第18回参院選の結果について
不況の都市で破綻した自民党の利益誘導選挙
明暗を分けた都市部での投票
(インターナショナルbX1号 98年7−8月号掲載)
予測こえる歴史的大敗
7月13日朝刊各紙の一面には「自民惨敗、首相退陣へ」の大見出しが踊った。前日の12日に投・開票が行われた第18回参議院議員選挙で、自民党が改選議席61を大きく下回る44議席しか獲得できない歴史的大敗を喫し、翌13日には、橋本が自民党総裁の辞任・首相退陣にまで追い込まれたことは、たしかに予想を超える〃事件〃であった。
実際に、選挙が告示された6月25日直前の世論調査をもとにしたマスコミ各社の論調は、「争点の不鮮明な低調な選挙」といったものが多く、自民党政府の不況対策に対する強い不満はあっても、あきらめムードすら漂う政治不信とこれによる低い投票率が、結局は自民党の現状維持を大きく変更するような選挙にはならないだろうとの予測が大半を占めていた。だが選挙戦が終盤に近づくにつれ、状況は徐々にだが確実に変わりはじめ、投票日当日の出口調査に基づく予測では、自民党の獲得議席数が40台との情報が伝わるに及んで、自民党選対本部には一挙に緊迫した空気が流れることになった。投票締め切り直後、この予測について感想を求められた亀井・元運輸相が「ガセネタだろう。本当か?」と応じたTV映像は、橋本と加藤執行部の経済政策を批判しその責任を追及してきた反執行部派もまた、まったく不意を打たれたことを雄弁に物語っていた。
都市で敗北した自民党
〃事件〃の主役は、投票率58・84%に示される、いわゆる無党派層の投票行動である。前回の参院選では史上最低の44・52%を記録した投票率は、投票時間の延長や不在者投票の簡素化も手伝って、都市部を中心に一挙に14・32ポイント上昇した。今回の参院選の有権者総数が99,048,747人だから、投票率の1ポイント上昇は、約99万票の有効投票数の増加となる。そして業界組織に依存して票を固める旧態依然たる自民党流の組織選挙は、都市部を中心とした投票率の上昇によって増えた1千数百万票の風圧の前に、完全に無力化されたのである。前回の参院選と比較すれば、新有権者の増加分を含む有効投票数の増加が1500万票だったのに対して、自民党の獲得票数は300万票の増加に止まり、自民党は増加した有効投票数の2割程度しか獲得できなかった計算になる。もちろん、いわゆる無党派層にも自民党支持層から流出し、時には自民党に回帰する非自民・旧保守票と、主要に社会党の消滅によって行き場を失った反自民・旧革新票とがあるが、おそらくそのいずれもが、現在の自民党政府の政策に不満を突きつけたと言えるだろう。
「自民党やや苦戦」といった選挙前の大方の予測を覆し、橋本政権を退陣にまで追い込むことになった投票率の上昇について、様々な解説や論説が巷にあふれ、選挙戦の終盤になって橋本が発表した曖昧な恒久減税策が、景気対策への失望と合わせて旧態依然たる体質への批判となり、逆に反自民層の投票に拍車をかけたとの指摘もある。だがそれは、ひとつのキッカケに過ぎまい。
今回の無党派層の投票行動の底流にあったのは、長引く不況と将来への不安に対して今日の自民党政治があまりに無力であるだけでなく、むしろ大衆的犠牲によって自民党支持基盤の利益、とくに長期不況の最大の元凶とされてきた不良債権問題とその処理策が、大手都市銀行とゼネコンを救済するだけではないかとの、強い不信感であったことは疑いない。この底流があればこそ、内容すらさだかではない、低所得層には増税にすらなりかねない「税制改革」を含む恒久減税という政策は、労働者民衆の危機意識を触発したであろうことは容易に想像される。それは、とくに都市とその近郊に集住し、業界組織や圧力団体に属さず有力なコネなどを持たない、総じて自民党利権政治の恩恵とは無縁な労働者民衆に反自民の投票行動を促し、これに加えて不況に呻吟する中小零細の自営業者たちの、自民党政府への不信感の表明が加わったのである。都市部の投票率の急増が、橋本の退陣へと直結するほどの自民党の大敗となったのはこのためであった。
