コスト削減とデザイン重視
日産の業績「V字回復」の陰で何が始まったのか


●系列破壊

 フランスの自動車資本・ルノーとの資本提携と、そのルノーから派遣されたコストカッターの異名をもつC・ゴーン社長が打ち出した「日産リバイバルプラン」(NRP)で事業の再建をすすめてきた日産自動車の「V字型回復」が話題をよんでいる。
 5月17日に発表された同社の3月期連結決算では、売上は2%と微増ながら営業利益は2903億円と前々期比で2・5倍となり、営業利益率もNRPの最終年度(2002年度末)目標の4・5%を上回る7%に達した。
 この業績回復の最大の要因は、初年度の必達目標を8%と定めた購買費の削減つまり部品購入コストの削減が、11%と大きく目標を上回ったことである。その効果は2870億円と営業利益の実に98・8%を占める。
 部品納入企業を半数以下に絞り込むNRPが発表された直後から、むしろその部品メーカー(一次下請け)側が次々とコスト削減の提案を日産に持ち込んだといわれるほど、ルノー資本が仕掛けた「系列破壊」は威力を発揮したことになる。
 もっとも、日産にかぎらず日本の系列下請け会社は、安定供給の名目で本社幹部たちのの天下り先と化していたし、その下請け子会社の業績確保のためにはある種の高コストさえ黙認するなど、いかにも日本的な構造問題をかかえてはいた。それが、欧州資本流儀の経費削減屋にあっさりと解体されたのだとすれば、その影響は絶大であろう。事実トヨタ自動車は、すでに系列子会社群の整理・再編にのりだしはじめている。

●工程削減

 ところで当然のことだが、サバイバルのために積極的にコスト削減を申し出た系列子会社は、この減収分のほとんどを、さらにその下の孫請け・ひ孫請けの納入価格にしわ寄せすることになった。
 もちろん、モジュール部品(半完成部品)への転換やITによる作業能率の向上など、多少の技術革新がともなったことは否定しないが、一年足らずで一割以上というコストダウンの大半が、孫請け・ひ孫請け企業の納入価格に転嫁された。だから問題は、大半が中小企業である最終下請けがこのコスト削減をどう吸収したかである。
 NRPが発表された当初は大量の倒産や失業が懸念されたが、それは社会問題になるほどの事態にはならなかった。もちろん出向や転籍、半強制的転勤など労働条件の急変と悪化があり、退職に追い込まれたり失業も多く発生はしたが、むしろ多くの場合は労働者自身が実質賃金の低下に甘んじ、さらに工程の合理化、要するに「工程の省略」などで対応しているという。
 自動車部品工業会の白土理事は「典型はメッキだ。・・・・以前だったら何回もメッキをかけていたが、今は一回水洗いしてすぐドブ漬けして工程を削減している」と言い、「部品のバリ取りをやめた。後で塗装をかけるところだけは奇麗にするが、それ以外の必要のないところはしない」と語る下請け企業の社長もいる(週刊エコノミスト:5/15号)。
 かつての国産車は、修理工が素手で触れても怪我をしないと言われるほどの仕上がりを誇っていたが、いま中小の塗装やメッキ業者の間には「日産車は2、3年したらサビが浮き出るのでは」との声があるという。
 それは過剰品質だったのかもしれないが、こうしたコスト削減がつづけば、やがては本当の「手抜き部品」が造られる危険性が増すことにはならないだろうか。

●販売戦略

 こうした厳しいコスト削減の一方で、日産はチーフデザイナーの中村史郎(CMに登場するヒゲの彼だ)を中心にして、目新しいデザインの新車販売攻勢にでるという。コスト削減に限界がある以上、販売台数が増えなければ再建とは言えないからだ。
 中村はかつて、いすゞモーターズ・ヨーロッパのチーフデザイナーとして、「ビークロス」という斬新な車をデザインして好評を博し、この功績によっていすゞ自動車の工業デザイン部長に昇格した経歴をもつ。その彼を日産のデザイン本部長としてスカウトしたのは、ルノー資本だった。
 C・ゴーンは最高執行責任者(COO)として来日した直後、日産のデザイナーたちに「このデザインで何台売るつもりなのか」と問い、デザイナーたちを絶句させた。日産に乗り込んできたルノー資本の販売戦略の核心には、車の性能や価格以上にデザインの重視があったことは疑いない。それは乗用車という商品が実用的な運搬機械という以上に、ある種のステータスシンボルであるとの認識にもとづくものであろう。と同時に、かつては「技術の日産」と称した企業文化を、見栄えのする売れる乗用車のメーカーへと再編する意図があったのかもしれない。
 いずれにしてもそこには、戦後資本主義の経済成長を牽引してきたと言って過言ではない乗用車生産が過剰生産に直面し、エコロジー技術を含めたステータスシンボルとしての差別化が競争の中心になっているという、新たな情勢が反映している。

 「手抜き部品」の危険性をはらむコストダウンの一方で、「見栄え」で人々の購買意欲を刺激する乗用車を売る(造る)メーカーとして日産が「再生」されるとすれば、やがて乗用車という運搬機械の安全性が、改めて社会的に問われる時がくるだろう。

(Q)


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