グループ研究会 『アメリカ資本主義の今』第5回研究会レジュメ
2013年6月29日
文責:佐々木
《世界金融危機と機軸通貨・ドルの行く末》
*テキスト・水野和夫・萱野稔人『超マクロ展望・世界経済の真実』集英社新書(¥750
・水野和夫・大澤真幸『資本主義という謎』NHK出版新書(\860
T】実物経済から金融経済への転換
(1)交易条件の変化=先進資本主義の直面する壁
@ 1995年〜2008年:日本
*大企業の売り上げが43兆円増加、他方で変動費(原材料費)が50兆円も増加
→95年は人件費の持続的低下と企業利益の減少が始まった転換点の年
・だが95年は同時に、第一次オイルショック以降で最も売上高変動費率が低下した年(=オイルショックによる交易条件悪化を克服した年)でもあった
→景気の回復と所得の増加とが切り離され、別々の問題になった
A 2001年10−11月:アメリカ
*全米企業の利益のほぼ半分(49%)が、金融機関の利益で占められた
→金融機関の労働人口比率は5・3%、つまり20人中1人が利益の半分を稼ぐ経済構造
・こうした経済構造の変化は70年代に始まって80年代に加速し、それまで全産業の15%を占める程度だった金融機関の利益は急増した
→実物経済の利潤率の低下が、金融自由化を促進することになった
「・・・先進国にとって公益条件が悪化しはじめる時期と、経済の金融化がはじまる時期がぴったりと重なっている・・・」(29頁)
▼交易条件の変化は、モノやサービスなど実物経済には影響を与えるが、「資産の売買回転率を高めることによって得られる売却益(キャピタルゲイン)は交易条件の影響を受けません」(27頁)
▼「・・・16世紀から1973年のオイルショック前後までは、・・・交易条件を有利にして市場を拡大していけば、名目GDPを増加できる」(30頁)資本主義の構造が、
「1974年を境にして、世界資本主義そのものの大きな構造転換がはじまった。これはとても重要な認識です」(32頁) 【図5 : 31頁】
(2)1995年以降の金融経済の肥大化
@国際資本の完全移動性の実現=1995年
*「国際資本の完全移動性が実現したというのは、全てのマネーがウォール街に通ずるようになったということです。世界の余剰マネーがアメリカのコントロール下にはいったということ」(35頁)
・1995年、当時の財務長官・ルービンは「強いドル」政策への転換を表明、これが世界の余剰資金のアメリカへの流入を促進し、アメリカの膨大な経常収支赤字のファイナンスが可能になった(53頁)
→「こうして、95年から金融危機がおきる08年までの13年間で、世界の金融空間で全体としてどれくらいのお金がつくられたのかというと、100兆ドル(1ドル=100円換算で1京円)に達する」(36頁)
→「・・・100兆ドルの内訳はアメリカ4割、ヨーロッパが3割」
「日本は戦後60年間がんばって1500兆円(15兆ドル)の金融資産を」(36頁)おもに実物経済のレベルでつくりだしたが・・・・(たった13年で100兆ドル!)
→「アメリカでは1の自己資本で40借り入れるレバレッジ・・・ヨーロッパでは1の自己資本で60ぐらい借り入れて投資・・・」「・・・その分、痛手も大きかった。それがいまのユーロ危機につながっている」(37頁)
A石油の「金融商品化」=WTI先物市場とイラク戦争
*資源ナショナリズムの勃興とOPEC(石油輸出国機構)の台頭
→石油メジャーからOPECに石油価格の決定権が移行(73年以降80年代前半にかけて)し、これを取り戻そうと1983年に設立されたのが
WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)先物市場
・世界の原油生産量7500万バレル/日に対して、WTIの取引量は100万バレル/日(1・5%弱)だが、先物取引という相対取引を何度も繰り返すために、取引量だけ見れば1億バレルにもなるWTIやICUフューチャーズ・ヨーロッパ(旧国際石油取引所)で価格が決定され、それによって石油は「領土主権に影響される戦略物資」から、市場で価格が決まり売買される「市況商品」に変えられた
・これが「国際石油市場の整備」であり、これによって「石油の国際取引は原則としてドルで決済」(46頁)という「国際ルール」が確立され、それがまた機軸通貨・ドルの裏づけにもなった・・・⇒兌換停止後のドルと石油取引