この、都市部の不信感が橋本を退陣に追い込んだという事実は、政権党として各種業界団体と癒着し、政治利権の配分によって業界団体を軸とする選挙基盤を扶養し、その基盤に依拠して政権党でありつづけるという戦後日本の保守政治が、都市部において、その大衆的基盤を決定的に喪失しつつあることを示すことになった。と同時にそれは「不況に強い自民党」という神話、つまり不況であればあるほど、政治利権を武器にした業界支持基盤への引き締めが功奏し、政治利権配分への期待が政権党である自民党を強化するという神話の崩壊をも告げたのである。その意味で今回の参院選は、戦後日本の保守政治が、その支持基盤の転換を含めた再編成にいやおうなく直面せざるをえないこと、つまり混迷をつづける政治再編の次の幕開けが不可避であることを示唆するのである。
民主党と共産党の躍進
こうした自民党の歴史的大敗とは対照的に、投票率の上昇によって勝利を手中にしたのは民主党と共産党であった。
民主党は改選議席18(非改選20)に対して27議席を獲得、とくに全国の得票率で議席配分の決まる比例区選挙では、自民党の24・17%(14議席)に迫る21・75%(12議席)を獲得し、東京、神奈川、愛知などの大都市圏を抱える選挙区選挙でも、新人候補が自民党現職候補を押さえてトップ当選をはたすなど、都市部の無党派票が大量に流入し、反自民票の受け皿となって押し上げられた。この党の選挙前の下馬評は、元厚生相で党の代表である管直人の大衆的人気とは裏腹な民主党支持率の低迷というギャップのために、選挙では伸び悩むであろうとされていたのだが、こうした事前の予測は、投票率の伸びと同様に裏切られることになった。
もちろんこの民主党の得票は、反自民の幾つかの選択肢から、とりあえず民主党を選択したという意味で消極的支持なのだが、にもかかわらずそこには、とにかく自民党政治の延長ではなく、何らかの変化への漠然たる期待の表明が含まれている。民主党という政党が寄せ集めであり、小沢自由党の別動隊とでも言うべき鳩山(弟)から、連合の意向にそって民主党に移籍した旧社民党議員まで含む、ある意味で間口は広いがその分だけ理念や基本政策の不明瞭な政党であるのは確かだが、それはまた直面する危機や将来的不安の性格がなお不鮮明な現状では、大衆的な「とりあえずの選択」としては、十分に現実的なものでもあっただろう。
だからそれは反面、民主党という怪しげな政党をテストするための支持、あるいは次の局面では民主党の再編を促す圧力にすら変化しかねない支持であり、党幹部たちが躍進に困惑するのも当然ではある。ただこの点では代表の管ら幹部の一部は、「有権者が民主党に機会を与えた」と分析してみせ、そうした自覚があることを示してもいる。
他方、民主党とならんで躍進した共産党は改選議席の6(非改選8)を15に伸ばし、参院での議席数(23議席)、比例区の得票数(820万)、同じく得票率(14・60%)ともに過去最高を記録し、この党がもともと強さを発揮してきた都市部での得票率(比例区)も、福岡の7・02ポイントの上昇をはじめ、東京で5・27、神奈川で5・82、京都3・31、大阪2・74、兵庫5・22ポイントなど、軒並みの上昇を記録した。そして選挙翌日の13日づけ中央委員会常任幹部会のコメントは、30兆円の銀行救済策に対して消費税の3%への減税という提起が選挙戦全体の対立軸をつくったと、朝日新聞の記事を引用して自らの路線を自賛し、衆院解散・総選挙を求め「自民党の悪政に反対する・・・・多面的な野党共同の拡大に努力する」と述べたのである。それは不破委員長体制下での「柔軟路線」に自信を深め、寄せ集めの民主党をも巻き込む「野党共同」のイニシアチブ宣言と受け取れる。
