第一研究会第6回 ――帝国主義の新しい構造と革命論の再構築を目指すトロツキーの作業の検討――

1999.11 文責:すなが


 トロツキーは、ヨーロッパとアメリカとでの苦闘の中で、帝国主義の新しい構造の分析と革命論の再構築を目指して作業を進めていたふしがある。その一つの表れが、過渡的綱領にあるのだが、他にもマルクス主義の理論問題をあつかった論文の中にも、同様な問題意識が散見する。

【レジュメ】

@ 世界永久革命論の基礎となる問題をマルクス主義理論として整理したもの

〔1〕 今日の共産党宣言(1937.10)

・ ここでトロツキーは「共産党宣言」のなかで述べられた思想を、
(a)「今日でも充分な力を持っている思想」と、
(b)「重要な変更または敷衍を必要とするもの」とに分けて簡単に説明している。

(A)今日でも充分な力を持っている思想

   1.「唯物史観」……これは今日人間の思想の最も貴重な武器の一つになっている。
   2.「これまでの社会の歴史は階級闘争の歴史である」…帝国主義の時代こそこの思想に究極の理論的勝利をもたらす。
   3.「資本主義の解剖とその将来の姿のスケッチ」
      ・労働者にたいしてはその再生産のための価格と同価の賃金が支払われる
      ・資本家による剰余価値の占有
      ・社会関係の基本法則である競争
      ・都市小ブルジョワジーおよび農民からなる中間階級の消滅
      ・減少して行く有産者の手に富は集中し、プロレタリアートはその数を増し、社会主義体制のための物質的・政治的諸条件を準備して行く
   4.「資本主義が労働者の生活条件を低下させさらには貧民にまで陥れる傾向にある」=「窮乏化理論」
   5.「ますます破局をもたらす商工業の危機」…19世紀末と20世紀初頭は危機が廃絶されたかに見えたが今日こそ危機は深刻化している
   6.「近代の国家権力は全ブルジョワジーの共同事務を処理する委員会にすぎない」
             ……この委員会の事務処理能力が乏しいときはこれをあっさり捨てる
   7.「あらゆる階級闘争は政治闘争である」「階級としてのプロレタリアートの組織化はそれゆえにこそ政党を組織する事になる」
             …労働組合主義者・サンジカリストはこれを拒否しているが
   8.「プロレタリアートはブルジョワジーによって打ちたてられた合法の枠内で権力を掌握することはできない」
   9.「社会主義的な変革のために、労働者階級は新しい制度への道を妨げるあらゆる政治的障害物を一つ一つ叩き壊して行ける力をその手     に握らなければならない」=「プロレタリアートの独裁」
   10.「少なくとも指導的な文明国での統一した活動はプロレタリアートの解放のための第一の条件である」
   11.「発展の結果、階級の境が消え全生産物が国民全体の巨大な結合の手のうちに集中されたとき、公権力はその政治的性格を失う」
     =「国家の消滅と搾取なき社会の出現」=「社会主義」
   12.「労働者は祖国を持たない」

 〔B〕重要な変更または敷衍を必要とする思想

   1.「いかなる社会制度もその創造的潜在力を使い尽くしてしまうまでは歴史の舞台を離れることはない」
            …わずか20年間のうちに底無しの不景気となり世界経済を衰退させ、文明の成 果を根本から滅ぼそうとしている今日こそがそ              の時期である
   2.「資本主義に潜在していた将来性の過小評価とプロレタリアートの革命的成熟度の過大評価」
            =「1848年の革命が社会主義革命となるという宣言の未来予測の誤りの原因」
   3.「宣言」では資本主義の独占化については不充分にしか考察されていない。資本論の中ではじめてマルクスは自由競争が独占形態をとるこ     とを立証。独占資本主義の特徴を科学的に分析したのはレーニンの「帝国主義論」
   4.「宣言」がその消滅を無条件に言及した中間階級はドイツのように高度に工業化が進んだ国でも全人口の約半分を占めている。資本主義     は従来の小ブルジョワ階級を急激に消滅させるとともに、資本主義の発展は無数の技術者・管理者・商業従事者などの新中産階級を急激     に生み出した。……資本主義の衰退の今日ではこれを維持することはもはや不可能
   5.「宣言」の資本主義から社会主義への直接的移行の時期にあわせた10の要求=過渡的綱領

 @ 土地所有を収奪し、地代を国家の経費にあてること。
 A 強度の累進課税。
 B 相続権の廃止。
 C すべての亡命者および反逆者の財産の没収。
 D 排他的な独占権を持った、国家資本による単一の国立銀行をつうじて信用を国家の手に集中する事。
 E 全運輸機関を国家の手に集中すること。
 F 国有工場と生産用具を増大させる事。単一の共同計画によって土地を開墾し改良する事
 G 万人平等の労働義務。産業軍、とくに農耕産業軍の設置。
 H 農業経営と工業経営を統合する事。都市と農村の対立をしだいに除去するようにつとめること。
 I すべての児童にたいする公共の無料教育。今日行われている形態での児童の工場労働の撤廃。教育と物質的生さんとの結合、
 その他、その他。

