労働者の働き方、働かされ方が変えられようとしている

(インターナショナル第220号:2015年4月号掲載)


▼『現在果たしている役割』のみ評価

昨年7月25日の日経新聞に「ソニー、高コスト是正へ 10年ぶり賃金制度改革 20代を課長級に起用も」の見出し記事が載った。
「役割に対する報酬をより明確に再定義した『ジョブグレード制度』を導入。社員の処遇にメリハリをつける新制度の導入で、総人件費を抑えながら意欲の高い社員を登用する。……8月上旬にも労働組合と団体交渉に入る。交渉次第だが、新制度は2015年度からの導入を目指す。
現行制度は過去の実績や将来への期待を含めて評価しており、結果として年功要素が残るのが課題だった。新制度は年功要素を完全に廃し、『現在果たしている役割』にのみ着目し評価する。……
ソニーは社員の高齢化が進み、管理職比率が4割超に達する。現行制度では役割と処遇のバランスが崩れ、組織の活力やスピード感がそがれていた。新制度導入では評価にメリハリをつけるために、総人件費は下がる見通しだ。
一方、人材流出を避けるため、社員のやる気を引き出す仕組みも増やす。
今の役割を重視する新制度の実施で、若手を積極登用する。20歳代の人材を課長級に起用することも目指す。」

「役割給」が導入される。
1995年に日本で最初に富士通で成果主義賃金制度が導入された。しかし上手くいかないということがわかるとすぐに軌道修正が行われ、「役割給」が登場した。役割給も成果主義賃金制度と呼ばれている。
役割給は、評価がこれまでの「成果」や「実績」ではなく「役割」に対して支払われる。「役割」は職務に「ミッション」が加わる。ミッションとは、企業全体の経営方針や価値観についての「職責を果たすために進んでとるべき行動」や「貢献することの責任」。企業全体がめざす方向と個々の労働者が仕事上で同じ方向性、つまりは企業への忠誠心が要求される。その役割の達成度に評価が行われて賃金が決定する。
定義があいまいな「役割」は「やる気」が評価基準で、これまで以上に会社に対する忠誠心と献身性が要求される。
これに合わせて「成果に応じて」とよく言われるが「成果」の定義はあいまいである。「成果」の本来の意味は排除されて「実績」・パフォーマンスを指すようになり、現在は「貢献」を指すようになった。曖昧さは労働者をだますためにも利用されている。

ソニーは「ジョブグレード制度」を導入するという。
ジョブグレード制度とは、職務の大きさや難易度をバンド(職群)に階層化し、さらにバンドをジョブサイズ(職務価値)に区分し、それに基づいて評価・処遇するという制度。
本来は、職務の難易度、職務遂行に必要な能力などによって区分されることになるが、実際は、職務分析が行われていないなかで「貢献度」、つまりその部署にいくら利益を稼がせるかというかということからの位置づけになり、バンドは部門間に格差を発生させる。労働者はそこに従属させられて査定が行われる。
きちんと制度化されない中での査定は、無理を強制され、評価が低い者に対しては排除の力学が働く。

▼中高年排除の制度

7月30日の日本経済新聞に「パナソニック、年功廃止 賃金制度10年ぶり見直し」の見出し記事が載った。
「10月から年齢に応じて支給額が上昇する年功要素を廃止し、役職にあわせた成果を大幅に反映する。部課長制も復活させ、権限と責任を明確にする。世界規模の競争に勝つためには、社員の処遇制度の抜本的な見直しが必要だと判断した。来年春の新制度の全面導入後に、約2万人の管理職ら非組合員の総人件費が1割以上減る見通し。……
新制度は国内の全社員を対象に成果を重視した形にする。総人件費も数%減る見通し。事業部ごとに賞与を業績に応じ上下最大15%幅をもたせるなど、より収益に連動した賃金となる。労働組合は基本的に合意している。……
新制度では社員の資格制度をやめ、担当する役割の大きさに応じて賃金を決める『役割等級制度』を導入する。」
担当する役割の大きさに応じて給与を決める役割等級制度に改めるということはジョブグレード制度の導入である。
これまでの会社への貢献は否定され、職務遂行能力・職能といわれた潜在能力は排除され、人事査定期間・時点だけでの「貢献」が評価される。「年齢にかかわらず、等級が下がれば給与も減ることにな」るという。30代と50代が同じスタートラインで競走させたら結果は最初から予想でき、50代は常に戦力外通告が待ち受けている。職場にそのような価値観・秩序がはびこることになり労働者同士がいがみ合う。若手も積極登用されるためには過重労働が必須である。