だがこの党への反自民票の流入は、劇的とまでは言えない現実もある。社会党の消滅によって、いわば安心して「社民化」できる状況下での「柔軟路線」にもかかわらず、かつて革新自治体を誕生させた経験さえもつ京都や大阪における3%そこそこの得票率の伸びは、ある意味で頭打ち状態とも受け取れ、この壁を打ち破るために、人民議会主義に立脚するこの党が、どのような勢力とのどのような「共同」に向かうことになるのか、その際この党の中央委員会と各地区委員会は、これまで同様に一糸の乱れもなく団結して行動しうるのかどうか、これが不可避となった政治再編の次の幕開け以降の焦点であろう。
社民党と新社会党の敗北
民主党と共産党の躍進に比べて、自民党との連立を選挙の直前にようやく解消した社民党と、この党から「古きよき社会党」の再生を夢見て分裂した新社会党は、ともに重大な敗北を喫した。社民党は改選13議席を5議席に減らし、非改選8議席と合わせても13議席と参院野党第4党へと転落し、参院で過半数を持たない自民党にとっても、与党に組み入れるメリットすら失うことになった。さらに96年10月総選挙で14議席に激減した衆院と合わせても国会議員が27人と、文字通り議会政党としての存亡の危機に直面することになり、他方の新社会党も比例区得票率1・65%で改選の3議席をすべて失い、国会に議席をもたない政治組織へと転落することになった。
ところでこの2つの党の得票には、自民党と同様に、投票率が大きく上昇した都市部での得票率が低いという特徴がある。社民党は前回95年参院選と比べ東京、神奈川、大阪、神戸などの大都市圏でほぼ軒並み比例区得票率を半減させ、新社会党は参院選初挑戦で比較はできないが、兵庫(3・33)、広島(4・87)といった拠点を除けば、大都市圏での比例区得票率は1%強に過ぎない。
もちろん今日のように、労働者組織の重大な政治的後退がつづいている時期に、階級の利益を公然と擁護する勢力が孤立を経験するのはそれほど意外なことではない。にもかかわらず、自民党と社会党は55年体制下の2大政党であり、その社会党の2つの末裔組織が自民党と同様に都市部の無党派層の支持を獲得できなかった事実は、戦後日本社会の大きな変貌が、かつての社会党的理念や社会的機能について、転換と再編を迫っていることを明確に示すものである。そして社民党と新社会党は、歴史的大敗を喫した自民党に劣らず、そうした転換と再編に大きく立ち遅れ、あるいはこれに真剣に立ち向かおうとはしていない政党と見なされたのだと言っては、言い過ぎであろうか。
現にいま、日本資本主義の経済的危機の進展にともない、かつては社会党の左派の基盤ですらあった労働組合とその運動は、企業内に閉じこもって既得権を防衛する「特権的労働者」の組織へと自らを切り縮め、結果として不況によるリストラ、倒産、失業などへの対応力を衰退させて組織率の低下に悩まされつづけている。それは膨大な未組織の労働者、つまり今回の参院選では民主党と共産党を押し上げた無党派層に重なる労働者民衆にとっては、自民党と業界組織が癒着しているのと同にような、ある種の政治権益をめぐる政党と労働組合の「癒着」と見なされたであろうし、そうした労働者組織(労働組合)は、信頼を寄せるに足る組織ではありえない。こうした点をしっかりと見据えて、自己変革に挑むことのない「市民との絆」や「護憲」が、都市部の無党派層に評価されなかったのは、その意味では当然でもある。
