国立病院・療養所の16時間の連続夜勤
営利主義の医療改革と変形労働時間制の導入

(インターナショナル90 98年6月号掲載)


 いま、全国の国立病院・療養所で「二交替夜勤」という変形労働の導入が進んでいる。これまでの8時間を基本とした3交替の勤務形態に対して、夕方(16時30分)から深夜(1時00分)までの準夜勤務と、深夜(0時30分)から翌朝(9時00)までの深夜勤務を、交替なしの連続勤務とする16時間夜勤の導入である。
 こうした動きに対して一昨年以来、全医労各支部の看護婦は座り込みや激しい抗議行動を行なってきたが、当局側は全医労との一切の交渉を拒否するだけでなく、抵抗する職員には脅迫、処分をちらつかせながら導入を強行したのである。すでにその数は、全国立病院・療養所1650病棟のうち129病棟にのぼっている。
 そもそも国家公務員の労働時間については、勤務時間法及び人事院規則15−14で定められており、原則は一日8時間で週40時間となっているが、女性と年少職員を除いては深夜・時間外勤務の具体的規制はない。さらに交替勤務職員の場合は、週40時間で一回の連続勤務は16時間という規制があるだけであり、はじめから深夜勤の規制から除外されている看護婦の場合は、週40時間という条件さえ満たせば連続16時間夜勤という途方もない変形労働を可能とできる条件はあった。ただしこれまでは、国家公務員も労基法を下敷きにして、一勤務8時間を基本に災害時や公務遂行上やむをえない場合に限ってのみ変形を認めてきていた。
 しかし実は今回の二交替夜勤が問題になる以前の94年、「厚生省訓第52号」の6条「勤務時間の特例」によって、この例外的な変形労働への規制は事実上大幅に緩められ、国立病院・療養所に勤務する看護職員も、上限12日という条件付きながら、一勤務最高16時間の変形労働にできるようになっていたのであり、昨年の労基法改悪による「女子保護」規定の撤廃、さらには今回の労基法全面改悪の動きのなかで、二交替16時間夜勤導入実施が強行されたのである。
 たしかに一部の民間大病院でも看護婦の二交替夜勤が導入されてはいるのだが、それは夜勤体制の充実という観点から導入されたもので、1病棟の看護婦が24名で夜勤は4名体制(仮眠あり)が一般的である。だからそれは国立病院・療養所の病棟看護婦16名で夜勤2名体制(仮眠なし)とはまったく正反対の性格なのである。つまり「勤務の選択肢の拡大」とか「ゆとりある労働」を標榜しながら、実に90%を超える現場看護職員の反対を押し切り、文字どおり脅迫をもって導入された今回の二交替16時間夜勤は、いわゆる医療費抑制の一環として、看護労働の若年労働者への転換をもってもっぱら人件費の抑制をねらったものなのである。
 このような国立病院・療養所の「二交替夜勤」という変形労働の先駆的導入は、昨年の政府の「医療保険及び・改革の方向」の中で捉えかえすことによってその意味がより明確になる。