9月16日の産経新聞は、「働かないオジサン」の見出し記事を載せた。「働かないオジサン」が生まれるのは“日本型雇用”が原因で、そのため若手の賃金が上がらないと説明する。そこには高齢者の長年の会社に対する貢献が無視さる。
その思考は、会社にとっては労働者1人ひとりを現時点での「点」の戦力でしかとらえない。若手は若手である期間だけ優遇される。そして生き残るために競争が強制される。20年、30年先を見据えると言っても「点」の連続でしかない。結局は常に労働者の切り捨ての論理が働いているということである。

▼「情意」の評価がはびこる

「貢献度」とは何か。
「日本における評価要素は、成績、情意、能力の3大要素があり、そのもとに細分された評価要素がいくつかある。いうまでもないが、『仕事表』の技能評価だけで査定の最終結果は決まらない。というよりも、情意の評価要素などの存在を考慮すれば、その影響は、あるとしても部分的でしかない。そして、技能評価の影響が部分的であることこそ、日本の査定制度の特徴と理解されるべきである。」(遠藤公嗣著『日本の人事査定』ミネルヴァ書房 1999年刊)
日本で「成績」とは、「仕事の量」「仕事の質」で、「情意」は「規律性」「協調性」「積極性」「責任性」で、「能力」は「業務知識」「理解・判断力」「創造・企画力」「折衝力」「行動力」などを指す。
簡単に言うと「情意」の評価基準は、集団のなかで形成された規律を守って異議を唱えない、長時間労働を受け入れるなどの姿勢。基準がはっきりしない中で最終的には「情意」 が入り込む余地が大きい総合評価となる。
成果主義賃金制度でできなかったことが「役職給」で行われようとしている。
今後は全産業に波及していくことが予想される。

▼「成果」は「貢献」

8月18日付の「日本経済新聞」に「労働時間規制の緩和制度 伊藤忠・富士フイルムなど導入検討」「企業、専門職から拡大要望」の見出し記事が載った。
「伊藤忠商事や富士フイルムなど主要企業が、働いた時間ではなく成果に応じて賃金を払う『ホワイトカラー・エグゼンプション』の導入の検討を始めた。政府は欧米に比べて劣るとされるホワイトカラー層の生産性向上のために、同制度の導入に向け2015年の法改正を目指している。企業は国が今後、制度の詳細を詰めるのに合わせて準備を進め早期導入を目指す。」

9月26日の新聞各紙は日立製作所の国内管理職約1万1千人の賃金制度が10月から変更されると報じた。グローバル市場で勝ち抜く個人と組織づくりを目的とするグローバル人財マネジメントの一環ということである。
これまでの制度は、職務遂行能力などに応じた資格と職位を基準とした年功的な要素が強いいわゆる職能資格給制度だった。賃金の約7割が過去の実績をベースとする職能給、残る3割がポストに応じた職位給だった。
新制度は、年功的な要素を廃止し、職務や職責の重さ、そして賞与は個人業績の目標達成度で決める。国際的には、すでに職務や職責の大きさを役割グレード給に一本化した「日立グローバル・グレード」制度を作成し、課長級以上の5万ポストについてそれに応じた賃金制度を順次導入している。それを日本でも適用するという。
具体的には、管理職のポストについて、役割の大きさを「責任の重さ」「求められる革新性」「必要とされる知識のレベル」などの要素をもとに7グレードに格付けした。この格付けの中に担当職務(役割)が割り振られるす。賃金の額は格付けごとにあらかじめ決められている。実際の支払額は、この賃金体系と、個人と組織の業務マネジメント・成果評価の仕組みである「グローバル・パフォーマンス・マネジメント」に基づいて決定される。
より具体的には、年初に、組織と個人の目標に対応する「期待年収」が提示される。そのうえで、一年間の事業運営を通じた組織と個人の業績の結果を賞与に反映する。これにより、個人・組織の年度業績と、一人ひとりの処遇との連動を明確化し、年度のはじめに設定した目標達成にとどまらない業績向上への意欲を喚起するという。「仕事の役割の大きさと個人・組織の成果評価を、より直接的に報酬に反映し、組織と個人の成果を最大化することをめざす」という。
もっとわかりやすく言うと、これまでの制度は勤続年数を横軸、年収を縦軸の図で示すと右肩上がりだったが、新制度では横に延びる線を描けない。結果としてはジグザグになる。今後は、一般社員などへの拡大も視野に入れるという。

