アメダス観測点一か所増設を怠った官僚の見識のなさ

―首都圏降雪予報をめぐる騒動から見た「国土強靭化計画」の盲点−

(インターナショナル第212号:2013年3月号掲載)


 少し話が古くなるが、1月14日の首都圏での「大雪」は、かなり世間を騒がした。それは交通網を大混乱させたということだけではなく、気象庁の気象予測の信頼性への疑問という形で大きな問題となったのだ。
 しかしこの際に多くの人が忘れ去ってしまった事実が一つある。それはなぜ気象庁の雪予想が当たらないのかという問題と、その背後には財政難を背景としてアメダス観測点の廃止という問題があったことだ。


▼降雪を予測できなかった気象庁

 ことはこうだ。
 関東南岸を低気圧が発達しながら東進する場合、冬の末期では北の高気圧からの寒気が南下して低気圧が運んできた暖かく湿った空気とぶつかってしばしば関東に雪を降らせる。1月14日の気象状況はまさにこれだった。
 気象庁の当日早朝の予報は、「平地でも積雪となるところがありますが、東京23区では積雪になる可能性は小さいでしょう」というものであった。これは、14日朝の時点で都心の日中の予想気温が午前9時に6度、正午に5度、午後3時に4度、午後6時に5度などと推移し、雨が雪に変わるのは昼すぎの数時間と考えていたことによる。
 しかし実際にはこの予報は外れてしまう。
実際には午前9時に予想より2度近く低い4度4分、午前10時すぎには雨が雪に変わり、初雪を観測した。正午には予想より4度以上低い0度8分になって雪が降り続き、午後3時には、積雪は8センチに達した。気象庁はそれほど気温が下がらないと見ていたが案に相違して気温がさがったのだ。しかも、気象庁の前日夜の予報でも大雪にならないとのものであったことと相まって、首都圏の鉄道やバス運行会社や運送業者、そして車で出かける個人などもほとんど雪対策をとらなかったため、昼過ぎには鉄道はほとんど停止し、道路では雪で立ち往生したバスやトラックなどで渋滞し、ほとんど通行できない状態となってしまった。

▼「大雪」を当てた民間気象会社

 この予想が外れたことについて、気象庁の内田裕之主任予報官は、「当初は気温が大きく下がらない予想だった。気温の予想は誤差があり、雨か雪の判断は難しいことを理解してほしい」と話している。
 だが問題はこれでは終わらない。
 気象庁は「大雪」の予報を外してしまったのだが、民間気象会社の中には正確に「大雪」を予報していた会社もあったため、気象庁の気象予報の信頼性が問われることとなったのだ。
 たとえば、ウエザーニュース社は気象庁の気温予測は、関東南岸を低気圧が通過する今回のような事態においても南下する寒気は弱いと予測して、都心の気温予測を概ね高めに予想している傾向があることに鑑みてその数値を下方に変更し、前日夜には「都心でも積雪に注意、 明日、成人の日は雨が段々雪に変わり、積雪の恐れがあり。交通への影響も心配」との予報を出していた。当日の降雪開始時間や積雪量を正確に予報できなかったとは言え、都心で積雪になることを的確に予報していたわけだ。
 これでは気象庁の気象予測の信頼性が疑われるわけである。
 その後2月になっても何度も同様な状況が発生し、今度はそのたびに気象庁は「降雪の可能性あり」と予報したが次々と予報を外してしまった。そのため、猪瀬東京都知事までがツイッターにて「気象庁は1月14日の大雪予測を外したために、その後は雪にもならないケースでも雪になると予報する姿勢をとっている」との趣旨でつぶやき、気象庁の気象予報は信頼できないと発信した。このためネット上などで気象庁の気象予報の信頼性論議が巻き起こったのだ。
 この猪瀬知事の発言は一理ある。
 1月14日の「大雪」を予測したウェザーニュース社の場合は、気象庁の気温予測が低めに出る傾向があることをつかんで下方予測したうえで、「都心部が積雪となり社会的に大きな影響が出る可能性が高い」との行政的判断を加味したことを明言している。気象庁の気象予測データに自社データを加味して予報し、この情報を民間会社などに販売することで利益を上げている企業ならではの行政的判断である。
 これを判断基準にして考えてみれば、1月14日の前日から当日の予報において、気象庁には「都心部が積雪となり社会的に大きな影響が出る可能性が高い」との行政的配慮が欠けていたし、その後次々と「降雪予報」を出したのは、その行政的配慮が勝ちすぎたと判断されてもおかしくはない。民間気象予報会社のように予報の外れが即会社の信頼低下と利益低下につながるところと、そうではない官庁との差とも言えよう。