        資本主義の平和的発展の時代には古めかしいと思えたが、今日こそ過渡的綱領はその意義を取り戻している。

   6.1848年のドイツのブルジョワ革命は単独でなされるブルジョワ革命は封建制の残滓を社会から完全に一掃出来ない事を証明した。
    それはブルジョワ政党の影響から完全に自由になったプロレタリアートがみずから農民の先頭に立ち革命的独裁を樹立するときにのみ
    なされる。=「ブルジョワ革命は社会主義革命の第一段階と接点を持ち続いて後者の中に解消する」
          =「民族革命は一連の世界革命の一環となる」
       ――――経済的な基礎と社会的関係の転換が永久性(連続性)を帯びる―――――
   7.「宣言」が植民地・半植民地の闘争に一言も触れていないのはすぐに「少なくとも主導的な文明諸国で社会革命が起こる」と
    考えていたから。
          =植民地・半植民地での革命戦術は別個な回答が必要(レーニンを見よ)
   8.『宣言』の第3章・5章の種々の社会主義的文献や政党批判そのものはすでに時代遅れであるが、そこで消滅したはずの思想は
     今日復活しつつある(第2インター・第3インターとして)

 〔2〕現代のマルクス主義(1939.4)                                                                         

※ この著作は「カール・マルクスの生きた思想」という資本論第1巻を抄録した書物の序文として書かれているが、「今日の共産党宣言」で触れたマルクスの思想の今日でも有効な部分や敷衍去れた部分についてアメリカ合衆国の現実を論拠として詳しく説明している

※ ドイツの経済学者ゾムバルトの「マルクスの理論は時代遅れ」という言説を批判する書でもある。

カール・マルクスは
  @ 賃金労働者が窮乏化し
  A 職人と農民の階級が消滅して全般的な『集積』が起こる
  B 資本主義は破滅し崩壊する
と予言したが、そのようなことはおこらなかた。

(A) 窮乏化理論:1930年代の合衆国労働者の状態はこれを証明している。
       (10年間の工業生産50%増にたいし賃金は30%増:絶対的窮乏化ではない!)
       (急激な失業率の増大と大衆の生活水準の絶対的低下)
   ※世界人口の6%のアメリカが富の40%を占有するがその人口の3分の1が飢えている

(B)産業予備軍と新下層階級としての失業者:1930年代のアメリカの失業者は産業予備軍ではなく新たな下層階級であると言う現実。

(C)中間階級の没落:新中間階級は自身の生産手段を持たず資本家に直接的に依存し多いに労働者を搾取している。しかも危機の中でかれらは過剰生産になっている。
       (1930年代における急激な農村人口の増大=都市の失業者の移動と中間諸階級の衰亡をしめす)

(D)産業恐慌:「恐慌」は資本主義自身によって廃止されたという言説の事実による崩壊

(E)崩壊の理論:資本主義の平和的発展の時代の階級矛盾の緩和とか資本主義の漸次的改良と言う改良主義思想の崩壊と、マルクスの「資本主義の崩壊」の理論の勝利
    ※このことの表現としての「ファシズム」と「ニューディール」

 このようにゾムバルトの理論を合衆国の現実で論破したあとトロツキーは合衆国の性格についてのべている。

○ アメリカ資本主義をどう評価していたか?
   ・「歴史を持たない土壌と処女地の上に育ったアメリカ資本主義はマルクスが資本論で描いたような純粋な資本主義
   ・理想の資本主義の形に最も近い」
   ・アメリカニズムの物質的諸条件は
       「ありあまった処女地と自然の富の無尽蔵の資源、そして無限かと思われる到富の機会があったという理由に過ぎない」
   ・この物質的諸条件は今日ではますます過去のものとなっている。

