【安倍内閣支持率の急落】

参院選の様相かえる具体的な争点の浮上

−社保庁長官に天下った「薬害エイズ」官僚の責任を問え−

(インターナショナル第174号:2007年6月発行掲載)


▼暗転した世論調査

 6月4日朝、首相官邸と自民党に衝撃が走ったに違いない。この日の朝日新聞朝刊が、6月2日、3日に行った世論調査で、安倍内閣の支持率が発足以来最低の30%になったと報じたからである。しかも前日の6月3日朝にも、東京新聞が、共同通信が行った世論調査(同1日、2日)で安倍内閣の支持率が35・8%に急落、これまた内閣発足以来最低になったと報じていたからである。
 それは、下降しつづけてきた安倍内閣の支持率が、統一地方選挙の前半戦(4月8日投票)直後には下げ止まりを見せ、4月中旬の新聞各社の世論調査では一斉に支持率が上昇し、4月22日投票の参院補選を1勝1敗で切り抜けてからは、統一地方選の退潮にもかかわらず「強気」を見せるようになった自民党に、冷水を浴びせるものだった。
 なによりも安倍内閣の支持率が一転して急落したことは、「『旧い』自民党支持基盤の衰退」を補う、「『理念型総裁の支持率』に依拠した集票機能」(本紙173号『退潮つづく自民党はなぜ「強気」なのか』)を模索してきた自民党にとって、「新しい選挙戦術」の危機であると同時に参院選敗北の予感に他ならないからである。

 昨年9月の首相就任直後、小泉政権下で険悪化していた日中・日韓関係を打開する首脳会談を相次いで実現し、70%に届こうかという高い支持率で好スタートを切った安倍政権だが、以降の支持率は「郵政選挙造反組」の復党を認めた頃から下降の一途をたどり、今年3月31日と4月1日の朝日新聞による世論調査では、不支持が支持を6%も上回る「危険水域」に達した。
 その危機感が、参院選の争点に「改憲」を掲げたり、改憲手続きを定めた「国民投票法案」を強引に成立させるなど、靖国参拝問題の曖昧戦術などで薄らいだ「戦後レジュームからの脱却」といった、いわゆる安倍カラーを押し出して党内タカ派のタガを締め直し、支持率の低迷に歯止めをかけようとする動きを加速した。
 前述した参院補選の「勝利」と統一地方選挙後の支持率上昇は、こうした安倍カラーの押し出しが功奏したと言われてきたが、今回の支持率の急落は、独自色なるもので回復したかに見えた安倍人気が、実は争点が観念的で具体性に欠ける「平和時」の現象に過ぎないことを明らかにした。
 なぜなら、すでに周知のことではあるが、安倍内閣の支持率の急落は、5000万件にもおよぶ「宙に浮いた年金記録」の存在が明らかになり、さらには納付記録の「不在」を理由に年金を支給されない被害者が存在するという、生活に密着した具体的争点の浮上を契機にしていたからである。
 これに追い打ちをかけたのが、政治資金疑惑で追及されていた松岡農水相の自殺であった。農水省管轄下にある「緑資源機構」の官製談合事件をめぐって、松岡大臣の地元・熊本で6人が逮捕され、これに追い詰められたかのように死を選んだ松岡農水相の事件は、疑惑解明と彼の更迭を拒みつづけてきた安倍首相の対応に強い不信感を抱かせ、政治資金の透明化という、これまた具体的な争点を浮上させたからである。

▼政党支持率と参院選への影響

 こうした人々の意識は、前述の2つの世論調査にも現れている。
 年金に関する安倍内閣の取り組みについて、共同通信の調査では「評価しない」が52・5%で「評価する」の38・6%を上回った。朝日新聞の調査では、1年以内に記録を点検するといった政府の対応を、「適切だ」とする回答は49%で「適切でない」の38%を上回っが、同じ調査でも、現在の政府の対応では年金が正しく支給されない恐れがあるという野党の主張については、「その通り」が62%に達し、衆院で強行採決された年金関連法案の審議についても、「十分ではなかった」の78%が、「十分だった」と回答した7%を大きく上回っている。
 また自殺した松岡大臣をかばいつづけたことについても、共同通信の調査では、安倍首相が任命責任を「果たしていない」が69・5%と、「果たしている」の19・9%を大きく上回り、朝日新聞の調査でも、松岡大臣の政治資金疑惑に対する安倍首相の対応を「適切ではなかった」が69%で、「適切だった」の14%を大きく上回った。
 総じて「政治とカネ」問題での安倍内閣の対応について、朝日新聞では具体的な質問項目は無かったが、共同通信の調査では、この問題に対する安倍首相の取り組みについて、「評価できない」は71・8%、「評価できる」は17%であった。

