KSD疑獄の奥深い正体 通産利権の再編と商工族
額賀議連にバラまかれたKSD資金の目的


リクルート疑獄の再現

 1月31日に召集された第151通常国会は、マスコミなどでは「3K国会」と呼ばれることになった。KSD疑獄、機密費横領事件、株価対策の「3K」である。
 外務省機密費(報償費)の外務官僚による組織的横領事件、あるいは福岡地検次席検事の捜査情報漏洩事件は、日本の国家官僚機構の腐敗ぶりを改めて暴露するものだが、受託収賄容疑による小山孝雄自民党参議院議員の逮捕、村上正邦参議院自民党会長の辞任にはじまり、額賀経済財政担当相の辞任へと波及したKSD(ケーエスデー中小企業経営者福祉事業団)スキャンダルは、政権を揺るがす疑獄事件の様相を呈し始め、竹下内閣が総辞職に追い込まれた「リクルート疑獄の再現」を危惧する声が自民党内に広がった。
 リクルート疑獄に揺さぶられた竹下内閣は89年3月、支持率が13%台にまで低下して翌4月に総辞職へと追い込まれたのだが、今国会の開催直後の森内閣の支持率も、毎日新聞の世論調査で14%、日経新聞のそれでも15%台に落ち込み、日経調査での不支持率は実に70%にまで達したからである。しかも、竹下内閣の総辞職から3カ月後に行われた89年7月の参議院選挙では、自民党は改選69議席を36議席へと半減させる記録的大敗を喫した「恐怖の記憶」は、自民党に強い危機感を抱かせるに十分である。
 こうして、支持率20%以下の森政権を擁護してきた自民党主流派にとって、いかなる犠牲を払ってでもKSDスキャンダルの波及を最小限にくい止めることが、7月参議院選挙までの至上命令となった。

矢継ぎ早の対応

 KSDスキャンダルに関する自民党執行部の対応は、迅速で大胆だった。
 小山の逮捕が確実となった1月15日、当の小山を長年秘書としてきた村上政邦参議院議員会長に辞表を提出させて受理、16日に小山が逮捕されると直ちに離党届けを提出させ、額賀経済財政担当相の「預かり金」が暴露されると、19日の経世会(橋本派)協議会は額賀に閣僚辞任を迫り、23日の額賀辞任を促すように「辞任の観測情報」を盛んにリークし、野党が村上と額賀の証人喚問を要求すれば古賀幹事長や小泉・森派会長らがすぐさまその容認を示唆し、さらに野党の機先を制するように議員倫理委員会での額賀本人による釈明を約束し、国会の開催直前にはKSD関連の2つの議員連盟(後述)を解散させ、さらに国会開会直後には小山を議員辞職にまで追い込む、といった具合である。
 こうした自民党執行部の対応は、すでに村上の逮捕を視野に入れたものと言えるし、二度目の閣僚辞任という経歴汚点を嫌って辞任を渋る額賀に強引に引導を渡す手口は、かつての自民党であれば、それなりに「守ってもらえる」幹部議員に対する対応としては異例のことである。というのも村上は、森を小渕の後継に決めた昨年3月の密室協議にも加わった志帥会(江藤・亀井派)のいわゆる「実力者」であり、額賀は98年の防衛庁調達本部収賄事件で引責辞任した経緯があるとはいえ、「経世会のプリンス」と呼ばれる主流派の総理大臣候補生だからである。
 もちろんこの異例の対応が、参議院選挙への危機感にもとづくことは明らかだが、自民党主流派にとってより深刻な頭痛の種は、KSDスキャンダルがリクルートスキャンダルに匹敵する、議員と業界団体そして官僚機構を貫く一大スキャンダルの可能性を秘めていることであろう。

