【自民党総裁選が明らかにしたもの】

経済的利害に純化する派閥と自民党の政治的構想力の枯渇

―小泉と青木参院幹事長はなぜ手を組んだのか―

(インターナショナル第139号:2003年10月号掲載)


▼様変わりした総裁選

 9月20日に行われた自民党総裁選挙は、大方の予想どおり小泉が再選され、翌22日の自民党三役人事をへて、23日には第二次小泉改造内閣が発足した。
 総裁選をにらんだ自民党内の激しい駆け引きに比べて、選挙戦は早くから小泉再選が確実視され、結果も小泉の得票率60・7%に対して亀井(21・2)藤井(9・9)高村(8・2)ら対立候補の合計得票率は39・3%にとどまり、小泉は投票日以前に早々と勝利宣言をする余裕さえ見せる圧勝であった。もっとも建前としてではあれ、党首を決める選挙の投票率がかろうじて60%を越える低いものだったことは、小泉が劇的な勝利を収めた01年4月とは明らかな様変わりであった。
 だが総裁選の様変わりは、これだけではなかった。象徴的だったのが、いわゆる「抵抗勢力」(=実権派)の牙城である最大派閥・橋本派(平成研)が、小泉を支持する青木・参院幹事長と、堀内総務会長の擁立に失敗した野中・元幹事長という2人の実力者の対立によって分裂状態に陥り、小泉の改革路線に反感を示してきた国会議員の多くも冷や飯食いを恐れ、挙党体制の美名の下に小泉支持へと転向したことである。
 政策には反対だが当選とポストの為なら変節も厭わない態度はご都合主義と言うしかないが、むしろここには小泉が「ぶっ壊す」と言い放った自民党という政党の本質的性格が見事に表われている。戦後高度経済成長期にシステム化された利益誘導という政治のあり様は、全くぶっ壊されることなく息づいているからである。
 「自民党が政権党であることで保障される既得権益を防衛するために、参院選で勝てそうな総裁・小泉という選択であり、政治利権防衛意識の現れでさえある」(本紙:01年4-5月号)。最大派閥を分裂状態に陥らせてなお小泉支持に固執した青木の本音と見間違えるこの一文は、実は小泉が劇的な勝利を収めた01年総裁選についてのわれわれの評価である。小泉総裁という選択は前回も、そして今回も全く同じ思考に基づいていたのだ。
 こうして、小泉の掲げる郵政民営化と道路公団民営化に対する「最強の抵抗勢力」に支持された「改革派」政権が、誰の目にもはっきりと解る姿で、つまり小泉・青木政権として発足することになった。

▼「利害」に純化する派閥

 総裁選での橋本派の分裂状況と実権派の有力者・野中の引退表明は、自民党「派閥政治の崩壊」として解説されている。
 もちろん派閥の衰退はいまや誰の目にも明らかだが、総裁選に見られた事態は、はたして肯定的な意味で「派閥政治の崩壊」と言える事態なのだろうか。
 「一定の集団(自民党)の中において、特定の利害、思想によって形成される小集団」であり「往々にして1人の領袖によって組織され」(『現代用語の基礎知識』02年版)るのが派閥であるなら、青木が率いる参院橋本派や小泉の支持基盤である森派と山崎派は、どう見ても派閥であり、政権をめぐる党内派閥の対立関係はなお健在である。
 ただしこの「派閥」は、権力の獲得を意味する総理・総裁をめざして、「利害と思想」をめぐって公然と競い合う旧来型の派閥ではもちろんない。それはむしろ政治利権をめぐる「利害」の追求に特化し、ご都合主義的な豹変も厭わない新しい派閥であり、野中に対する青木の勝利は、政治的には無節操な派閥の台頭をもの語るものである。
 これは派閥の変質とか再編と呼ぶべき事態であり、政官財の癒着構造を基盤とする利益誘導政治の解体を期待させるような「派閥政治の崩壊」などではない。しかも旧来的派閥から思想つまり政治的信念とこれに基づく戦略的展望を削ぎ落とし、利権をめぐる利害の追求に特化した「新しい派閥」の台頭は、政治の在り方という観点からすれば、むしろかえって始末が悪い。それは政治の退廃と言うべき現象だからである。
 誤解を恐れずに言えば、少なくとも中選挙区制下の旧来的派閥は、複数の自民党公認候補を擁立し、いわば有権者の前で公然と「利害と思想」を競い、この選挙戦のエネルギーが派閥連合政党・自民党内に還流し、派閥間抗争による疑似的な政権交代を促す程度には民意を反映するシステムではあった。引退を表明した野中とは政治信条を異にしても、小泉「構造改革」の下で醸成された政治の退廃に対する批判では同意できると思えるのは、このためである。
 こうした事実を無視して改革派対抵抗勢力という小泉流の図式に寄りかかり、派閥政治の崩壊を短絡的に語るのは、政権党でなければ政党としての統一の維持さえ危うい、自民党という政党についての無知をさらけ出すだけである。
 それはまた地域や業界を覆う《旧い共同体のボス支配》を基盤にして政官財の癒着構造を構築し、経済成長によって増加した国家の税収を政治利権として再分配する、戦後日本の保守政治に対する歴史的総括や根本的批判の欠如という、今日の日本政治の危機的事態の象徴でもある。

