●民主党・小沢代表辞任と鳩山新代表の選出

加速する政党再編の流動化と戦後政治の転機はらむ総選挙

−小沢は何故、くり返し復活したのか−

(インターナショナル第187号:2009年5月号掲載)


▼「脱小沢」と民主支持率の回復

 民主党は5月16日、衆参両院の国会議員220人による党代表選挙で鳩山由紀夫幹事長(62歳)を新代表に選出した。
 小沢代表が辞意を表明したのが11日夕方、14日午前には鳩山、午後には岡田克也副代表(55歳)がつづけて記者会見を開いて代表選への出馬を表明、16日午前に選挙が告示され、同日午後には投票という慌ただしい新代表の選出であった。
 民主党内には、反小沢グループを中心に、党員やサポーターも投票できる「正式な代表選挙」を求める声も強かったが、鳩山を支持する多数派が、「任期途中の代表選挙」に関する党規約どおり国会議員による選挙で押し切り、大方の予想どおり鳩山が124票を得て新代表に選ばれた。ちなみに岡田は95票(無効1票)であった。
 ところで小沢の辞任表明から鳩山を選出した代表選まで、一連のマスメディアの報道とくに読売と朝日のそれは、「小沢たたき」に懸命だったとの印象が強い。
 小沢が代表辞任を表明すると、それまでの小沢に対する「辞任要求」の論調は「献金疑惑の説明責任」の追及に一転し、代表選をめぐっては反小沢グループを叱咤激励するように岡田待望論を滲ませ、代表選における鳩山の優勢を報じながら「小沢院政の懸念」を解説するなどして、民主党代表選挙の最大の焦点があたかも「脱小沢」であるかのように世論を誘導したからである。
 麻生自民党の幹部や閣僚たちも、こうした読売と朝日の論調に歩調を合わせるように小沢の説明責任に言及し、「脱小沢」が民主党の最大の課題であるかのように語ったのも、奇妙な一致と言える。
 しかし小沢の去就が注目されてきたのは、9月までには実施される来る総選挙で、民主党を中心とした社民、国民新党の野党共闘が自民、公明連立与党を上回る可能性が現実味を帯びていたにもかかわらず、党の代表たる小沢の不正献金疑惑が民主党への逆風となり、自公政権が延命する可能性が高まっていたからであった。
 そして小沢の辞任と鳩山の新代表就任は、とりあえずこの逆風を鎮める効果があったことは認めねばなるまい。

 鳩山が民主党の新代表に就任した直後の週末(16-17日)、新聞各社は一斉に緊急世論調査を行い、18日にその結果を報じた。
 それによれば、民主党の支持率は軒並み急増し、小沢の公設秘書が政治資金規正法違反容疑で逮捕されてからじりじりと低下してきた支持率は、事件以前の状況にほぼ回復し、麻生と鳩山のどちらが次期首相としてふさわしいかとの質問でも、鳩山が麻生を圧倒したと言って良い。
 とは言え、「ヒール(悪役)・小沢」のイメージを一新する新代表の就任は、本来なら御祝儀相場で支持率が急上昇してもいいのに、30〜40%程度の支持は、いかにも心もとないと言える。例えば日経新聞の調査では、「誰が次期首相にふさわしか」の質問で、鳩山は麻生の16%を大きく上回る29%だが、「どちらもふさわしくない」という回答は52%もあり、朝日の調査の「鳩山民主党に期待する」も、「期待しない」の43%をわずかに上回る47%に過ぎない。
 それでも民主党の支持率が大きく回復したのは、「小沢問題」に一応の決着をつけたことが、有権者に肯定的に評価されたことを物語っており、それは逆に言えば、4月の世論調査では「誰が次期首相にふさわしいか」の質問で小沢を逆転した麻生への支持が、実はスキャンダルによる小沢への反感の裏返しだったことを示唆している。
 こうした世論調査の結果から言えるのは、小沢の代表辞任と民主党代表選挙の焦点は、読売と朝日が期待した「脱小沢」というよりも、スキャンダルまみれの党首を代えることが出来るのか否か、つまり政権交代を唱える政党としての資質がテストされたと言えるのであり、民主党は小沢の辞任と鳩山新代表の選出によって、辛うじてだがこのテストに合格したとは言えるだろう。

