【書評】『差別と日本人』・野中広務・辛淑玉(角川oneテーマ21:09年6月刊:724円+税)


根深い差別社会に向き合う鋭い考察

−差別の中を生きてきた迫力ある姿が見える好著−

(インターナショナル第191号:2009年10月号掲載)


 『差別と日本人』(角川書店)は現在、35万部のベストセラーになっているが、安直な作りの本ではない。
 この本の魅力のひとつは、被差別部落出身の野中広務と在日朝鮮人である辛淑玉(シン・スゴ)という異色の取り合わせが、日本社会の差別の実態と、その解決の道筋を率直に語り合っているところにある。しかし同時に、戦後日本の政治・社会史の背後を貫く差別と戦争責任の問題を、野中広務という自民党中枢を担ってきた政治家の口から率直かつ具体的に聞き出し、辛淑玉がその証言に歴史的、理論的な考察を鋭く加えているところにも特徴がある。
 この本が扱っている領域は、部落差別、朝鮮人差別を中心とする民族差別、女性差別、ハンセン病問題、中国民衆の虐殺をはじめとする戦争責任など多岐にわたっているが、中心を占めているのは、部落差別と朝鮮人差別問題である。しかも、これらの差別は単独で存在するだけではなくて、戦前・戦後を貫く日本社会の中で相互に複雑に絡み合いつつ作り出されていることが、具体的な証言を通して明らかにされていくのである。
 そのひとつとして、「関東大震災における虐殺」と「阪神淡路大震災と差別」の叙述がある。
 関東大震災直後の流言を口実とした戒厳令を契機に、官民の手で虐殺された朝鮮人は7千人を越えるといわれているが、この時迫害を受けたのは朝鮮人だけではなかった。
 「震災から5日後の9月6日、香川県の被差別部落から売薬行商で千葉を訪れていた女性や幼児、妊婦を含む10人が、自警団に組織されたごく普通の人々によって殺され、利根川に沈められた」(辛淑玉)。
 阪神淡路大震災で大きな被害を被った長田地区などは、「『朝鮮人の密集地』と『被差別部落』の指定を拒んだ地域」だったと辛淑玉は指摘し、2人の間で次のようなやり取りが行われる。
 「辛 私、あの時朝鮮人と日本人が何のいさかいもなく手を取り合って助け合ったっていうのはとても大きかったと思う。/野中 よかったでしょ。本当に僕も現場に行ってそう思ったよ。/辛 私の場合、地震っていうとどうしても関東大震災を思い出すんですよ。……/野中 朝鮮人が殺されたからね。/辛 ……それが阪神淡路大震災のときにはなくて。」
 この後、辛淑玉自身が直接目にした、震災被災者である被差別部落の人々のやさしさが語られるのであるが、このようにして複雑に絡み合う差別の中で懸命に生きてきた2人の姿が、本を読み進むうちに迫力を持って姿を見せてくるのである。野中は、あとがきの中で次のように述べる。
 「この本は、対談に加えて、辛さんが詳しい注釈を付けてくださった。それによって部落差別の歴史や、『在日』の人たちが味わってきたご苦労、あるいは戦後処理や阪神淡路大震災といった出来事の背景にあった差別などをつぶさに知ることができる。……弱者や虐げられた人に対する政治家の『鈍さ』は、差別と根っこでつながっていると思うのだ。」
 辛淑玉はもちろん、政治家・野中の行った行為への批判を忘れているわけではない。例えば国旗国歌法案や、石原都知事の差別発言についての“野中の甘さ”を鋭く批判している。だが、その批判には一方でやさしさが含まれている。
 「オバマは、演説で平和を作るかもしれないけれど、野中氏は、そんなものは信じない。人間の欲望や利権への執着といった行動様式を知りぬいているからこそ、それをテコに、談合と裏取引で、平和も、人権も、守ろうとしたのではないか。それも生涯をかけて必死で。私は、その姿に、胸の痛みを覚えるが、同時に、これはこれであっぱれな生き方だと思えてならない。」

 社会党・総評ブロックに続いて自民党も崩壊をとげつつある現在、『差別と日本人』が明らかにした差別問題と、鳩山連立政権や民主党はどう向き合おうとするのか。35万部という売れ行きは、55年体制の解体でも変わらない日本の差別社会を俎上に載せるべきだと考える人々が、数多くいることを物語っているようにも思えるのである。

(T)


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