▼危機の背景=自由化とテロ

 自民党派閥の変質は、この党の政治的エネルギーの枯渇の現れである。それは単に政治利権を操作する利益誘導政治の行き詰まりと言うばかりではなく、破綻した国家戦略を描き直す政治的構想力の枯渇である。戦略なき小泉政権はこうした自民党の政治的枯渇を象徴するが、その根本には「平和と民主主義」という、いわば戦後日本資本主義の国家的価値観の深刻な動揺がある。
 イラクのクウェート侵攻で始まった湾岸危機と翌91年の戦争が冷戦後の新たな国際的危機を顕在化させ、冷戦下で構築された日本の「平和主義」を根底から揺るがしたとするなら、80年代後半から進展した金融と貿易の世界的自由化=グローバリゼーションの波が、日本的「民主主義」の経済的基盤を揺さぶることになったからである。
 戦後日本の経済戦略は「貿易立国」だったが、それは資本の自由化で外国資本の投資を受け入れたアジア諸国などが生産性を向上させて対欧米輸出を急増させたことと、投機的な金融取引に収益の重点を移した欧米系金融資本に挟撃されて、80年代に絶頂に達した日本の国際競争力は大きく減退した。それは60年代の所得倍増政策や70年代の列島改造論(=全国総合開発計画)のようなバラ色の将来ビジョンの経済的土台を奪い、利権の野放図な分配も不可能にして、《旧い共同体のボス支配》に依存する日本的な「民主主義」を揺るがしはじめたのである。
 さらに、9・11テロが象徴するアメリカ的な「自由と民主主義」の権威の失墜が、この混迷に追い打ちをかけた。
 なぜなら9・11テロは、戦後国際社会が受け入れた普遍的価値=アメリカ的「自由と民主主義」が、グローバリゼーションの展開を通じて「世界を不幸にした」(スティグリッツ)ことを劇的に暴き出した事件であり、第二次大戦の敗戦後、この「自由と民主主義」を無批判的に取り入れて「平和と民主主義」を掲げてきた日本資本主義にも、国際戦略の背骨となる普遍的価値観の再構築を差し迫った課題として突きつけたからである。

 自民党の政治的枯渇と「利害」に純化する派閥の台頭、これと足並みをそろえるように急進展した戦後安全保障政策のなし崩し的転換は、このアメリカ的「自由と民主主義」という普遍的価値観の動揺という、共通の根から発生しているのである。
 戦後「平和と民主主義」に替わる戦略的価値観を再構築できない小泉自民党は、「自由と民主主義」に対する攻撃に対してアメリカと共にこれを擁護する以外にはないし、旧い経済戦略=貿易立国に代わる展望の再構築なしには、経済成長を追い求める路線の抜本的転換も不可能である。
 そうであれば、戦後半世紀に及ぶ日本資本主義の政治利権依存構造は、長引く不況の圧力を受けて強まることはあっても、弱まることがないのは必然的である。

▼派閥の変質と小泉改革

 自民党の利益誘導政治に依存してきた多様な業界団体・地域が政治利権への依存を一層深めた結果として、利害追求に純化した派閥が台頭しはじめた。利権と引き換えお政治資金と、この利権構造を基盤にした議席数を権力の源泉と見なす旧田中派を源流にして、利権の独占的差配を通じて権力を掌握してきた橋本派から無節操な派閥が台頭するのは、その意味で必然的である。
 ところがこうした利権依存の傾向は、実は小泉政権の下で加速された。新たな再分配のビジョンも、貿易立国に替わる新たな経済戦略も描くことなく、財務官僚主導の財政再建に突き進む「構造改革」が将来への不安をかき立て、確実な利益が見込める政治利権への依存心を強めるだろうし、他方では利益誘導を政治と考える自民党議員に、財政危機で縮小する政治利権の確保を至上命令とすることになる。だからまた利権が確保できる可能性さえあれば、小泉の高い支持率に寄りかかって政権党に居座るいう選択には何の不都合もありはしないのだ。
 だがこうして、小泉改革に対する「総論賛成・各論反対」の抗争は、ますます隠然とますます不透明な駆け引きに陥り、政治的混迷を深める以外にはない。それは経済政策のみならず、安保政策の転換でも混乱と諍いを拡大せずにはおかないだろう。
 少なくとも、国際市場とくにアメリカ市場への依存や中東の石油権益に「利害」を持つ業界と官僚機構は、日米関係の強化とブッシュ政権への追随を求めて、他方で国内産業保護や中国・アジア経済との緊密な関係に「利害」のある業界と官僚機構は国際協調の看板を振りかざして、相互のセクショナリズムを剥き出しにした権益の防衛に奔走するのは確実である。
 結局、小泉を再選した総裁選が明らかにしたのは、抵抗勢力との対決を演出する小泉の「構造改革」は、利益誘導政治を強化する派閥の変質を加速したという事実であり、利益誘導政治復活を可能にする景気回復の期待にもこたえられないことで、一般党員の中に失望感を広げたという現実である。総裁選の低投票率は自民党員の経済政策に対する失望の表明であり、この広範な失望感の圧力が、利害に純化した派閥との野合へと小泉を向かわせたのである。
 しかもこうした経済的利害をめぐるセクショナリズムの突出が、安保政策の歴史的転換という「思想」を問われる論点を後景に追いやってもいる。

