【時評】

潔くないぞ!田母神空将

−シビリアンコントロールと軍人としての覚悟−

(インターナショナル第183号:2008年11月号掲載)


 航空自衛隊のトップ・航空幕僚長の田母神(たもがみ)空将が、定年退官を目前に更迭されたのは、10月31日である。理由は、「わが国が侵略国家だったというのはぬれぎぬ」だとする論文を、民間企業が主催した懸賞論文に応募したことだが、この問題について国会は11月11日、参議院外交防衛委員会に田母神前幕僚長を参考人として招致し、その見解を問い質した。
 その焦点は、@文民統制(シビリアン・コントロール)に関する田母神の認識と、A麻生内閣も踏襲すると表明した「村山談話」という政府見解について彼の認識を問い質すことだったが、Aについて田母神は、議場外とは言え「村山談話は言論弾圧の道具だ」と公言して自ら確信犯であることを認めたが、肝心の@については、文民統制の何たるかを、田母神だけでなく、与野党もまったく理解していないことが露になった。
 文民統制の根幹は、「文民政府が軍を統制する」だけではなく、軍=自衛隊自身もまた政府の統制に服するのを「承認する」ことにある。だが田母神の答弁は、彼と自衛隊の一部には、こうしたコンセンサスが決定的に欠如していることを暴くものだった。
 彼の答弁は、軍事行動を直接指揮する自衛隊の最高責任者が、最高司令官たる総理大臣が率いる政府の政治見解に同意せず、だから戦争指導に関わる政府の政治判断に従わなくとも構わないと主張するに等しいのに、政治の側は、与党も野党も、これをまったく追及しなかったのである。
 田母神の主張がどれだけ非常識かを示すために、ひとつの例を挙げよう。それは、9月にイラク駐留米軍の新司令官に就任したレイモンド・オディエルノ中将が、CBSのインタビューに答えた、高級軍人=将官と支持政党の関係についての言及である。
 大統領選挙を目前にして、インタビュアーが彼に支持政党を尋ねたのに対して、オディエルノ中将は、「私は将官に就任したとき、選挙で投票するのを辞めたのです。私の任務は、最高司令官(大統領)の命令に従うことだからです」と答えた。
 ここまで徹底しないまでも、軍人の最高位たる将官への昇進は、文民統制を遵守しようとする限り、政府の決定=その政治的見解に基づく判断と命令に従う「覚悟」が必要になるのは当然だろう。そしてもし田母神のように、政府見解に同意できない強い信念があるのなら、将官昇任を潔く辞退するか、少なくとも自衛隊の最高責任者への就任は、辞退して当然ではないか。
 ところが戦後生まれ(1948年)の、「平和ボケした日本」で育った田母神は、軍事官僚としての栄達=幕僚長就任は喜んで受け入れた一方で、政府の命令に従う覚悟もなく、かと言って職を賭(と)して「村山談話」の見直しを求めた訳でもない。あげくに「言論の自由がないのは北朝鮮と同じ」と放言しながら、「言論弾圧」に抗議して退職金をたたき返す気骨も見せはしないのだ。
 何とも〃潔くない〃田母神の態度だが、国会では、「なぜ幕僚長就任を辞退しなかったのか」という核心を突く質問は、野党からもついに出なかったのである。
 文民統制がこの程度にしか理解されていないのだとすれば、旧帝国陸軍による満州事変の「独断専行」が、どれほど悲惨な結末を迎えたかというこの国の歴史的教訓は、活かされるはずもない。

(Q)


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