21世紀にむけた医療保険改革

 厚生省は昨年8月、「21世紀の医療保険及び医療提供体制の抜本的改革の方向」を発表した。それは、医療費の高騰によってわが国の医療保険制度が崩壊の危機にあるとの認識に立ち、将来にわたって医療保険財政を安定させる方向を示すとしている。その内容は、診療報酬体系の改革にそくして見てみれば、医療の公的責任を極端なまでに切り詰め、同時に医療分野を市場化に向けて誘導することを基本としている。
 具体的には、医療のあらゆる部分に「医療標準」を導入し、さまざまな疾病ごとに1日単位の定額(××病は1日××円)を公的保険で給付するが、その「標準」をこえる他の部分、つまり特殊な薬品や機器を使用する治療は患者負担とし、しかもその患者負担分は医療機関が「自由に」拡大する事ができる裁量に任されている。つまり「差額ベット」の方式を治療行為全体に拡大するようなものなのである。それはこれまでのように、漫然とした患者数の増加によって診療点数を稼ぐだけでは、病院経営が成り立たない構造を創ろうとしていると言えよう。ある疾病にどれだけ費用を注ぎ込もうが定額の診療報酬しか公的保険からは支払われない以上、それを超える部分は患者負担に転嫁せざるをえないのは当然だが、それはいきおい定額の診療報酬以内に医療費用を抑える為の合理化と、これを超える患者負担診療のサービス競争、つまり医療行為の差別化競争を招来することによって、医療機関の徹底した「企業経営化」の促進をはかり、それができない医療機関は淘汰される仕組みをつくろうとするものである。ここには、民間保険の導入促進を含め、医療費が増加すれば自動的に国庫負担が増大するというこれまでの仕組みを転換すると同時に、21世紀にむけて、医療・保健・福祉の分野を大きな市場つまりビジネスチャンスとして再編成したい資本の意図がある。これが政府・厚生省の基本的な姿勢なのである。
 その政府・厚生省は、この方針を99年度から実施することを目途としているが、これが実施されるなら病院経営は大きな転換を余儀なくされ、なかでも労務対策の激変が前提となることになるだろう。

労働法制改悪と医療改悪の行方

 当然のことだが、医療の「企業経営化」は医療経営の従来のあり方を一変させることとなる。「医療標準」の考えかたをもとに、診療報酬の出来高払い制から定額制へのシフトは、患者の増加と診療点数稼ぎの追求から効率化とコストダウンへ、言いかえれば収入増加至上主義から労働生産性や労働分配率を重視する経営への移行を促進していく。それはより経済効率の高い医療と徹底した経費削減、あるいは部門別収支の改善の追求となってあらわれる。労働集約型産業のひとつの典型である医療においては、その成否は労務対策の転換に集中的に表現される。
 市場化の波の中で、病院機能の向上と評価を通じて生き残りをはかるためには、標準的な水準を超える医療技術や療養環境の整備による保険外収入の拡大が病院経営のキーポイントになり、能力の開発と発揮を個人の責任に帰すQC活動をつうじた看護労働者への思想攻撃も強まる。また、労働力対策の変更を伴う賃金抑制策の強化が図られることにもなり、賃上げの抑制はもとより、職務・職階給や職能給の導入による総人件費の抑制、フルタイム労働者の削減と有期雇用労働者の拡大、さらに委託・下請け・派遣労働の拡大などなど、労務対策がこれからの医療機関の生き残りをかけた重要な課題として焦点化せざるをえない。
 今日の労働法制の抜本的改悪策動と連動するように、全国の国立病院・療養所で「二交替夜勤」という変形労働が、民間にさきがけて導入された意味がここにある。
 すでに医療法の度重なる改悪によって、医師免許を持たない人が医療法人の代表者に就任できるようになり、病院の各部門(給食、検査、事務、施設管理等々)の直営原則も次々に解除されている。政府・厚生省の「21世紀の医療保険及び医療提供体制の抜本的改革の方向」は単なる願望をこえて、労働法制の抜本的改悪と連動することによって現実のものになろうとしている。

 そもそも医療機関は、憲法25条が国民に保障している生存権・健康権を具体的に保障する場でなければならない。そのためには、医療機関の経営に公的責任が貫かれなければならないが、それはある程度ではあれ現行の医療法および医療関連法に表現されていた。ところが政府・厚生省の進める「改革の方向」はこれとは逆に、市場での競争を媒介にしなければ医療機関として成立できない「営利企業」へと医療機関を変質させるものである。医療が営利を目的として行なわれるならば、病院は利益の期待できる場所にしか存在できず、また利益の期待できる診療科と患者を選択することで診療科目の偏向が助長され、すべての人々が等しく医療を受ける権利は著しく歪められることになるだろう。
 21世紀の医療が、権利としての社会保障の考え方にもとずいておこなわれるのか、それとも経済的なリスクにたいする保険としての医療保険制度にするのか、いま私たちはその分岐点にたっている。

                                                                       (さいとう・よしひろ)


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