●非正規雇用の拡大と労働運動【補足】
日本と韓国に貫徹された労働法制のグローバル化
(インターナショナル第175号:2007年8・9月号掲載)
▼韓国への「グローバル化」提案
日本の労働政策・雇用状況を考察するとき、外国の状況から探ると客観的に見えてくるものがある。
韓国が「IMF事態」(韓国ではこう呼ぶ)に陥る直前の1997年に発行された、アメリカの経営コンサルタント会社のブース・アレン&ハミルトン著『韓国報告書―日本型経済システムのゆくえ』(朝日新聞社刊)の中から、雇用・労働問題について触れている箇所を検討してみよう。
著者は、韓国経済は自由化を積極的に推進してこなかった、日本経済と中国経済の挟み撃ちにあっている、さらに東南アジア経済との競争の中で取り残される危険性があるので、グローバル化が早急に必要であるという観点から提案を行っている。
しかしこの提案は、アメリカが推し進めるグローバル化による韓国への「侵略」のための戦略であり、その戦略は日本でも進められているものが多々ある。
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「第一の問題は、韓国の新しい経済ビジョンは、政府、企業、労働者の間の新しい社会契約を含むものであり、実際にそれが必要不可欠であるということだ。」
「韓国の労働法は1997年初めに改正され、労働者を解雇する雇用者の権利にわずかな修正が加えられた。とくにこの改正によって、単なる緊急事態以上の『緊迫した緊急事態』の場合に限り、労働者を解雇することができるようになった。また、改正法は、雇用者が労働者の解雇を避けるために誠実な努力をすることと、解雇の決定に当って公正で開かれた基準を用いることを求めている。
改正労働法は、韓国企業が現在直面しているさまざまな困難に対処するために十分な柔軟性を持っていない。むしろ改正法によって企業は、倒産寸前になるまでじっと待つしかない立場に追いやられている。これを正すために韓国は、深刻な事態になる前に労働者を解雇する権利を企業に与える必要がある。」
「この変化のために必要なことは以下の3点だが、とくに重用なのは危機が来る前に、企業に労働者を解雇する権利を与えることである。
第一に、1997年の改正労働法の原案を採択・実行し、これによって、企業による整理解雇に必要な『緊急事態』の条件を緩めなければならない。これは労働の無制限の異動と、経営者が不当な干渉なしに解雇できることを保証するためだ。こうした措置は変化への信管に点火するために極めて重要な要素である。
第二に、現在、制限されている派遣労働制や、(例えばパートタイムや短期契約ベースでの)一時雇用を認める。これは労働市場の柔軟性を高めるのにさらに貢献することになる。
第三に、民間部門が、労働者の新規募集サービスや臨時雇いの供給に参入するのを認める。これは柔軟な労働市場をつくるのに極めて重要で、とくに熟練労働者にとってそうである。なぜなら彼らは、高付加価値部門で企業家的活動が成長するのに極めて重要だからである。こうした市場メカニズムの労働市場への導入は、韓国の報酬制度が現在の年功序列から実績主義に変わるのを促進することにもなる。」(アンダーラインは筆者)
▼日本における労働法制の変遷
閉鎖的な韓国経済を変えるグローバル化推進戦略ということだが、それは「困難に対処するために十分な柔軟性」が必要だということで、労働者に犠牲=解雇を強いることを合法化しようとしている。
これを、1980年代にアメリカからの圧力を受けて、貿易摩擦問題解消のためにとった日本政府の施策と比較すると、あまりにも重なる部分が多過ぎないだろうか。
自動車、木材、煙草と並んで、日米貿易摩擦の原因となっていた通信機器を含むエレクトロニクスの輸出のためとして、アメリカ政府は電電公社の解体・民営化を含む構造改革を提案し、日本政府は受け入れた。
この構造改革を押し進めるとき、抵抗力となる労働組合を弱体化させるための政策が総評解体であり、その牙城であった国鉄労働組合の解体であった。
それと同時に、すでに述べたように、日本における労働法制は、1985年を大きな転換点として進められていった。
構造改革で労働者の権利は剥奪され、生活スタイルが変えられ始めた。
「とくに重用なのは危機が来る前に、企業に労働者を解雇する権利」を使用者に付与しようとしたことであり、解雇制限・整理解雇の四要件をめぐっては、裁判所は判例の軌道修正を行なった。しかし多くの労働者の共同行動で押し返したのは、記憶に新しい。
また「政府、企業、労働者の間の新しい社会契約」という提案は、労働基準法、労働組合法に代わって、現実の労働者と使用者側の力関係を無視し、立場の弱い労働者に個別に契約を結ばせようという「労働契約法」と重なるものである。
こうしたことを含めて、政府・使用者は、労働基準法に保障されている労働者の権利を覆そうとしているだけでなく、労働組合法の団結権をも奪おうとしていることを見逃してはならない。
「高付加価値部門で企業家的活動」をするのは、本来はホワイトカラーエグゼンプションの対象者である。彼らに労働者意識を捨てさせ、経営者の一翼をになう労働者に変えよう、またはその方向に一般労働者の意識も誘導しようというのが、「労働契約法」とホワイトカラーエグゼンプションがリンクしている真の理由なのである。
