「新しい国労」と「古い国労」
大リストラ時代に先駆者としての攻勢へ
国鉄労働組合では今、新しい国労と古い国労が鎬をけずっている。新しい国労とは86年の修善寺大会以降、国家的不当労働行為との対決の中で切り開いてきた闘争の社会化を更に飛躍させ、失業と不安定雇用に直撃されている膨大な労働者群と結びつく中で、採用差別問題の勝利的解決を目指そうとする部分である。古い国労とは、これまで切り開いてきた国鉄闘争の社会的領域から撤退し、場合によっては国労闘争団を切り捨てることによって、企業内的な労資関係の安定を求めようとする部分である。
今年3月の臨時大会で「改革法の承認」を決めたとき、この分岐は今ほど鮮明ではなかった。高橋委員長を初めとする本部が「解決のメドがついた」と言うのだから、政治の場での交渉に入る上で「改革法の承認」が必要ならば、「やむを得ざる選択」として認めようという考え方が支配的であった。
しかし国労は、「話し合いの土俵に上がる前に譲歩と屈服を迫られる」事態に直面させられた。自民党と自由党に対する「念書」提出と「運輸省案」の提示がそれである。この二つに共通する最大のポイントは、「JRに対する訴訟の取り下げ」と「採用差別問題に対してJRに法的責任がない」ことの承認である。8月末に開かれた国労の定期全国大会では、二つの「念書」と「運輸省案」に対して国労本部が示した「国労の考え方」を含む経過報告を承認するか否かをめぐって争われた。
結論的に言うならば、激しい反対がありながらも強引な議事運営で経過報告は承認されてしまった。だから批判派は現実的に敗北したことになるのだが、今回の全国大会の評価はそう単純ではない。それが冒頭で触れた「新しい国労」と「古い国労」の大会討論を通じた明確化であり、大会1日目と2日目の異様とも言える質の違いとして鮮明に示された。
大会1日目は経過報告に批判的な代議員が論陣をはり、2日目は経過報告承認派の代議員発言が多数を占めた状況を指して、「一日目は批判派のガス抜き、2日目は本部派の巻き返し」とする見解がある。確かに一面ではそうとも言えよう。だが大会発言を検討してみると、それだけではない従来の国労とは異なった側面が浮かび上がってくる。それは国労組合員の本部からの自立である。あるいは従来の学校(派閥)からの自立と言い換えてもいいだろう。
経過報告に対する批判は、@「念書」と「国労の考え方」は国家的不当労働行為の承認であり、13年間の闘いを無にしかねない内容だから破棄すべきだ、A執行の経過全体が組合民主主義から逸脱しており承認できない、B労働委員会制度そのものの解体に通じる裁判の取り下げは、国労の一存でできるものではない。リストラ攻撃と闘争中の各組合や争議団、支援に対する裏切りになる−−だが、この3点を各代議員は緻密な論理に基づき圧倒的迫力を持って発言したのである。
この3点の発言内容で明らかなように13年にわたる国家的不当労働行為との対決は、国家と企業から独立し、失業や不安定雇用と闘う民間争議など国労以外の闘いをも射程に入れた新しい活動家層が国労内に明確に登場したことを指し示している。しかもこれらの発言は旧社会党、革同と言った従来の派閥の枠を超え、実に個性的な内容で展開されたことが従来の国労大会との大きな違いである。
大会2日目に登場した古い国労とは、昨年の5・28東京地裁判決の敗北を契機に全面的に登場した。彼らの発言に共通していたのは、国鉄闘争に幕を引きたいという露骨な願望である。彼らは5月25日の7会派による政府への申し入れと野中官房長官(当時)の談話を高く評価し、それを推進した宮坂書記長らの経過の承認を求めるという内容だった。
国家的不当労働行為と13年にわたって対峙してきた国鉄闘争は、それぞれが身にしみて味わった差別・選別の実感によって、国家と資本、JR会社の思惑を超えて長期にわたる対決の陣形を形成してきた。そして国労は、自らが「正義」と確信していた採用差別問題に関する解決を東京地裁の勝利判決に託したのである。
すでに数年前から国労闘争団を切り捨て、企業内的解決を図ることで「労使正常化」を目指す「チャレンジグループ」の動きは存在したが、東京地裁判決の敗北までは極少数の勢力でしかなかった。だが昨年の5・28判決以降、「チャレンジグループ」の方針は国労内でにわかに「現実味」を持ち始めた。旧社会党系、革同系を問わず、国鉄闘争の解決展望が失われ、結局のところJR東日本・JR東労組(革マル派)と対立するJR西日本・JR連合とブロックを組むことで企業内的解決を図ることが一番ベターだとする考え方が急速に浮上してきたのである。
この発想に現実味を与えたのが、国労組合員数の減少である。「平成採用組」(JRに移行して以降の新規採用職員)に対する徹底的な国労敵視教育の結果、国労に加わる青年労働者達はエピソードの域を超えない微々たる数でしかなく(あの差別選別の壁を超えて国労に加わる青年達が存在すること自体にもっと誇りを持っていいと思うのだが)、特に専従役員は組合費の減少を前に専従としての自らの将来展望に深刻な危機感を抱いたのである。表向き「国労の財政危機」と表現されているこの問題の本質は、一部のプロ専従が自らの既得権を失うことへの恐怖なのである。
そこには国労が87年の全国大会で規約改正を行った結果手にした複合産別への方向性、即ち正規職員以外のJR縁辺に存在する未組織労働者を組織したり、私鉄総連を始めとする交通運輸労働者との大統一を図ると言った今日の袋小路を脱却する積極的な方針は全く存在しないのである。解決の方向はあくまでも企業内である。この構想力のなさが政府・自民党・運輸省・JR・JR総連(革マル派)に付け入る隙を与え、国労組織への絶望、闘争団の切り捨て、JR連合との合併の衝動となって今年の国労全国大会で噴出したのである。だが、国労全国大会後の状況を見ると、「政治の場での解決」は遠のき事態は入り口で膠着状態のままになっているように見受けられる。
そうした中で国労闘争団は、10月2日に開かれた倒産問題研究会に結集する争議団などが主体の「自主生産シンポ」に参加し、長期にわたる争議に耐えうる自活体制の一層の強化に乗り出したようである。各事業体の労働条件がJRに劣らない状況を形成することこそ、政府・運輸省・JRに最も打撃を与えうるという判断によるものだろう。また、全国大会以降の東日本を始めとする各エリアの大会、東京地本の大会などでも、「チャレンジグループ」の思惑は必ずしも成功してはいないようだ。
国労はこの間の危機を現時点ではかろうじてしのいでいる。だが、無策な状況が続けば、次の危機はもっと本質的で、深刻な事態となるだろう。「古い国労」の実態を見極め、企業内の枠を超える可能性を示した「新しい国労」が持つ質を大胆にどこまで運動化できるのか。その答えはすでに全国大会での国労活動家の発言の中に示されていると思うのである。
それは連合内で苦闘してきた人々の次のような思いともつながっている。
日産の2万1千人の人員整理に代表されるように、連合の中軸にいる組合は従来の常識を越えるリストラを前にして、なす術もない。こうした時、このような攻撃に対して先駆的に闘ってきた国労こそが組織者になるべきなのだ。国労は従来のように支援される存在ではなく、リストラで解雇されつつある未組織労働者、あるいは連合傘下の労働者を支援し、組織する側なのだという点を自覚すべきなのである。
(T.A)