深刻化する失業問題と労働組合の政策的要求
ドイツ労働総同盟・ドイツ金属産業労組の報告


 現在ヨーロッパ各国において、失業は大きな社会問題となっている。5月には第2回目の反失業ヨーロッパ行進が準備されている(「労働情報」524号)。しかしその取り組みにドイツ労働総同盟(DGB)は参加していない。さらにDGBは、EU統合と昨年9月のシュレーダーの社民党と緑の党の連立政権の発足に対して過度の期待を抱き、また失業問題についても改良的路線で解決できると考えているようだ。しかし労働者の失業問題は深刻であり、まもなくDGBの路線は大きな転換を余儀なくされるかもしれない。
 そうした中、2月11日に日本労働研究機構(JIL)の招聘で、DGBとドイツ金属産業労組(IGメタル)の幹部が来日し、ドイツ労働運動の現状について報告する交流懇談会が開かれた。以下は、DGB経済局部長H・トーファウテ氏の「ドイツの雇用情勢とDGBの対策」と、IGメタルの経済・技術・環境対策部長U・エケルマン氏の「IGメタルの賃金交渉について」の両報告を再構成したものだが、ドイツとドイツ労働者がどのような状況にあるのかを垣間見ることができる。
 詳しい検討は今後にゆずるとして、今号ではその報告内容を紹介する。                   ()

ドイツ労働市場と雇用問題

 ドイツの人口は8000万人。97年の統計では20歳未満は1740万人、60歳以上は1350万人。就業人口は3500万人で、男性が2000万人、女性が1500万人です。そのうち社会保険への加入が義務づけられているのはは2700万人で、それ以外は自営業とその家族などとなっています。就業可能な人口のうち、実際に就労しているのは西部地域では70・2%、東部地域では76・4%です。伝統的に東部地域のほうが高いのは、女性の就業率が高かったことによります。90年の統合時点での女性の就業率は90%以上で、同じ頃の旧西ドイツは50%程度でした。この傾向はいまも続いています。
 国民総生産は西部地域で2兆8310億マルク、東部地域で2902億マルク、合わせて3兆マルク強です。1人あたりの年間労働時間は、西部地域で1557時間、東部地域で1647時間になっています。
 失業者の数は、西部地域で登録されているのが300万人、東部地域で136万人ですが、登録されていない失業者もいます。登録された失業者は失業手当てを支給される権利を持っていますが、働きたくとも仕事がみつからない、失業手当ての権利のない失業者もいます。このような潜在的失業者の最大のグループが女性、なかんずく専業主婦です。子育てのために失業手当ての権利を失った人たちです。その数は西部地域で140万人、東部地域で45万人います。潜在的失業者を登録された失業者に加算すると600万人となり、失業率は15%になります。失業率算出のベースとなる就業人口は、社会保険料を払っている人と公務員です。かつては就業可能なすべての人をベースにしていました。
 西部地域での失業率の動向を1970年を起点に見てみまと、70年は14万9千人でした。80年は88万9千人、そして93年に230万人弱に膨れ上がっています。以降96年は280万人、97年は300万人、98年は290万人でした。東部地域では91年が91万3千人、93年は110万5千人、97年は136万人、98年は137万人です。西部でも東部でもコンスタントに増え続けました。失業率の算出は国によって異なっていますが、97年の統計でEUとの比較を行いますと、ドイツは9・7%ですが、EU全体では10・6%でした。先進産業国をみるとイタリア、フランス、スペインはドイツより高く、ドイツより低いのはイギリスのみ。低いのが目立つのがオランダとオーストリアです。
 EUはドイツと同じ動向です。つまりずっと増え続けています。例外はオランダとデンマークです。両国は97年までは高かったのですが、その後は減っています。
 オランダの失業率が低いのには理由があります。82年にワセナーに政府と使用者、そして労働組合が高い失業率に取り組むために集まったのが始まりで、労働組合が一致団結して失業問題に取り組んでいこうという決議をしたからです。労使関係では、雇用の確保を第一にするような政策をとっていこうというのが中心となっています。労働組合側は賃上げ(ベア)を我慢するかわりに、使用者側は雇用の保障を第一とした政策、戦略をとるという内容です。
 ドイツで失業率がここまで増えた理由は何でしょうか。重要なものだけ報告します。
 最大の理由は外国人の人口流入があったことです。90年代の初頭が顕著だったのですが、すでに80年代末ごろからありました。一部は不法滞在で、亡命の入国も大勢いました。同じ時期に、ポ−ランド、ロシアに移住していたドイツ人が戻ろうという動きがありました。もうひとつの理由は、この時期に技術革新が進み、また生産性の大幅な伸びがみられたということがあります。企業家は投資をするとき合理化を行います。これによって多くの就業の場が失われました。合理化によって失われた職場を補うような新しい職場は創出されませんでした。
 3つめの理由は、東ドイツの問題です。この地域は工業もですが、なかんずく農業の生産性が低かったという事情がありました。東ドイツは工業国として知られていたのですが、東西統合後はイメージが変わりました。東部地域からは失業が大量に出ました。89年の推測ですけれど、雇用は1000万人とみられていました。ちゃんとした統計がなかったので、おそらくこれくらいの雇用があっただろうという推測にすぎないのですが、現在はどうかというと、雇用は630万人にすぎません。400万人近くの雇用の場が失われたことになります。
 4つめの理由は、政府、連邦銀行、経済界の行った過去の政策が、適切なものでなかったということです。政府は大きな緊縮政策を行ってきました。これによって経済全体の需要が縮小してしまったという事実があります。連邦銀行は、あまりにも長期の高い金利政策をとり続けました。そのために投資が抑えられてしまったし、またそれが需要を冷え込ませる原因となりました。ドイツ特有の社会市場経済から遠ざかってしまい、それに代わってアメリカ型経済への追随がありました。また過去数年間、企業でリストラが実施された結果、雇用の場が失われました。