だが転機は現れはじめている。労基法の改悪によって労働者の働き方・働かせられ方の根本的転換が強行されようとしているが、それは単に民間労働者の「働き方のルール」の問題ではなく、労働者の労働と生活を貫いて、社会的生存権を脅かすブルジョアジーの側からする転換の強要である。この反対闘争の先頭に立つ中小民間の労働者との、企業内の既得権を越える連帯(国家的不当労働行為と闘いつづけた国労が解雇された労働者をも仲間として連帯しつづけてきたような)に挑戦することは、いま何にもまして自らの自己変革の可能性を、無党派層と呼ばれる未組織の労働者に、民主党と新社会党自らが実践的に示すことになるのである。
自民党総裁人事と首班指名
橋本の退陣が決まり、政局の焦点は次期自民党総裁人事と、月末に召集される臨時国会での首班指名へと移った。16日現在、自民党の次期総裁の有力候補には、外務大臣の小渕と、反執行部派ではあるが同じく小渕派の元官房長官・梶山の名が上がっている。そして本誌が発行される頃には、次期自民党総裁が決まるはずである。
小渕総裁の誕生は、旧態依然たる自民党の論理に従えば極めて順当なものだが、「日本売り」と呼ばれる株価と債権と為替のトリプリ安に拍車をかける危険をともなう。それは時代の変化に対応して、自己変革ができない自民党という政治的メッセージを金融市場に送ることになるからであり、今日の日本経済ほど、こした政治的メッセージによって大きな影響を受ける金融市場はない。
他方で梶山の総裁就任は、自民党の自己変革のアピールには程遠いとしても、橋本の経済政策を批判しつづけてきた「剛腕政治家」の登場として、これまでの経済政策からの大転換、つまり景気回復のための財政出動や減税を最優先し、一時的にではあれ財政改革法を反故にするなどの劇的転換を金融市場にアピールする、有り体に言えば「金融市場の受けねらい」という意味では、一時的にではあれ効果を発揮するであろう。
もっとも、その市場の反応なるものが常に客観的で正確であるという訳ではない。むしろ金融市場は、個々の投資家がそれぞれの利益を追求する徹底的に利己的な判断が横行するところであって、現に自民党の歴史的大敗と橋本の退陣という事態に対しても、金融市場は正反対の反応を見せた。はじめは橋本政権が決めた「金融再建トータルプラン」の頓挫を警戒する売りのために株価、為替(円)ともに急落したが、その後は、橋本の退陣が経済政策転換の契機となるとの期待から好感買いがすすみ、株価も為替も値をもどしつつ揉み合いになった。市場にも新旧の思考や判定が、しかも全く主観的に現れるのである。
だがいずれにしても、様々な政治的メッセージが直ちに金融市場の反応として現れることになる現状で、予想外の大敗を喫した自民党にとって当面する最重要課題は、金融市場に悪影響の出る政治的空白、つまり政府と国会が混迷する事態を極力回避し、国際公約となっている「金融再建トータルプラン」関連法案の成立に全力を挙げることである。そしてこの限りでは、小渕と梶山の間には何の違いもないし、共産党を除くすべての政党がこれと協調する可能性も強い。
しかし民主党と共産党が公言しはじめている衆院解散・総選挙の要求をめぐって、政策的には中長期的な経済政策や省庁再編を焦点とする行財政の構造的再編成、総じて日本帝国主義の国家・社会再編をめぐる諸勢力の対立や分解をはらんだ政治再編が、その直後から幕を上げることになるだろう。
労基法改悪法案と派遣法改悪法案を廃案に追い込み、東京地裁の不当判決に抗して控訴審を闘うことになった国鉄闘争の勝利的前進を闘い取ろうとする階級的労働者は、予想外の大敗による自民党の危機に乗じる反撃の好機を虎視眈々と狙い、連合、全労連、全労協まで貫く、日本労働運動の復権に向けた戦線の再構築を見据えて、社民党、新社会党そして共産党まで貫いた階級的労働者の協働のイニシアチブのために、共通した情勢認識をベースとした戦略的展望を練り上げる準備にとりかかる必要に迫られている。
(7月16日)