不良債権処理から 道路財源見直しへ
派閥抗争次元の思惑、政党再編への計算


 「改革」への期待から上昇していた株価が揉み合いに転じ、小泉政権のかかげる構造改革の成否を見定めようとする動きが、金融市場を中心に広がりはじめている。
 こうした動きに応ずるように、小泉はハンセン病訴訟の控訴断念でさらに上昇した内閣支持率を背景に、参院選の公約に道路特定財源の見直しを盛り込むことを表明した。これは、田中−竹下−小渕−橋本とつづくいわゆる「平成会支配」に対して、郵政民営化と対をなす挑戦もしくは挑発であることは明らかである。なぜなら、全国の特定郵便局長を束ねる「郵政事業懇談会」と道路特定財源の使い道を決める「自民党道路調査会」こそは、文字通り金と票を集める橋本派支配の中核をなす装置だからである。

道路財源と特定郵便局

 竹下内閣の崩壊以降、自民党のドンと呼ばれた故・金丸信が議員辞職に追い込まれるまで手放さなかったポストが、実はこの郵政事業懇談会と自民党道路調査会という2つの会長職であった。
 道路特定財源は、故・田中角栄が唱えた列島改造論にそって、ガソリン税や自動車重量税など自動車関連の税収すべてを道路整備を名目に土建業界に公共事業としてバラまく装置であり、この政治利権の独占が橋本派に力を与えてきたことはいまさら言うまでもない。だが特定郵便局長懇談会は、多少説明がいるかもしれない。
 特定郵便局は、全国各地に点在する小さな郵便局の大多数を占めている。しかも特定郵便局長の地位は、郵政省職員という公務員でありながら半ば世襲として親から子、子から孫へと受け継がれている。もちろん最近ではこうした世襲はだいぶ減って「輸入局長」と呼ばれる世襲ではない局長も増えているが、これは明治政府が郵便事業の全国ネットワークを整備するために、地方の有力者(地域ボス)に局舎用地の提供を求め、代わりに郵便貯金や簡易保険という「美味しい事業」を牛耳る局長ポストを与えたという、歴史的経緯のあるシステムである。
 しかも郵便貯金は、政府が公共事業に投じる財政投融資の最大の原資なのだから、道路特定財源に勝るとも劣らない政治利権の温床であることは疑いないし、さらに地域に点在する特定郵便局が、年金の支払いなどを通じて知り得る地域的な個人情報の宝庫でもあるのだから、これが集票マシンとして利用されるのも当然であろう。
 つまり小泉の郵政民営化論は、厚生族議員である彼とは無縁でかつ橋本派の、とくに当面の最大の政敵と言える野中の力の源泉でもある特定郵便局制度の解体を狙うという側面をもっているのであり、だからまたもうひとつの橋本派の基盤である道路特定財源の見直しは、小泉が改革の名において狙い撃ちして不思議のない標的でもあった。

