●中国共産党第16回党大会

平穏な世代交替と「三つの代表」
市場経済に順応する国民政党への転身

(インターナショナル131号2002年12月号掲載)


 11月8日から14日まで開催された中国共産党第16回党大会は、今後5年間の指導部を担う新たな中央委員、同候補計356人を選出して閉会した。
 今回の党大会の特徴の第1は、指導部の大幅な世代交替であり、もうひとつは江沢民前総書記が00年2月、広東省の視察の際に発表した「三つの代表」思想という新たな指導思想を党規約に明記したことである。
 第1の特徴である指導部の世代交替は、最高指導部を構成する政治局常務委員7人のうち、新総書記に選ばれた胡錦涛国家副主席を除く6人の「第3世代」が中央委員を退き、新たに8人の「第4世代」が常務委員に選出されたことに示されたように、13年に及ぶ江沢民時代の終焉を意味し、第2の特徴である「三つの代表」思想の党規約への明記は、市場経済下で台頭する私営企業家(資産が個人に属し、労働者8人以上の営利企業家)の共産党への入党を認めたものである。
 この2つの党大会の特徴は、当然ながら今後の中国共産党の、ひいては中華人民共和国という経済成長著しいアジアの大国の行く末を占う上で大きな意味をもつ。

          安定を志向する官僚機構

 総書記を退いた江沢民は76歳だが、今回常務委員を退いた第3世代はおおむね70歳前後の、少年から青年時代にかけて中国共産党による中国解放戦争の記憶をもつ世代である。その後、大躍進運動の破産と経済的疲弊、文化大革命による社会的混乱といった歴史的負債の記憶もあわせもつが、むしろこうした混乱を経験する中から、登小平が推進した改革開放政策を担う幹部党員として台頭してきた世代とも言える。
 その意味でこの世代は、その実態はどうあれ、主観的には労働者と農民による革命の大義にもとづいて、その達成に必要な経済的基盤の強化のために「社会主義市場経済」を担ってきたといった自負をもつ世代ということができるだろう。
 その第3世代に代わって新指導部を構成する第4世代は、新総書記となった胡錦涛の59歳をはじめとして、他の8人の政治局常務委員の平均年齢も62・4歳と、ほぼ10歳ほど若い世代である。当然のことだが、彼らの中国解放戦争などの記憶は少年時代に限られ、むしろ官僚機構として中国を支配する共産党の幹部候補生としての道をはじめから歩んできた世代でもある。
 ちなみに胡錦涛は共産主義青年団(共青団)の出身で、92年に登小平が「次世代のニューリーダー」として政治局常務委員に抜擢、翌93年には党のエリート養成機関である中央党学校の校長に就任している。
 もちろん彼らは中国共産党のエリートなのだから、マルクス主義や毛沢東思想という革命の大儀についての教養は身につけている。だがそれは革命運動や解放戦争といった体験にもとづく信念というよりは、官僚化した党とそれが支配する国家への忠誠という形で身につけているのである。
 ところでこうした指導部の大幅な世代交替が、党大会という正式な機関で平穏に実現されたことは、中国共産党という官僚機構がかなり安定した機構として確立されたことを示すものであろう。
 それは毛沢東時代やその後の四人組時代のような激しい権力闘争による社会的混乱の時代をへて、登小平が始めた改革開放政策が実現した経済的基盤と、それが中国共産党にもたらす様々な権益、なによりも安定しはじめた政治権力の座を防衛しようとする安定志向としても現れている。
 つまり中国共産党は国際革命を志向する共産主義者の党であることをやめて、新たに党規約に書き加えられた「中国人民と中華民族の前衛部隊」に、有り体に言えば中国の国民政党へと変身することを、指導部の平穏な世代交替というセレモニーによって確認したのである。党規約に残された「労働者階級の前衛部隊」という記述は、中国共産党の権力が労働者革命を掲げた1949年の革命に由来することを意味するだけになった。

          「三つの代表」と企業家党員

 中国共産党の国民政党への変身は、必然的に党の構成員の資格にかかわる問題を提起することになるが、これに答える新たな指導的思想が「三つの代表」思想である。
 江沢民が唱えた「三つの代表」とは、@先進的な社会的生産力の発展の要請、A先進的な文化の前進の方向、そしてB最も広範な人民の根本的利益という3点を党が代表すべきであるというものだが、この理念自身は何か特別な意味をもつわけではない。
 しかしこれを、発展する市場経済の圧力もしくは市場経済の要請に順応する共産党としてとらえ返せば、事態は明瞭になる。それは中国経済の高成長を牽引する私営企業のオーナーたちを「党内に吸収する」(江沢民)ための思想的担保である。
 事実、今回の党大会の最大の焦点は指導部の世代交替とならんで、私営企業家の入党をどんな形で認めるかだった。そして江沢民は「三つの代表」思想にもとづいて「私営企業のオーナーなどの社会層は、中国の特色ある社会主義事業の建設者である。彼らの創業精神を励まし、彼らの合法的権益を保護しなければならない」という活動報告を行い、私営企業家に共産党の門戸を開くことを公式に宣言したのである。
 もちろん、これがただちに中国共産党のブルジョア的変質であるなどというのは短絡的すぎる。多くはないが企業家党員はすでに存在するし、中には私財を投じて故郷の経済発展に貢献する企業家党員もいる。だが今回の門戸開放は、資本家を積極的に党内に呼び入れることで党を市場経済に順応させようとするものであり、共産党の組織基盤に大きな変化をもたらさずにはおかない決定であることだけは疑いない。
 さらに市場経済の下で、つまり必然的に商業的競争を呼び起こし、その競争が経済的な勝者と敗者を生み出して社会的階層分化を促進せずにはおかない経済関係の下で、共産党が党内に資本家を引き入れ、労働者階級の革命的前衛から国民政党へと転身することの結果は明らかである。
 近い将来とは言わないが、党はいずれ資本と賃労働の間に横たわる非和解的対立に引き裂かれ、粛正と組織分裂をはらむ激しい内部抗争に直面し、経済的実権を握る私営企業家たちの「合法的権益を保護」するために労働者大衆の利益を抑圧する政党へ、つまり文字通りのブルジョア政党へと変質するか否かの岐路に立たされるに違いない。

