【時 評】
堅調な個人諸費は テロ特需かもしれない

外需だのみの日本経済とアメリカ個人消費の背景

(インターナショナルNo.126/2002年5月掲載)


 4月に発表された政府の月例経済報告と日銀の金融経済月報が、いずれも3月につづいて景気判断を上方修正したことから、日本経済もようやく底入れか、といった論調がふえはじめている。もっとも、「ゆるやかな回復傾向」と表現される現状は、比較的長期(とは言ってもほんの数年だが)の経済成長を期待できるような状況とは程遠く、不安要因は多いが底無しの後退感が少し和らぎ、そろそろ何とかなってほしいという希望的観測をふくめての景況感というあたりだろうか。
 日本経済の不安要因は多いが、最大の焦点はやはりアメリカ経済の動向である。現在の回復基調もいわゆる外需だのみ=輸出主導型で、その最大の輸出先が北米とアジアだからだ。とくに昨年9月のテロ事件以降失速したアメリカ経済の回復は予想以上で、日系資本の対米輸出と北米での売り上げは共に好調だし、この好況と近い将来の品不足を当て込んだアジア各地からの発注増加が、日本経済回復の牽引車になっている。
 そこで当然気になるのが、このアメリカ経済の回復は本物なのか? それはどのくらい持続的なのか?である。
 アメリカ経済復調の主因は、個人消費の堅調さ、なかでも自動車と住宅販売は、今年1−3月期の成長率(年率換算)4・5%という経済成長に、大きな役割を果たしたようだ。
 とくにITバブル崩壊の直撃をうけたシリコンバレー周辺では、今年1月の住宅販売が前年同月比で17%も増え、バブル崩壊の打撃を穴埋めした形だ。しかも住宅販売増は経済統計への影響が大きい。住宅建設にともなう波及効果もさることながら、住宅購入後の清掃や庭の手入れなどの需要が増え、サービス産業の雇用増にもつながるからだ。事実シリコンバレーのミルカミノリアル通りで日雇い仕事を探す外国人労働者は、昨年後半には毎日1人か2人しか仕事がなかったのに、今は10人以上が仕事につけるという。
 ではなぜ、アメリカの個人消費はこれほど堅調なのだろうか。はっきりいうと、私にはよく解らない。だから憶測の話になってしまうのだが、ある種のテロ事件特需と消費者心理の相互関連が、堅調な個人消費の背景ではあるまいか。
 いくつか例をあげたい。ひとつはピアノ販売の急回復である。あるピアニストは、テロ事件でアメリカ人の人生観が一変し、家族と過ごす時間を大切にする「巣籠もり」現象の現れと説く。あるいは世界貿易センター(WTC)テロ犠牲者の遺族に支払われた政府からの慰謝料や保険金が、「犠牲者の形見となるような資産」に姿を変えた可能性である。交通事故で子供を失い、その慰謝料で家を建てる両親と同じような消費行動は、それほど特殊なこととは思えない。
 そして最後は、愛国的消費者心理である。WTCテロ事件後ブッシュ政権は、事件を契機にアメリカ経済がおかしくなれば、アメリカはテロの恐怖に屈したと思われると檄をとばしつづけた。そしてこの檄を本気で受けとめたアメリカ人は少なくはないはずだ。彼らは「テロとの闘い」の一環として、以前と同様の消費行動を意識的に堅持しているのではないだろうか。
 これらの消費をファイナンスしたのが、テロ対策の名目で支出された巨額の政府資金であり、「ある種のテロ特需」の意味である。
 WTCテロによるコンピューターの大量破壊のおかげで価格が反転上昇し、メーカーの在庫が減って新しい需要がうまれたのも「テロ特需」なら、ある種のテロ特需に依存したアメリカ経済の牽引車=個人消費が、長期間持続するとは考えにくい。                                              ()


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