「切り札」行使の背景

 その意味では、派閥抗争次元の挑発ともいえる道路特定財源の見直しだが、それは田中の列島改造論以降さまざまな弊害をともなって展開されてきた行政主導の公共事業の財政的基盤に打撃を与え、同時に自民党が依拠してきた利益誘導政治の根幹を揺るがす可能性をもつという意味で、財政構造転換の核心を突くものでもある。しかもこれは、すでに公社化が決まっている郵政事業をさらに民営化するという分かりにくい改革の旗印よりもはるかに明快で、大衆的な支持も得やすい政策目標である。
 かりに道路特定財源の全面的な見直しが実現されるなら、たしかに自民党の橋本派支配は重大な打撃を被ることになるが、より重要なことは、自民党という戦後日本の保守政治が、いわば「開発国家」とでも呼ぶべき政策展開を通じて築き上げてきた社会的な支持基盤を、全面的に再編する引き金になる可能性があることだろう。
 だが小泉がこの財源見直しを打ち出した直接的な動機は、むしろこうした財政構造の転換に欠かせない具体的な政策目標を打ち出さなければ、彼の構造改革なるものが、基本的には森政権がまとめた「緊急経済対策」と大差がないのではないかという、金融市場に生まれつつある疑惑が助長される可能性があったことであろう。
 冒頭でも述べたように、外国人投資家を中心に「小泉改革」の成否を見極めようとする動きが広がり、金融市場による小泉改革への幻滅の表明を意味する株価下落という事態は、先行しすぎる期待と人気に依存するこの政権にとっては大ごとである。というのも、道路特定財源見直しを表明する以前の小泉改革の目玉商品は、前述のように分かりにくい郵政事業の民営化と、慶応大学教授の竹中を経済財政担当相に抜擢しての「迅速な不良債権の最終処理」であった。だが後者に対する金融市場の反応は必ずしも歓迎一色ではなかっただけでなく、批判や反論が繰り返されてもいたからである。
 例えば『週刊東洋経済』5月26日号で、同誌の梅沢論説委員は「大手16行の破綻懸念先以下の不良債権残高12・7兆円は全金融機関の融資残高673兆円の1・9%。小泉首相は、わずか(あえてこう言おう)1・9%を処理しさえすれば、それで金融システムの『構造改革』は成就すると本気で考えているのだろうか」と指摘し、問題は「破綻懸念先よりマシなはずの『要注意先債権』こそが最大の〃伏魔殿〃であ」り、それを含めた不良債権総額は国内総生産(GDP)の10%に匹敵する54兆円とも言われるのだから、小泉はそのリクスを明示すべきだと批判していた。
 また竹中経済財政相とは正反対の論陣を張ってきた野村総研のリチャード・クー主任研究員は、小泉政権が継承を表明した「緊急経済対策」を「まず評価されるのは、日本経済停滞の最大要因を、企業のバランスシート調整と銀行の不良債権問題に求めた点」(同誌:4/21)だと評価した竹中に対して、「昨今の内外論調は、日本は銀行の不良債権問題さえ片づければ景気回復を手にすることができるとしているが、それは間違いであるばかりか、たいへん危険な考え方でもある」(同誌:5/19)と反論していた。
 実は、不良債権の最終処理つまり建設、流通などの過剰債務業種を中心に、大量の倒産と失業もいとわない急激な淘汰と再編を促進しようとする竹中的な構造改革は、経団連の今井会長が「血を流す構造改革を」(3/10:朝日)と称して、前政権にも強く求めていた政策にほかならない。だが、それは不況で弱体化している日本経済にさらに深刻な打撃を与えるだけだという反論も、エコノミストの間には根強いのだ。
 それは小泉改革への過剰な期待を扇動してもいるエコノミストたちが、こと構造改革の具体的な手法では必ずしも一致していないことを暴露している。
 そこで小泉は、旧態依然たる財政構造の核心をつく道路特定財源の見直しという「切り札」を切ることで、旧構造と対決する意気込みを改めて金融市場に示す必要に迫られていたと言っていいだろう。

政党再編は規定方針?

 だが一旦切り札に手をかけた以上、小泉は自民党主流派の抵抗を押し切って「改革推進派」としての成果を示すために、自民・民主両党を貫く政党再編を通じて、小泉流構造改革を支持する組織された勢力の形成を追求せざるをえなくなるだろう。
 現に橋本派は5月22日の自民党総務会で、橋本派きっての武闘派と言われる鈴木前総務局長が「(首相が)一人で決めるのは独善的でファショだ」と語気を荒げ、橋本派幹部の青木参院幹事長も同じ日の会見で「順序として党内論議を尽くすべき」と牽制し、道路特定財源という政治利権の防衛を決意して身構えている。この抵抗を、まさに同様の政治利権を基盤に成立した自公保連立政権によって押さえ込むことは、土台もなしに高層ビルを建てるよりも困難である。
 ところが小泉は、すでに政党再編を計算に入れている可能性のあることが、自民党総裁選の内情が報じられるにつれて明らかになりはじめてもいる。
 自民党総裁選に出馬した当時の小泉の見通しは、党員投票で1位になっても国会議員を含む本選挙では橋本に勝ちをさらわれる可能性が高く、その場合はYKKの山崎拓・現幹事長と加藤紘一・元幹事長の両派とともに自民党を割り、民主党と組んで国会での首班指名選挙で橋本と争うというもので、民主党との間でその盟約も成立していたと言うのだ。もちろん真偽のほどは不明だが、自民党の山崎と民主党の熊谷幹事長代理が、密かにこのシナリオを詰めていたという。
 そしてこうした事情は、たしかにありえないことではない。そうだとすれば小泉は、総裁選挙の予測を越えた大勝の結果として、一旦は離党を決意した自民党にとどまり、自公保連立政権を心ならずも擁護せざるえない立場にたっているのであり、改革の旗手でありつづけようとするならこのジレンマを解消しようとするのは当然である。
 小泉政権の発足直後から、解散・総選挙を繰り返し否定する小泉の発言にもかかわらず、7月参院選では衆参同日選挙が行われるとの憶測が消えないのは、民主党との盟約といった「ありえないことではない」事情を、少なくとも自民党の主流派が察知しているからにほかならないであろう。
 われわれは本紙前号(118号)で、高支持率を背景にした衆参同日選挙は、自民党にとって千載一遇の勝利の好機であり、それがまた小泉の政界再編にむけたイニシアチブを強化する可能性を指摘した。
 もちろん衆参同日選挙があるか否かは、まだ判然としない。だが、いわゆる政局がいかなる動きをするにしろ、自民党が体現してきた戦後日本の保守勢力の全面的な再編が不可避的に促進されることだけは、疑いの余地のないものとなった。

(さとう・ひでみ)


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