▼「脱小沢」という不毛な二者択一

 では読売と朝日が、ことさらに「脱小沢」を焦点化したのは何故か?
 少し乱暴に要約すると、主観的には「古い自民党政治」つまり田中派から竹下派に継承された金権政治の復活への警鐘を意図して、その申し子たる小沢の権力闘争思考からの脱却を訴えながら、客観的には、輸出偏重による国内(地方)経済の疲弊や民営化にともなう公共資産のさん奪など、その弊害が露呈しつつある「小泉−構造改革」の継続を求める論調と言えるだろう。
 あえて言えば読売は自覚的に、朝日は無自覚的に、旧態依然たる自民党政治に対する不信と反感から、小泉的自民党の復権に期待をしたのだと言えようか。
 だがそうだとすれば読売と朝日は、昨年9月のリーマンショックで、マネタリズムに基づいた世界的な好況が全面的な破綻に直面してなお、これへの追従でしかなかった「小泉−構造改革」への批判的総括を全く考慮していないことになる。もっとも、福田政権から始まった構造改革のなし崩し的転換が、選挙目当ての露骨な「ばらまき政治」、つまり古い自民党政治への回帰に帰結しつつある日本政治のお寒い現状が、両紙の論調に一定の正当性を与えてもいる。
 結局、読売と朝日の「小沢たたき」は、マネタリズムかばらまきかと言った、破綻した2つの政策理念をめぐる不毛な二者択一しか見えなくなった閉塞状況の反映であり、それはまた小泉の「ワンフレーズ政治」を「分かりやすい政治」と混同して「政治の単純化」に大いに貢献し、ついには自らも多様で複眼的視野を失いつつある、日本を代表する二大新聞が自ら撒いたタネでもある。
 しかも肝心なのは、このテーマつまり「古い自民党政治の復活」という問題は、民主党の代表問題というよりも、現状ではむしろ麻生自民党の「ばらまき予算」の問題や、道路特定財源の一般財源化に抵抗する自民党族議員の跋扈(ばっこ)等々にこそ現れていると言うことである。
 その意味では読売と朝日の論調は、「木を見て森を見ない」のたとえに似て、小沢という政治家個人にばかり注目し、ヒール・小沢が繰り返し政治の中心に復活する背景、つまり今日の自民党に凝縮して現れている戦後日本保守政治の、歴史的構造と破綻とに目を塞いでいる結果なのだ。繰り返すが読売は自覚的に、朝日は無自覚的にである。
 たしかに小沢は、金権政治の主流派たる竹下派の中枢から現れ、自民党から政権を奪取するためには手段を選ばぬ「剛腕」を発揮してきたのだから、それが「もうひとつの田中−竹下派」を作ろうとする「古い体質の政治家」に見えて不思議はない。
 だがその小沢は他方で、一貫して「選挙による政権交代」と「政策理念に基づく政党再編」を唱えてもきた。しかもこの主張は90年代はじめ、「独裁」とまで言われた自民党長期政権が繰り返し金権スキャンダルに見舞われ、「政権交代の無い議会制民主主義は腐敗する」という当時の世論に応えようとするものだったし、それは今も日本政治の重要なテーマであるつづけている。
 そしてこれが、ヒール・小沢を繰り返し政治の中心へと押し出す、戦後保守政治が抱えつづけている課題なのであり、本質的には、戦後保守政治の宿痾(しゅくあ)と言える「政官財の癒着構造」をどう認識し、これを打開する具体的道筋をどう見い出すかという問題に他ならないのである。

▼自民党政権と官僚機構の癒着

 小沢が仕掛けた細川連立政権は、この課題に応えるはるか以前に野合政権の内部分裂で自壊し、政権は再び自民党の手に帰した。だが、この戦後保守政治の課題は底流として残りつづけ、「自民党をぶっ壊す」と公言する小泉の登場が、改めてこのテーマを政治の前面に押し出すことになった。というよりも小泉の登場自身、細川以後の自民党政権が、結局のところこの課題に応えることができなかった結果であった。
 そしてこれが、小沢が再び政治の中心へと押し出される契機となり、小泉改革の弊害と欺瞞が暴かれはじめた2007年の参院選では自民党が大敗し、「政権交代」の現実的可能性も姿を現したのである。
 しかも今回の政権交代の可能性は、細川連立政権を成立させた奇手・奇襲と違って、小選挙区制導入が作り出した二大政党がそれぞれに連立政権と野党共闘の枠組みで政権を争うという、1955年の保守合同と社会党の左右合同以降の日本政治では見られなかった、選挙による政権交代の可能性という意味でも画期的である。
 だがそうだからこそ、さまざまな軋轢が引き起こされもするのだが、その中で意外に見落とされがちなのが、中央省庁官僚機構の根強い「自民党支持」である。
 というよりも今回の補正予算がひとつの典型だが、自民党の代名詞にもなってきた「ばらまき政治」は、中央省庁を通じて実施されることで国家官僚機構の権限と権益とを強化する、その意味で政官の癒着構造を育みつづける仕組みでもあった。
 だから自民党政権は、たとえ改革を唱える小泉政権といえども、いわばこうした政権と官僚機構の協調関係を根底から覆そうとはしないが、「政権交代」は、まさにこの点に強い不安を抱かせるからである。
 欧米諸国では当たり前に行われてきた政権交代が、日本では国家官僚機構に大きな不安を呼び起こすのは、何よりも戦後、官僚出身の議員を大量に抱え込んだ自民党が、長期にわたる党単独政権の期間を通じて、政策の実施機関である官僚機構に政策立案まで依存するようになり、その見返りに官僚機構の権益を擁護する癒着関係を、族議員の再生産を通じて定着させてきたからである。
 「誰が大臣でも勤まる」と揶揄される自民党の現実は、この党の官僚依存を象徴するのであり、小泉政権時代の党幹事長だった武部が、「わたしは偉大なイエスマン」と自認して政治家として恥じないのも、この党に染み付いた「官僚との癒着」という政治文化が言わせた迷い言なのだ。
 したがって「日本における政権交代」の大きな効用のひとつは、政権と官僚機構の癒着構造の抑制にある。
 なぜなら政権交代による政策転換、場合によっては前政権とは180度ちがう政策が実施される可能性があれば、官僚機構はあらゆる政策的選択肢に対応できるような政治的緊張感を持たざるを得ないし、また特定の政党や政権と親和的に過ぎることは、官僚的保身上も得策ではないからである。
 欧米の官僚たちが「公僕」を自認して政治的中立に固執するのは、こうした政治的緊張や自己保身と無関係ではない。
 そして改めて言うまでもなく、今日の日本政治の最も重要な課題は、「政治に対する官僚の優位」を打ち破り、世界の経済と社会の大きな変貌に対応しうる政治的イニシアチブを再生することである。なぜなら前述の「不毛な選択」が象徴するように、新たな展望を描けない大きな障害のひとつが、政権を独占する自民党が、前例に固執し、大きな変化を嫌う、国家官僚機構に深く依存しているからに他ならない。

