被害者家族を窮地に追いやる北朝鮮への経済制裁に反対する

 

(インターナショナルbP51:2004年12月掲載)


 日朝実務者協議で日本側に引き渡された拉致被害者・横田めぐみさんの「遺骨」が、別人の骨であることが判明した。これをきっかけにして、拉致議連や自民党による経済制裁発動の声が高まっている。拉致被害者家族会と救う会が繰り返し要求してきた経済制裁が、世論の支持も受けて一気に現実味をおびはじめた。
 日本世論の硬化は、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)側の二度にわたる虚偽と欺瞞への反感の高まりであり、外交的圧力を強めるべきだとの反応は当然なものである。金正日(キム・ジョンイル)政権による小細工は日朝国交正常化にとって百害あって一利もないことを強硬に伝え、外交的圧力を強める必要があるだろう。
 だが問題なのは、その外交的圧力の選択肢が経済制裁「だけ」に、しかも感情的に収斂されることである。

 そもそも経済制裁の実効性は、拉致議連の議員たちや救う会の面々が考えているほど単純ではない。イラクのフセイン政権に対する経済制裁の実例で明らかなように、これを効果的に機能させるには「周辺諸国との協調」が不可欠の要件である。
 今回の場合は、北朝鮮と「国境」を接してその動向に特別な関心を払わざるを得ないロシア、中国、韓国との緊密な協調なしには、無効とは言わないまでも、短期間で効果が期待できないのはいわば常識である。とくに北朝鮮との交易を急増させている中国と、「太陽政策」にもとづいて北朝鮮への経済支援をつづける韓国との緊密な協調と協力がなければ、日本が単独で経済制裁など発動してもほとんど効果のないことは、素人でも容易に予測できる。
 この一点だけでも、拉致被害者の救出という「急を要する懸案」の解決に、経済制裁を発動するという手段がミスマッチであることは歴然としている。

 もう一点、肝心なことがある。それは北朝鮮もまた態度を硬化させ、拉致問題を議題とする日朝実務者協議という「細い道」さえ閉ざされるリスクである。
 改めて言うまでもないことだが、軍事的圧力という選択肢の無い日本にとって、経済制裁は文字通り「最後の切り札」であり、このカードを切って目的を達成できないなどということは許されないのだ。とりわけ必死の思いで拉致被害者の生還を祈る家族にとっては「絶対に」許されないということを、経済制裁を声高に唱える人々が自覚しているとは思えないことである。
 家族会の焦燥におもねって実効性の疑わしい強硬手段を扇動する輩は、失敗した場合にはどんな責任を取るのかその覚悟の程を公然と語るべきなのであり、アメリカが経済制裁に難色を示したくらいで腰砕けになる程度の覚悟しかないなら、はじめから経済制裁といった「最後の切り札」を軽々しく口にするべきではないのだ。

 ではどんな外交的圧力が効果的なのか。答えは、実は簡単でもある。
 金正日にとって今、最も恐れなければならないのは中国である。「緊密な中朝関係」は反面、外交的に孤立し経済的にも苦境にある北朝鮮にとっては「頼みの綱」の関係でもあるからだ。現に渋る金正日を6カ国協議の席につかせたのは、中国の説得という政治的経済的「脅し」であったし、それが可能だったのは「人道援助」の長年の実績と共に、援助中止の「切り札」を持っているからである。しかも中国の意向は、韓国の対北朝鮮外交にも影響を与えずにはおかない。それは中韓の経済関係の拡大と深化という背景もあるが、むしろ北朝鮮の混乱や「崩壊」で最も深刻な影響を被るのが中国と韓国だという、共通する利害があるからである。
 言い換えれば、金正日が最も強い圧力を感じる事態は、日中韓3カ国の共同歩調なのである。この3カ国の緊密な連携があればもちろん経済制裁も決定的となるが、中韓両国がそれを認める可能性はない。だが3カ国が協調して拉致事件の解決を求めれば、そんな強硬手段に訴えるまでもなく、金正日は真剣な対応を迫られるのだ。

 だがまさに、この日中韓3カ国の共同歩調の最大の障害が、小泉による靖国参拝に象徴される「歴史問題」と、朝鮮人の強制連行を含む戦争被害への賠償に頬被りしてきた戦後政治のツケなのである。
 かくして小泉とその腰ぎんちゃくたちは拉致事件を打開する方策を見失い、逆効果のリスクを隠して経済制裁なる「伝家の宝刀」を振り回す。だが日本単独の経済制裁は必ず失敗する。それは断言できる。そのとき家族会には、不安に苛まれる更に長い苦難の日々だけが残され、日本国民には、北朝鮮だけでなく中韓両国民衆の敵意に満ちた視線という、この国の未来を危うくする歴史的悔恨が残されるだけである。

 わたしは、北朝鮮に対する経済制裁に反対する。日本政府は早急に歴史問題を見直して日中韓3カ国の協調に努め、金正日に圧力をかけるべきである。その方が、経済制裁の効果を待つよりもはるかに短い時間で、拉致事件を解決する道筋を見いだす可能性があるからである。

【さとう・ひでみ】


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