▼なぜ降雪予報がむずかしいのか

 しかしこの論議を見ていて、ここには大事な視点が抜け落ちているのではないかと思う。    それはなぜ首都圏の「大雪」予報が難しいのかという問題である。
 冬の末期に関東南岸を低気圧が東進する場合その発達が著しいと、北にある高気圧からの寒気を低気圧が吸い込みやすくなって寒気が南下し、その寒気と低気圧が運んできた暖かく湿り気の多い空気とがぶつかって雲が発生して関東地方に雪が降るわけである。低気圧がどの程度発達するかを現在の気象学では正確に予測することができない。その発生から発達のメカニズムがよくわかっていないためにそれをコンピュータ解析可能な数式に表わすことができないからである。そしてとくに関東の雪予想の場合に大事なのは、上空1000メートル付近の気象状況である。
 ではどうやって予測するのか。
 気象庁管下の気象台や測候所14箇所では一日に二度、上空に観測気球を上げて、上空30000メートルまでの気象状況を、気圧や温度・湿度、そして風速・風向など測定する。その測定に基づいて高層気象地図を作成して今後の気象を予測するわけである。この観測気球はそれに搭載された測定機器ラジオゾンデ一機だけで数万円かかり多くは使い捨てのため、朝8時半と夜8時半の二回以外には上げられない。そのため常時上空の気象状況を観測できないわけで、あとはすべて経験則に従って判断するしかない。それゆえ予測が難しくなる。
 関東の雪予報が難しいゆえんである。

▼2001年までは常時観測ができた

 しかしこのような困難性は、昔からのことではない。関東平野の上空1000メートル付近の気象観測は、2001年12月までは常時行うことができたのである。
関東平野の真ん中にはその北西部だが、標高877メートルの筑波山が存在している。
1902年には筑波山頂で山階宮筑波山測候所が山岳気象観測を開始し、この観測所は1909年に中央気象台附属筑波山測候所となって観測を続け、1976年4月にはアメダスが設置されて無人化され、以後は自動観測に切り換えられ、2001年12月まで観測が継続された。
つまり筑波山頂での気象観測は通年の常時観測が100年続けられたわけだ。この1000メートル弱の地点での常時観測が気球での定時観測を補う有力情報として長い間活用された。10分おきに気温の変化や風向や風速、そして降雨の有無などが観測されてデータが送られてくるのだから、リアルタイムで関東平野上空1000メートル付近の状況がわかるわけだ。したがって筑波山頂での気象観測がおこなわれていた時期では、これをもとに関東地方の雪予測がなされていたので、極めて正確な予報が可能だった。しかし2001年12月をもって、筑波山アメダスは廃止され、以後筑波山頂の気象状況が気象庁の気象予測に反映されることはなくなった。
筑波山アメダスが廃止されたときのことを筆者はよく覚えている。その日の夜の番組でTBSの気象キャスターである森田氏が筑波山アメダスの廃止を告げ、「今後気象庁の関東の雪予報は当たらなくなる」と断言した。
そして事態は彼の予想どおりになったのだ。