          共産党を脅かす私企業の実力

 この中国共産党が抱え込んだ矛盾は、農民戦争によって成立した労働者国家という、中国革命の歴史的限界に源泉がある。
 しかし今回の中国共産党指導部の選択は、この歴史的限界を突破しようとする進歩的な試みとは言い難い。それはせいぜい共産党の統制下での階級協調の試みであり、しかも共産党の権力が非和解的な階級対立を調和させうるという幻想に基づいている。こうした幻想の背後には、プロレタリア革命(中国の場合は革命的農民戦争)の獲得物を強権によって防衛しようとする「若い進歩的なボナパルチズム」(トロツキー)を正当化し、労働者大衆による民主的な企業自治に背を向けたスターリニズムという思想がある。
 もちろん、経済的に立ち遅れた事実上の植民地に成立した革命的権力が、その経済的基盤を強化するために市場を利用しなければならない歴史的必然性は、ロシア革命がネップという市場経済を導入しなければならなかったことでも明らかだし、そこに搾取が生まれるのもまた必然的である。その意味で中国プロレタリアートはいま、はじめて現代の資本主義と出会い自らを階級として鍛え組織する途についたとも言える。
 だがそうであれば、権力を握る革命的前衛の本来的任務は、市場経済の発展によって顕在化する資本と賃労働の矛盾に抗して、近代的な労働基本権の保障を制度として整備し、労働者による企業自治を育成するような最も民主的な企業運営の方法を模索するために、自律的で民主的な労働組合を組織することである。その場合の私営企業家党員とは、労働者による民主的企業自治という戦略的目標を承認し、それを積極的に支援する進歩的分子であるのは当然であろう。
 ところで現実の中国では、市場経済の発展によって経済的力を増した私営企業家たちが、政治的疎外に不満を募らせる現実にいかに対処するかを鋭く問われたのだが、この問題の本質は、中国共産党と国家機構が一体化していること、つまりに共産党の一党独裁体制にある。要するに私営企業家を「搾取する者」として党から排除しつづける事態は、中国経済の大きな部分を担い始めた私営企業家を政治的に差別し、国家の埒外に置くことと同じにしかならないからだ。
 だが彼らの経済的実力は、すでに十分に強力である。昨年末、小規模自営業を含む私企業の労働者数は全国で7,474万人に達し、国有部門の7,409万人を超えた。これを国家の埒外に放置しつづけることは、国家すなわち共産党の統制の及ばない強力な社会的力が存在することであり、共産党の権力を脅かすに十分な脅威である。
 したがって問題は、共産党一党独裁体制を廃止し、私営企業家の利害を体現する政治勢力を合法化するか、国家機構と一体化した共産党に彼らを「吸収」し、党の変質に道を開くかという、マルクス主義的前衛論の原則にかかわることであった。

          一党独裁と党のヘゲモニー

 共産党と国家機構を明確に分離し、全国人民代表大会(全人代)という国家機構に実権を与え、そこに資本家的政治勢力の参画を認めることは、他方では民衆の多数派である労働者階級の利益を貫く共産党の「知的・道徳的ヘゲモニー」(グラムシ)の再確立が問われることである。それは前述したような自律的な労働組合を組織し、これに依拠して全人代でのイニシアティブを確保するために闘う以外にないが、それは必然的に私営企業家の自由な利潤追求の要求に抗して、企業の労働者自治をめざす新たな階級闘争をはらむことを意味するだろう。
 だがすでに安定的な国家官僚機構と化した今の中国共産党が、事実上は労農評議会(ソヴィエト)を組織しなければならなくなるこうした政治的改革を実行できるとは、現実にはほとんど考えられない。
 当面のあいだ中国共産党は、私営企業家の入党を認めると同時にその企業内に共産党の支部を作るように要求し、協力関係と牽制を併用して国家官僚機構としての党の安定を図ろうとしているのだが、その党自身が一党独裁を堅持したままで国民政党へと変身をとげるなら、労働者の階級的利害を体現する政治勢力は、中国共産党とはまったく別に形成される以外にはなくなるだろう。
               *
 江沢民体制下で始まった中国共産党の歴史的転換は、第16回党大会によって全面的に明らかになった。
 エリート官僚を中心とする新指導部の成立と私営企業家に対する党の門戸開放は、来春の全人代では、私営企業家の利益団体「中華全国工商業連合会」の憲法改正要求にそった「私有財産の保護」を憲法に書き加えることとして継承され、市場経済の発展とともに台頭する私営企業家たちの政治的地歩をさらに強化することになろう。
 そして中国プロレタリアートは、幾度かの手痛い敗北をふむく争議や反乱という大衆的経験を通じて、自らを階級として組織する歴史的長征に踏み出すだろう。

(ふじき・れい)


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