▼若手を優遇、高齢者を冷遇

今年1月27日、トヨタ自動車は、全社員約6万8000人のうち生産現場で働く約4万人の労働者の賃金体系を見直すと発表した。賃金制度の改訂は1989年以来。
具体的には、これまでの職能資格ごとに決まっていた賃金体系を技能やチームワークでの能力評価を重視する方向で見直す。中高年の年功部分の賃金カーブを今より緩やかな形に見直し、それを元手に役割や能力給の配分を増やして業務への貢献が賃金に反映されやすくするという。能力給部分に年2回の査定を導入し、30歳前後以降は上司の査定結果に応じて賃金が変動する部分を拡大する。能力ややる気によって賃金に差をつけるという。配偶者手当はすべて子ども手当に振り替えることも検討されている。
加えて、工場の現場監督であるグループリーダーとそれを統括するチームリーダーの肩書について、1997年に廃止された「組長」「工長」の肩書に再変更して若手を率いる責任感を意識付けるという。組長、工長には職位手当を導入することで、人材育成への意識づけを強化する狙いもある。
目的は、少子高齢化による人手不足が顕在化するなか、若手を引き付ける柔軟な制度で対応し、若手の働きに報いかつ、高齢者のやる気を引き出し、生産現場の競争力向上を狙うという。総人件費は増えるが、優秀な若手や熟練労働者を確保することで中長期的競争力強化につなげたいという。
団塊世代の大量退職による技術力の低下を防ぐため、60歳定年後の再雇用制度も見直す。
実際に高齢者にとっての新制度を検討すると、現在と比較するとほぼ40歳を過ぎた頃から賃金は減額される。しかしその元手で全員が60歳の定年が65歳まで延長されるならまだしも、「余人を持って代えがたいような卓越した技能を有する人材」しか適用されない。それ以外は減額された賃金をもとに半減する。労働者にとっては長期生活設計の変更が余儀なくされる。
これまでの賃金制度は年功型制度が残っていたが今後は「役割給」に変更する。
新制度は2016年1月から導入する予定。

トヨタと他社が違うのは、他社は賃金全体が役割給であるが、トヨタは一定程度の基本給の性格を持つ部分を残す。

▼賃金制度が変わる時、人事制度・労務政策も変わる

日本の賃金制度が大きな転換点を迎えている。賃金の持つ時間的性格や長期的貢献が排除され、会社に対する短期的の貢献が評価されて賃金が確定されようとしている。賃金制度が変わる時の「法則」である人件費総額の削減と中高年労働者の排除が公然と表明されている。
成果主義賃金制度は賃金から人格を奪ったが、役割給は労働者から人格と人権を奪おうとしている。会社は労働者を“取り換えればいい”程度にしかとらえていない。
そして賃金制度の変更は人事制度・労務政策の変更と合わせて行われる。
それが政府の産業競争力会議の提案をうけての「ホワイトカラーエグゼンプション」「過労死促進法」と呼ばれている「高度プロフェッショナル制度」を導入するための労働基準法改正法案である。
労働条件のもう1つの根幹である労働時間の規制が崩されようとしている。賃金と労働時間が合わせて壊されようとしているのである。そのなかで個々の労働者は深刻な状況を投げ出される。過重労働、長時間労働によって体調不良者が続出するのは目に見えている。
しかも法改正と合わせて労働政策審議会の建議などでは「労使が協議して決定」や「労使自治」の推進が提案されている。労使で労基法の逸脱を覆い隠すことを了承することになりかねない。
しかしこのような動きの中でも労働組合の動きはまったく見えない。

▼賃金闘争は賃上げ額だけでない

では、どのような対応が必要になるか。
遠藤教授は『日本の人事査定』のなかで日本の人事制度の特徴をいくつか挙げている。
そこには日本の労働組合が放棄していた問題もある。
例えば、制度制定・変更に際して労働組合が意見を主張しないで使用者にまかせてしまうということをあげている。
終戦直後の生活保障給と呼ばれた電産型賃金制度を最終的に決定したのは中労委だといわれる。電産は要求の中に「能力給」を盛り込んだ。しかしその扱いをめぐって内部で合意形成ができなかった。その結果、会社と第三者に決定を委ねた。さらに「能力給」の定義や位置づけについてもあいまいなままだった。
制度制定・変更に意見を言わない・言えない、「能力」の定義の曖昧さはその後の「職能給」制度の導入などにも影響した。そして従来の労働組合はJC派の登場に対抗できなかった。
使用者の制定・変更した制度に従順に従うということは、査定する側の恣意的な行為を受け入れることになってしまった。「情意」の評価基準の集団のなかで形成された規律を守って意義を唱えない、長時間労働を受け入れるなどの姿勢となった。「能力」はQC運動の導入がスムースにいった要因にもなった。
そして、査定制度は基準がはっきりしないなかでさらに評価結果が通知されないということになった。査定結果に不服申立をする労働者は排除された。労働組合も公平な査定が行われているかのチェックをしなかった。労働者はどこからも公平な査定が担保されなかった。
賃金闘争は、賃上げ額の闘争だけとなってしまった。
そのようななかで、雇用差別が生まれ、拡大していった。

