●菅民主党政権はどこに行くのか

尖閣問題にみる政治決定の動機不純

―「反小沢」という不毛な選択と政治の衰退―

(インターナショナル第197号:2010年11月号掲載)


▼官僚の反抗を容認してはならない

 小沢一郎前幹事長との激しい攻防を制して、菅直人代表が再選を果たした民主党代表選挙から3日後の9月17日に発足した菅改造内閣は、発足当初は60%の高い支持率を得て、民主党政権の立て直しが期待された。
 だがその後のわずか2ヶ月足らずの間に、菅民主党政権は理念ばかりでなく現実政治の足取りも定まらない、危うい実態を露呈することになった。
 なかでも最大の事件は、民主党代表選挙最中の9月8日に尖閣諸島沖で逮捕した中国漁船の船長を、中国政府の「報復処置」に押されるように、改造内閣発足から1週間後の24日に「検察庁独自の判断」で釈放したことであり、さらに11月には、海上保安庁が撮影・編集した事件ビデオがインターネットに流出したことであろう。
 事態は、民主党外交の見通しの甘さと対中外交の動揺という問題から、菅政権の事件処理に不満をいだく官僚機構の内部から、「違法を承知の反抗」が現れる代議制民主主義の危機の様相を呈しつつある。ところがメディアと野党の一部にはこれを「内部告発」であるかのように論じ、選挙で選ばれた政府の政治決定に官僚が、しかも海保のような武装して国境周辺に配備される「準軍事官僚機構」の反抗が、外交上も極めて危険であることを無視するがごとき風潮が助長されている。
 例えばみんなの党の渡辺代表は、海上保安官がビデオの流出に関与していたと報じられた際に、公開されるべき映像が公開されないことへの海上保安官の「義憤」を語り、「非公開を決定した政府の責任は重い」などと述べたが、それは政治的決定を無視して満州事変に突入した陸軍の独断専行を、「愛国的義憤に駆られての行為」だと擁護したことと全く同じ「違法行為の奨励」であることに気づきもしない。国境警備の任につく海上保安官が「義憤」に駆られて中国船に発砲などしたらいったいどんな事態になるのか、そうした想像力すら欠いた政治家が政党代表であるこの国の政治は、菅民主党政権の危うさ以上に危うい状況にあるとも言える。
 もちろんわたし自身も、この映像が秘匿される必要があったかどうか疑問だし、それこそ情報公開を掲げてきた民主党にメリットがあったとも思えないが、そうした菅政権の政治判断の誤りを批判することと、官僚による守秘義務違反を「義憤」の名目で容認することは、まったく次元の違う問題であることを肝に銘じるべきである。

 その上で、この一連の事件で注目すべきことは、政治理念の先行で挫折した鳩山政権の轍を踏むまいと「現実主義」を強調した菅政権が、まさにその現実主義に基づいて中国漁船々長の逮捕に踏み切り、次いで中国政府の過剰とも言える反応に驚いて処分保留で釈放するという現実主義的対応へと方針転換し、さらに「日中関係を考慮した政治判断」との明言を避けて「那覇地検の判断を了とする」といった、あっさりと政治主導の旗を降ろす決着などなど、菅政権の現実主義的対応が次々と想定外の事態に直面し、政権自身が翻弄される皮肉な結果に陥ったことである。
 それは鳩山に代わって民主党代表に就任した菅が、新首相として行った6月11日の所信表明演説で言及した「現実主義」のあやふやさ、言い換えれば菅首相とその政権の背骨と言うべき政治理念なり政治信条なりが、ひょっとすると意図的に不明瞭にしているのかもしれないが、ほとんど見えてこないことに対応している。
 しかしそもそも「現実主義」の意味するところは、自らの政治信条や理想の実現のために現実的なアプローチ≠見い出そうとすることであって、政治理念や政治信条を棚上げにする≠アととは、これまたまったく違うことであるはずだ。