▼政党再編の引き金としての政権交代

 だがもちろん、これだけが「政権交代」の効用ではない。否それ以上に重要なのは、自民党と民主党という二大政党が、それぞれの内部に政策理念上の「ねじれ」をかかえ、それが政策立案過程の党内調整を難しいものにし、それがまた官僚機構への依存を深める条件ともなるからである。
 自民党内部に、小泉−竹中路線になお未練を抱く「マネタリズム派」と、旧態依然たる「ばらまき」を政治と考える「伝統派」があるように、民主党にも松下政経塾出身者を中心とする「改革派」があり、旧社会党と旧民社党出身者の「社民右派」があり、菅直人代表代行に象徴される「市民派」が混在しており、それは単に政策選択上の相違を越えて、場合によっては全く逆の理想や理念にもとづく違いを内包している。
 とくに自民党は、その強固な結束力の源泉が国家予算を左右できる「政権の独占」にあることは周知の事実であり、だから自民党政権がつづく限り、「政策理念に基づく」政界の流動化は起きようもないし、だからまたその必要が叫ばれて久しい政党再編も現実的にはならないのだ。
 そしてあえて言えば、この二大政党内部の「ねじれ」が、「どちらの政党が政権を取っても変わらない」という、政治不信の隠れた要因でもあると思うのだ。
 「政権交代」つまり自民党の下野は、この自民党の結束力の源泉を解体し、自民・民主両党を貫く政策理念の「ねじれ」の解消に向かう、政界の流動化を引き起こす可能性が極めて強いのである。
 つまり「政権交代」のもうひとつの、そしてより重要な効用は、政治不信の大きな原因のひとつでもある「包括政党」なるヌエのような自民党の分解を促し、政治理念にもとづいた政治勢力の再結集に向かう流動化の引き金となる可能性である。
 それは1955年の保守合同以来、東西冷戦という国際的条件に対応して野合をつづけてきた自民党の分解が、他の政党も含めて、自らの戦略的展望を提示して競い合う「本来の政党政治」を展開する条件を作り出すというだけでなく、これまた繰り返し叫ばれてきた「政策による政権選択」がそれなりに可能な選挙が、はじめて実現される条件が作り出されることでもあろう。
 それは代議制民主主義にどれほどの限界があろうとも、人々の自立的な政治選択の可能性を広げるという意味では、民主主義の発展に対する貢献に違いない。

 こうした観点からすれば、つまり来る総選挙が「政権交代」の可能性を秘め、それが民主主義の発展に寄与するであろう政界の流動化を促進するだろうことを期待する立場で考えれば、小沢の民主党代表の辞任は、この流動化をさらに促す、より積極的な要因と考えることができる。
 一昨年の参院選での民主党の大勝以降、一時は総選挙での民主党圧勝が予想され、民主党の内部には、鼻先に「政権」がぶら下がった分だけ小沢への批判的言動が抑制される雰囲気さえあったが、今回の代表の交替で、少なくとも「小沢の重し」はその効力を失うことになったからである。
 こうした民主党の変化は、当然のことだが自民党内で「伝統派」に反感を抱くグループの、新たな連携を求める蠢動を誘発せずにはおかないだろうし、民主党内の反小沢グループからも、自民党の「マネタリズム派」との連携を模索する動きを強めることにもなるだろう。
 つまり自公が勝つにしろ、民主・社民・国民新党の野党共闘が勝つにしろ、かなりの接戦と僅差での勝敗は、総選挙の直後から、次期政権の連立構想をめぐって、政党の枠組みを越えた諸勢力の合従連衡の動きを活発化させる可能性を高めずにはおかないだろう。
 それはまた自民・民主の二大政党といった「歪められた政党政治」に対して、幾つかの政党・グループが政策に基づいて連立政権を作るという、もうひとつの可能性を提示すことになるかもしれない。
 いずれにしろ日本の政治は、小沢らが仕掛けた1993年の自民党分裂以来15年の混迷を経て、新たな流動の局面を迎えている。

(5/25:みよし・かつみ)


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