失業問題とその解決策 

 現在の失業問題を打破するために労働組合は何をなすべきか。
 雇用を確保するような賃金体系を実現したいという考えがあります。賃上げもありますけれど、それと深く結びついているのが労働時間の問題です。しかしこの2点にとどまらず、私たちは労働者の立場を守る協約も結んでいます。
 ひとつの例として、70年代の印刷業界の話しをします。70年代は鉛の活字を使って印刷をしていました。現在はコンピュータの技術を駆使した方法が導入されています。そのため印刷業界で労使協約を結び、みかえりとして労働者側は新しい技術のに対応できるための再教育を受ける権利を確保し、また収入もおなじ水準を確保できるようにしました。すなわち技術の革新にともなって雇用の場が失われることはなかったわけです。
 ふたつめに紹介したいのは、雇用を確保するような金融政策をとる必要があるということです。政府は倹約政策に終止符を打たなければなりません。とくに過去数年間のような景気後退の局面では、政府は景気を浮揚させるような対策をとらなければならないわけです。そのなかでも大切なのは、公共事業を持続的に拡大していくことです。公共投資はただ単にインフラ整備、道路や橋を造ればいいということではありません。例えば幼稚園から大学までの教育分野にも、もっと投資がおこなわれなければなりません。
 特にこの分野の政府支出は、92年以来ずっと下降線をたどっています。公共投資の拡大は、経済が持続的に成長するためには是非とも必要なのです。インフラを最新の状況に保つということは、国際競争に打ち勝つためにも最も必要なことなのです。公共投資というとき、それに投入される人と国はリンクしています。より質のいい投資を実現するためには、質のいい労働者を確保しなければなりません。同時に投資は、革新的なところに使われなければなりません。技術開発を行わなければならない分野はいくつもあります。たとえば環境テクノロジー、新しいメディア産業、バイオテクノロジー、ソーシャルワークは、今後ますます重要度が増します。
 それと同時に必要なのが、公平な税制度です。被雇用者とその家族は、税の負担が軽減されなければなりません。児童手当ての引上げが必要です。そして新しいエネルギー税が必要です。エネルギー税の導入によって、ただ環境にやさしい状況を生み出すだけではなく、その収入によって社会保険料の引上げを防ぐことができます。またそれによって新たな雇用を作り出すことができます。
 つぎに必要なのは雇用を保証するような金融政策です。中央銀行は金利を引き下げるような政策をとるべきです。それによって投資の拡大がみこめます。ドイツは今非常に低いインフレ率を確保していますので、かりに金利が引き下げられてもインフレになる心配はないと考えます。いつも日本を引き合いに出していますが、日本は低い金利政策をとりながらもインフレにはなっていません。
 3点目は、雇用を保障・確保するような労働政策をとるべきだと思います。雇用問題を考えたとき、国がとるべき道は単なる国内政策ではなく、国際的視野にたって考えなければなりません。したがって、EU内で雇用政策において一致した道を歩むことになったことは喜ばしいことです。しかこれはしようやく歩みだした試みなので、うまく機能するようにしていかなければなりません。
 EUとしての共通の雇用政策を考えた場合に、ひとつ例をあげれば、EUとしてのネットワークを整備する必要があります。具体的には交通網もそうでありますし、電話網、コミュニケーション、エネルギーにおいて共通の整備を追求し、そのために投資をしなければいけないと考えます。そしてこれが雇用の場を創出することに結びつきます。

