金融再生プログラムの羊頭狗肉

産業再生機構のカラクリ

労働分野で突出する規制緩和=労基法改悪

(インターナショナル132 2003年1・2月合併号掲載)


     メガバンクの醜態

 小泉政権がまとめた金融再生プログラムが波紋を広げている。建設・不動産・流通部門に集中する不良債権処理を加速し、産業再編を促進しようとする「竹中改革」は、不良再建と「問題企業」をセットで処理しようという構想だが、公的資金(税金)の強制注入という事実上の国有化を回避したいメガバンクグループの「奇策」や「愚作」の相次ぐ発表で、むしろ銀行の信用に対する不安が助長されそうな様相を呈している。
 昨年暮れ、三井住友銀行、みずほ銀行、UFJ銀行のメガバンク3グループは相次いで新たな財務対策を発表した。それは「竹中ショック」による株価急落が株式の含み損を急増させ、さらに昨年11月末に発表された「金融再生工程表」にそって実施される金融庁の特別監査で不良債権引き当て金の積み増しが不可避となり、結果として自己資本比率が低下して公的資金の強制注入による国有化が現実的になりはじめたために、それを逃れようとする懸命の対応だった。
 だが問題はその中身である。みずほグループは、現持ち株会社の上に屋上屋を重ねる新持ち株会社を設立し、取引先企業を中心に総額1兆円の増資を求め、UFJグループは、不良債権を銀行から切り離して管理する子会社を新設し、アメリカの金融グループ・メルリリンチから1000億円の資本を調達し、三井住友グループに至っては、資本金が6分の1にも満たない100%出資子会社・わかしお銀行に「吸収合併される」ことで2兆円の合併差益を捻出、株式含み損を一掃するという。なんともすさまじい帳簿(財務諸表)上の数字操作を駆使して、「国有化」を回避しようとするごまかしと言うほかはない。
 多少乱暴に言えばだが、みずほグループの財務対策は、不良債権で身動きのとれない銀行部門と不良債権管理部門を現在の持ち株会社に残し、その上に屋上屋の新持ち株会社を作ってカード会社やシステム開発など比較的収益のあがる部門を増資のエサとして囲い込んだだけで、銀行機能の再生という重要課題を先送りしただけだし、UFJの対策は、不良債権を子会社にまとめ、体よく外資にたたき売るのと変わらぬ損切りに過ぎず、三井住友グループのそれは、いわば裏口から自己資本を取り崩して株式の含み損を埋め合わせることでしかない。
 当然だがこうした財務対策に対して、多くのエコノミストの評価は奇策だ愚策だと手厳しい。唯一の例外は、高い信用力を背景に個人投資家も対象にした株式発行で増資をめざす東京三菱銀行だけである。無残というべきか醜態というべきか、日系金融資本の凋落と堕落は目を覆うばかりである。

     政官主導の恣意的再編

 こうした巨大銀行のなりふり構わぬ損切りと自己資本増強は、竹中プランに追いつめられて不良債権処理が加速するのでは、との期待を呼びおこしているという。もしそうであれば、大量倒産と失業という犠牲を労働者に押しつけてでも金融システムを再生する竹中プランが、功奏したことになる。
 ところが、小泉を本部長とする産業再生・雇用対策戦略本部がまとめた金融再生プログラムの実態は、むしろ税金による銀行と「問題企業」の旧態依然たる救済になる可能性が高いのだ。皮肉な言い方をすれば、巨大銀行のなりふり構わぬ対策は、実態を隠す〃目くらまし〃とさえ思えるほどだ。
 金融再生プログラムには、先に不良債権処理の促進を名目に設立された整理回収機構とは別に、「産業再生機構」なる機関の新設が盛り込まれた。産業再生を名目に、不良債権の中の「再生可能債権」を買い取るというのだが、少し詳しく見ると、公的資金注入による銀行国有化という刺激的手法に代えて、銀行の不良債権をまたまた税金で買い取る実態が浮かんでくる。
 この2つの機構は、前者は不良債権を銀行から買い取って「整理回収」するが、後者は銀行から不良債権を買い取った後、その債務企業を5年間の期限付で「再生」することになっている。前者は、「問題企業」を法的整理(=倒産)も含めて整理し債権の何割かを回収するが、後者は債務企業を再生し、将来見込まれる収益で債権を全額回収するのが目的と言うのが建前だ。
 債務超過企業を潰すだけが能じゃないのは当然だし、法的整理に訴えてむやみに倒産や失業を増やすべきでもない。
 しかし整理回収機構でも処理できなかった不良債権が、バブル景気に踊った建設、不動産、流通業界に集中し、中でも総合建設業(ゼネコン)は度重なる銀行の債権放棄を受けながら再建計画が進展していない現状を考えれば、法的整理も再建も極めて難しい企業群の不良債権が産業再生機構に持ち込まれるのは当然の成り行きだろう。安易な延命措置にしないハードルとして、有利子負債がキャッシュフロー(現金資産)の10倍以下という条件があっても、どうしても処理したい債権なら、銀行は債権放棄で負債を圧縮した後に産業再生機構に買い取ってもらおうとさえするかもしれない。
 こんな企業群を、5年間という期限付きとはいえ10兆円もの公的資金で「再生」するということは、要するに個別銀行の手に負えなくなった不良債権を国家が税金を使って買い取り、再建と称して延命させたり会社更生法や民事再生法による借金棒引きで復活させたりしながら、政官の主導による恣意的な「業界再編」が促進されるだけだろう。しかもこの過程では、銀行によるバブル時代の不正融資や経営陣による背任まがいの投機などの経営責任が、企業再建を口実に不問に付される可能性も極めて高い。
 これは結局、政官財がグルになって特定の銀行と企業そこに連なる政治家と官僚の利害にそった業界再編が、小泉と竹中のお墨付きを得たということではないか。
 さらにこれでもまだ足りないと言わんばかりに、再生機構が債権を買う「適正な時価」を吊り上げようと、政府=国土交通省や経済産業省と与党が画策する。「高値で銀行の売却意欲を刺激し、不良債権処理を加速する」というのがその言い分だが、なんのことはない、銀行の損失をできるだけ小さくしようということだ。債権の買い取り価格が高ければ高いほど、再生できなかった場合の負担(=リスク)、つまり税金での埋め合わせが大きくなるのは明白なのにだ。
 市場原理だのリスク管理だのと、新自由主義の御託をさんざん並べ立ててきた竹中の改革プランは、自民党実権派と官僚機構による恣意的な業界再編プランに限りなく接近したのだ。竜頭蛇尾、羊頭狗肉。これを馬脚を露すと言わずに何と言うのか。