【討論:メモと印象に基づく不完全な復元・主な論点のみ】

・今日の時点から見れば、トロツキーが「今日の共産党宣言」で「今日でも充分な力を持っている思想」とした部分にも再検討が必要になっている。

・一つは「窮乏化理論」だ。資本主義が労働者の生活条件を低下させ彼らを不断に貧民のレベルにまで落しこんで行くという認識が、社会闘争の基盤となっていると考えてきた。一方、プロレタリアートの数がどんどん増し社会主義体制のための物質的・政治的基盤を準備していくという認識が、資本主義の暫時的改良によって社会主義へいたるという社会民主主義運動の基盤があり、従来のマルクス主義の理解では、社会民主主義を否定し、改良のための運動と革命のための運動を対立物とみなしてきた。
 これが第二次世界大戦後にマルクス主義の急速な衰退をもたらした原因。資本主義が長期にわたって成長して労働者が豊かになるなかで、マルクス主義的展望は現実的力を失っていった。
 資本主義における改良の戦いは労働者階級の自意識や自立心、そして彼らの社会を管理する能力を育てるものとしてとらえ、そのことによって社会の中に、社会主義への転換を行っていく社会的橋頭堡を築いていくものと捉える必要があるのではないか。「改良」と「革命」を対立的に捉えていてはいけない。トロツキーは「過渡的綱領」の中で、この思想を展開しようとしたのだと思う。

・もう一つは「プロレタリアートの独裁」。この考えかた自身が、「資本主義は死の苦悶の中にある」という認識から産まれてきたものだし、また特殊ロシアという遅れた資本主義における革命の路線だったのではないか。資本家階級が貴族・絶対主義的権力から独立して社会を民主主義化し、資本主義のさらない発展をはかる能力がないロシアにおいては、社会の広範な民主主義要求を実現するには、権力に独立して対抗できる唯一の階級である労働者の組織された力が権力を握り、貴族と資本家の抵抗を排除して、上から社会の民主主義的改革を遂行していかざるをえなかった。
 しかし進んだ資本主義国であるヨーロッパでは、この路線はなりたたないということを、20世紀初頭のヨーロッパでの戦いは示しているのではないか。ドイツでの革命の敗北も指導部の未成熟という問題だけではなく、労働者階級が社会を主体的に改造し担っている力・意識を身につけてはいなかったからこそ、指導部もまた未成熟なのだと。コミンテルンは革命の敗北のあとで、統一戦線戦術を打ち出したが、それは戦術のレベルの問題ではなかったのではないか。資本主義が高度に発達しているということは、労働者階級もまたその社会の中に深く組みこまれ、そこで資本主義を維持して行く思想を植え付けられているということ。彼らを社会のくびきから解放するには、革命の前に、あらかじめ社会の組織を社会主義的に改造し、彼らの意識を解放するとともに、社会を自立的に管理する力を獲得しておく必要がある。資本主義が長期にわたって成長するとすれば、この考え方が成り立つ。この観点から「プロレタリアートの独裁」を再検討する必要がある。

・またトロツキーが「重要な変更または敷衍を必要とする」とした思想の中にも再検討の余地はある。

・一つは、高度な資本主義の中で産まれた技術者・管理者・商業従事者を「新中産階級」と捉えたことは間違いではないか。彼らは資本家の役割の一部を分担し、資本の経営の管理や国家の管理の役割を担っている。しかし彼らはかっての中産階級とは違って生産手段を私有しないし、国家の政策をッ左右する力は持たない。彼らはその社会的存在からして労働者階級と見るべきである。彼らが産まれたということは、「社会の管理・運営」を担う労働者階級が生まれたということであり、彼らなしに資本主義が立ち行かないということ。つまりここに、資本主義の発展とともに、労働者が社会を管理する余地が拡大しているということを意味している。この新しい管理者層を労働者階級の上層部分として捉え、彼らを社会主義の側に獲得していく戦略が必要である。

・もう一つは植民地における革命の問題。トロツキーはレーニンの認識を下敷きにしているが、レーニンの認識そのものも再検討の必要があると思う。植民地においては資本家は、帝国主義本国の勢力とは独立してその国の独立や民主化を図ることはできないとレーニンは考えた。だから労働者階級による革命が必要というわけだ。しかし第二次大戦後の経験は、この認識を覆している。後期資本主義の発展は、開発独裁という形で植民地の資本家階級が社会の民主化・近代化を進めることを可能にした。

・現代のマルクス主義においてのトロツキーの認識にも問題がある。上に指摘した問題以外には、「1929年の世界恐慌」の捉え方だ

・トロツキーはこの世界恐慌を資本主義の終わりと捉えた。しかし実際は、アメリカ資本主義の急速な成長に世界市場の拡大が追いつかないことによってであり、世界がアメリカ資本主義が展開するような情況になかたことが原因の恐慌ではなかったか。だからアメリカは、この恐慌以後、世界をアメリカ的に再組織していこうとした。具体的には前期資本主義の危機の中で市場争奪戦が激化し、その中でイタリアとドイツのファシズム体制との世界を巡る争いになった。この争いはアメリカは、卓越した経済力と軍事力とによって乗りきり、戦後世界をアメリカ的に改造し、その市場を急激に拡大した、驚異的な成長をなしとげた。29年恐慌を死の苦悶の資本主義の断末魔の叫びと見たことが、トロツキーの戦略に限界と歪みをもたらしたのだと思う。


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