さらに提案は、「労働委員会」(日本の労働委員会とは違う)にも言及している。
労働委員会は、「より効果的な労働市場への移行を推進するために必要であり、自由化された市場の枠組みで、労働者の利益を守ることである」という。
この視点から、最近の日本の労働紛争処理機関を検討してみよう。
たしかに日本でも労働者の多様化が進み、集団的紛争では、かえって解決が難しい事案も増えてきている。そして昨年4月から、労働紛争を迅速に処理する制度として、労働審判制が開始された。
しかしこれは、個別紛争を集団的紛争に進展させないための、あるいは「紛争」を労働組合法の枠外に置く対策であることも見逃してはならない。労使紛争を、当事者間での解決から第三者のジャッジに委ねるという方向に、変化させるものである。
▼非正規雇用の増加と労組の反撃
前回(本紙174号)、5月31日に厚生労働省が発表した「毎月勤労統計」による「企業間格差」と「雇用形態間格差」について触れたが、2007年3月発表の『財政金融統計月報』(財務省財務総合政策研究所編)から、さらに細かく分析をしてみよう。
労働力人口は、2002年6,689万人、2003年6,666万人、2004年6,642万人、2005年6,650万人、2006年6,657万人と多少の減少傾向にある。その中の就業者を見ると2002年6,330万人、2003年6,316万人、2004年6,329万人、2005年6,356万人、2006年6,382万人と少し増えている。
この労働力人口の増加にはパート・契約社員などが含まれていて、それが急増している事実がある。
しかし見逃していけないのは、非労働力人口の増加である。2002年4,229万人、2003年4,285万人、2004年4,336万人、2005年4,346万人、2006年4,355万人と、5年間に100万人増えている。
政府は、完全失業者と休職意欲喪失者を分けている。完全失業者とは、就業を希望し且つ就業が可能であって求職活動をしている者をいう。そして非労働力人口を、学生、結婚などで退職した家事従事者、求職意欲喪失者つまり求職活動をしても就職できないと諦めている人たち、フリーター、ニートなどをひと括りにして定義づける。
その結果、完全失業者と失業率は減少している。しかしこの間、求職意欲喪失者は急激に増加している。
また政府は、正規労働者は増えていると説明しているが、その数字の中の派遣労働者は、派遣元との関係では正規労働者である。その派遣労働者は、2002年に130万人、2003年140万人、2004年170万人、2005年240万人で、2006年はさらに増えている。6年間で100万人以上増えている派遣労働者を就業者全体から引き算すると、正規雇用労働者の減少は明らかである。
しかも派遣先における派遣労働者には、人件費が適用されない。会計処理上は「物」である。「派遣労働の労働力」はすっかり「商品」にされている。
派遣労働者を非正規労働者に含めると、06年の就業者総数における非正規労働者の割合は33・2%に及び、正規労働者と非正規労働者の比率は2対1になっているのが現実なのである。
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ではこのような雇用格差に対して、現場は黙ってみているだけだろうか。いや、反撃も始まっている。
全国の労働金庫で働く労働者を組織する全労金は、2004年以降、正規労働者のベースアップ要求を放棄し、職員増、非正規労働者の正規労働者化、非正規労働者の処遇改善を要求して成果を上げ、組織拡大を前進させているという。
また2007年2月17日付『朝日新聞』は、宮崎市の大型リゾート施設の運営会社「フェニックスリゾート」が、来年春をめどに600人いる非正規社員の待遇を引き上げ、正社員(約800人)に一本化する方針で労組との交渉を開始することを明らかにした。人材の士気向上や、人材定着を図るためだという。
他にも『朝日新聞』には「労働運動再生/広島電鉄の好例に学べ」の見出しで、広島電鉄の格差縮小が紹介されている。
広島電鉄は、5年前に契約社員制度を導入したが、労働組合との交渉で、採用3年後には希望者全員が正社員に採用されている。
昨年の秋闘では、「正社員・契約社員の賃金体系と労働条件の統一を目指す」ことで労使が合意した。これは契約社員制度の廃止につながる。
さらに今春闘の一時金交渉では、前年実績に正社員のベア相当分を上積みさせた。つまり正規社員と契約社員の格差を縮小させた。
「労働条件は必ず低い水準に並んでいく。契約社員が多数になれば、労働条件は契約社員の方にそろえられる。契約社員の組織化は正社員にとっても死活問題なのだ」という視点で、労組が取り組んだ成果だという。
このように、正規労働者と非正規労働者の処遇格差は、決していい成果を生み出さないということが、経営者の側からも言われ始めている。
そのときに、使用者のヘゲモニーで、使用者の秩序維持政策の一環として格差是正をさせるのか、労働組合が均等待遇=「同一労働同一賃金」の要求を掲げ、仲間作りと連動して労使間協議を行い、心身ともに働きやすい職場環境作りとして取り組むかで、結果は大きく違ってくる。
そのような取り組みの中からもう一度、労働組合の団結と「決定権」を強め、会社への提案などをおこなう労働組合の再生を、勝ち取っていかなければならない。
(7/24:いしだ・けい)