくには、運賃が大きな要因になります。けれど、そうした通販業者さんからも採算の合う運賃をいただかないと、輸送サービスの品質が担保できないと考えて、運賃の適正化に踏み切ったのです」
 14年3月末、コストに見合わない個人向けメール便の取り扱いを中止します。佐川急便はメール便については日本郵便に委託しています。
 佐川急便ホールディングの会長は14年の「会長訓示」で打ち切りについて触れました。
 「昨年、ライバルに『通信販売の100億円のエサを提供した』と私は思っている。これは(佐川)急便の収入の1.5%である/結果としてライバルは、集配品質の低下と固定費が増加した/必ずこれまでの体制を見直すはずである/事実クール便を40%UPで交渉を始めたとも聞く」(『仁義なき宅配』)
 アマゾンジャパンや楽天などでは配送料無料、さらに返品無料もあります。そのために費やされる労働への対価はどうなっているのでしょうか。また配送料無料は往々にして運賃のダンピングにつながっていきます。運賃適正化は成功しませんでした。
 今回のヤマトの動きは、この時すでに想定されていました。しわ寄せは労働者にのしかかっていきます。
 佐川急便では、多忙のなかでの駐車違反に身代わり出頭が各地で摘発されています。
 ではヤマト運輸をふくめてトラック労働者の労働条件を向上させるためにはどうしたらいいでしょうか。
 今は時間指定の荷物とそれ以外は同額ですが、時間指定の場合は追加料金を徴収すべきです。特に夜間の指定に対しては当然です。
 多口顧客が配送会社にダンピングを強制するとそのしわ寄せは労働者にきます。労働の価値を認めず、労働者を愚弄するものです。誰かを犠牲にした経済活動はまともとはいえず、社会正義に反します。運賃適正化は厳格にすすめられなければなりません。
 アマゾンなどのネット通販事業者は配送料無料をうたって販売促進をしていますが、利用者は送料はどこに含まれているかを見極める必要があります。ネット通販事業者負担というのなら送料は商品に含まれているということです。消費者は騙されています。
 配送料無料などのサービス過多は労働の価値を低め、労働者同士の思いやりを奪います。社会秩序を破壊しています。国交相は、配送無料の広告を禁止し、運賃適正化を監視する必要があります。
 無理なサービスはまた事故を発生させる危険性があります。配送労働者の生活がネット通販事業者の犠牲になる必要はありません。
 ヤマト運輸労働組合の要求を、運輸業のサービスのあり方を社会問題として捉え返す契機にしていかなければなりません。
 このようなことが長時間労働を削減し、労働条件を改善し、労働力不足を解消する早道です。
 労働者がお互いの労働の価値を認め合い、尊重し合う関係性、あたりまえの社会秩序を作り上げていくことが必要です。
 本物の“働き方改革”は、働く者が現場から生の声をあげ、要求していくなかから“働きやすさ”“安心”を獲得するものです。

(2月24日記す)

