●第23回参院選挙結果に何を見るのか
「衆参ねじれ」解消で呼び起こされる
自民党内抗争の激化と政党再編の蠢動
―― 「包括政党・自民党」の終焉、「議席の既得権化」を撃つ一票の格差問題――
(インターナショナル第215号:2013年8月号掲載)
▼圧勝した自民党と野党の分散化
選挙前の下馬評どおり、自民党の圧勝だった。
自民党は改選34議席の倍ちかい65議席、連立与党・公明党も改選10議席を1上回る11議席を獲得、非改選59議席(自民50、公明9)と合わせて135議席と定数242議席の過半数を大きく超え、2007年参院選以来の「衆参ねじれ」も解消された。
これで安倍自民党は、かつての自民党一党支配を思い起こさせる「安定した議会勢力」という強力な政権基盤を手にしたことになる。
対する野党は、日本維新の会が2議席から8議席に、みんなの党と共産党が共に3議席から8議席へとそれぞれ議席を増やしたが、民主党は改選44議席の半数以上を失う17議席と惨敗、社民党も2議席から1議席へ、「生活の党」と「みどりの風」もそれぞれ6議席と4議席の改選議席をすべて失い、新党改革と新党大地もそれぞれ1議席を失って野党全体では24議席の減少となった。
この結果から明らかになるのは「自民圧勝」と「民主惨敗」が一対の関係にあり、それはまた昨年12月の総選挙で示された有権者の「民主離れ」あるいは「民主党への嫌悪感」がなお持続し、野田政権当時の民主党と袂を別った生活の党やみどりの風も「民主党の亜流」として忌避されたということだろう。と同時に、「民主党に代わる非自民の新勢力」を標榜する維新の会とみんなの党は議席を増やしたものの野党第一党の民主党には遠く及ばず、他方では凋落著しい社民党に代わって共産党が、安倍政権による改憲への危機感を強める「戦後革新」票の受け皿となることで議席を増やすことになった。
ところで大幅な議席増となったみんなの党と共産党がこの結果を勝利と喧伝しているのに対して、両党を上回る議席増を果たした維新の会は、むしろ「敗戦の原因」をめぐって関東勢と関西勢の間に緊張が生じている。というのも民主に代わる野党第一党を目指してきた維新の会は、今選挙では改選非改選を合わせて59議席まで後退した民主党に遠く及ばなかったばかりか、同18議席のみんなの党、同11議席の共産党にも及ばぬ9議席と「野党第4党」に甘んじることになったからである。野党第一党に躍り出る勢いを見せた昨年末の総選挙と比べれば、その存在感の希薄化は否めない。
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安倍自民党圧勝の選挙結果を受けて、いわゆる「護憲勢力」は九条改憲の危機、言い換えれば「戦争のできる国」に向かおうとする日本政治の右傾化への危機感を強めているが、惨敗した民主党は、まともな選挙総括もすることなく鳩山や菅といった以前の党代表に責任をなすりつけ、果ては「野党再編」を目論んで細野幹事長がみんなの党の江田、維新の会の松野と密会して物議をかもす有様である。
民主党の敗因をここで詳しく述べる余裕はないが、前回2010年参院選、昨年末の総選挙、そして今回の参院選とつづく有権者の「民主党離れ」最大の要因は、沖縄の米軍基地問題での挫折でもなければ東日本大震災後の復旧政策の混迷でもなく、いわゆる「大連立」を目論んで野田執行部が推進した自民・民主・公明三党による消費税率引き上げ合意という「公約違反」と、それを正当化する現主流派のご都合主義にこそあるのだ。
菅が新代表に就任した直後の消費税率引き上げ発言の不人気を小沢の政治資金疑惑にスリ替えたことに味をしめたのだろうが、今また鳩山や菅の言動に参院選敗北の責任があるかのようなスリ替えの試みは、少なくとも有権者の目には「不毛な内ゲバ」としか映っていないと知るべきだろう。
▼政治改革の挫折を示す自民党内の「ねじれ」
では「衆参ねじれ」を解消して両院の過半数を制した安倍自民党政権は、無人の荒野を行くごとく、安倍カラーを前面に押し立てて「戦争のできる・美しい国」に向かって邁進することになるのだろうか?