 こうした世論調査の結果は、公示を1カ月後に控えた参議院選挙に影響を与えずにはおかないだろう。
 もっとも、内閣の支持率が急落したとは言え、世論調査に現れた支持政党率や投票する候補者では自民党と民主党との差は依然として大きく、与党VS野党は僅差であることも確認しておくべきだろう。
 たしかに、調査時点で参議院選が実施された場合の投票先について、共同通信の調査では民主党が28・8%と自民党の26・5%を越え、「民主党中心の政権を望む」も36・6%と、自民党中心の政権を望む35・7%を僅かながら上回ったし、朝日新聞の調査でも、参院選で民主党など野党が多数を占めてほしいが49%と、自民党など与党の多数を望む28%を大きく上回ってはいる。
 だが政党別支持率を見ると、共同通信の調査では自民党31・5%に対して民主党は22・2%であり、自民・公明の与党支持率は36・5%(公明5・0%)で、野党の合計支持率27・7%(民主以外は共産3・1%、社民1・3%、国民新党0・6%、新党日本0・5%)を上回っており、朝日の調査でも自民28%、公明2%で与党合計は30%、野党合計は民主17%、共産2%、社民1%で20%と、依然として自民・公明連立与党が優勢である。
 また朝日の調査で、「仮にいま投票するとしたら?」の質問には、比例区では自民・公明両党が26%(自民24%、公明2%)なのに対して、民主、共産、社民の合計は27%(民主23%、共産3%、社民1%)とやや優勢だが、選挙区での投票先は自公の合計が30%(自民27%、公明3%)で、民主、共産、社民の合計29%(民主24%、共産3%、社民2%)をやや上回ってもいる。
 もちろん、ようやく上向きに転じた安倍内閣の「人気」が、デタラメな年金記録問題と松岡大臣の自殺によって陰りが生じたのは明らかだし、「支持政党なし」と答えた無党派層が、共同通信の調査で35・5%、朝日の調査でも43%を占める以上、この「第1党」たる無党派層の動向が参院選の行方を大きく左右することは疑いない。
 こうして参院選は、連立与党と野党勢力とが、鎬(しのぎ)を削る接戦の様相を呈し始めたと言うことはできても、小泉−安倍とつづいた自民党の「新たな選挙戦術」=「『理念型総裁の支持率』に依拠した」劇場型選挙に終止符を打つ現実的可能性が決定的になったとまでは言えないだろう。

▼天下りした「薬害エイズ」官僚

 ところで、「『旧い』自民党支持基盤の衰退」を補う、「『理念型総裁の支持率』に依拠した集票機能」を模索する自民党の「新たな選挙戦術」は、必ずしも政治理念や政策によって支持政党を選択する選挙と同じではないことは、本紙前号でも指摘した通りである。それは所詮、マスメディアの〃扇動〃がつくり出す「人気投票」のレベルを越えるものではなく、些細な事件を契機に、いつでも豹変する可能性も秘めている。
 つまり参院選で自公連立与党を過半数割れに追い込み、安倍内閣を窮地に陥らせるためには、内閣支持率急落の契機となった具体的争点=大量の不明年金記録を放置してきた社会保険庁(以下:社保庁)を管轄する厚生労働省、正確には国民生活に直接かかわる年金や衛生・薬事行政を管轄する旧厚生省という国家官僚機構の、腐敗と堕落とを徹底的に暴き出す必要がある。それは同時に、「改革」を掲げた小泉政権とこれを引き継いだ安倍政権が、「行政のムダ」を声高に非難しながら、官僚機構の不作為を何一つ変えることができなかった現実を、事実をもって明らかにすることでもある。

