精算事業団の解散と国鉄闘争の課題
三人委員会の要求に秘められた政府・運輸省とJR各社の思惑
難題を解決できない国鉄債務処理法

(98年11月 bX4号掲載)


国鉄債務処理法案の成立

 金融危機に対応する金融再生法案と早期健全化法案の審議に手間取り、あるいは国鉄の分割民営化の経緯を楯に追加負担に難色を示すJRと、これを支持する自民党内反執行部派の抵抗によって審議が遅れていた「旧国鉄長期債務処理・国有林改革」関連5法案は10月15日、自民、社民、自由三党の共同修正案として参院本会議で可決され成立した。
 この法案成立を受けて10月22日、国鉄清算事業団は正式に解散し、28兆円にものぼる債務の大半は国の一般会計に引き継がれた。ただしこのうちの4兆3千億円の年金関連債務と売れ残った旧国鉄用地は鉄道建設公団(鉄建公団)に引き継がれ、これと同時にこの用地に関係する様々な係争事件(主に貸借関係と境界に関する約200件)の法的立場も同公団が引き継いだ。この係争事件に関する法的立場の継承には、5月28日の東京地裁での不当判決に対して、中労委と国労が控訴して係争中となっている中労委命令の取り消しをめぐる訴訟の「当事者」の立場も当然ながら含まれている。鉄建公団はこれら引き継いだ事業のために、1050人の国鉄清算事業団職員のほぼ全員をJRからの出向の形で受け入れ、国鉄清算事業本部を新設して残りの土地や株式の売却などの業務を継続する。
 ところで長期債務処理法の成立と国鉄清算事業団の解散は、政府・自民党と運輸省にとっては最大の難関のひとつをクリアーしたことを意味するだろう。というのも国鉄改革法に依って分割民営化を推進し、これに抵抗する国労を徹底的に弾圧しながら、その改革法が定めた清算事業の期限すら遵守できないとあっては、この大失策の推進者に他ならない自民党と運輸省そして現在のJR各社の幹部たちによる国労解体攻撃の名分が失われかねないからであり、それはまた他の国家官僚機構とくに財源を握る大蔵省や郵政省に対する面目が立たないばかりか、膨大な長期債務が象徴する失政の責任を追及されるといった窮地に陥る危険すらあったからである。とにかく国鉄改革法の定めどおりに清算事業団を解散し、国鉄の分割民営化にひとつの区切りつけることは、その意味でもぜひとも必要だったのである。

国鉄民営化と長銀国有化

 にもかかわらず、問題は山積したままである。23兆5千億円もの長期債務と年間6千6百億円もの利子の返済を国の一般会計に付け替えたのはいいが、その財源はたばこの新設増税分と郵便貯金の運用益の4千2百45億円と、財政投融資資金の金利減額分の2千5百億円以外は当てがなく、結局60年もの長期にわたって税金で返済することにならざるを得ない一方で、北海道、九州、四国のいわゆる三島会社の構造的赤字を解消する展望はなく、JR貨物の業績が好転する見通しすら立てられないでいるのが実情だからである。
 言い換えるなら、政府・運輸省が国鉄の分割民営化によって抱え込んだ問題は、長期債務処理法案の成立によっても何ひとつ解決されなかっただけでなく、その債務を膨らませ、三島会社の赤字構造をつくりながら、他方ではJR東日本とJR総連・革マル派の癒着という醜悪な利権構造に阻まれて、現行JR7社体制の再編成を含む、より抜本的な「国鉄問題の解決」に着手する展望すら持ちえないでいるということができる。
 さらに、政府・自民党と運輸省にとっては逆風になりかねない危険な兆候が登場しはじめている。それは8月末に世界を襲った金融不安を契機にして、民営化と規制緩和一辺倒だった行財政改革の基本方針に少なからぬ動揺が現れはじめたことである。こうした事態を象徴するのが金融再生・金融早期健全化法の成立だったのだが、危機に対応する国家・社会再編の処方箋が、民営化と市場競争原理の貫徹であった10年前とは逆に、むしろ一時的とはいえ国有化、つまり国の責任においてこれに対処するべきだとの論調が、無責任な御用学者たちの豹変をも伴って、急速に台頭しはじめていることである。
 この論でいくなら、拓銀の破綻によって急激な景気の悪化に見まわれている北海道では、それこそ不況対策の公共事業として、新たなインフラ整備のために在来線の再整備やJRの再国有化も検討されて不思議はないし、北海道や九州のJR職員の増員を、失業対策として検討することすら可能である。もちろんかつての国鉄民営化と現在の銀行国有化というちぐはぐは、グローバル経済という怪物に翻弄される日本帝国主義の政策的混乱を示すものであって、当然ながら何の整合性もないのは明かだが、5・28判決の敗北を受けて、新たな攻勢を準備しなければならない国鉄闘争にとっては、こうした状況もまた十分に活用に値するものであろう。
 だがこうして問題はふたたび、JR東日本とJR総連・革マル派の癒着構造を清算し、これに代わる労資協調のパートナーとして国労を屈服させて手なずけるという、政府・自民党と運輸省そしてJR各社にとっての最大の課題が、浮き彫りにならざるをえない。利権構造の防衛のためにJR7社体制のあらゆる変更に抵抗する東日本・JR総連の癒着構造の清算と、分割民営化の破産についての「生き証人」たる国労の屈服もしくは解体なしには、自らの失政の責任を不問にして、JR7社体制の改編をも含む抜本的な見直しに着手することは不可能だからである。
 政府・運輸省は当面、国労が争議に疲れ果てて屈服するのを待つつもりだろう。債務処理法の成立はこの時間稼ぎを可能にしたし、中労委側の敗訴となった東京地裁の5・28判決もまた、裁判の長期化という時間稼ぎに貢献するからである。しかしこの時間稼ぎにはそれほど余裕があるわけではない。なぜなら三島会社の構造的赤字は、無為無策のまま放置すれば数年で莫大な金額に膨れあがる危険性をもっており、そうしたJR7社体制下の赤字の膨張自身が、国鉄分割民営化の破綻を暴き出すからである。
 つまり自社さ連立政権時代からつづいてきた「三人委員会」が、国労への圧力を強めて内部混乱を煽り、あわよくば国労の分裂すら望むような画策をするのは、むしろ彼らの側にもまた争議の解決を急がなければならない事情があることを物語る。