ことはそう単純ではないと、私には思われる。
というのも安倍政権が直面する最も重要な当面する課題は、「アベノミクス」で煽られた金融市場の活況に冷水を浴びせかねない消費税率の引き上げと、TPP交渉で迫られる「聖域なき貿易自由化」の2つであって、改憲ではないからだ。しかもこの2つの課題について、自民党内の賛否は文字通り二分されている。参院選圧勝の原動力となった1人区当選者の大半は「聖域なき貿易自由化」を公然と批判してJA(農協)票を取り込んできたし、「アベノミクス」の提案者を中心に消費税率引き上げへの強い反対がある。
こうした自民党内の「政策的ねじれ」は、安倍政権が直面するこの課題をめぐって、党内でも強い抵抗が十分に予測されるのである。
もっともこうした難航が予測される経済的課題に対して外交・安全保障の面では、安倍カラーがそれなりに発揮される可能性は十分にある。安倍首相が事あるごとに必要性を訴えてきた「集団的自衛権」の容認は、内閣法制局の見解を変更するいわゆる「解釈改憲」で達成される可能性が強いし、中国や韓国との政治的緊張が排外的民族主義を助長して不測の事態を呼び起こす危険性も高まるだろう。しかしそれでも日米の「集団的自衛権」をどのように行使・運用するのかを決める実際の権限は日本政府と防衛省にではなく、ホワイトハウスとペンタゴンにある現実は変えようがない。そして今オバマ政権は、中国との戦略的パートナーシップの可能性を模索し始めているのが現実なのだ。
つまり「九条改憲を悲願とする安倍首相」という、必ずしも的外れではない安倍政権への評価と「護憲派」の強い懸念にもかかわらず、安定した政権基盤を手にした安倍政権は改憲に着手する以前に、重要な経済的課題をめぐって自民党総裁としての力量を試される可能性のほうがはるかに強いのだ。
しかもこの2つの課題をめぐる自民党内の抗争は、その深化の度合いに応じて新たな政党再編の政策的輪郭を浮き上がらせる可能性がある。
こうした事態は、二大政党制を目指した20年以上に及ぶ「政治改革」の試みがついに挫折したという現実を物語るだけでなく、選挙制度の変更や政治資金の公費負担等々では政党再編は実現しないという素朴な真理、少なくとも人々が政策やマニフェストに基づいて政党を選択できるような政策的収斂を軸にした政党再編は達成されないという、実に素朴な真理を確認するものであろう。
実際にも、小泉政権によって「構造改革」の旗印を奪われて「反自民+政権交代」へと矮小化された民主党の結集軸は、そうであるが故に新自由主義政策と福祉国家路線が混在し、あるいは親米派とアジア重視派が入り乱れる「呉越同舟」状態を生み出し、「反自民」の受け皿以上の政党には成りえなかったと言って過言ではないだろう。結果として民主党政権は経済政策でも外交路線でも基本的な方向性を示すことができず、中央省庁の国家官僚たちと手を組んだ自民党の攻撃に揺さぶられ続けたのだ。
そして今度は自民党が、グローバリゼーションの更なる進展によって党内の政策的ねじれにさいなまれることになる。だがもちろん最後まで基本的方向性を示すことに失敗した民主党政権とは違って、この自民党の内的葛藤は、むこう3年間は国政選挙がないという条件にも助けられて、始まるであろう政党再編の胎動は、「政策的枠組みをめぐる政治的抗争の端緒」となる可能性を孕んでいる。
何よりも「政治的に収斂された政権」の性格を色濃く持つ安倍政権が、「包括政党」を自認してきたこれまでの自民党とは異なる「政治的に収斂された与党」を、客観的には求めることになるからである。
▼「包括政党」の終焉とTPP交渉の行方
安倍内閣と自民党の関係は、「政高党低(せいこう・とうてい)」と言われている。政府つまり首相官邸のヘゲモニーが与党・自民党の政務調査会や総務会といった党内の政策調整機能を統制下に置き、官邸の意向に沿った与党の意思が決定されるという。
たしかに、かつては「老練な大物政治家」が仕切って党内合意を形成し、その実現を首相官邸に強引に迫った政策調整機関である政務調査会や総務会の会長が高市早苗と野田聖子では「役不足」の感は免れないし、党税調(税制調査会・野田毅会長)にしても、過日の政治的影響力はすでに見る影も無い。
