【書評】『仕組まれた9.11−アメリカは戦争を欲していた田中 宇著 PHP研究所刊

ブッシュはテロを自作自演したのか?

(インターナショナルNo.127/02年6-7月号掲載)


 4月に出版された本なのだが、かなり衝撃的な表題の本であるためか、書評などでもほとんど取りあげられずにいる。
 だが現代というものを考えるときに、とても新鮮な視点を提供してくれる本である。

ブッシュはテロを黙認した!

 9・11のテロ以来、アメリカのマスメディアは「テロ撲滅の聖戦」への賛辞一辺倒だったが、今年にはいって状況がかわり、議会やマスメディアでは、ブッシュ政権が事前にテロを知りながら、それを放置したのではないかという追求がなされはじめたことが、日本のマスメディアでも小さく扱われたことをご記憶だろうか。
 かなり確証の高い情報に基づいて追求されたためだろうか、ブッシュ政権もその一部を認め、FBIの支部が事前にテロ実行犯の一部を捕捉しながら、不手際によって逮捕にはいたらなかったという弁明をせざるをえなかった。しかし日本のマスメディアはほとんどこのことを取り上げず、ほんのエピソード的にしか報道しなかったのである。
 ブッシュ政権が事前に9・11のテロの情報をつかみながらそれを放置したという指摘は、あまりに衝撃的であるために、共和党の独走を牽制するための民主党の策略であるかのように解釈しているからであろう。
 しかし本書の指摘することは、さらに刺激的である。それは、9・11のテロはブッシュ政権の自作自演の可能性が高いというものであるからだ。

報道規制とインターネット

 ところが本書を、単なる陰謀説として切り捨てる訳にもいかない。
 まず著者の田中宇(たなか・さかい)氏は、もと共同通信社の記者でフリージャーナリストであるが、インターネットを使って世界中の記事や論説を追い、各地で独自の視点から世界の情勢を論じている記事を精査し、それを独自の調査によって補足しながらインターネット上で世界の現状についての鋭い指摘を発信しつづけており、いま注目されている国際ジャーナリストである。
 またブッシュ政権は、マスメディアが批判的な報道をすると「テロを利する」という脅しを使って報道の自主規制を迫っているが、ヨーロッパの、特にイギリス以外のヨーロッパ諸国のメディアはかなりブッシュに批判的な報道をしているし、それをインターネットにのせているので常にその報道を利用することができる。
 さらにアメリカのジャーナリストたちも、メディアで報道ができない分だけ、インターネットを使って事件の裏側を探るレポートを次々と発信している。
 田中氏が論拠としているのは、ブッシュ政権のメディア規制の網をくぐり抜けたこれらの、特にインターネット上の情報なのであり、この点ブッシュにとっては流して欲しくない情報群なのである。

