労基法・派遣法両法案を廃案へ!
戦後労働運動の常識変える不況と
大量失業時代の到来

(インターナショナルbX1 98年7−8月号掲載)


労働法制再編の本格化

 戦後労働法制の全面的再編を狙った労働基準法改悪法案は、5月の衆院労働委員会で継続審議となり、参院選後の7月末にも召集されることになる臨時国会へとその攻防の舞台を移すことになった。
 しかしこの労基法改悪をめぐる攻防の第2ラウンドは、法案成立に執着する労働省の巻き返しが着々とすすめられ、そうした中で連合の対応の変化、とくに裁量労働適用職種の拡大を積極的に支持する電機連合の強い姿勢によって、連合中央委員会がこれまでの「労働省案反対」の態度を曖昧にし始めるなど、一段と厳しい条件下での闘いが予想される。さらに職安審(中央職業安定審議会)が5月14日、「専門的業務」に限定されてきた派遣労働を原則自由化(ネガティブリスト化)するとした労働者派遣事業法の改悪案を報告したことによって、次期臨時国会では、労基法と派遣法の2つの改悪法案がワンセットで審議されることになる。
 裁量労働と変形労働に対する制限を大幅に撤廃することで、8時間労働という資本にとっての制約を取り払おうとする労基法の改悪と合わせて、解雇も労働者の入れ替えすら資本の意のままになる派遣労働者の大量採用を可能にする派遣法の改悪が強行されようとしているのだが、それが労働者に何をもたらすことになるのかもまた明白である。割増賃金のない際限ない超過勤務、すなわち働かされ過ぎの蔓延と、実際の雇用主に対して労働者の権利すら主張できない不安定雇用労働者の急速な増加、すなわち隠然たる失業と実質賃金の切り下げである。
 この労基法と派遣法の改悪をはじめとした労働法制再編の本格化という事態は、1960年代以降の順調な経済成長のもとで、日本の労働者の常識となってきたとも言える「生涯生活の保障」が、国家や資本によっては保障されない、否むしろ奪い取られる時代の始まりを示唆するだけでなく、いよいよ経済成長の展望を喪失しつつある日本帝国主義が、国家社会再編の核心的課題に着手したことを告げるものと言えよう。とすれば、同様にその順調な経済成長に依存した労働運動、すなわち毎年春の賃上げで大衆消費の拡大に寄与し、大量生産・大量消費という資本主義的好循環の一翼を担った労働組合運動が、その基盤を喪失して限界を露呈するのもまた必然的であろう。そしてここにこそ連合の流動化をいやおうなく促進する、労働者大衆の連合労働運動に対する不信の源泉がある。
 だが昨秋以降の労基法改悪反対運動が、総評の解体と連合の成立以来初めてと言っていい、新たな大衆運動の基盤を見いだすことができたのは、総評から連合へと継承されたこの旧来的労働組合運動の基盤の崩壊とともに、労働者大衆、とりわけ旧来的労働組合運動の恩恵からいち早く排除された労働者層の危機感があったと言えよう。

旧来的労働組合と大衆的危機感

 労基法改悪反対運動の大衆的高揚は、法案審議の山場に向けた各労組動員が、とくに連合系の民間労組で割り当て数を常に上回る数に上ったことに端的に現れた。と同時に4ネット(均等法ネット、パート研究会、派遣労働者ネット、有期雇用ネット)のイニシアチブによる「労基法改悪に反対する共同アピール」運動と全国キャラバンを通じて、これまで全国的で統一的な力としては現れにくかった民間中小の労働者が、最もエネルギッシュに闘争の先頭に立つという特徴、より正確に言えば、これまでの労働組合運動の主力と見なされ、「政治闘争」の支柱でもあった巨大民間労組や公務員労組の動きの鈍さとは対象的に、手厚い企業内福利や業績に準じた大幅賃上げと言った条件とはほとんど無縁な労働者が、「働き方のルールが危ない」ことを実感し、それに全国で最も機敏に反応するという特徴が見られた。
 つまり労基法改悪反対闘争を押し上げた大衆的基盤は、単に連合労組官僚に対する不信という以上に、日本資本主義の長引く経済的混迷の中で、国家と資本によって「生涯生活の保障」が破壊されつつある現実に対する危機感、総じてリストラや倒産による失業、あるいは実質賃金の切り下げとこれにともなう自己破産など、近い将来に直面しかねない事態に対する不安を強めつつある労働者大衆が、旧来的な労働組合の呼びかけに応えつつも、それを超える積極的な運動への参加を通じて形成したのであって、中基審で労働省に面子をつぶされ、自民党との関係が揺らいでいる連合の幹部が、政府・労働省との新しい取引関係をつくろうとする思惑とは、はじめから大きなギャップがあったのである。
 労働省の「妥協案」をめぐる連合の混乱とは、こうした大衆的危機意識と企業内労組幹部の政治的思惑との落差の反映であり、それはまた連合中央委員会において、鷲尾・笹森による労働省妥協案での収拾方針が、こうした労働者大衆の不安や危機感を、その組織基盤と組合員構成を通じて反映せざるをえない民間産別組織の、強い反対に直面するという事態を生み出している。