白紙委任状は与えない

 8月の国労大会に宮坂書記長が出した「補強提案」は、この三人委員会が解決交渉の条件として国労に押しつけようとした内容なのだが、大会はこれを下部討議にかけるとして採決に付さず、以降のエリア本部や地方本部の大会での討議を行うことになった。10月末日までの各エリア本部大会の結果では、5項目の「補強提案」を支持したのは九州エリア本部だけで、他のエリア本部大会ではいずれも受け入れられなかった。
 ところでこの宮坂「補強提案」に盛られた5項目の条件は、三人委員会が「自社さ3党の合意にもとづいて」国労に示したことなっているのだが、この三人委員会の内情は、政府・自民党だけでなく、運輸省や東日本を除くJR各社といった関係諸勢力の思惑が、かなり錯綜して反映されざるを得ないのが現実でもある。
 例えば5項目のうち、「国鉄改革法承認の表明」は政府・自民党そして運輸省の一貫した要求であり、94年末の清算事業団との和解の際に国労本部が文書を提出した経緯すらある条件に過ぎず、「自民党を含む全政党への働きかけ」は、非公式にではあれこれまでもすでに行われてきたことを再確認するものに過ぎない。ところが、「国労の名称変更を含む企業内労組連合への組織改編」や「JR連合との共同行動の呼びかけ」という条件は、今後の国労の進路に条件を付けるという意味で全く次元の違う要求であり、しかもこれまでの経緯からすれば実に唐突に出された要求である。しかもそれは「係争事件をエリア本部ごとに解決する」という条件に集約されるのであって、全国単一組織としての国労をエリア本部ごとに、つまりJR7社体制に順応する企業内労組連合に解体すること以外を意味しないのも明かである。5項目条件の核心は、実にこの3つの条件にこそ端的に現れているのであり、当然ながら三人委員会に対して、これを国労に突きつけるよう要求した勢力があることを示している。
 では、全国単一組織・国労の企業内労組連合への解体を最も望むのは誰か。いうまでもなくJR総連・革マル派との提携を解消したJR各社、主要に西日本、東海の両JR会社であり、それとの労資協調による官僚的保身を図るJR連合の幹部たちである。全国単一組織たる国労の解体と屈服がなければ、JR連合幹部とJR内の反革マル派勢力は、自らの主導権を保持できないことを誰よりもよく自覚しているのである。そして国鉄長期債務処理の追加負担問題でJR各社の協力を必要としていた運輸省と、その調整能力に依存するしかない自民党がこれに追随したと考えるのは、それほど的外れではないだろう。
 だとすれば階級的労働者は、こうした敵の内部の思惑の不一致を十分に考慮に入れた対応を求められるのであり、この上に立って解決交渉の展望を切り開くために全力を傾ける必要があろう。その際の核心的問題は、錯綜する利害の反映とならざるを得ない三人委員会に、より正確に言えばそうした錯綜した利害のために迷走することすら考えられる三人委員会ごときに、「白紙委任状」は与えられない、ということである。なぜならそれは事実上解決交渉の主体を国労以外の何者かに委ねるに等しい行為であり、国労が一方的な譲歩を強いられる危険だからである。そして宮坂「補強提案」の最大の弱点は、三人委員会に白紙委任状を与えないことを明確にできないという曖昧さなのであり、それがまた国労内の論議のあやふやさの原因となっていると言っても過言ではない。
 にもかかわらず他方では、階級的労働者が依拠できる運動の課題が、具体的に提起されはじめてもいる。5・28判決直後に自民党から出された「控訴しない」との条件はすでに無効化され、地労委命令と中労委命令をめぐる法廷での闘いは継続されるとともに、8月の国労大会方針に盛られた「ILOへの提訴」は、手続き上は実行に移されている。階級的労働者はこの事実に立って、つまり新たな攻勢のための課題が具体的に提起されていることを踏まえて、政府・運輸省側の時間的制約や諸勢力の要求の錯綜した内実を冷静に見極め、ILO条約に違反する5・28判決の不当性を公然と告発し、なによりも10年を越える争議団の苦闘に応える早期の解決を政府・運輸省に迫るべく、主体的な攻勢の再組織のために全力を挙げようとするだろう。

  (きうち・たかし)


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