●長崎市長射殺事件

なぜ誰も、テロの責任を取らないのか

−「テロ抑止」に失敗した官僚たちの無責任−

(インターナショナル第173号:2007年5月号掲載:HP【気になった出来事】より)


▼軽薄な殺人の動機

 4月17日夜、長崎の伊藤一長市長が、暴力団山口組系「水心会」幹部・城尾哲弥に銃撃され、翌18日未明、搬送先の長崎大学付属病院で死亡した。
 殺された伊藤市長は、4月15日に告示された市長選挙に四選をめざして立候補していたが、遊説から選挙事務所に戻ったところを襲われて背後から2発の銃弾を受け、病院についた時には、すでに心肺停止の危篤状態だった。

 何よりもまず遺族の方々に心からお悔やみを申し上げ、伊藤一長市長のご冥福をお祈りしたい。そしてつきなみな台詞だが、私はこのテロに激しい憤りを禁じ得ない。殺された伊藤市長は自民党員として長崎市議会と長崎県議会の議員を歴任し、だからまた私とは多くの政治的見解の相違があったとしてもである。
 なぜなら今回のような問答無用のテロは、暴力を行使する「強者」が、あらゆる問題において最終的決定権を独占する「恐怖による支配」という野蛮の体現だからである。これは「民主主義の否定」とか「言論の封殺」とか、常套句で表現される一般的な非難を越えて、「恐怖による支配」という邪悪な欲求に対する最大の嫌悪と怒りとで、厳しく弾劾されるべき事件なのだ。
 と同時に私は、伊藤市長を射殺した城尾が、長崎市の公的融資や道路行政に不満を抱いていたと言った、あまりに軽薄な「殺人の動機」に強い疑念を抱かずにはいられない。あるいは17年前の本島・元長崎市長銃撃事件と重ね合わせ、核兵器廃絶や平和主義に対する「思想的反感」を動機と見なす解説も、安易に過ぎるように思われる。
 何よりもヤクザ者は、銭かねをめぐるトラブルとその銭かねを稼ぐ道具である「面子」や「代紋」のためには殺人も厭わないが、公権力を代表する人物を「義憤」によって殺すなどという、「非合理的な精神」を持ち合わせてはいない。彼らは、思想的右翼とは根本的に違うのだ。
 だから私が、事件の一報に接して最初に思い出したのは、2002年10月25日の石井紘基・民主党衆院議員の刺殺事件だった。

▼石井紘基議員の刺殺事件

 昨年11月15日、最高裁が上告を棄却し、石井議員を刺殺した伊藤白水(自称「守皇塾」塾長)の無期懲役が確定したが、最高裁の棄却決定は「動機の解明は困難」とした、真相解明を棚上げにした事件の幕引であった。
 もっとも「故・石井こうき事件の真相究明プロジェクト」は、現在も懸賞金付きで情報提供を求めるホームページを運営しており、官僚天国と政治利権を告発しつづけてきた石井議員が刺殺された事件の真相究明を、来年の彼の七回忌まで継続するとしている。(http://homepage1.nifty.com/kito/ishii/index.htm)