「額賀議連」と省庁再編

 KSDが政界工作に費やした資金は、これまで明らかになった分だけでも20億円もの巨額に上ると言われる。この資金がKSD関連の2つの議員組織、つまり96年9月に村上を会長にして発足した国際技能工芸大学(ものつくり大学)設立推進議員連盟と、98年9月発足の中小企業政策を推進する国会議員の会を通じて、これに名を連ねた100人以上の国会議員にバラまかれたのは疑いない。
 前者の「推進議連」は、この間すっかり有名になった例の大学にまつわるものだが、後者の「国会議員の会」は、商工族のホープ・額賀と労働族のボス・村上が結託して作られたと言われる100人余りの一大議員集団である。だがこの会は、「額賀議連」の別称が示すとおり額賀を中心とした商工族の拠点であり、逮捕された小山は、参院中小企業対策特別委員会(94年9月設置)委員として、村上に命じられてKSDと額賀の間を走り回っていたに過ぎないと言われる。
 いまKSDスキャンダルは、外国人研修生にまつわる村上と小山の収賄ばかりにスッポトが当てられ、元労働大臣である労働族のボス・村上が、その中心人物として逮捕されるのも時間の問題と見られている。しかしそこには、このスキャンダルを労働力不足に悩む中小企業と外国人「研修生」という名の低賃金労働者をめぐる利権の問題に切り縮め、村上の逮捕で決着させようとする意図的な情報操作が透けて見える。
 だが「額賀議連」の存在は、KSDスキャンダルが、省庁再編を事実上無傷で切り抜けた旧通産省(現在の経済産業省)の差配下にある莫大な利権構造に群がる商工族と、これに連なることで商工会議所や全国商工会など、既存の中小企業関連団体をも糾合する利権構造の再編によってのし上がろうとしたKSDが、行政改革の大義名分のもとで推進された省庁再編に乗じて、新たな利権構造を形成しつつあったことの証しである。そうでなければ20億円を超える大金を政界に投じたKSDの幹部たちは、費用対効果を度外視して政治遊戯にうつつをぬかした、お人よしということにでもなろう。
 しかも二度目の閣僚辞任に追い込まれた額賀が、利権政治の牙城・経世会でプリンスたりえたのは、進行する国家社会再編によって衰退しつづける自民党支持基盤の再編に対応して、新たな政治利権構造と支持基盤を積極的に開拓する手腕を買われてのことであり、あるいはそれを手中にしつつあったからだという推測は、十分に根拠がある。そして自民党主流派の、額賀の議員辞職さえほのめかす大胆な対応は、たとえ将来の総理大臣候補の政治生命を奪ってでも、この利権構造を握りつづける政権の座を防衛するという固い決意の現れなのである。
 だとすればKSDスキャンダルの核心は、省庁再編で厚生省に「吸収された」労働省関連の「過去の利権」スキャンダルではなく、経済産業省を舞台にした、しかも現在進行形の大規模な、政官財を貫くスキャンダルに他ならないのであり、しょせんは中央省庁の指導でつくられたKSDという財団法人が、その道具として使われたということである。それはリクルートスキャンダルが中曽根政権の民活路線が呼び出した土地と株のバブルに乗じた構造的汚職であったのと同様に、社会的再編の進行に対応しようとした行革路線、つまり省庁再編に乗じて発生した、まさに構造的汚職でもあるのだ。

 もちろん野党各党も、参院選挙をにらんで額賀の追及でも結束してはいるが、前述した自民党執行部の大胆にして迅速な「トカゲのしっぽ切り」に阻まれ、あるいはKSDの資金が多くの民主党議員にも流れているという現実のために、村上の逮捕と額賀の議員辞職という取引に応じて事件の幕引の片棒をかつぐ可能性も、もちろん大きい。
 だがそうした自民党主流派の戦術的勝利の積み重ねは、例えばリクルートスキャンダルの再現を回避しようと、内閣総辞職に追い込まれる以前に首相の首のすげ替えすら強行できたにしても、来る参院選挙での大敗北の可能性をさらに高め、政権保持という自民党政治の生命線の危機を促進する戦略的敗北を準備することになるだろう。

  (さとう・ひでみ)


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