▼尖閣を棚上げにしてきた日中両国

 ところで、中国漁船の拿捕と船長の逮捕・拘留を主導した前原・前国土交通相は、自ら中国船々長の逮捕を最も強硬に主張したと自認し、当初から「VTR(の証拠)もあるから逮捕は当然」と啖呵を切って見せた。海上保安庁の所管大臣として、まずは海保の対応を全面的に擁護してみせたのである。
 だが中国船々長の逮捕という措置は、尖閣諸島周辺海域における海保のこれまでの対応とは「一線を画する強硬な対応」であることには、前原も、そしてマスメディアも一言も触れなかった。そして不思議なことに前原は、その後は何故かVTRの非公開決定に抗議するでもなく、威勢のいい啖呵もすっかり鳴りを潜めてしまったのである。
 これはいったい、どういうことだったのか。
 実は、これまでの尖閣諸島周辺での海上保安庁の対応は、台湾や韓国の漁船に対するのと同様、中国漁船に対しても「領海外に退去させる」以上のことはしてこなかったのである。その背景には、歴代自民党政府と中国政府との間に、「尖閣諸島の領有権については棚上げにしておく」という「相互了解」があったからである。
 この、尖閣諸島に関する日中間の相互了解事項は、小泉元首相による靖国参拝に対して中国外務省が「信義違反」と非難したことで広く知られるようになった「外交文書にはない約束事」のひとつだが、その中には「中国は日米安保条約に言及しない」といった約束も含まれている。つまり日中関係を緊張させるような(あるいは日中両国政府が苦境に陥るような)問題には相互に言及せず、実利に基づく友好関係を重ねることで相互信頼を醸成するというのが1972年の国交回復以来の日中関係の基本であり、1978年の日中友好条約締結当時にケ小平の提案で尖閣諸島領有問題が50年間棚上げにされたのは、それが継承されていることの証である。
 つまりありていに言えば、中国が「魚釣台は中国の領土」と主張したり日本が「日中間に領土問題はない」と主張するのは「相互了解の範囲内」だが、中国船を拿捕して船長を「日本の国内法で裁く」と言明することは、尖閣諸島を日本領として実効支配すると宣言するに等しいことなのである。だから中国側が、「菅政権は尖閣諸島の領有権問題について、これまでの相互了解≠反故にすると宣言した」と受け取って不思議はないし、過剰とも言える反応はそれを裏付けるに充分であろう。
 したがって問題の核心は、こうした外交上の相互了解を一方的に、しかも相手が怒るだろうことが十分に予測できる事項を破棄する「異例の能動的決定」がまるで無自覚に、言い換えれば何の準備も覚悟もないままに行われたという異常さにある。
 これはきわめて異様な事態だが、そうでなければ、中国の矢継ぎ早の報復措置に驚きあわて、たちまち180度の路線転換に追い込まれて国内的にも国際的にも不評を買い、右翼民族主義者に格好の宣伝材料を与えたその後の展開は説明できない。

▼沖縄米軍基地と尖閣諸島問題

 こうした異様な事態の背景として、2つのことが考えられる。ひとつはこの事件が、小沢前民主党幹事長と菅代表との、しのぎを削る代表選挙の最中に起きたことであり、もうひとつは、沖縄米軍基地をめぐる日米関係の動揺である。
 まずは、沖縄米軍基地と尖閣諸島問題から考えてみよう。
 改めて言うまでもないが、鳩山首相が辞任に追い込まれた決定的契機は、やはり普天間基地の移設先を辺野古へ逆戻りさせた♀t議決定であった。そうであれば、その後を襲った新生菅政権が、いわゆる「日米同盟」の意義を積極的に再確認して日米間の相互不信を払拭し、当面は普天間問題を「些細な問題として封印しよう」と画策すること自体は、それほど不自然なことではない。
 しかしながら「現実主義的対応」にとって重要なことは、沖縄の世論が普天間の県内移設反対では一致しており、辺野古移設を容認してきた現職の仲井真知事でさえ、間近に迫った沖縄県知事選では県内移設反対を掲げている事実である。それは辺野古移設の閣議決定が地元の同意を得られる可能性が極めて低く、結局は普天間基地の、ひいては「沖縄米軍基地の整理・縮小問題」が、日米両国間の再協議に持ち込まれる以外にはなくなる可能性が高まっているということである。
 そうであれば「現実主義」を標榜する菅政権が為すべきことは、普天間という「米軍海兵隊の利権」に固執することで生じる日米関係のリスク=墜落事故や米兵犯罪の増加による沖縄県民感情の悪化等々について慎重に、だが粘り強く米政府に伝え、再協議に必要な両国政府間の共通認識と相互信頼の醸成に努めること以外にはあるまい。なぜならそれこそが理念先行で挫折した鳩山政権の失策を超える道であり、同時に鳩山の失脚に大いに貢献した親米派外務官僚と、これに連なる安保マフィア人脈とは別の日米間の対話ルートを育むことにもなるだろうからである。
 ところが菅政権の沖縄米軍基地問題への取り組みは、少なくとも中国漁船拿捕事件によって全く逆の道を進み始めたように見える。その転機が、前原外相としては初となる9月23日の日米外相会談で、クリントン国務長官がわざわざ「尖閣諸島は日米安保第5条の適用範囲内」と言及し、同時に普天間移設問題に関する日米政府間合意の重要性が確認されたことを歓迎する意向を表明したことである。
 つまりクリントン国務長官は、親米派の新外相・前原との初会談で、沖縄米軍基地に関する日米合意の重要性と「尖閣諸島を防衛する日米安保条約上の義務」を直接関連づけることで沖縄米軍基地の存在意義を再確認したのだが、これを新外相・前原の思惑に言い換えれば、日中二国間の問題である尖閣諸島領有問題にあえて米国を関与させることで中国をけん制し、同時に中国の脅威を口実に沖縄米軍基地の必要性を再確認して日米政府間合意の辺野古移設実現を表明した、ということである。
 海上保安庁の所轄大臣である国交相として中国漁船の拿捕を主導し、その後就任した外相としての最初の仕事が、米国による尖閣諸島防衛の言質を取り付ける代わりに沖縄米軍基地の存在意義を強調することだったというのは、いかにも出来すぎの観がある。
 だからこそ、日米の安保マフィアが、親米派にして対中強硬論者である前原をたきつけ、中国を挑発して「中国脅威論」を煽り立て、沖縄米軍基地の存在意義をアピールしようとしたのではないかとの憶測≠ェ生まれることになる。そしてそれはたしかに、当たらずとも遠からずの解説なのかもしれない。