*イラク戦争の背景として、欧州共通通貨・ユーロ導入から1年後の2000年11月、イラク大統領・フセインが「輸出石油代金の全てをユーロで受け取る」と宣言して国連に承認された(当時イラクは国連の経済制裁により石油代金は国連の管理下にあった)ことがあげられる。それは「石油に裏付けられたドルの機軸通貨体制」に対する挑戦であった(45〜47頁)
→「・・・アメリカは中東の石油をそれほど必要としていない」「カナダ、メキシコ、ベネゼエラが主な輸入先」。「それにもかかわらず、中東で何かあれば一気に国際石油市場のあり方に影響をあたえてしまうので、アメリカはそこに軍事介入をせざるを得ない」(51頁)
▼「領土を経由せずに他国の経済を支配する・・・脱領土的な覇権の確立・・・これがおそらくグローバル化のひとつの意味・・・」
▼「アメリカ金融帝国の特徴は陸(領土主権)に依存しない・・・」
▽「機軸通貨をめぐるドルとユーロの戦い」(51頁〜)
U】国際ヘゲモニーの移転と相関する利潤率の変化
(1)利潤率の低下と経済の金融化
@実物経済の利潤率の低下による金融化
*「世界資本主義の歴史におけるヘゲモニーの変遷をみると、覇権国のもとで生産システムがいきづまると金融化がかならず起こっている、と。要するに、覇権国の経済が金融化していくときというのは、そのヘゲモニーが終わりつつある時期なんだと」(73頁)
・アメリカの利潤率の変化と覇権国の利潤率の歴史【図6:67頁】
→ジョバンニ・アリギ『長い20世紀』
・「・・・実物経済における利潤率の低下をおぎなうために金融経済が拡大する。アメリカのヘゲモニーのもとでも実物経済から金融経済へのシフトがおこり、・・・そういうサイクルがそれぞれのヘゲモニーに見られるというのがアギリの議論です」(74頁)
A経済ヘゲモニーと空間革命
*16世紀におきた「空間革命」
→「海洋が世界を制するための決定的なエレメントになることで、空間概念そのものの構造が変わってしまった」ことを指す
「・・・イギリスは海という新しい空間に新しいルールを設定することでヘゲモニーを確立した」→「海は・・・いかなる国家的領土権からも自由・・・イギリスはそこに自由貿易のルールを設定し管理することで、どの国にも属していない海洋を、・・・イギリスだけに属するものに」(79頁)した
→「条理空間」(例えば国家に分割された陸地)の「法」を無化してしまうような「滑らかな空間」=「平滑空間」 当時の海洋は平滑空間(82-83頁)
→「イギリスは海賊によって初期の資本を蓄積し、海での自由貿易を管理することで世界的な富の集積地となった」
*空間革命と産業革命
→技術革新(産業革命)は、「それだけで資本蓄積をもたらすことはできない。そこには新しい技術を資本蓄積に組み込むような、もっと広い社会構造が不可欠」(84頁:萱野)
→空間革命を可能とした「外部」(「フロンティア」と言い換えても良いが)の消滅と「自国民からの略奪」=サブプライムローン
▽ちなみにアメリカの覇権にとって「決定的なエレメント」は空と宇宙
しかし「空と宇宙の制覇」が国際的な経済ルールの策定に転化するのは難しいのでは・・・
・「・・・空間支配が経済的なヘゲモニーに結びつかない時代に突入しているかも・・・・これは資本主義の歴史における新しい変化」(93頁)
(2)ポスト・アメリカのヘゲモニー問題
@「ヘゲモニーと工場が分離する」シナリオ
*「経済成長をして高い利潤率を生み出す地域と、世界資本主義をマネージする地域が分離する」(95頁)
「実物経済のもとで利潤がもたらされる場所と、その利潤が集約されコントロールされる場所が、資本主義の歴史上はじめて分離する」(101頁)
*又は「世界のなかでヘゲモニーが分担されるようになっていくのかも」(98頁)
→「空間支配が経済的なヘゲモニーに結びつかない時代」は、ヘゲモニーの問題も「これまでのように別の国家へと移動していくとは単純にはいえなくなってきます」(93頁)
→ピーターソン国際経済研究所(米)の提言
・ドル機軸通貨体制はもはや(米国の)国益ではない。今後はドルとユーロの二極機軸通貨体制でやるべきで、G何とかの枠組みも米中のG2か、EUを入れたG3でやるべき【09年10月:朝日新聞】(96頁)
Aルール策定能力としての「情報戦」
*ヘゲモニーを握るファクターとして「情報戦」も重要・・・
→「『情報戦』というのは、つまるところルールを設定できる能力というか、概念を新しく創出できる能力にかかわっている」
「ルールを設定して、世界資本主義をみずからに有利なかたちでコントロールする。その背景にはもちろん軍事力が必要なのですが、それと同時に、そのルールを普遍的なものとして定義するだけのインテリジェンスがなければ、ヘゲモニーを維持することはできません」(99頁:萱野)