▼ヤマト労組を他労組は見習らおう


 春闘の季節です。しかし流れてくるニュースはベースアップ額、しかも業界ごとの妥結が中心で、それ以外の要求は聞こえてきません。
 かつての春闘は、金銭だけでなく、労働時間・年間休日数、退職金制度、福利厚生制度などさまざまな要求を掲げて交渉に臨みました。しかし産業ごとの中央交渉が中心になると各単産独自の要求は掲げにくくなりました。中央交渉は各単産の力量を弱め、現場からの声を吸い上げる力も失ってしまいました。
 今年は、労働時間の短縮がおこなわれた企業もありましたが、ほとんどは政府の「働き方改革」への対応です。「官製春闘」がまかりとおっています。労働組合の位置がますますなくなっています。
 労働組合は、人員不足の時こそさまざまな要求をして勝ち取るチャンスです。
 そのなかでヤマトでは久しぶりの春闘交渉がおこなわれました。
 根底には業務量の急増に伴う長時間労働、さらにサービス残業が蔓延してる状況があります。現場の労働者から悲鳴があがり、労働組合には切実な声が寄せられていたと思われます。経営の方も現在の状況に危機感を持っていました。労働者を引き留めなければ業務がまわりません。
 2月10日に始まった今年の交渉は3月16日夜に労使合意に達しました。
 合意内容です。
 改善の開始時期はそれぞれ異なります。
 宅配便の時間帯指定区分を見直し、正午から午後2時を廃止、集中する午後8時から9時を午後7時から9時に変更。
 再配達の受付締め切りを午後8時から7時に変更。
 一部商品の廃止やリニュアルを検討。具体的にはクレジットカードなどの貴重品の手渡しなど。
 大口法人顧客との契約内容の見直し、取り扱い終了の適正化。具体的にはネット通販など大口法人顧客への値上げ要請、それによる取扱量の抑制。
 年間の総労働時間計画を2456時間から2448時間に。労働時間の管理を入退館時間で一本化。(2月24日の「活動報告」参照)
 営業所単位で休憩の時間帯を決め、管理の徹底。
 営業所の責任者を増員し、管理体制を構築。
 年間126日以上の休日・休暇を確保。
 週1回程度のノー残業デー取得を推進。
 10時間の勤務間インターバル規制の導入。
 賃金は定期昇給も含めて一人平均6338円の引き上げる(前年は5024円)。事務員を含めたベースアップは814円(前年1715円)だが集荷・配達を担うドライバーへ重点的に配分する。集荷・配達個数やサイズなどに応じて付与されるインセンティブを2621円(前年は1049円)引き上げる。
 これらの要求は、他業種の労働者への問題提起も含まれています。
 夜間の配達量が多いのは、労働者の帰宅時間に合わせた設定であると同時に再配達の時間帯です。夜間に通常の賃金で働かせてあたりまという捉え方や、さらに最初の労働を無駄・タダにさせる再配達は労働の価値を低めます。
 ネット通販・通信販売での配達料無料は、商品に配達料が転化されていることを騙されていたり、荷主が一部を運送会社に負担させているということです。返送する場合の料金無料はそれがダブルになるということです。労働対価のダンピングは許されません。さらに荷主が一方的に当日配送や翌日配送をうたい文句にしています。
 また生活必需品などのネット通販・通信販売や生活協同組合の宅配は地域の商店街をさびれさせていることを見逃すことはできません。そして街や地域のコミュニケーションを崩壊させています。生協の個人宅配が、生活必需品の買い物の不便を解消しましたが、その代わりに長時間労働を受け入れることができていました。最近はデパートにも影響を与えています。
 これらが労働者を犠牲にしているだけでなく、消費者・利用者の時間的思考を麻痺させ、生活感覚を失わせ、最終的には社会に不便をもたらします。
 ヤマトの最大荷主で本社がアメリカにあるアマゾンジャパンは売り上げを2010年の5025万ドル(約5700億円)から16年度は10.797万ドル(約1.2兆円)と2倍以上に伸ばしています。街の本屋が潰れていっています。
 国土交通省の調べでは、ヤマトが扱う荷物の個数は年間約17億3千万個(2015年度)で、そのうちアマゾンの荷物は約2億5千万個、14%です。しかも荷物一個250円程度の契約で他の荷物に比べれば半額以下です。
 ここ3年の営業利益(いわゆる本業の利益)は600億円超で推移していましたが、2017年は580億円の見通しで2期連続の減益です。コストを無視した運営が、業務が増えても利益を生まないという「豊作貧乏」を生み出し、サービス残業に繋がっています。
 労働条件を見てみます。
 年間総労働時間計画2448時間を年間出勤日数239日(365日−126日)で割ると10時間を超えます。これまでも賃金が支払われる残業はありましたがそれ以外に昼休みを含めたサービス残業が1日約2時間以上ありました。
 時間指定が12時〜14時に集中すると昼食休憩は取れません。20時〜21時に集中すると営業所に戻るのは21時過ぎになります。そのあとに事務作業です。しかし繁忙期などには1ヵ月の所定労働時間を超えるとタイムカードを推してからのサービス残業が上司から命令されていました。長時間労働を会社は認識していました。
 そのため離職者の多く出ていました。体調を崩し、労災認定された労働者もいます。ドライバーの人手不足は深刻になっています。
 今後、サービス残業をなくして1日の実労働時間を10時間に抑えるのは大変です。しかもこれでもかなりの長時間労働です。
 これを改善するためには消費者・利用者の利用の仕方とあわせて応分の負担をあわせ検討される必要があります。
 ヤマト労働組合は、契約社員を含めて全員加盟です。ヤマトは2007年にも労働基準監督署から是正勧告を受けています。しかし労使ともにそれを機会に労働条件を改善するという方向には至りませんでした。退職した労働者などからの話では、まったく機能していなかった、組合員の声は聞き入れなかったということです。
 そのため作年8月に神奈川の2人の労働者が労働基準監督署に相談し、労基署は是正勧告を出しました。しかし労働者は労基署が認めた以上のサービス残業があるとして労働審判を申し立て認められました。
 会社は7万6千人の全社員の未払い残業代を過去2年さかのぼって調査し支払うことにしました。
 労働基準監督署の是正勧告を受けても変わらなかったという話を聞くと電通を連想させます。
 しかし労働者に耐えきれなくなったという事情があったとしてもヤマト労働組合の側から“働き方・働かせ方”を会社に要求し、のませていったということは大きく違います。ヤマト労組の今後の活動を期待して見守りたいと思います。そして多くの労働組合に、ヤマト労組を見習ってほしいと思います。
 そして労働者がもう一度自分の生活時間を取り戻す機会にしたいと思います。

(3月23日記す)
(いしだ・けい)


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