       小泉改革の挫折と労基法改悪

 今年1月、朝日新聞が実施した世論調査によれば、小泉政権の支持率は、前回(12月)の54%から7ポイント下がって47%になった。支持率が5割を切ったのは、昨年8月以来5カ月ぶりだという。
 興味深いのは、60歳代以上の年齢層では6割が支持する一方、50歳代以下の年齢層では2割から4割と支持率が過半数以下という違いがはっきりと現れ、政権発足当初は強力な支持基盤であった無党派層の支持率も、支持33%、不支持42%と逆転したことだ。12月にはまだ無党派層の支持は44%、不支持38%だったから、これは「事件」である。
 もちろんここには、金融再生プランなどの経済政策への不信だけでなく、公約違反の指摘に「大したことではない」と居直る政治姿勢、対イラク戦争への対応についての不満、あるいは日朝関係改善への無策など、小泉政権全般への幻滅が現れている。
 だがはっきりしたのは、小泉の支持基盤がとうとう旧来型の自民党政権同様の構成になり下がり、小泉改革への幻想的期待は最後の崩壊局面に入ったことだ。
 しかしこれで、労働者民衆を取り巻く厳しい状況が好転しはじめる訳ではない。むしろ小泉改革の挫折が明らかになり日本経済の疲弊が深まるにつれて、資本の労働者に対する攻撃は激しさを増すことになる。
 というより、自民党実権派と官僚機構による恣意的な業界再編は、最も抵抗の少ない分野つまり労働分野の「改革」を突出して進めながら展開される可能性がある。新たな生け贄、新たな犠牲者がなければ、旧態依然たる業界再編が成功する見込みはない。彼らもそれを知っているからだ。

 昨年12月、労働政策審議会は労働基準法と労働者派遣法の改正建議を提出し、政府・厚生労働省は今国会に改正法案の提出をしようとしている。
 産業再生・雇用対策戦略本部が金融再生プランを策定するのと併行して、解雇ルールを明文化すると称して始まった労基法改定の動きは、よりによって、労働者の最低限の権利基準を定めた労基法に「使用者は・・・・労働者を解雇できる」と明記する改悪法案として、派遣労働法は、最後の「聖域」であった製造業への派遣を自由化する改悪として提案されようとしている。
 いわゆる労働市場の流動化は、小泉改革もはらんでいた不安定雇用を大幅に拡大する規制緩和のひとつだが、この2つの改悪法案とならんで、労働者派遣業の規制緩和を意識した職業安定法の改悪と、反対に失業保険の受給資格や受給期間の制限を強化する雇用保険法の改悪もふくめて、労働関係法の改悪が一挙に強行されようとしているのだ。
 正規雇用労働者の解雇を資本の権利として明文化し、より多くの職種を派遣やパートなどの不安定雇用に置き換えて人件費の下方硬直性を突破する手法の法制化は、雇用確保の建前をすてて企業再編が進められるという意味で、政官主導の恣意的な業界再編を強力にバックアップするのだ。
 イラク戦争に反対する大衆行動につづいて、小泉自民党政権に対する大衆的反撃がこの回路からも必要になっている。
 そして2月17日には、「戦争も雇用破壊も許さない!こんな解雇ルールはいらない!労基法大改悪NO!2003年春の共同行動スタート集会」が、170人あまりの労働者を集めて東京で開催された。

(K・S)


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