「自作自演」の根拠

 田中氏が、さまざまな記事をもとにブッシュ政権が9・11のテロを自作自演した可能性が高いと結論づけた理由は多々ある。
 ひとつは、9・11当日のアメリカ軍の動きの異常さである。
 貿易センタービルに最初に激突したAA11便がハイジャックされてから米軍の戦闘機が緊急発進するまでに28分もかかり、そのため戦闘機が発進したときにはすでに1機目がセンタービルに激突していた。そして追撃した2機の戦闘機が追いつく前に、2機目もセンタービルに激突した。さらに3機めがほぼ同じ時刻にハイジャックされワシントンに向かっていることがわかっていたのに、ニューヨーク上空に到着して警戒体制に入っていた戦闘機ではなく、なんとワシントンから300キロも離れた基地から戦闘機を向かわせたために3機目の激突も防げなかった。
 さらに不可解なのは、通常はワシントンを守護するはずの、ワシントンのすぐそばにあるアンドリュー空軍基地からは戦闘機がまったく発進しなかったことだ。
 しかも事件当日のアメリカ空軍の最高責任者は、議会で証言があるからといって国防総省の部署を離れ、1機目が激突したあとも国防総省にもどって指揮をとることもなく、あとで軽飛行機が事故で突っ込んだと思っていたと弁明をしていた。
 アメリカ政府は、民間航空機を撃墜すべきかどうかを大統領に判断してもらうために時間がかかり、戦闘機の発進が遅れたと弁解している。だが緊急発進そのものは大統領の判断がなくてもできるはずであり、この米軍の動きの遅さは、誰かが故意にやったとしか考えられないというのだ。
 ふたつ目は、ブッシュ政権はかなり以前から、9月11日に航空機によるテロがあるとの情報を手に入れていながら、これを無視したり、場合によっては捜査を中止するよう命じていたという。
 テロ事件の2ヶ月前のジェノバ・サミットでは、イスラム過激派が飛行機で会場につっこみブッシュをはじめとする首脳を暗殺するとの警告がエジプトの情報機関から出され、空港には対空砲が設置され、市内上空は飛行禁止となった。
 この1ヶ月まえの6月には、ドイツの情報機関がアメリカでのテロを察知して警告し、さらには事件の直前にはイランとロシアの情報機関が同じ警告を発した。そしてテロの直前にはイスラエルの情報機関が、アメリカにビン・ラディンと関係する200人規模のテロ組織があり、近ぢかアメリカ国内の有名な建造物に対するテロをするとの報告を行ったともいう。
 さらにテロ容疑者の捜査でも、不可解な対応が多くある。
 テロの1ヶ月前、実行犯の1人になるはずだった男をFBIが別件逮捕し、彼が大規模なテロに関わっている可能性があるので彼の家を家宅捜査し、パソコンのハードディスクを調査したいとの要請が上部になされたが、FBI上層部は証拠不充分との理由で捜査を許可しなかった。
 ほかにも、後にテロ実行犯とされた人物や彼が関係していたイスラム系団体にFBIが目をつけ、看視行動をとろうとしたが、上層部の指令で捜査は中止させられたという。
 また今回の事件と似かよった性格の事件として、95年のオクラホマ連邦ビル爆破事件があげられている。
 この事件は極右系のアメリカ人が逮捕されたが、彼は実行犯の1人にすぎず、事件の直後にはアラブ系のグループがFBIによって取調べをうけて一部は逮捕されたが、上層部からの指示で釈放されたという。
 またこれ以前にも、イスラム過激派の動向を調査していた共和党の下院議員が、ビル爆破の2ヶ月前にイスラム過激派によるビル爆破計画があるとの報告書を議会に出していたという。この報告書では同時に、航空機によるテロの計画があるとも指摘されていたのだが、これらの指摘は何らかえりみられることはなかったという。
 さらにこの事件を追っていたジャーナリストによると、この時の容疑者はアラブ系とはいってもフセイン政権下のイラク人であり、アメリカ軍基地で航空機の操縦訓練を受けた経歴もあり、テロ組織の背後にはアメリカ軍がいる可能性があることも95年当時から指摘されていたのに、議会がこれを積極的に調査することもなかったというのである。
 このテロ組織に関する情報と、ビン・ラディンの組織がCIAによって養成されたという歴史的経緯、そしてテロの少し前、ビン・ラディンが入院していた中東のある国の病院でCIAの要人が彼と面会していたというフランステレビの報道などを組み合わせて考えたとき、9・11のテロを実行した組織の背後にはアメリカ軍とCIAがおり、これが今回のテロを画策し、様々な捜査を妨害し、当日の防空システムを麻痺させたと考えられる。そしてこれは、政権の最上部の承認の下で行ったに違いないと、著者の田中氏は推論しているのである。