     「雇用のための同盟」

 最後にまとめとして、このたび発足した雇用のための同盟についての話しをします。
 これはオランダをモデルにして提唱されたものです。連邦首相が提唱した試みで、新しく発足した連立内閣はこれから全力を注いでいきたいと考えているプログラムです。この同盟のもとで、政府および労使の三者のコンセンサスのもとに政策が進められなければなりません。またこの同盟は持続可能なものでなければなりません。
 雇用における同盟は実現されたわけではなくて、まだ努力目標です。この同盟の目標は、第1に、若年労働者のための職業訓練の場を確保することです。
 第2は、持続的賃金付帯コストの削減、とりわけ社会保険料の負担の軽減をめざしています。ところでコストの削減が必要になっている金属産業で企業側は、負担の低い増額で我慢してくれるなら投資を拡大し、それによって雇用の場が新たに生み出されると言ってきたのです。しかし企業側は、税金等の支出で負担軽減がありました。80年には税負担率と社会保険負担率などは22・1%だったのが、98年には8・6%にまで縮小しています。逆に労働者の負担は、97年は28・7%だったのが、98年には35%以上にまで膨れ上がっています。企業側は税などの負担が軽くなっただけでなく、労働コストでも大きな負担の軽減がありました。賃金の上昇カーブと生産性のカーブを比較すると、賃金のほうが緩やかだったのに対し、生産性のほうは大幅に増大したのです。その結果、時間あたりの賃金を生産性で割った単位労働コストは下がっています。98年はさらに6%下がる見込みです。
 第3は、雇用促進のためにも正しい雇用の分配を目指すということです。ここでの問題は労働時間です。オーバータイムをなくすとかで、いま試みられているのは労働時間の貯蓄制です。毎日規定の時間を働くのではなく、繁忙期には長い時間働いても、そうでないときは労働時間を抑え、一定期間で一定の労働時間を消化する方法です。
 また労働組合の立場で提案したいのは、高齢の被雇用者が、早期に年金生活に入ることができるような対策をとるべきであるということです。これは失業対策において提唱していく内容です。もちろんそのような提唱でも、失業は完全にゼロにすることはできません。しかし経済研究所のシュミレーションでは、中期的には失業者の数を半減できるという結論が出ています。

 ドイツでのこの同盟の最初の成果として、現在10万人いるといわれる若年の失業者のための対策が明らかにされています。


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