【時評】排出権取引と日中関係
環境ビジネスの効果と課題
−環境技術うり込む日本企業は、和諧社会に貢献できるか−
(インターナショナル第177号:2007年11・12月号掲載)
▼日本企業のイメージチェンジ
かつて中国に進出した日系企業のイメージは、中国の消費者にとっては製品の優秀さ、とくに家電製品のそれだった。ところがここ数年は、中国国内メーカーや韓国メーカーの追い上げでこのイメージが後退し、それに代わるように「省エネと環境技術で先進的」というイメージを作ろうとする動きが、日本企業に広まっている。
11月1日、東芝は「省エネ・環境保全技術フォーラム」を北京で開催し、自社の省エネ技術を大々的に紹介したが、今年の1月と4月には、日立製作所も省エネと水処理に関するフォーラムをそれぞれ開催し、これまた自社の省エネ技術と汚水処理技術をアピールしているのだ。
東芝、日立と言えば日本を代表するエレクトロニクスメーカーだが、それがそろって環境保全と省エネのイメージを中国で打ち出したのは、もちろん偶然ではない。
背景のひとつは、地球温暖化対策をまとめた京都議定書である。これを批准した各国には、温室効果ガスの排出量削減目標が割り当てられたが、その目標達成の手段として「排出権取引」が認められたことで、日本の商社も、排出権取引を仲介する環境ビジネスに乗り出したことである。
もうひとつは、今年3月に開催された中国の第10期全国人民代表大会(全人代)と、10月の中国共産党第17回大会が、経済成長一辺倒だった経済戦略を見直し、環境対策やセーフティネットの構築を重視する「和諧社会」を目指す戦略に転換することを、共に決定したことである。
中国の経済戦略の転換は、安倍前首相と温家宝首相の訪中・訪日を通じて、両国政府が環境分野での協力を積極的に打ち出したり、かつての日本でも、現在の中国と同じような環境汚染で多くの被害を生み、それが数々の環境技術の開発を促したことが中国でも報じられるようになったりと、日中環境ビジネスの追い風になっている。
▼環境ビジネスの功罪
排出権取引の仕組みは、エネルギー消費と温室効果ガスを減らすプラントを、削減目標の割り当てが無いか少ない途上国に納入し、それによって減った温室効果ガスの排出量を「権利」として受け取り、これを、削減目標を割り当てられた国や企業に転売して利ざやを稼ぐというものだ。
日本の排出権購入費用の相場は1トン当たり2千円程度で、その1〜2%が手数料収入として見込めるという。
もちろん、プラントを供給する環境技術先進国が排出量削減の努力を怠るモラルハザードや、排出権取引が投機マネーの標的となるリスクも無視はできないが、途上国にとっては環境・省エネ技術の導入が促進されて外貨収入も得られるこの仕組みは、過渡的な対策としては容認できるのではないかと、わたしは考えている。
日本の商社が排出権取得を本格化させたのは、京都議定書が成立して8年後の05年ごろからだが、三菱商事は昨年、中国でのフロンガス分解事業に関連して年間1011万トンの排出権を取得し、国連に登録した排出権の総量は1188万トンと、日本企業としては最大になった。他に丸紅も、同じく中国の水力発電事業などで年間1200万トンの排出権を取得して日本企業に販売するとしているし、三井物産も中国を中心に年間600万トンの排出権を取得しており、交渉中の案件が成立すれば800万トンになるという。
この排出権獲得にともなう環境保全技術の供給が、深刻な中国の環境汚染にどれほどの効果があるかは判然としない。それでも、現在の中国における深刻な環境汚染を軽減しようとする取り組みの、端緒となることだけは確かだろう。しかも中国政府が、前述のように経済成長一辺倒の戦略を転換し、環境対策や省エネ対策を強化することで産業構造の高度化を進めようとしている今は、そうした政策全体に対する「側面支援」の意味をもつことにもなるだろう。
▼リース型ビジネスモデル
小泉政権の5年間に険悪化した日中関係は、安倍前首相の訪中でとりあえず修復はされたが、対中国ODA(政府開発援助)が大幅に削減されたままの現状では、こうした側面支援ですら、日中関係を好転させるそれなりの効果も期待できよう。
それでも、問題がない訳ではない。最大の課題は、中国側が環境技術や省エネ技術を導入する際の資金調達である。中国の地方政府の多くは財政難に直面しており、民営の中小企業も資金調達に苦労している。彼らがこれら最近技術の導入を望んでも、資金の手当がかなり難しいのが現実だ。
この問題を克服するビジネスモデルとして注目されるのが、日立の取り組みだ。同社は環境改善や省エネのための設備を中国企業に貸し出し(リース契約)、省エネによる二酸化炭素削減分を排出権として取得する方式を導入しようとしている。
今年8月、雲南省政府と省エネについて全面的に協力する協定を結んだ日立(中国)有限公司の子会社が、省エネ型の配電用変圧器の技術を山東省の企業にリースするという形で取り組みが始まっているが、こうした資金調達を軽減するビジネスモデルと共に、中国の実情に適合した環境・省エネ技術を提供できるか否かが、日中間の環境ビジネスが、両国関係の改善に資する「側面支援」たり得るかどうかを決めるだろう。
いずれにしても中国の環境汚染は、黄砂に含まれた有害物質が、日本の山間地に酸性雨を降らせていることでも解るように、文字通りの意味で他人事ではない。
環境ビジネスや排出権取引に問題が無いとは言えないが、わたしたちも、こうした現実的効果について、もう少し冷静な評価をもつ必要があるのかもしれない。
(12/20:いつき・かおる)