企業内組合と産業別組織

 鷲尾・笹森の妥協提案に対して、労基法改悪とくに裁量労働制の大幅な導入に強い反対を表明した産別組織は、ゼンセン同盟、ゼンキン連合、金属機械、全国一般、私鉄、全自交であった。それは一見して明らかなように、総評・同盟時代の企業内組合の連合体という組織形態を継承しながらも、大手企業から地場の中小や零細企業まで含む組合員構成をもち、だからまた企業間格差が大きい分だけ産別組織としての機能を相対的に強め、その格差の是正にも取り組まざるをえなかった、そうした伝統をもつ産別組織といえる。
 なかでもゼンセン同盟は、今年1月から3月までの間に連合が新たに組織した1500余りの労働組合のうち86%に当たる1320組合を組織するなど、組合員の減少がつづく連合の中で孤軍奮闘の観がある産別組織であり、労基法改悪反対闘争のなかで、ナショナルセンターの枠を超える集会などに積極的に関与したことも記憶に新しい。そのゼンセン同盟は現在、東京ディズニーランドやパチンコ業界最大手の「ダイナム」あるいは医療法人・徳州会など、レジャー産業や民間医療サービス産業といった、これまで組織化の対象としてはあまり注目されてこなかった分野で組織化をすすめ、ある意味では旧来的な産別組織を超え、一般労働組合(ゼネラルユニオン)の性格を強めつつあると言える。さらにつけ加えれば、連合に組織されているパートタイマー労働者15万人中9万人がゼンセン同盟によって組織されてもいる。
 当然ながらこうした組織基盤は、組合要求の実現が企業の業績に常に左右され、だからまた「生産性基準原理」や「労資による利潤の分配」といった、独占資本と協調する巨大企業内組合・JC派の論理に順応せざるを得なかった企業内労組とは違って、より一般的な労働条件、つまり労基法に依拠した8時間労働制の遵守と割増残業手当の要求、倒産や解雇に対する保障の要求など、むしろ最低限の労働権・生活権を守る闘争を日常的に、場合によっては賃上げ以上に労働組合に求めることになろう。したがってこうした基盤に立つ産別組織が、労基法改悪の核心問題である8時間労働制の否定、無報酬残業の強要を合法化する裁量労働制に頑強に反対するのは、ある意味では産別組織の死活をかけた、当然の成り行きだったとも言える。

