【7・7シンポジウム】

政党に物申す市民運動の登場

−戦後政治の質的転換に対応する、共同候補擁立の試み−

(インターナショナル第167号:2006年8・9月号掲載)


 周知のように、安倍晋三は自民党総裁選立候補にあたって、憲法と教育基本法の改悪を鮮明に宣言した。こうした二者択一の自民党総裁選立候補発言は旧来のものと異質であり、この国の政治状況が明らかに質的転換期にあることを示している。
 いささか旧聞に属するが、このような質的転換期に対応する集会が7月7日、東京・千代田区の教育会館大ホールで開かれた。「07年参議院選・平和の共同候補を求めて」である。シンポジウム、講談、地域からの発言の3部構成の集会には全国から950人の人々が集り、改憲に対抗するための護憲派議員を「平和の共同候補」として実現させようとする熱気があふれていた。
 集会の詳細はすでに「7・7シンポジウム全記録」と題するパンフレットが発売されているので、ここでは同集会の特徴をシンポジウムの発言を中心に明らかにしてみる。

▼啓蒙運動から実践的課題へ

 その前段として、まず、「07年参議院選・平和の共同候補を求めて」の集会は、どのようにして企画され、準備されたのかを追ってみる。同集会を主催したのは670人の呼びかけによる集会実行委員会だが、その母体となったのは連絡先に名を連ねる2つの団体、「護憲共同候補擁立懇談会」(懇談会)と「平和への結集をめざす市民の風」(市民の風)である。
 「懇談会」は旧社会党系の護憲団体であり、04年の参議院選挙のときにも政党、党派を越えた護憲派議員の実現に挑戦したことがある。前田知克、内田雅敏の両弁護士を代表格とする懇談会を事務局的に支えてきたのが、新社会党系の活動家である。
 「市民の風」は、今年5月に結成されたニューフェースの市民運動団体であるが、その掲げる目標は「共産党、社民党、緑のテーブルなど、護憲派の政党、政治グループに対して、07年参議院選挙で平和の共同行動を呼びかける」という極めて政治的で具体的な内容となっている。
 従来の護憲運動が「9条の会」に典型的なように〃啓蒙主義〃的であったのに対して、「市民の風」は護憲派国会議員をいかにして拡大するかという実践的課題を自らに課している点に特徴がある。
 「市民の風」が掲げるテーマがそのような性格であったためか、運動を担う活動家層は9・11テロ以降に登場した新たな反戦運動の担い手(ノンセクト)と共産党系知識人という、これまでの常識では考えの及ばない取り合わせになっているのが最大の特徴である。
 この両者を母体にした実行委員会は、7月7日の集会目的が「平和の共同候補を求めて」であったために、社民党、共産党の集会出席の実現に向けて全力をあげた。
 しかし共産党は5月20日付けの「赤旗」で「政党の専管事項である選挙の候補者選定に、市民運動が口出しすることは許されない」を趣旨とする厳しい「市民の風」批判を展開して警戒心をあらわにした。また、社民党は表向き静観の態度を取り、結局、7月7日の集会当日、共産、社民の両党とも、公式には姿を見せなかった(社民党の責任者は非公式参加)。
 憲法と教育基本法の改悪を自らの政権実現の公約とする安倍晋三の登場は、従来の戦後政治を画する事態である。
 それに対して護憲を掲げる社民党、共産党は、従来の自党のアイデンティティを越えた新たな統一戦線の形成による対抗が求められている。その具体策のひとつが「平和の共同候補」擁立運動であり、7・7集会への参加要請であったのだが、両党は自らが置かれている状況を理解することができず、従来の政党エゴイズムのままに行動する結果となったのである。

▼流れを変える−リアルな提案

 この両党の対応とは対照的に、今日の政治状況を鮮明に描き出し、何をなすべきかを具体的に提起したのが、6人のパネリストによるパネルディスカッションである。
 上原公子(国立市長)、川田悦子(元衆議院議員)、斎藤貴男(ジャーナリスト)、佐高信(評論家)、湯川れい子(音楽評論家)の5人のパネリストと司会のきくちゆみ(市民の風共同代表)で進められたパネルディスカッションは、次の点で共通の認識に立っていた。
 @ 憲法9条を軸とする日本国憲法の平和主義は今日でも輝きを失わず、きわめて重要である。しかし、従来のような護憲的発想では今日の事態に対応できない。A 今日の政治情勢に対応した具体的政策課題と護憲をどのようにリアリティをもって提起できるのか。B その場合の護憲的結集の幅は、社民党、共産党の枠を越えた広範なものでなければならない。C しかし、結集の母体は護憲政党である社民党と共産党であり、「平和の共同候補」実現が重要である。D 新しく「平和の共同候補」実現を目的に始まる市民運動は、政治に積極的に関わる資質を持ち、政党のエゴイズムを克服させるバランス感覚とリアリズムを持たねばならない。
 この運動の特徴と目的を小林正弥氏(千葉大教授・「市民の風」共同代表)は、7・7集会の集約発言で次のように述べている。
 「これまでは『護憲勢力がバラバラである』とか、『一つひとつの勢力が小さい、あるいはタカ派の勢力が非常に伸びているように見える』ということで、絶望感を感じている人々も多いのです。しかし、『9条改憲を阻止し憲法を活かす』ことを軸とした『平和の共同候補』の擁立運動が広がっていけば、現在のトレンドを逆転できるかもしれない。そのような希望が溢れてくるだろうと思うのです。」(「7・7シンポジウム全記録」から)。
 7・7集会から2ヵ月が過ぎた現在、8月12日に行われた千葉集会が500人を越える人々の結集や、加藤登紀子のパネルディスカッション参加で大成功を収め、「平和の共同候補」実現に向けて歩み出した一方で、共産党系との様々なトラブルも起きていると聞く。
 この運動が掲げる目標が具体的で実践的であればあるほど、社民党や共産党の政党としてのアイデンティティを脅かすことになるので、トラブルの続出は予測できる範囲のことである。
 むしろ評価しなければならないのは、社民党、共産党と積極的に向き合い、「憲法を守るため両党は、共同候補を擁立しないかぎり時代の要請にこたえられない」と主張する市民運動が登場したことである。
 しかも「市民の風」を担っている中心的活動家層が30〜40歳代前半の〃9・11テロ〃以降に登場した新たな反戦運動の担い手であり、組織(政党)と自分(個)をイーブンな関係と捉える考え方の持ち主である点に注目する必要がある。
 彼ら、彼女らの登場は、社民党と共産党も含めた政党再編にまで広がる可能性を示している。そればかりか、このような市民運動の登場は、われわれに対しても、安倍的な潮流の対極たりうる、新たな政治潮流の準備を要請しているのである。

(8/30:あらい・たかよし)


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