何のための「自作自演」か

 しかしこう書くと、「そんな馬鹿なことがあるか」という反応が当然かえってくる。アメリカ政府の上層部が、自国に対するテロを組織して何の利益があるのかという当然の疑問である。
 田中氏はこの当然の疑問に、以下のように答えている。
 ひとつはブッシュ一族とビン・ラディン一族の関係である。両者はアメリカ軍事産業に投資する会社の株主同士であり、口座も同じ銀行に持っている。さらには巨大石油産業の大投資家であることでも共通しており、世界経済の不況の下で、アメリカがあまりに中東の石油に依存している状況を改め、カスピ海や黒海の石油に軸足を移そうとしていることから、そこに先行投資することで巨額の利益を図っていこうとしているのではないかということ。
 またふたつ目には、73年以降の世界不況の中で、〈植民地を独立させたことは間違いだった、世界経済の安定のためにはあらたな植民地支配の復活が必要であり、それを「国際支援」という美名の下でやろう〉との主張が繰り返されていたが、9・11以降この主張が堰を切ったようにあふれ出ており、アフガン戦争も、カスピ海からの石油をアフガン経由でパキスタンから出荷することを容易にするためこの地域に友好的な政権をつくり、アメリカ軍のこの地域への恒常的な駐留を可能にするという、新たな帝国主義的政策を実現しようとする方向でアメリカ政府が動いてきた可能性があること。
 さらにみっつ目には、アメリカではすでに有事の際には、政府・軍の中枢がワシントンから離れた地下施設に設置され、議会を通さずに法令を発する権限をもつことが法律で定められており、その「秘密地下政府」というべきものが今回の9・11のテロの直後に議会に報告もされずに稼動し、その指揮をチュイニー副大統領がとっていたことをあげる。
 田中氏はこれら3点を根拠にして、ブッシュ政権は経済不況を軍事的に解決し、アメリカの覇権を確立しようとしたのではないか、その可能性が強いと主張するのである。

戦後資本主義の衰退のはじまり

 この最後の田中氏の指摘は重要だが、それでも眉唾物との評価をまねくに違いない。しかも、ことは世界の覇権を握っている政府の動きである。軽々には評価できないし、もしこれが事実なら日本の有事法制法案の行方にも重大な影響をもたらし、政権自体を揺るがしかねない。
 「やはり〃陰謀説〃だ」。日本のマスメディアはそいうことにして、これを無視することにしたのだと思う。
 だが田中氏が指摘するように、「経済の不況を軍事で解決する」動きだとすると、このような無謀な企てをせざるをえない背景を考えてみる必要がある。
 ここで想起しておかなければいけない事実は、世界経済は1973年のオイルショックを契機にして、短期の好不況の波はあれ、長期にわたる利潤率の低下という不況に陥っているということである。
 1973年以後の先進国各国の経済成長率も一貫して低下しつづけており、その中でグローバリゼーションというアメリカ標準の押しつけがなされており、ありとあらゆる物が商品化され、ありとあらゆる地域が世界経済に組み込まれ、その中でさまざまな国々のさまざまな民族が、その伝統的な文化・生活を放棄せざるをえなくなっている。
 そしてこの間、世界の貧富の差も拡大の一途をたどっており、世界の富の多くが一部の先進国に集中し、その先進国の中でもごく限られた家族の手に富の過半が偏在している事実である。
 資本主義は一部では成長を続けてはいるが、そのことで世界が豊かになるのではなく、かえってそのことが貧困と軋轢を生み出しているのが現状である。この事実をどう見るのか。ここが問題の環である。
 つまり第二次大戦後に驚異的な成長と発展をとげ、世界をそれなりに豊かにしてきた戦後資本主義の命脈は、こんごも続くのか否かということである。
 ブッシュ政権の中枢と、かれらに強い影響力をもつ勢力には、世界資本主義経済の成長発展はもはやありえないとの理論的理解、もしくは直感的理解があるのではないだろうか。これまでのような資本主義的な開発の手段では、世界を豊かにすることはすでに不可能ではないのか。資本主義の衰退が始まっているのではないのか。
 このような認識がブッシュ政権の背後にあるのだとすれば、田中氏の指摘する「不況を軍事で乗り切る」という戦略は、おおいに現実味を帯びてくる。新たな帝国主義的政策の展開以外には、世界の資本主義的秩序の維持はありえないからだ。
 これが、ブッシュ政権中枢の認識である可能性があるのである。

 田中氏の指摘はまだ粗削りで、未整理である。その指摘したことが事実であるかの検証が必要ではあるが、同時のその背景となる世界資本主義経済の現状と今後の展望についての総体的な分析が早急になされる必要があるということを、田中氏のこの指摘は示しているのだと思う。(すどう・けいすけ)
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【注】田中氏の指摘の根拠および主張は、彼のサイトで読むことができます(ただし根拠となる文献や記事はすべて英文です)。
http://tanakanews.com/911/


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