【時評】:不発だった大統領弾劾裁判
共和党右派の敗北・2大政党制の「中道化」


 ホワイトハウスの元実習生とクリントン大統領の性的スキャンダルをめぐって、131年ぶりに行われていた大統領弾劾裁判は2月12日、上院での採決の結果「大陪審での偽証」および「司法妨害」ともに無罪とという判決で幕を閉じた。
 今回の弾劾に批判的な圧倒的な世論の存在と、弾劾を主張する共和党がかろうじて上院の過半数を占めるに過ぎない現実が、上院の3分の1以上の賛成を必要とする弾劾の成立をあらかじめ封じてはいたのだが、「偽証」では有罪と無罪が45対55、「司法妨害」でも50対50と、ともに過半数にすら達しなかったという意味で、それは昨年11月の中間選挙につづく共和党の手痛い政治的敗北であった。より正確に言えば、94年の中間選挙で共和党による上下両院の過半数奪回の原動力となった共和党右派が、勝てる見込みのない戦を挑み、党内穏健派の〃反乱〃すら招き、自ら墓穴を掘るようにして痛手を被ったというべきである。この共和党右派の敗北は、94年中間選挙で共和党を押し上げたアメリカ民衆のテストに、彼らがこの5年間を通じて合格できなかったことを物語るものである。
 というのも民主党の地滑り的大敗となった94年中間選挙は、共和党に票を投じた有権者の実に97%が「クリントン大統領に反対の意思を示すため」に共和党を支持したと回答していたのだが、その基盤は、新古典派経済学に依ったレーガノミックスがもたらしたアメリカ社会の荒廃と「アメリカン・ドリーム」の崩壊に危機感を強める「怒れるミドルクラス」、つまり没落を強いられた白人中間階層であった。彼らは、当時の白人中間層のこうした苦境を尻目に、増大する移民労働者や貧困層といった、いわば民主党の伝統的支持層への手厚い保護政策を推進しようとするクリントンに反対の意志をつきつけ、右派主導の共和党を上下両院の多数派へと押し上げた。この敗北に危機感を強めたクリントンは、96年の大統領選挙では「中道」に変身、つまり一方では共和党の支持基盤である保守層におもねる「家族の絆」をかかげ、民主党の伝統的なリベラル路線からの転換を図る福祉やアファーマティブアクションの見直しを打ち出して再選を果たすのだが、議会の多数を握る共和党は、この変わり身に対抗しようとキングリッチに代表される右派の主導で頑迷な右派路線へと傾斜し、クリントンとの対決姿勢を強め、はては政策そっちのけでクリントンの性的スキャンダルを追い回すという醜態を演じつづけたというべきであろう。昨年11月の中間選挙での予想外の敗北とクリントンの弾劾に背を向けた世論は、ともにこの右派主導の共和党への幻滅の結果である。
 したがって今回の弾劾の無罪が、クリントンと民主党の支持基盤を強化するわけではないことも明らかである。むしろ今後予測される事態は、昨年11月の中間選挙にも示されたように、二大政党制に対する大衆的不信の増大と第三勢力(政党)の台頭であろう。そしてこの二大政党制の危機と「民主・共和両党の中道への傾斜」【本紙95号】は、民主党的なリベラルの経済的基盤であったケインズ主義の破産の結果であり、他方ではレーガノミックスの背骨となってきた新古典派経済学が、一連の国際的な金融危機によって破綻に追い込まれつつある結果でもある。
 それは大衆消費社会という戦後資本主義の繁栄を通じて、労働者大衆の意識から階級闘争という思想を追放し、アメリカ労働者党の成立を阻んできたフォーディズムと呼ばれたアメリカ的資本主義の、「労働者買収能力」の行き詰まりの反映なのである。   

(K)


時評topへ HPTOPへ