「そういう意味でも今後ヘゲモニーが中国に移るとは考えづらい」(100頁)
B資本と国民の分離=「国家と資本が離婚する」(水野)
*「資本の活動が・・・一国の国民経済を豊かにする方向には向かわない・・・。生産拠点が新興国へと・・・移転され、そこが資本蓄積の場所になると、先進国の資本は高いリターンをもとめて・・・新興国へと向かう・・・。先進国の住民は資本から見放され、仕事がなくなり、必然的に貧窮化します。資本が国民経済という枠組みから完全に開放されるということです。」
「ただしそれはけっして資本が国家を必要としなくなるということではありません」(117頁:水野)
*「むしろ資本と国民の分離ということで深刻なのは、(新興国ではなく)先進国の中産階級のほうですよね」
▼「資本蓄積地域の消失」
→資本主義の根本的危機=「・・・長期的にみるならば、中国あるいはインドが成長してしまうと、もう世界は経済成長を牽引できるような地域がなくなってしまうかもしれません」(112頁)
→「資本主義がどこにいっても高い利潤率を生み出せなくなれば、・・・そこでお金の動きもとまってします・・・」
「しかし、資本の論理からするとそうはならない。・・・そうするとバブルの連続ということになり・・・ますます頻繁にバブルの生成と崩壊が起こる・・・崩壊するたびに疲弊する・・・」(113頁)
V】現代資本主義とは:政治的主体(国家)と経済的主体(企業)の役割分担
(1)資本主義と市場経済はイコールではない
@「安易な国家廃絶論」と覇権国家が存在した資本主義の歴史
* 90年代のグローバリゼーションをめぐる論議
→「安易な国家廃絶論」=なんでも民営化すべきと考える市場原理主義者が典型だが、左翼やアナーキスト(『アナルコ・キャピタリズム』)たちにもしばしば見られる(118頁)
→「資本主義の歴史をたどれば、かならず覇権国の存在が・・・」(119頁)
→「資本主義は・・・先進国が軍事力を背景に有利な交易条件を確立しつづけることで成立」(121頁)
→「マルクスだって『資本論』の中で、資本の原始的蓄積は政治的になされるほかない、つまり物理的な強制力によってなされる・・・」(124頁)
→「資本が国民経済という枠組みから完全に開放されるということです。ただしそれはけっして資本が国家を必要としなくなるということではありません」(前掲117頁:水野)
A 「資本主義を市場における交換へと還元するような認識はそろそろ見直されなくてはなりません」
→「経済学者の岩井克人さんや批評家の柄谷行人さんが市場と資本主義を同一視する論者の代表・・・資本主義の原理は異なる価値体系のあいだでの交換にあると考えています」(120頁)
(2)「土地所有」と「政治支配」の分離=中世の行き詰まり
@利子率革命―「利潤率の低下は利子率低下として現れる」(133頁)
*1619年:ジェノバで、1600年ぶりに最低金利を更新(4・0%→1・125%)
→原因は、中世「労働者の黄金時代」=14世紀初頭から160年間で賃金が2・3倍になったこと(労働生産性は0・13%上昇したので、労働分配率は1・9倍にまで高まった)
*「それで封建領主たちは土地の支配者であることをやめていく・・・」
→「土地の所有が政治的な支配から切り離されて・・・政治と経済のあいだに分離が進行・・・」(134頁)
「土地の所有が政治的な支配関係から切り離されると、その土地の所有権はそうした社会関係に依存しない純粋な私的所有となる」
「これが土地を資本として活用することへと道を開」く(135頁)
→「・・・所有権の抽象化によって資本主義がはじまる」(135頁:萱野)
▼「近代の資本制というのは封建制に対立するものというよりは、封建制が機能不全になったのを乗り越えようとすることで生れてきた」
▼「ブルジョワジーは封建制に敵対しのではなく、封建制では扱いきれなくなったものに対処しようとしたのだ」(ドゥールズ『無人島1969−1974』)
A封建的単位から国家単位への以降
*絶対王政は「国家が所有の主体」だが、
→「・・・所有権を特定の社会関係から切り離し、そのもとで労働を組織する新しい原理をあみだしていったのが資本主義」(136頁)
*「国家は所有の主体であることをやめ、純粋な私的所有の空間を法的・行政的にマネージしていくような主体になって・・・」
▼ 日本でいままさに、21世紀の利子率革命がおきている(137頁)
最低利回りは1%を大幅に下回って、ジェノバ以来の人類史上最低を記録・・・