 実は、石井議員を刺殺した伊藤も、金の無心を断られたなど「個人的怨恨」が動機だったと供述しているのだ。伊藤市長を射殺した城尾の「軽薄な動機」は、「あの石井議員殺しと同じじゃないか」と、直感させるに十分だったのである。
 さらに城尾は、テレビ朝日の「報道ステーション」宛てに大量の資料を送り付け、市長射殺の動機が「長崎市とのトラブル」だと印象づけようとしており、いかにも出来過ぎである。しかも城尾のこうした行為を受けて、朝日新聞は事件が「行政対象暴力」であると示唆する記事を掲げ(4月19日朝刊2面の「時時刻刻」)、長崎県警も早々に「背後関係のない単独犯行」と言った非公式見解を流布し、城尾の所属する「水心会」も、18日には解散届けなるものを警察に提出する手際の良さである。これら一連の動きには、事件の背景解明をミスリードしようとする悪意すら感じられる。
 それは石井議員が刺殺された直後に、犯人の伊藤白水と石井議員との「個人的付き合い」が捜査関係者によってまことしやかに流布され、自民党内では「あんな奴(伊藤白水)と付き合っていたのか」と言った、石井議員への誹謗すらささやかれた事態を思い起こさせる行為でもある。
 現職の国会議員が、後述するような世間の耳目を集める様々な疑惑を告発している最中に刺殺されたり、現職の市長が、こともあろうに選挙運動中に射殺されるといった重大事犯の動機を、個人的怨恨や「行政対象暴力」として片付けることができるのは、おそらく欧米諸国では信じられない事態であり、少なくとも国家公安委員長や警察庁長官が辞任に追い込まれて当然の大事件なのだ。
 では、石井議員が殺された背景には、いったい何があったのか。
 彼が殺される10カ月ほど前の02年1月、『日本が自滅する日』(PHP出版)という石井議員の著書が出版された。それは石井議員の丹念な調査活動にもとづいた、中央省庁と特殊法人に蔓延する「官僚天国」の利権と腐敗を告発する著作であり、この出版を契機に石井議員の言動はマスコミの注目を集め、読売、朝日、毎日、東京の新聞各紙やフジ、ゲンダイなど夕刊タブロイド紙のほか、週刊誌などでも取り上げられるようになった。
(http://esashib.hp.infoseek.co.jp/isiikoki10.htm)
 石井議員の、国家官僚機構の不正や堕落を追求・告発する活動は、96年に『官僚天国・日本破産』(松文館)を出版して以来、彼のライフワークとでも言うべき活動だったが、それは当時、道路公団民営化推進委員会で強硬派委員として名を馳せた、作家の猪瀬直樹氏にも強い影響を与えたと言われる。
 02年1月に前掲書を出版した後の石井議員の告発活動は、道路公団の不透明な発注の実態から北方四島支援をめぐる鈴木宗男議員の贈収賄疑惑、航空自衛隊機入札をめぐる検査院報告改ざん疑惑、そして外務省次官経験者の高額退職金公表要求など、注目を集めていた特殊法人の利権の追及にとどまらず、財政の「聖域」である防衛庁会計をめぐる疑惑や、「伏魔殿」と言われた外務省の不正や疑惑にまでメスを入れるものであり、外務次官の高額退職金問題では、外務省が公表に応じざるを得なかったのである。
 そして10月、石井議員は白昼の自宅前で、「個人的怨恨」で彼を付け狙っていた「あんな奴」の凶刃に倒れた。しかも4年を費やした裁判は犯行の動機を解明することもなく、現職代議士殺人犯に「無期懲役」を宣告しただけであり、事件の責任を取って辞任した閣僚もいなかったのである。
 もちろん石井議員が所属していた民主党は、彼が残した膨大な調査資料の解明と事件の真相究明のために、江田五月参議院議員を委員長とする「資料調査解明委員会」を設置したが、その後、故人が残した資料に基づいて新たな疑惑の追求が行われた事実は、現在も開設されている石井議員のホームページにも記載されてはいない。
(http://www014.upp.so-net.ne.jp/ISHIIKOKI/2-01.htm)
 たしかに、こうした石井議員の活動と刺殺事件の因果関係は、彼の遺族や支持者、そして彼の活動を知る人々の推測の域を出ない。だが《個人的恨みで現職代議士を刺殺した殺人犯が無期懲役になり、事件の責任を取った政治家は誰もいなかった》という、不条理な事実だけは残ったのだ。

▼治安責任者は更迭されるべきだ

 長崎の伊藤市長が、なぜ理不尽に殺されなければならなかったのか、詳しい状況が伝えられていない現時点では、何とも言いようがない。
 だがこうして5年前の現職代議士刺殺事件を振り返ってみると、伊藤市長射殺事件の背後に「深刻な何か」が潜んでいるのではないかと考えるのは、私だけではないだろう。そして誤解を恐れずに私見を述べれば、「米国の核政策を名指しで批判できる市長は、そうはいない」と言う、元べ平連(ベトナムに平和を市民連合)の小中陽太郎氏のコメントに、ひとつのヒントがあるように思える。
 ときあたかも、在日米軍再編や弾道ミサイル防衛(BMD)など、巨大な利権をともなった防衛政策の大転換が推進されようとしている中で、保守系の政治家として核廃絶と平和主義を訴えつづける伊藤市長の言動に危機感をいだいた勢力が、御し易いヤクザ者を焚き付け、凶行に走らせた可能性である。被爆地・長崎を代表する保守系政治家であればこそ、思想・信条を越えた最も広範な反核運動の旗手となりうる可能性は、戦後左翼運動の解体状況という時代だからこそ、「脅威」となることがある。
 だが反対に、そうした「深刻な何か」が無いのだとすれば、石井議員刺殺事件の「不条理な結末」が、「軽薄な動機」による城尾の凶行を誘発した可能性がある。なによりも石井議員刺殺事件の不条理な幕引は、わずか5カ月前の出来事なのだ。
 断っておくが、私は石井議員を刺殺した犯人を「死刑にすべきだった」と言いたいのではない。むしろこうした重大なテロ行為に対して、政府と行政官僚たちが自らの責任を明確にした断固たる対応をしていない事にこそ、「テロの抑止」に失敗した核心問題があることを明確にしたいだけである。
 治安責任者の更迭は、平和ボケのぬるま湯にどっぷりと浸かって利権漁りに精をだす官僚機構の堕落と弛緩を正し、テロに対する行政府の強い決意と姿勢とを明確にするためには、避けてはならないことなのだ。
 と同時に、こうしたテロが「民主主義と言論の自由への重大な挑戦」として受け止める民主党、共産党、社民党などの各政党は、超党派で現地警察署長、国家公安委員長、警察庁長官ら治安責任者の罷免を要求し、民主主義と言論の自由の擁護のための大衆的なデモンストレーションを公然と呼びかけるべきではないだろか。
 そう、こうした具体的な行動こそが、無残に殺された伊藤市長と石井議員の無念にこたえ、その意志を引き継ぐ第一歩になるのである。

(4/19:いつき・かおる)


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