▼「脱小沢」という不毛な選択肢

 もうひとつの民主党代表選挙の最中という背景は、菅代表が再選に必要な国会議員の支持を得るには、前原を筆頭とした松下政経塾出身者などの反小沢グループと手を組む以外にはなかったことに起因している。
 ところでこの「反小沢」もしくは「脱小沢」という菅支持派が再選にむけて広めたキャッチフレーズは、政治理念も政策テーマも表してはいない、その意味では「小沢嫌い」というマスコミが煽った「大衆の気分」に迎合する、ネガティブキャンペーンと言っても良いかもしれない。ところがこのネガティブキャンペーンは、党の外側ではそれなりに威力を発揮したものの、党の内部つまり民主党国会議員の支持拡大という点では、期待したほどの効果は得られなかったのである。
 このことが菅支持派の「反・脱小沢」勢力との連携強化を後押しするのだが、それは政治路線としては「国家資金をバラまく景気対策」、「子ども手当てや農家の所得保障などマニフェストの遵守」といった小沢的政策に反対し、外交路線としては小沢の親中外交に対抗する親米路線いう傾向をもつことになる。こうして「反・脱小沢」という非政治的で非理念的な選択肢の提出が、逆に極めて政治的な選択を促進するというパラドックスが菅政権に刻印されることになった。
 そうした激しい選挙戦最中の9月7日に尖閣諸島沖で事件は起き、所轄大臣である前原国交相が頑強に強硬論を主張したとすれば、菅首相と仙石官房長官がこれに同調することで民主党代表選を有利に運びたいと考えるのは、それほど不思議なことではない。しかも前述のように、普天間問題で辞任に追い込まれた鳩山政権の後を継いだ菅政権としては、日米間に残るしこりを緩和するために、親米派・前原の外相起用をすでに腹案としてもっていたのかもしれない。
 だがこうして、つまり外交戦略や「国益」とは無関係な、権力抗争や政権の党内基盤の強化といった政局がらみの思惑が、「何の準備も覚悟もないままに、異例の能動的決定」を行わせた可能性が浮き彫りになる。
 菅首相が最初の所信表明演説で表明した「現実主義」が、実はこうした政局レベルの、言い換えれば諸政治グループの合従連衡を意味していたのだとすれば、それは破綻して当然の功利主義という他はない。

 菅代表が再選された民主党代表選が、政策論争というよりは「反小沢か、親小沢か」という、あえて言えば不毛な選択肢をめぐって争われたのは、民主党という政党の未熟さもさることながら、自民党政権が終焉して以降のマスメディアの、まるで自民党政治に慣れきった中央省庁の国家官僚とグルになったかのような民主党政権批判と、あげくの「反小沢キャンペーン」の影響でもある。
 たしかに「政治とカネ」は長く戦後日本政治の陰だったし、小沢の政治手法が古い、その意味では悪しき自民党的手法であることも事実である。だがそうだからといって、検察が起訴を断念した贈収賄疑惑を近代刑事訴訟法の原則である「推定無罪」を無視してまで犯罪に仕立てあげ、小沢を追い落とすことが正当化される訳ではあるまい。
 だがこうしたマスコミと政党の劣化が、必要な政治的議論や戦略的論議を後景に追いやり、今回の中国船拿捕事件のような異様な事態を、文字通り権力の中枢で惹起することになったとは言えないだろか?
 結果として菅政権の支持率は20%台にまで低下し、政治的イニシアチブの弱体化は決定的となった。それでもマスコミの期待する政局と権力抗争が起きないのは、この国の政治とマスメディアの衰退を象徴しているのだろう。

(11/18:きうち・たかし)


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