不況と組織化の「常識」

 もちろんゼンセン同盟に限らず、鷲尾・笹森の妥協方針に反対した産別組織は、多かれ少なかれ同様の組織基盤を持つのだが、一般型労組への変化という点でゼンセンは最もユニークであり、それがまた今日のような不況期に、組織拡大を可能にする要因のひとつと思われる。事実ゼンセン出身の連合オルグたちは今、「不況の時は組合が作りにくいという常識が変わりつつある」(「週間労働ニュース」6/22)と考えており、金融と不動山さらには少子化傾向の強まりで先行き不安が出てきた塾や予備校の労働者の間で組合結成の要望が強まっているとして、そうした業種での組織化にも意欲を見せている。
 たしかにこれらの業種・業界は、組織化が遅れてきたことを含めてニッチ(隙間)と言えなくもないし、その組織化がエピソードに終わらないとも即断できない。だがこの点で階級的労働者が想起すべきは、今日の日本の国家社会再編が、グローバルスタンダード(国際基準)との調和を口実に、金融自由化や規制緩和と言った手法で、事実上アメリカ型の効率社会(もちろん資本効率を第一義的に追求する)に追随する傾向を色濃く持っていることである。実際にレーガン・ブッシュの両共和党政権下ですすんだアメリカの国家社会再編は、製造部門におけるダウンサイジィング(人員削減)、とりわけ事務・管理部門のホワイトカラー層の大量解雇によってこの部門の生産性を上昇させた反面、もともと生産性が低く、だからまた低賃金でもあるサービス産業部門へのこれら失業労働者の流入を急激に増加させ、結果としてアメリカ全体の労働コストを押し下げながら失業率を低下させてきたと言っていい。
 つまり日本帝国主義の国家社会再編もまた、低賃金のサービス産業に大量の失業労働者が流入する事態を作り出す可能性があり、現実にも「雇用調整池」と言われるタクシー運転手への転職は急増しており、現場労働者よりも事務職の労組結成が先行するといった、ホワイトカラー受難時代ならではの「これまでとは逆の流れ」(前掲「ニュース」)といった現象も現れている。だとすれば、現在ゼンセン同盟が組織化に意欲を見せる分野は、労働組合の組織率を上げるという観点からだけでなく、前述したような「より一般的な最低限の労働条件の確保」を要求する労働者の多数派を組織するという観点からも、有力な分野となる可能性を秘めることになろう。
 そして同様の大量失業と労働組合組織率の低下をすでに経験したアメリカ労働運動は95年10月、まさしくこうした分野で急速な組織拡大を実現したSEIU(国際サービス労組)委員長のスイーニーをAFL-CIOの新会長に選出し、こうしたアメリカ労働運動の変化の先駆となったティームスター(国際トラック運転手友愛会)は昨年8月、大手宅配便・UPSのパートタイマー労働者の権利のために2週間のストライキを闘い抜いたのであった。

地域共闘とオルグ団

 ゼンセン同盟出身の連合オルグたちの言う「常識の変化」とは、戦後日本の「順調な経済成長に依存した労働運動」の常識が、日本帝国主義のますます深まる経済的混迷のもとで、通用しなくなりつつある現実に対する実感であろう。それはすでに連合春闘の連敗と企業業績別の分解として現れ、国際競争力の強化を追求する基幹産業における生産現場の合理化と人員削減の進展が、連合の組織率を低下させてきたことに現れていた。
 昨年10月の連合大会で、ゼンセン同盟の代議員が「未組織の労働者が連合に組織されていない」と苛立ちを隠さなかったように、JC派イニシアチブ、つまり企業内労組を主要な基盤として、個別資本との協調的交渉による賃上げや企業内福利厚生の向上などを主眼とする連合労働運動は、長期の不況下における労働者大衆のより一般的な労働条件の要求、つまり雇用と最低限の収入の確保、あるいは失業・リストラ解雇に対する保障などについて、ますます応えられなくなっていることは、とくに産別機能が相対的に強い労働組合にとっては明白でもあった。
 その意味では、日本経済の常識が通用しなくなり、その構造的再編が日本ブルジョアジーの避けがたい課題となっていると同様に、戦後日本の労働運動も、これまでの経済成長を前提とした労働運動から、不況と経済的混迷に対応する、その意味ではこれまでの常識に囚われない質的転換と構造的再編が突きつけられているのである。労基法改悪反対闘争の大衆的高陽は、なによりもこうした日本労働運動の課題を階級的労働者に提起したのであり、前述したゼンセン同盟の実践的経験は、少なくとも現状では、こうした日本労働運動の再編という主体的課題に対するひとつの先駆的な例であろう。
 だがもちろん産別組織の一般型労働組合への変貌ということだけで、日本の労働組合運動の構造的再編が可能なわけでもない。少なくとも総評の解体によって最も大きな打撃を受けた地域共闘組織、産別の枠を越える地区労的機能をいかに復活させるのか、あるいは未組織労働者の組織化に欠かせない、かつての総評オルグ団のような機能のための「金と人」をどのように保障するのかは、なお困難な課題として残されている。しかしまただからこそ、労基法改悪反対全国キャラバンを通じて姿を現した労働者の地域共同行動と、この運動の中でひとつのイニシアチブともなりえた国労闘争団を重要な核とする日本労働オルグ団の存在は、階級的労働者が今後の労働組合運動のイニシアチブに挑戦するために、手放してはならないテコでもある。

  (きうち・たかし)


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