 実は、不明な年金記録問題に関して、厚生省の天下りキャリア官僚の無責任ぶりを象徴する事実が、マスメディアではほとんど報じられていない。
 それは年金記録の大半が電算化された1985年、各都道府県の年金担当者宛に、原本である手書き台帳の破棄が通知されていた事実であり、これを命じた当時の社保庁長官は、厚生省薬務局長時代に、「薬害エイズ」問題でその不作為を厳しく批判された人物であるという事実である。
 不明年金記録の大半が、70年代後半から始まった電算化の過程で生じた入力ミスと見られているが、原本となる台帳が保管されていれば、時間と手間はかかるとしても、再照合と訂正も可能だったろう。
 ところが厚生省のキャリア官僚・正木馨が社保庁長官に天下りした直後の85年9月、この原本となる手書き台帳の破棄が、全国に通知されたのである。こうして「宙に浮いた年金記録」は、照合と訂正がまったく不可能になってしまったのだ。
 そしてこの正木馨こそは、刑事事件にまで発展した「薬害エイズ」事件で厳しく批判された厚生省薬務局長(当時)として、血友病患者団体による「HIV感染の危険のない加熱製剤の早期供給」の要望に背を向け、薬害エイズの拡大を招いた非加熱製剤の輸入継続を容認した張本人に他ならない。
 そればかりではない。正木の前任長官である持永和見・元自民党衆院議員も、同じ薬務局長時代、輸入非加熱製剤の供給元として刑事責任を問われた製薬会社・旧ミドリ十字との「密接な関係」を指摘され、非加熱製剤の危険性を知りながら放置したのではないかと批判を受けた人物なのだ。
 要するに、人々の退職後の貴重な生活資金となる年金の記録を破棄した責任を問われるべき社保庁長官は、厚生省の天下りキャリア官僚と言うだけでなく、「薬害エイズ」という、厚生省の不作為によって多くの被害者が不条理な死を強制された事件で、重大な責任を問われてしかるべき官僚たちなのだ。彼らキャリア官僚たちが、「薬害エイズ」事件の責任も問われずに「華麗な天下り人生」を謳歌してきたとすれば、ここにこそC型肝炎の感染拡大やインフルエンザ薬「タミフル」の異常行動被害を放置するなど、繰り返される薬害の本質的な原因がある言って過言ではないだろう。
 そして、こうした官僚機構の不作為を事実上黙認し、それによって政治権力を保持してきた戦後日本の保守勢力と官僚機構の癒着、すなわち戦後日本の「政官癒着」の果てに、今回の不明な年金記録という大問題が起きたのは明らかである。それは結局、小泉と安倍の「改革」路線が、この政官癒着にメスを入れはしなかったことを、雄弁に物語っているだけである。
 そう!改めて言うが、戦前から引き継がれた日本の国家官僚機構の「再構築」は、天下りの部分的禁止や口先だけの官僚批判によってではなく、徹底的した「当事者主義」へと政治を転換することによって、つまり介護サービスは介護を必要とする当事者の、医療システムは医療を必要とする当事者の、年金もまた給付を必要とする当事者の要望に応える当事者主義へと、政治を転換することではじめて実現されるのである。

▼川田龍平という「当事者」

 川田龍平という、薬害エイズ訴訟で始めて名前を公表した当時19歳の原告の少年が、参院選東京選挙区への立候補を表明したのは、昨年の暮れであった。12年の時をへて、彼は参議院議員の被選挙権をもつ31歳の青年に成長した。
 「龍平くん」(勝手にこう呼ばせてもらうことにするが)は、選挙公約(マニフェスト)に「薬害を繰り返さない監視体制をつくる」ことを掲げたが、それは薬害被害を受けた当事者として政治家と官僚の癒着したシステムに立ち向かい、不条理な薬害をこれ以上繰り返さないためのシステムづくりに果敢に、そして本気で挑む決意を固めたことを意味していると思う。
 どれほど多くの人々が官僚機構の不作為によって被害を受けようが、その責任を一切問われることもなく天下りするキャリア官僚たちと、これを黙認することで権力の座に居座りつづけてきた自民党の、骨絡みの癒着関係にメスを入れる「当事者たち」の闘いなしには、消えた年金記録のような問題も、そして薬害という悲劇も、何度も繰り返されるに違いない。だから彼のマニフェストには、「当事者やNPOと共に法律をつくる」という一項もあるのだろう。
 その意味で彼が、「良識の府」と言われる参議院の選挙に間に合って被選挙権を得、立候補できたことは、本当の意味で「国家から自立した」社会運動の必要が、これまでになく大きな課題となっている「時代」を象徴するように思えるのだ。
 だからわたしは、「龍平くん」の当選のために、微力ながらも全力を尽くしたいと思っている。

(6/10:いつき・かおる)


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