▼まだ闘える

この問題は海外と比較するとはっきりする。
「先進工業国における査定制度のきせいの方法は、理論的に考えて2とおりがある。労働組合による規制と、法による規制である。この2とおりは、国によって役割の程度が異なる。1つは労働組合による規制が大きな国であり、ドイツが典型例であってイギリスも同様である。2つのパターンを決める重要な要因の1つは、各国における労働組合の社会的影響力の差異であろう。……
ドイツでは、企業が実施する査定制度の諸原則には、経営協議会の同意が必要である。これは経営組織法92条2項に明記されている。したがって、査定制度が実施されていると、労使間で査定制度についての協定が結ばれることがある。その協定例はフォルクスワーゲン社の労使協定であり、それは日本語に翻訳されている。
重要なことは、この協定によれば、日本では会社側が一方的に定める査定の実施要領が、フォルクスワーゲン社では労使の共同決定になっていることである。協定の明記によれば、査定結果で決まる賃金部分は、月給総額の4%に限定される。協定の記述でとくに詳細なのは査定プロセスである」(『日本の人事査定』)
法による規制は、たとえばアメリカにおける人事査定制度を規制対象としている雇用差別禁止法。その結果、アメリカの人事査定制度は大きく変化させた。
日本の人事査定制度はアメリカの制度が導入されたが、戦前の制度そのままだといわれ、雇用差別禁止法は含まれていない。

労働組合による規制をナショナルセンターでの問題として捉えたならば、残念ながらこの2つは存在しないといえる。
しかし、現在の労働基準法を遵守させる労働組合の闘いで、規制は可能である。制度改悪を防止するためには、労働組合は新制度をしっかりと検討する必要がある。
新制度導入によって労働者がさらにばらばらにされ、賃金と処遇の格差が拡大する制度に対して闘争を組まない労働組合は存在する価値がない。制度改革に介入を放棄することは団結を放棄することである。労働組合は、差別を認めない、差を小さくする要求を続ける必要がる。
例えば、ジョブグレードについて職務評価ファクターの選定とウェイト付けの制度設計は、どう設計されるかで職務評価の争点と賃金額は左右される。国際的基準が設定されていたとしても、風土、これまでの習慣、職場環境に適合するとは限らない。そもそも日本には他の国とは違った“働き方、働かせ方”があった。労働現場のことは労働者が一番よく知っている。使用者は納得性を高める説明が必要で、労働者は安易に了承する必要はない。逆に、降給や長時間労働、適応性が難しい労働者の排除などの危険性についてははっきりと指摘しておく必要がある。
制度に対して不服があった場合の不服申立制度の確立と、その制度利用の容易さを担保しておく必要がある。
管理職がこれまで習熟していた制度から新制度に意識を転換するのは、実際は至難の業である。そのような時に安易に採る手法が減点法(ミスの数)。たくさんのトラブルが発生することはすでに想定できる。トラブルが発生しないということは、労働組合と労働者が屈服してないことにしてしまった場合である。
評価は、基準に基づいて公平・公正、客観的に行われているかをチェックし、実行させていく必要がある。
労働組合の取り組みがなくても、労働者は制度適用の前に労働基準法に基づいて会社と個人として雇用契約を結んでいる。不利益なことが生じた場合には、労働組合が取り組まない場合でも、交渉は出来きる。賃金制度の変更に納得できない時は、納得できないと早期に声をあげることが解決のためには必要である。

▼“生き続ける”ための労働運動を

働き方、働かせられ方が使用者に都合がいいようにだけ変えられるということの波及は労働者の人権と生活が破壊されることになってしまう。そのためにも労働法制の根幹、労働者の働き方を根底から覆すことを合法化する労基法改正を阻止していかなければならない。
労働者の働き方として、長期に人権が守られ生活が保障させ、労働者の尊厳・「人権」を守らせる声を上げていくことが必要である。
労働者は、労働条件に、“生き続ける”ための“生存権”を主張して反撃の声を上げなければならない時に至っている。そのために、労働者は労働組合を作り変えて対抗していくことも必要となる。
「残業代ゼロ」だからではなく、労働のあり方を対峙する声を強めていこう。

(3月23日:いしだ・けい)


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