【書評】 アフガン命の水路事業を通じて真の国際貢献とは何かを考える!

−中村哲・澤地久枝著「人は愛するに足り、真心は信ずるに足る−アフガンとの約束」岩波書店刊−

(インターナショナル:2010年6月号掲載)


 2010年2月末のバンクーバーオリンピック開催に合わせて行われたアフガニスタンでの、アメリカ軍とアフガニスタン国軍との合同の「タリバン掃討作戦」は、その大がかりな作戦行動にもかかわらず、事前に予想されたように「タリバン掃討」にはたいした成果もあげず、多くの民間人を巻き込んで多数の死傷者を出し、むしろ一層アフガニスタン情勢を不安定にしている。オバマ政権によって増派されたアメリカ軍による新たな軍事作戦がこのような結果に終ることを見越したようにして、その直前の2月24日に発行された本書は、その帯に印刷された言葉が示すように、「オバマ大統領に送る平和へのメッセージ」である。
 本書は、1984年以来、パキスタン北西部およびアフガニスタン東部で、ハンセン病治療をはじめとする医療活動や水不足を補って現地の人々の暮らしを立て直すために1400本もの井戸を掘り、その上全長24km以上の用水路を掘るなどの活動を続けている、ペシャワール会代表の中村哲医師へのインタビューである。そして本書は、ノンフィクション作家の澤地久枝が、中村医師とペシャワール会の活動についての多くの資料を読み込み、さらに関係者にも綿密な調査を行った上で、中村医師の超人的な過密スケジュールの合間を縫って、2008年8月12日から2009年9月までの幾回かのインタビューを行って、その深い知識とその豊かな洞察力を駆使して作り上げた書である。このため本書は、中村医師とペシャワール会の全活動と現地の人々の思いやその活動が示す多くの教訓ばかりではなく、通常中村医師が語りたがらない中村医師の生い立ちからその活動を支える思想、そして家族との関わりまで明らかにして、今日までの中村医師とペシャワール会の活動の全てをこれ一冊で深く掘り下げた注目すべき書物となっている。
 本書の構成は以下のようになっている。

はじめに(澤地久枝)
T 高山と虫に魅せられて
Uアフガニスタン、命の水路
Vパシュトゥンの村々
Wやすらぎと喜び
あとがき(澤地久枝)
あとがきにそえて(中村哲)
 

T「高山と虫に魅せられて」は、中村医師がパキスタンのペシャワールにおいて医療活動を行うようになったきっかけと、彼の生い立ちや、彼の父母・伯父・祖父母など親族の生き様から受けた影響や、中村医師の活動を支える思想や家族まで、幅広く中村医師の活動の背景を描いたもの。
U「アフガニスタン、命の水路」は、24kmにもおよぶ水路がほぼ完成されたことによって砂漠化された大地に緑が戻り、多くの人々が戻ってきて昔の村が再建されつつある姿が描かれることから始まり、その過程で起きた2008年8月26日のペシャワール会の伊藤和也ワーカーの拉致殺害事件という痛ましい出来事について生々しく語られ、その時の思いや以後の課題などが示される。
 V「パシュトゥンの村々」では、伊藤ワーカー殺害事件に至るほど悪化したアフガニスタンの治安情勢の深刻化の状況と、アフガニスタンの人々のこれに対する思いが生々しく語られ、そのことによって、アメリカと「国際社会」によってなされる「復興支援」の欺瞞性が生々しく語られる。
 最終章のW「やすらびと喜び」では、最初に中村医師が現地で活動する中でのささやかな喜びの数々が語られ、間に、20年以上にも及ぶ献身的な活動の最中で、2002年12月に享年10歳で亡くなった御次男への思いを挟んで、最後にアフガニスタン再生のために最低限必要なことは何かが示される。

 とても印象深い本で、数々の教訓を豊かに示す本書には、目を開かされた箇所は数多いのだが、一つだけ示せば以下の通りである。
 それは、p156で、中村医師が24kmにも及ぶ用水路建設の状況を詳しくかたり、アフガニスタンには水が命であることを強調したあと、「アルカイダだって、米軍だっていいんで、ともかく命の水をくれというのが正直な希望です」と、アフガニスタンの人々の思いを中村医師が代弁したとき、インタビュアーの澤地久枝が一言「米軍は全員、武装を捨てて水路を掘ったらいい、そうしたら歓迎されますよね」と発言した時だ。
 中村医師はこう語った。
「水路を掘ったら、アフガニスタンは親米的な国になるんじゃないですか。」
(澤地「タリバン征伐」をするよりもよっぽど効果があるんじゃないですか。)
「というか、タリバンも一緒になって掘るんじゃないか……(後略)」と。
 つまり中村医師は、タリバンというのはもともとは「神学生」というイスラム教を学ぶ学校の生徒という意味であって、その人々がソ連軍の侵攻とその撃退以後、「国際社会」の援助を得て各地に割拠し互いに戦いあう軍閥の跋扈によって混乱したアフガニスタンを「イスラムの旗」の下に救うために行動し国を統一したものであって、彼らの意思は、アフガニスタンの統一と安定によって人々の暮らしを守ることにある。それを同じイスラムだからといって敵視し、軍事作戦によってタリバン政権を崩壊させてかえってアフガニスタンを不安定にしているのは、アメリカ軍と国際部隊の存在こそが元凶であることを示し、アフガニスタンの真の再生の道を示したのだ。アフガンのことはアフガン人に任せ、「国際社会」はその支援者に徹しろと。
 中村医師は、本書において何度も繰り返して発言している。
 「水さえあればアフガニスタンは再生できる」と。
 そして彼は、自らの手で作り上げた24kmにもおよぶ水路とその付属施設の維持管理は、たとえペシャワール会の日本人スタッフの全てが情勢悪化のために日本に引き上げて以後も、イスラム教と部族長会議によって統合されたアフガンの地域共同体によって確実に守られ、数十万もの人々の暮らしと命を支えていくと信じており、自らはまた、その活動を支援する核として現地に残り続けると覚悟を決めている。
 人はたとい宗教や民族は異なっていても、人を愛し人々の暮らしを守ろうという思いは共通しており、そこに共感した想いは、長く世代を超えて継続されると中村医師は信じている。だからこそその礎として現地に残ろうとしているのであるし、彼のその思いがそのまま本書の標題ともなっているのである。

「人は愛するに足り、真心は信ずるに足る」

 本書は一気に読みきれる平易さと、一気に読みきってしまおうとさせる情熱に満ち満ちた書物である。この熱い書物を読み終えて、読者の胸に残るものはまさに、この本の標題とされた想いであろう。
 アフガニスタンの状況は何もそこに限られたものではなく、「アジア世界の抱えるすべての矛盾と苦悩」があると中村医師は繰り返し語った。中村医師とペシャワール会の活動は、世界中の貧困と戦争と平和、さらには地球環境問題など、多くの問題の捉え方とそれへの取り組み方についての豊かな示唆に富んだものである。本書を読まれてさらに、中村医師の他の多くの著作にも目を通して、こうした地球規模の問題の解決に向けて、それぞれが個人のレベルで何ができるのかを自問し、これに基づいてささやかでも行動したいものである。

(k)


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