▼マニフェストの本当の意義

 小泉の再選で、10月10日解散、11月9日投票の総選挙が確定的になった。だがこんどの総選挙で小泉と自民党が勝てるかどうかはまったく不透明である。たとえ連立与党が過半数を制しても、与党の議席が減少し民主党が議席を増やせば、小泉の神通力は急速に失われることにもなろう。
 経済政策への潜在的で広範な不満と、「抵抗勢力(青木)に支持された改革推進内閣」に対する疑惑に挟撃される状況は、大きな不安材料であることは間違いない。
 ただ小泉にとっての救いは、最大の対抗勢力である民主党も「構造改革」以外の選択肢を提起していないことである。戦略的選択肢に違いがなければ、何らかの戦術的差別化が野党には必要となる。
 そこで持ち出されたのが「マニフェスト」であろう。守られないことが当たり前にさえなっている選挙公約に代えて、実行期限や数値目標を明記する「具体的な指標」であるマニフェストは、小泉改革の曖昧さにうんざりさせられた人々には確かに大いに期待される必然性がある。《旧い共同体のボス支配》を体現する「政権党の先生」に、事実上は政治を丸投げする白紙委任の選挙に比べれば、明快で具体的な指標をめぐって競い合う選挙は当然ながら進歩的でもある。
 だがいま民主党が盛んに宣伝するマニフェストは、イギリス議院内閣制と二大政党制から形式だけを借りてきた、はっきり言って本家イギリスのマニフェストとは似て非なる公約集の観が否めない。
 イギリスの選挙でマニフェストが威力をもつのは、その成作過程で徹底的で公然たる討論が組織されるからである。例えば01年労働党マニフェストは、国会議員や地方議員、労組員などからなる200人もの「マニフェスト成作委員会」が4年も前の97年10月の党大会で発足し、年5回の全体会合や毎年秋に1週間もかけて開催される党大会で徹底的な議論をして文案を詳細に検討し、3年後の00年党大会で最終文書が承認され、さらに党幹部会の決定を経て発行されている。
 党員の広範で自発的な成作過程への参加と徹底的な討論を通じた合意形成があるからこそ、マニフェストは政権政党の諸政策を強く統制できるのである。
 しかもイギリスでは個々の政治家と官僚の接触が禁じられており、各種団体や地域の要望も議員が主務大臣に要請文を送るなどして伝えるのが一般的だし、その主務大臣(閣僚)はマニフェストにそって仕事ぶりや能力を評価される。民意を汲み上げるこうしたシステムがあってはじめて、党首を首相候補にして各政党が政策を競い合うイギリスの議会制民主主義が機能しているのだ。
 それでも「政権党の先生」に白紙委任状を与える選挙の在り方に対して、「マニフェスト選挙」は一石を投じることができる。だがその一石のために民主党は、マニフェストの成作過程を完全に、つまり党内討論の詳細や各議員の主張をふくめて情報公開をする程度の大胆さが求められる。
 なぜなら、小泉人気の最も広範な基盤である「強いリーダー願望」と表裏の関係にある「利権分配への期待」という幻想を一掃するにはより広範な人々に政治参加を促す必要があり、そのためには政策形成過程に主体的に関与できる可能性が具体的に示される必要があるからである。そうでなければ民主党のマニフェストは、党内の特定グループだけで決めた、自民党とさほど違わない公約集と見なされるだけだろう。
 政治には人々の参画こそが必要であり、それは可能でもあるという意識を社会的に形成しようとする運動(そう!これは「お上への依存心」を克服する大衆的な運動でなければならないのだ)なしには、政官財の癒着と利益誘導政治の破産によって生じた混迷に終止符を打つことはできない。
 だが民主党は、政党や議員の説明責任や情報公開という自らの要求が持つこうした意義を理解しているようには見えない。だからこの党も、菅という党の顔に対する漠然とした好感を当てに小泉と張り合うだけに終わる可能性もある。

(10/5:どい・あつし)


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