政府と自民党のこうした関係は小泉総裁の下で急速に常態化したのだが、それでも現状の「政高党低」と比較すれば、小泉総裁当時の自民党の政策調整機能はそれなりに大きな影響力を持っていた。だからまた小泉総裁は、参院選での党内反乱を口実に「郵政解散・総選挙」と言った奇策を講じてでも「政策的収斂」を強行する必要があったのだ。だがこれを契機にして、党内の多様な意見=利害関係をボトムアップすることで政策化してきた「包括政党」としての機能は大きく後退し、トップダウンによる政策決定を是とする与党体制が、小選挙区制による党内派閥の弱体化も追い風にして自民党を政治的に収斂された政党へと変貌させ始めたのである。
つまり第二次安倍内閣とは、自民党が「政治的に収斂された与党」へと変貌してきた一定の到達点を基盤に成立した「政治的に収斂された内閣」なのであり、その片鱗は飯島内閣官房参与の訪朝をめぐって、アメリカと韓国の「不快感の表明」に公然と反論したことに端的に現れていた。安倍政権による北朝鮮・金正恩政権との非公式な政治折衝は、政権の意思として「反共(反中国)・親米」から「反共(反中国)・非米」へのシフトチェンジの試みとして、つまり「対アジア自主外交」への転換の一端として自覚的に実行されたと考える以外にはない。
そうだとすれば、すでに弱体化した自民党内の政策的ボトムアップ機能を拠り所にしてTPPに反対・抵抗できると主張して参院選で当選した自民党議員は、すでに過去のものとなった「包括政党・自民党」の幻想にしがみつき、結果としてTPP反対勢力を欺瞞・分断して新自由主義的自由貿易を推進しようとする安倍政権を強化する役割を担うことになる以外にはないのだ。
さらに自民党のTPP反対派には、もうひとつ決定的な誤算がある。それは安倍政権が「親米」から「非米」つまり「自主外交」への転換を図りつつあることである。それはこれまで、つまり東西冷戦下では「親米路線の堅持」と引き換えにアメリカから何らかの経済的恩恵を引き出すことが許されてきたが、中国との戦略的パートナーシップを真剣に検討している今のアメリカ政府が、日本の保守勢力が「親米」を堅持すること引き換えに何らかの恩恵を与えることなど考えられない。しかも安倍政権は、その「親米路線」からの転換を模索しつつあることは前述の通りである。
かくして今後のTPP交渉は日本農業のみならず、戦後日本が達成した人々の安全・安心に係わる社会的基準を大きく後退・変容させる苛酷な内容となる可能性が強まる一方で、これに反対する勢力は旧い、すでに無力化したシステムに依拠して抵抗を試みるというミスマッチが事態を悲劇的にするすることになる。そしてまさにこの「悲劇的な」抵抗の挫折と反対派の敗北が、対抗的政策体系の政治的枠組みを浮き彫りにして政党再編の進展に影響を与えることになるのだ。
言い換えれば、旧来型の保守系議員との癒着によって既得権益を防衛しようとする地域的権益集団と保守政党の関係が決定的に無効化されることで、「包括政党・自民党」が名実ともにその社会的基盤を失うことになるのだ。
だが同時に、この地域的権益と保守政党もしくは保守政治家の癒着関係を完全に清算するには、「一票の格差問題」として表面化している「選挙区の固定化」問題の壁を崩さなければならないという、もうひとつの難問が控えていることは確認しておく必要がある。
これもここで詳しく述べる余裕はないが、小選挙区制でありながら人口の変化に合わせた選挙区の再編が行われず選挙区が固定化されている現実こそ、二世議員が一向に減らず、保守政党と政治家とが地域の既得権益勢力の「組織票」に依存して再選を繰り返すことが可能な、実に日本的な政治構造の土台でもあるのだ。
アメリカやイギリスなど小選挙区制による二大政党制システムを採用している国の選挙区は、極端に言えば選挙の度に選挙区が再編されるのが当然である。そうでなければ日本のように、必ず「一票の格差」が生ずるからである。
だが日本では、選挙制度改革と言えば「比例区議席の削減」や「議席の増減調整」ばかりが検討の対象になって選挙区の固定化問題、もっと正確に言えば「選挙区の固定化による議席の既得権化」についてはまったく問題にさえされず、他方では「一票の格差」を告発して選挙の無効を訴える訴訟が増加しつづけているのだ。