▼行政改革で縮小される現業部門
    
 ではこれほど重要な筑波山アメダスが廃止された理由は何か。公式には気象庁は「観測技術の向上のためアメダスを統廃合した」としているが、実態は違う。
 このとき筑波山アメダスが廃止されるとともにその機材は、小貝川流域に移されてそこにあらたに観測拠点が設定された。その背景には二つの事情があった。
 栃木県那須烏山の小貝池を源流として南に流れ、茨城県取手市、北相馬郡利根町と千葉県我孫子市の境で利根川に合流する全長111.8qの小貝川は、昔から荒れ川として知られ、何度も洪水を繰り返してきた。特に1986年8月の台風10号による豪雨では、堤防が決壊して流域に大被害を与えた。このため洪水を緩和するために支流との合流点に遊水地が設けられた。そのため有効な対策を講ずるべしとされていたが近くに気象観測点がないため、局地的な集中豪雨を予想できない状況になっていた。
 そこに1999年7月に10数年ぶりの大洪水が起き、小貝川流域にアメダス観測点を設置することが急務となった。
 しかしアメダス観測点は一か所で設置費用が2千万円あまりかかり、東京に置かれたアメダスセンターの運用経費と全国のアメダス観測点1300余箇所との通信費用だけでも通年で4億円あまり、さらに機器とのネットワーク運用ソフトの経費だけで通年で約1億円かかる。自民党政府は財政赤字が深刻化する中で、橋本内閣以来行財政改革を進めて行政の効率化と成長拠点への資源分配を進めていた折であったから、新たなアメダス観測点設置のための予算はつかなかったのだろうか。気象庁が編み出したのは、「技術向上」を理由とした「アメダス統廃合」であり、筑波山アメダスを廃止してあらたに小貝川流域にその観測点を移すという「奇策」だった。
 こうして100年余りにわたって日本列島上空1000メートル余りの山岳で常時気象観測ができるという貴重な拠点が廃止され、関東地方の雪予報が極めて難しくなったという次第なのである。わずか2000万円のアメダス設置費用をケチった結果であるが、しばしば叫ばれる中央省庁の行財政改革が、官僚機構とその既得権益には手をつけず、省庁の現業部門の削減でお茶を濁されることが多いが、筑波山アメダス廃止もその好例の一つであろう。

▼国土強靭化計画の盲点
   
 安倍内閣はその政策の柱の一つとして「国土強靭化計画」なるものを掲げて、大規模な公共事業を展開しようとしている。これは3.11の大地震大津波を受けてのことでもあるが、大規模な公共事業を復活することで、日本経済を成長軌道に戻そうとする政策の一つでもある。
 しかしこの際に「国土強靭化」のために想定されている公共事業とは、高速道路や公共施設を大地震に耐えられるように改造したり、大津波にも耐えられるような大防潮堤を建設するといった土木工事が主体となっている。だが3.11の大地震と大津波の教訓は、このようなハード面の強化だけでは大災害を防ぐことも軽減することもできないというものであったはずだ。大事なのはソフト面。いかに人々が危険を察知しそれにあらかじめ備えた行動を起こすかという面が重要なのだ。
 この点で、気象庁が主な業務としている気象観測や地震観測の精度を上げることは、人々の意識の改革と災害に備えた的確な行動を準備するうえで大いに役立つことである。
 実は現在でも筑波山頂での気象観測は続けられている。
 筑波山頂での気象観測の重要性に着目した筑波大学は、「筑波山における気象・水文環境の多要素モニタリングによる大気・水循環場の解明」プロジェクトを学内に結成し、2005年12月には筑波山アメダスがおかれていた場所に筑波山気象観測ステーションを開設し、翌2006年1月より気象観測を再開し、この観測データは常時筑波大学の研究室に送られた。
 現在ではこのプロジェクトは筑波大学生命環境科学研究科(計算科学研究センター)に引き継がれ、観測データはネット上で常時見ることができる。
  http://hojyo.suiri.tsukuba.ac.jp/mtrealtime/
 しかしこの筑波大学の観測ステーションと気象庁のアメダスシステムは統合されていないので、気象庁の気象観測にはこの観測データは使用されていない。
 この点の改善は急務であろう。アメダス観測点を新たに設置するよりずっと安い費用で統合でき、気象庁の気象予報を改善できるはずである。
 1月14日の首都圏の「大雪」を巡る騒動は、我が国における災害対策の在り方を深く問い直す視点を提供していたのである。

(3月22日 すどうけいすけ)


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