その意味では、「包括政党・自民党」のボトムアップ型の政策策定機能が無効化されることは、「議席の既得権化」を擁護する力を確実に低下させるに違いないのだ。
▼消費税率引き上げ問題の二律背反
最後に、TPP交渉と並ぶもうひとつの課題である消費税率の引き上げは、安倍政権にとってはもっと厄介な事案である。
アベノミクスの抱える問題点や弱点はこれまでも指摘してきたことなので繰り返さないが、デフレから脱却し新たな経済成長を目指す政策展開の最中に実施される増税は、あらゆる意味でこの経済政策の効果に負の影響を与えるのは確実である。
そしてまさにこの困難な選択と決断をめぐって、安倍首相が慎重な発言に終始する一方で、麻生財務相兼副総理は予定通りの税率引き上げを国際会議でも公言するなど、まったく逆の発言を繰り返しているのだ。
たしかに消費税率の引き上げはデフレ脱却と経済成長にとってマイナス要因だが、他方で1000兆円に迫る膨大な累積債務(国債残高)を減らしつつ年金や介護保険等の社会保障制度を維持するには、何らかの増税は不可避であろう。これはまさに二律背反の課題である。と言う以上に、税率引き上げが「アベノミクス効果」ともてはやされる金融市場の好況に冷水を浴びせるとすれば、税率引き上げの延期もしくは回避は、財政再建を日本政府に求めてきたG7(主要7カ国中央銀行総裁・財務相会議)の勧告に背を向け、日本国債への国際的信用が失墜するリスクを高めることに他ならないのだ。
しかも問題なのは、「アベノミクス」の指南役と言われるイェール大学名誉教授の浜田宏一参与や内閣の実務的ブレーンと言われる本田悦郎参与ら「リフレ派」が、口をそろえて消費税率引き上げについて慎重な対応を求めていることである。と言うのは、リフレ派つまり黒田日銀による「異次元の金融緩和」によってデフレから脱却し不況を克服するとする政策を推進してきた当事者自身が、まるで「アベノミクス」の挫折による「景気回復の腰折れ」を見越し、その原因を「消費税率の引き上げ」に求めるように予防線を張っているように見えるからである。
なによりもG7のコミュニケでも指摘された「財政再建」にとって不可欠な消費税率の引き上げは、いわば国際公約に等しい、その意味では回避できない政策であることは浜田、本田両内閣参与も十分に承知しているはずであるにもかかわらず、である。
ひとつだけ明確なことは、金融市場での活況と円安の進行によって輸出産業の業績が大きく好転しているにもかかわらず、実物経済の拡大再生産を牽引する設備投資が増加する気配がほとんどないということである。つまり株価や不動産価格の上昇に伴う消費の増加による景況感(経営者の景気判断)の改善はあるにしても、次の景気拡大を見越して「設備投資」を行って増産の準備に入る経営者はほとんどいないのだ。この現実の中に、「アベノミクス」なる経済政策の「限定的な効果」が明白に示されている。
こうした現実に、「アベノミクス」指南役の浜田参与が気づいていないはずはない。それは彼にとっては「アベノミクスが思ったとおりの効果を発揮していない」現実を確認することに他ならない。黒田日銀の「異次元緩和」によって市場には大量の資金が溢れ始めているにもかかわらず、設備投資に必要な「長期借り入れ」が民間銀行の「貸出し残高の増加」として現れていない事実が、それを雄弁に物語るからだ。
だとすれば、今年10月に消費税率が引き上げられた途端、金融市場の活況を演出してきた「アベノミクス効果」はたちまちそのメッキが剥げ落ち始める可能性に、浜田参与自身が気づいていると考えるのはそれほど不当ではないだろう。
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外交やこの国の将来像に関する「安倍カラー」によって政権の座を射止めたとは到底いえない安倍政権の高い人気は、その大半を「アベノミクス効果」と呼ばれる金融市場の久々の活況に依存しているのは疑いない。
だとすれば、今年の秋以降の日本経済の動向こそが、安倍政権の将来を占う上で極めて重要な指標となるに違いない。さらにこの安倍政権の経済政策上の挫折と前述したTPP交渉の厳しい現実が明らかになるとき、わたしたちの「安倍政権と対峙する」諸政策の準備が問われることになるだろう。
(8/18:きうち・たかし)